第壱章
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大聖堂の廊下で不穏な人物を感じた直後、案内してくれたシスターが静かに下がり、壁に寄りかかっていた神父がゆっくり近づいてきた。両手に第1の防火服を抱えた私は、彼の姿をじっと見つめる。特徴的な刈り上げた横髪と、首元のヘッドホンが目に入る。
「研修生が来ると聞いたから、またワガママ女がワガママ言いに来たかと思ったが……」
「ハッ、残念。今回は私じゃなくて、こっちの四人。私はあくまで引率だよ、くどくど野郎」
目の前に立つ神父に向かって、無感情な声で、私は軽く皮肉を込めて言い返す。くどくど野郎と言われた神父は、私の姿をじろじろと見下ろしながら、唇をゆがめた。
「ワガママ女、その格好……」
「文句があるなら、バーンズ大隊長に言え、くどくど野郎。私には、文句は受付ねェーからな」
言い返した途端、神父はその後、私が着ている皇国式のパンツスタイルスーツと、防火服を両手に持つ私を見て、口を開きかけ、何か言い返す気配を見せたが、言葉を飲み込み、黙ってしまった。
代わりに、研修生たちに目を向け、私の横を通り過ぎる。彼は一人一人を無遠慮に観察し始めた。
「てめぇらが研修の新人か」
その冷たい声に、研修生たちの背筋がわずかに緊張する。私は静かに見守る。茉希がそっと近づき、耳元で囁いた。
「絵馬さん、お知り合いの神父様ですか?」
「うん。私が研修生の時にね……くどくど野郎は、同じ言葉を何度も繰り返して言ってくる、ムカつく神父だよ」
「そうだったのですね」
私は茉希にくどくど野郎について簡単に説明しながら、再び彼を見た。横髪を刈り上げ、神父らしからぬ奇抜な髪型をして、あの垂れ目の三白眼に、首元にはヘッドホン。あまりにも普通の神父らしさが欠けていて、むしろその姿に何とも言えない違和感を覚える。「ワガママ女」と呼んできた彼こそが、神父のイメージとはかけ離れている。ワガママなのは、むしろあちらの方だろう。過去の口論が頭をよぎり、胸がざわつく。
その時、くどくど野郎がシンラに向かって何かを言い始めた。
「ったく……どうせ、クソみてェなクソしやがんだろ?クソかよ、クソが!」
その言葉を耳にした途端、私は何とも言えない感覚に襲われた。新人の頃に、全く同じことを言われた記憶がよみがえる。苦笑が漏れた。シンラへの言葉遣いが、まるで私に向けていたあの頃と同じだと感じ、ああ、あの時もこんな風に言われてたなと思った。
一通り研修生を見終えた神父は、私の方へ振り返り、冷徹な声で告げた。
「ワガママ女、研修生。バーンズ大隊長がお待ちだ……ついてこい……」
私は軽く息を吐き、研修生たちに頷く。私たちは神父の後に続き、大聖堂へ向けて歩き出した。
くどくど野郎が先頭に立ち、大聖堂の扉を静かに開けた。重厚な扉がゆっくりと開かれ、その向こうに広がる荘厳な空間が私たちを迎え入れる。中に一歩踏み込むと、目の前に見えるのは圧倒的な高さを誇る高祭壇。祭壇の前には、腕を組み、静かにこちらを見下ろすバーンズ大隊長の姿があった。威厳ある存在感に、胸が高鳴り、緊張が走る。
「第1にようこそ。君たちを歓迎する」
低く、重みのある声が大聖堂に響く。私は一瞬反応が遅れ、慌てて自分を取り戻した。
「新人大会以来ですね……バーンズ大隊長。第8所属と小隊長を務めます、絵馬 十二です。引率として参りました!」
バーンズ大隊長と目が合い、私は少しぎこちない動きで軽く会釈をした。
「同じく第8所属、一等消防官茉希 尾瀬です!研修新人をお連れしました!」
茉希が続いて自己紹介し、その後、研修生たちが一斉にバーンズ大隊長に敬礼をした。だが、彼の反応は冷静で、静かに言葉を続けた。
「着帽子であっても、ここは大聖堂だ。申し訳ないが、敬礼ではなく合掌にしていただきたい」
「失礼しました!」
バーンズ大隊長の言葉に従い、茉希はすぐに敬礼を解いて、静かに合掌の姿勢に変えた。私は合掌もせず、ただ彼をじっと見つめ続けていた。
バーンズ大隊長は視線を左に向け、その先に目をやる。私もその視線に合わせて振り向くと、大聖堂の柱に寄りかかるように立つ二人の神父が目に入った。その姿は、くどくど野郎とまったく同じ服装をしている。彼らは少し歩を進め、バーンズ大隊長に近づいていった。そして、高祭壇へと上っていく。
その後に続くように、くどくど野郎も歩き出し、バーンズ大隊長の右側に並ぶ。
バーンズ大隊長は一切顔色を変えずに、右側に並んだ三人の神父を静かに私たちに紹介を始めた。
「外から第1のフラム中隊長、星宮中隊長、リィ中隊長だ。彼らが君たちの世話をさせていただく」
紹介を受けた三人の中隊長が合掌し、私たちを見下ろしている。茉希たちもそれに続き、静かに合掌をした。私が合掌せずに見上げていることにくどくど野郎、つまりカリム フラムが少し苛立っているのを感じながら、無視して彼の方を見なかった。
「今日は施設を見学してからゆっくりくつろいでくれ」
バーンズ大隊長の言葉に、シンラが一歩進み出た。「バーンズ大隊長!よろしいでしょうか?」
私は彼の声に驚き、目を向ける。シンラは真剣な表情で続けた。
「これからしばらく第1の隊員と作戦を共にしますよね?急ですが、俺たちの実力を見てもらうため、大隊長に組手の相手をしていただきたいのですが」
「へぇ……」思わず私は小さく呟いた。シンラがバーンズ大隊長に組手を申し出る理由が分からなかったが、彼の目には何か理由があるのだろう。ふと、新人大会のことが頭をよぎる。
「シンラ!何を言っているの!」
茉希が慌ててシンラを叱ると、星宮中隊長が冷静に一歩前に出て、言葉を発した。
「君たちの能力は頂いた資料で把握している。その必要はない」
私はシンラの横に立ち、高祭壇のバーンズ大隊長を見上げた。心臓の高鳴りを抑え、ゆっくり声をかける。
「私からも、研修生たちの今の実力を見たいので、よろしいでしょうか?バーンズ大隊長」
「絵馬さんまで⁉︎」
茉希の困惑した声が響き、顔がさらに戸惑う。
「なっ!」とカリムが一歩前に出て言おうとしたが、その動きをバーンズ大隊長が腕を伸ばして制止した。
「構わんよ……レッカ、お前も胸を貸してやれ」
「エ⁉︎いいんですか⁉︎」
その言葉に、星宮中隊長が子供のような笑顔を浮かべる。
「レッカ……大聖堂内ですよ」
リィ中隊長が落ち着いて注意すると、星宮中隊長は「コホン」と咳払いし、姿勢を正す。
「シンラ君!そんな怖いことをさせないでよ‼︎それって、すごく……怖いよ⁉︎十二小隊長も!シンラ君の言葉にのっからないで下さい‼︎」第二隊員の研修生が焦り気味に言う。
「そーだよ……タリィんだけど、マジで」
第5の研修生はガムを小さく膨らませながら、面倒くさそうにそう呟いた。
「絵馬!貴様やるなァ」
アーサーが私の隣にきて、肩を三回叩きながら高笑いした。
「はっはっはっは!はぁ〜〜っ、はっはっはっは‼︎」
アーサーの高笑いに、私は若干ひき気味になった。
「何?その笑い?少し、怖いんだけど……」
「気にするでない!はっはっは!」
アーサーは笑い続けたが、私は茉希に助けを求める視線を送った。しかし、茉希はシンラに近づき、何やら囁き合っていた。話を終えたシンラは帽子を深くかぶり直し、バーンズ大隊長に向かって軽く会釈をした。
「もし、一本取れたらお聞きしたいことがあるのですが」
「構わんよ」
バーンズ大隊長の静かな返答が響く。場の空気がゆっくり引き締まり、全員の視線が交錯する。シンラの挑戦とバーンズ大隊長の了承が、研修生と第1小隊の組手への幕を開けた。