第壱章
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ーー午後二十時四十五分。
車に設置されている置き時計の針が時間を示す。
私は浅草の門の少し手前で降りて歩いた。門をくぐり、門番に軽く会釈をして詰所に向かって歩く。詰所に近づくにつれ、修繕工事された家が数件。それと、少し抉られたような地面の跡。
そう言えば、リィ中隊長と別れる前に、全消防隊の管轄地に”焔ビト”が同時発生していて、通信を貰った隊員から”いつもとは違った”焔ビト”と通信を受けたとリィ中隊長が言っているのを私は思い出した。
今回の”焔ビト”は、周りの状況を見るにいつもより大きい”焔ビト”だったのか。紅丸達は大丈夫だろうか。私は心配になり、だんだんと早足から駆け足になっていく。
詰所が見えた。詰所の明かりが点いているということは、誰かが詰所で作業しているということだ。詰所の戸を開くと、浴衣姿の紅丸が土間近くの板敷きに座っていて、私に気づいた。
良かった。紅丸は怪我していないみたいだ。ホッと胸を撫で下ろしていると、
「遅ェぞ、絵馬」
と紅丸は眉を顰め少し怒っているように私は感じた。
私はハッとする。そうだった。桜備大隊長に書類を渡して浅草には昼頃には戻るつもりだったが、星宮中隊長の件も重なってこんな時間になってしまった。
「絵馬。今まで何処ほっついていやがった?」
紅丸の口調が強くなる。そりゃあ、そうだ。紅丸にも紺炉にも連絡せずにいなくなっていたから。紅丸がそう思うのも納得する。
「た、ただいま、紅丸。……第1に用事が出来ちゃって……そのまま第1に……」
「第1にだと?」
紅丸の鋭い瞳が私を睨む。紅丸、相当怒っているなぁ。詰所に一本電話を入れとけば良かったなと思ったけど、もう遅い。私は素直に謝ることにした。
「う、うん。第1に……遅くなってごめんなさい、紅丸」
紅丸は何も言わずに板敷から腰を上げて立ち上がり、こちらに近づいて来て私の目の前に立つ紅丸。紅丸は、私の左腕の方へ視線を落として言った。
「……腕の血どうした?」
「腕?」
紅丸の視線を追うように自分の左腕を見ると、つなぎの肘辺りに乾いてこびり付いた血痕が付着していた。左腕を目元の高さまで上げて確認する。あぁ。これは多分、リィ中隊長を支えた時に付着した血だろう。
紅丸に説明しようと口を開くが、私の口からは思ってもいなかった言葉が出た。
「えっ⁉︎ちょっ……紅丸ッ!⁉︎」
「じっとしてろ」
紅丸は私の左手首を掴むと、もう片方の手でつなぎの袖口を掴み、私の肘が見えるようにすうっと下ろされた。そして、私の左腕をじっと真剣に見つめる。
「……怪我はねェな」
「……ないよ。第1の隊員を介助した時についた血だと思うから……」
リィ中隊長、星宮中隊長のあの光景が頭の中に鮮明に蘇り、胸が苦しくなって、真剣にこちらを見据える紅丸の顔を直視できなくて、俯く。
星宮中隊長の死体を目にしてから正直、私の心はカリムと同じように何かしら変化があった。そして不安もあった。また、誰かが。信じていた人が裏切るんじゃないかと。さっきまで、一緒に笑っていた人が、明日には敵になったり、誰かに殺されてしまったり。ぐるぐると頭の中がドス黒い渦が回り続けている感覚がする。
「聞いてんのかァ、絵馬」
私はハッとして、俯いていた顔を上げる。
「ご、ごめん……ちょっと色々とあって、考えごとしてた。次から気をつけるよ、紅丸」
そう言って、私は紅丸から左手首を離してもらうように、紅丸の腕を掴む。紅丸は軽くギュッと私の左手首に力を入れてから離し、私を見つめた。と思いきや、両手で私の頬を掴み横に引っ張ってきた。
「いふぁいよ‼︎ぶぇにィ‼︎」
頬を引っ張る紅丸に怒りつつも、私の言葉を無視されているようだ。
「絵馬!」
紅丸に頬を引っ張られたまま少し身体をずらすと、廊下から紺炉が私に向かって声をかけてきた。
「こぅろ!ふぁふぁいま」
「遅く帰ってくるなら、連絡してくれ!心配するからよォ」
「ほへん……」
息を吐き、紺炉が土間近くまで来て私達を見る。
「若、絵馬の頬を離してやってくれねェか」
「怒らねェのか?」
紅丸は首だけ紺炉に振り向く。ふっ、と紺炉が表情を緩ませた。
「もう、若が絵馬に怒って言ってんだろ?それで充分だ」
「…………」
紅丸は、私の頬を離して土間から板敷に上がり込んだ。紅丸に引っ張られた頬を触ると、熱がこもってじんわりと痛みが広がった。
「絵馬。明日、俺の部屋に来い。紺炉も来てくれ」
「おゥよ」
紅丸はこちらをチラッと見た後、部屋に戻っていった。
紺炉は紅丸が見えなくなったのを確認し、こちらに振り向く。
「あぁ見えて、一番心配していたのは、紅だからな。絵馬」
「紅丸が⁉︎」
思わず声が出てしまった。だから、土間近くの板敷に一人で座って居たのかと納得した。
「だから、遅くなったりするときには、俺が紅に一本連絡してくれよ」
紺炉に注意された私は頷きながら、紅丸に引っ張られた頬を、もう一度優しくさすった。