第壱章
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ー聖陽オベリスク
研修生たちはタマキに連れられて教会内に入っていく。それを最後まで見送った私は、茉希と一緒にバーンズ大隊長に挨拶をして、第1特殊消防大聖堂を後にした。そして、最初に集合した聖陽オベリスクで茉希とは別れ、カリムを待つことにした。
しばらくして、ローブからノースリーブのシャツとズボンに着替えたカリムがやって来た。
「待たせたな」
「大丈夫」
カリムの右肩には刺青が彫られていて、この服装では一見して神父とは思えず、イカツイ兄ちゃんに見える。勘違いされるだろうなと思ったが、ムカつくカリムには言わなかった。
「いくぞ」
カリムが私を読んだ後、歩き出した。私は少し遅れて彼の後に続く。
聖陽オベリスクからある程度距離が離れたのを見計らって、私はカリムに声をかけた。
「それで、話したいことって何?」
カリムの方に視線を向けると、彼は頭を掻きながらこちらを見下ろした。
「……二ヶ月前に子供が集団で燃える事件があったのは知っているか?」
「うん。第7にも資料があったから、一通り目は通している」
「その事件が、どうにも不自然でよ」
「不自然……」
私は足をゆっくりと止めた。二ヶ月前、ここ第1地区の新宿で子供たちの集団発火現象事件。それだけじゃない。近くで点々と出現した"焔ビト"。資料には、"焔ビト"の鎮魂は今ここにいるカリムを含む第1小隊が行ったと記載されていた。
足が止まった私を見て、カリムも足を止めて振り返りながら言葉を続ける。
「俺は、その事件の中である”モノ”を見つけた」
「ある”モノ”?その見つけた”モノ”がその事件に関係あると……?」
「あぁ」
カリムは頷いた。
「その話は他の二人には話した?」
「いや、これは俺独自で独自に調査している」
そう言いながら、カリムは首を左右に振る。何かおかしい。私は彼の行動に疑問を抱いた。どうして仲の良い星宮中隊長やリィ中隊長には話さずに、私にだけ話しているのだろう。カリムが何を隠しているのか、気になって仕方がなかった。
「話はそれだけだ」
カリムは無愛想な顔で私を見つめ、背を向けて来た道を戻ろうとしていた。その瞬間、私は咄嗟に彼の腕を掴んでいた。
「待って、カリム!」
「何だ?」
私の腕を振り払うわけでもなく、首だけこちらに振り向くカリム。
「その話……私が聞いて良かったの?」
「あぁ。絵馬だからこそ、絵馬に話したかったんだ」
「全然、理由になってないけど……」と、思わず声が漏れた。
「今は、それでいい」
カリムは、いつものあのムカつく笑みを浮かべながら言った。その笑顔の裏に何があるのか、私はその瞬間にはわからなかった。ただ、一つだけ確かなのは、この話が私をもっと深く引き込む何かを含んでいるということだった。
カリムと別れた後、火鳥の背に乗りながら浅草を目指しつつ、カリムとの会話を整理していた。
二ヶ月前に発生した集団発火現象事件。その中でカリムはある”モノ”を見つけたという。しかし、星宮中隊長やリィ中隊長には話さずに、自分だけで独自に調査を進め、私だけそのことを伝えてきた。その理由が全く理解できない。普通なら同じ部隊で行動を共にしてきた二人に話すべきことなのに、外部の私にだけ語るなんて。彼の心の中には、二人には隠しておきたい何かがあるのかもしれない。
「詰所に戻って、二ヶ月前の第1の書類をもう一度しっかりと読んで調べるか……」
20分ほど経って、私は浅草の門に到着した。火鳥を消し、門をくぐる。
「おっ、お嬢じゃねェか!今日は不思議な格好してるな」
門番が私に声をかけてきた。私は服装について簡単に説明する。
「ただいま!今日は第1の方に用があったから、この格好で行ったんだよ」
「お嬢も若と同じで立派になっちまってよォ」
門番はそこで言葉を切ると、近くの長机に置いてあった風呂敷を一つ、私の前に差し出してきた。
「これ、持っていってくれ!」
「これは……」
「俺の家で作った漬物だ。紺炉中隊長に渡そうと思っていたやつだ」
「あぁ‼︎あの漬物ね!ありがとう、紺炉に渡しておくよ」
門番から漬物が入った風呂敷を受け取り、私は手を振りながら浅草の町へ足を踏み入れた。
「お嬢、洒落た格好してんな!」
「絵馬ちゃん、コレ!若に持っていってくれよ」
「絵馬ちゃんにはコレね!」
詰所に戻るにつれて、町の皆からあれやこれやとさまざまな差し入れを受け取りながら進んでいく。詰所に到着する頃には、両手いっぱいの差し入れになっていた。町の人々の優しさに心が温かくなる一方で、カリムの言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。
詰所で作業していた紺炉が、顔を上げて私に声をかけてきた。
「おぅ、絵馬おかえり。今日は一段と差し入れを貰ったな」
「ただいま、紺炉。差し入れが重たくて腕が限界だから、少し分けて持ってくれない?」
私は、紺炉に差し入れを持ってもらえないかお願いした。彼は差し入れの中身を一つ一つ確認しながら、全ての差し入れをしっかりと持ってくれた。
「大体が生ものばかりだから、冷蔵庫に入れてくる。絵馬はそこで休憩でもしてな」
「ありがとう。そうする」
土間で靴を脱いだ私は、その場に仰向けになった。私の行動に気を留めた紺炉が、ちょっとした眉をひそめる。
「絵馬、はしたねェぞ」
「ちょっとだけ、こうさせて」
ハァとため息を吐いた紺炉は、全ての差し入れを持って台所に向かっていった。紺炉の後ろ姿が見えなくなるまで、私は目を離さなかった。その後、誰もいなくなった詰所で、私は天井のシミを見つめながらカリムのことを考えていた。
カリムとは、シンラと同じ訓練校に通い、研修生として第1小隊に配属されたときに初めて出会った。最初の頃は、私が浅草出身で太陽神なんて信じないと口にしたとき、食ってかかってきた隊員という印象が強く残っている。毎日の日課である聖堂での祈りには参加せず、主日のミサにも顔を出さない私に対して、カリムは文句や嫌みを言い続けながらも、研修期間の満了まで側にいてくれる存在になった。彼との関係は、いつの間にかに変わっていったのだ。
あの嫌みったらしい顔や文句を思い出すと、今でも腹立たしい。しかし、いつもお互いに歪み合っていたカリムが、私にあの話をしてきたことには驚かされた。彼が私を信頼しているのか、はたまた何か他の理由があるのか。
「まーったく、分からない」
無意識のうちに言葉が漏れていた。取り敢えず、カリムが言っていた二ヶ月前の事件を調べるために、上半身を起こして詰所にある自分の作業机に向かうことにした。資料を広げて目を通しながら、カリムが見つけたという”モノ”の存在が頭の中でぐるぐると回っていた。