第壱章
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「絵馬」
「はい、どうしましたリィ中隊長?まだ傷口が痛みますか?」
私はリィ中隊長の身体を支えながら顔を上げた。彼は呼吸を整えつつ、優しく首を横に振った。
「傷口は、絵馬のバンダナのおかげで止血できていますので、先程よりかなり状態が改善しました。それよりも、あなたの武器を貸してくれませんか?」
「武器を、ですか?いいですけど……」
私はリィ中隊長を支えていない右手で、腰ベルトのポーチに入っている槍伸縮型を取り出し、彼の方へ差し出した。すると、リィ中隊長は静かに指先から炎を発し、槍伸縮型の後方に炎を注ぎ始めた。
「リィ中隊長⁉︎今、能力を使ったら出血がまたーー」
「大丈夫ですよ。このくらいの能力でしたら心配ありません」
私は焦ったが、リィ中隊長は落ち着いた表情で微笑み、槍先が赤く変色するまで炎を注ぎ続けた。タマキのそばにいたカリムも心配そうにこちらに駆け寄ってきた。
「フォイェン、お前……」
「カリム、私は大丈夫ですから……本当にあなた達って、変な所は……息ピッタリなんですから」
心配する私とカリムに向かって、リィ中隊長は嬉しそうに微笑んだ。槍先が赤く輝くと、彼は炎を収めた。
「これで能力が使えますね、絵馬。私たちと一緒に鎮魂をしてもらってもいいですか?」
「承知しました!」
私はリィ中隊長に頷き、カリムに目を向けた。目があったカリムは少し離れた場所で、星宮中隊長によって”焔ビト”化された婦人を見つめた。それを合図に、私たちは婦人の亡き骸の方へ歩き始めた。
婦人の遺体の前にしゃがみ込むと、カリムはポケットから布を取り出して彼女の顔にそっと覆い被せた。
「ラートム」
カリムとリィ中隊長は合掌し、私はリィ中隊長からもらった炎を使って、婦人の耳元に百合の花を描いた。その絵からじわじわと炎が浮かび上がり、百合の花を形成した。
ゆらゆらと風によって花のように揺れる百合の炎をじっと見つめた後、私は目を閉じて軽く会釈し、自分なりの鎮魂を行った。
鎮魂を終えると、私は星宮中隊長のもとへと向かった。いや、正確には星宮中隊長の亡骸のもとへ。
氷漬けの胸に大きな空洞ができた彼の姿。あの襲撃から時間が経ち、血は地面に広がったまま、少し乾き始めている。
私は改めて星宮中隊長の顔を見た。興奮した激闘の余震を残すように、顔は真っ赤だ。瞳孔が開いたままで、血走った目はカリムによって氷漬けにされていた。
彼の目の前でしゃがみ込み、婦人と同じように私は地面に百合の花の絵を描いた。しかし、槍伸縮型にはもう炎は残っておらず、描かれた百合の花から炎は浮かび上がることはない。それでも私は地面に描いた百合の花をただ静かに見つめ、ゆっくりと瞳を閉じた。
星宮中隊長はいつも陽気で、会うたびに私に笑顔を向けてくれる熱血で暑苦しい人。「燃えるぜ」が口癖で、よく手合わせに付き合ってくれた。浅草の町にも興味を持ち、私の話に耳を傾けてくれた。カリムと私が嫌みや文句を言い合っていたり、やりあっていると、リィ中隊長と一緒に仲介に入ったりもした。研修生を修了する時には、涙を流して号泣してくれた程だった。浮かんでくるのは、そんな温かい思い出ばかり。いつか星宮中隊長の心の中を覗いて見たいと思ったこともあるが、今のように胸が空洞になった状態で覗くことになるとは、夢にも思わなかった。
ふと背後に気配を感じて目を開け、立ち上がると、ボロボロのシンラがこちらを見ていた。いや、正確には氷漬けにされた星宮中隊長の遺体を。
その後ろからカリムが歩いてきて、シンラの隣に立ち、シンラに声をかけた。
「レッカのこと……世話になったな。レッカは、熱血がクソ野郎になっちまったのか……クソ野郎が、熱血だっただけかわからねェ。だが、俺にはレッカはレッカだった。なんで、こいつが熱血クソ野郎だったか、突き止める必要がある」
カリムはシンラに向かい合うように、身体の向きを変えシンラに向かって右手を差し出した。
「第8は消防隊の内部調査が目的だな?これからは、伝導者を追うんだろ?俺も伝導者を追跡して追う。協力させてくれ!」
シンラは力強く目を開き、「ありがとうございます」とカリムの熱意がこもった右手に応えるようにしっかりと握り返した。
カリムはシンラの手を離し、私に目を向けた。
「それと、絵馬!……ありがとうな」
そして星宮中隊長を思い出すような笑顔を私に向けた。少しぎこちないけど、彼がこんな風に笑えるんだと思いながら、私は星宮中隊長に似せて、彼に笑い返した。
廃墟を出たのは夜の八時頃だった。星宮中隊長の遺体を第1の隊員たちが回収するのを見届け、子供たちの保護、リィ中隊長の治療、シンラとタマキへの事情聴取など、様々な対応に私も参加していたら、あたりはすっかり暗くなって夜を迎えようとしていた。
腰ベルトに装着しているポーチの中に入れていた槍伸縮型には、もう炎が残っておらず空っぽのままだ。火鳥を使わずに浅草へ戻るのは現実的ではない。皇国での交通機関には慣れておらず、乗り方も分からない。普段は火鳥や火馬に乗って浅草に帰宅していたので、まったく乗りこなし方を知らないのが現実だ。仕方ない。
「くどくど野郎……」
隊員に指示を出していたカリムに声をかける。指示を出し終えた彼は、「何だ」とこちらを向く。
「あ、あのさ……頼みたいことがあるんだけど……」
「頼みたいこととは?」
首を傾げるカリムに焦る気持ちを隠しながら言った。
「あ、浅草まで私を送ってくれないかな!」
「ワガママ女……。研修生の時もそうだったが、乗り物の乗り方を知らずに乗れずに、どうやって今まで浅草に帰ってたんだ?」
「火鳥と火馬で帰ってたから、問題なかった!」
「そこは、自慢することじゃねェよ……ったく」
カリムははぁとため息をつき、近くにいた隊員を呼び、車を一台手配するように指示を出した。カリムと隊員のやり取りをぼうっと眺めて待っていると、一台の車が私の前にやって来て止まった。カリムは運転席に座っている隊員に何か言伝をすると、後部座席のドアが開いた。
「ワガママ女、俺はまだやるべきことが残ってるから俺はここに残って、残って作業を終わらせる。てめェは、これに乗ってさっさと浅草に帰れ」
「そうさせてもらうよ」
私は開いてるドアの方から車に乗り込んだ。
「詳しいことはおいおい連絡する」
カリムが外から声をかける。
「承知。リィ中隊長にもお大事にって伝えといて」
「あぁ。絵馬、またな」
カリムがそんなに素直に「またな」と言うのを聞くのが新鮮だった。星宮中隊長の件が、影響したのだろうか。少し複雑な気分だ。
「またね、カリム」
私は車内から手を上げた。
「じゃあ行ってくれ」
カリムが運転手に告げると、運転手はバックミラーで私を確認しつつ、車を発進させた。