第壱章
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紺炉が私の右頬に湿布を貼る。
「痛ッ!!?」
「じっとしていろ、絵馬。顔に傷が残るからな。次は、紅ーー」
紅丸は左頬に湿布を貼られている。私と紅丸は手合わせで熱くなり、容赦なく顔面や身体を狙って、所々に打撲痕やすり傷を作ってしまった。途中で紺炉が間に入ったことで手合わせは中止になり、彼は少し御立腹のようだ。
「紅ッ!!絵馬は嫁入り前の女なんだから、身体は仕方ねェが、目を瞑るとして……顔に傷なんか作らせるんじゃねェよ!」
「……悪かった」
紅丸は、右頬に湿布を貼られた私の顔を見ながら素直に謝ってくる。私は湿布の位置を軽くトントンと指で叩く。
「大丈夫だよ、紅丸。こんぐらいの傷、唾とかつけとけば治るからさ!」
私の言葉を聞いた紺炉が、鬼のような血相で声を荒げる。
「絵馬!適当なことを言うんじゃねェ!!消毒しとかねェと傷跡残るだろうがァ!!」
「ハイ!ごもっともです」
怖い表情の紺炉に叱られ、私は激しく首を縦に振った。
「うひぇひぇひぇ。若と姉々、紺炉に叱られてやんのーー!」
ヒカゲとヒナタは私たちの周りをおもしろそうに回る。私の前で足を止めると、二人は私の顔を覗き込んできた。
「顔に傷なんか作ったら行き遅れるぜェ、絵馬」
「お前らなァ」
「なんだ、若。文句なら受け付けてねェぞ」
ヒカゲとヒナタは振り返る。二人を見ていた紅丸は、私に視線を向けて呟いた。
「別にお前の顔だけで側にいるような俺じゃねェ」
彼の真剣な眼差しに、私の胸が高鳴るのを感じる。心の中に隠していた恋心が動き出しそうになって、私は高まる気持ちを誤魔化すかのように平常心を装って答える。
「……知っているけど」
紅丸は私の反応が気に食わなかったのか、舌打ちしてそっぽを向いてしまった。紺炉が腰を上げて立ち上がる。
「そろそろ、昼飯にでも準備するか。絵馬、すまねェが手伝ってくれ!若は、チビ二人の面倒を頼む」
「あぁ」と紅丸は言うが、こちらを向こうとはせず、依然としてそっぽを向いたままだった。私は縁側から腰を浮かせ立ち上がり、紺炉の後に続いて食堂の方へ歩き始める。
「お前さんも、素直になりゃあ良いのによ」
何の前置きもなく紺炉が言ったので、私は驚いて彼を見上げる。
「えっ!?いつから!?」
「何年、一緒にいると思ってやがる」
紺炉は面白そうに私を見ている。その姿に、心臓がドクドクと鼓動を速めていくのを感じ、私は思わず紺炉の袖を掴んでしまった。
「べっ、紅丸にはっ!このことーー」
「言わねェーよ。そういった気持ちは、己で気づくもんだろ」
紺炉の言葉に、私の顔全体に熱が篭っていくのを感じる。
「絵馬……。お前さん、顔真っ赤」
「わーー!!声に出さないでーー!!」
私は、誰にも、ましてや目の前にいる紺炉に見せたくなくて、紺炉の袖を引っ張りながら、高まった熱が冷えるまで顔を隠すことにした。その様子を見ていた紺炉の笑い声が、耳に聞こえてきた。
ーーーー夜
夕食を終え、入浴を済ませた私は、そろそろ布団に入ろうと考えながら詰所近くの廊下を歩いていた。その時、詰所に置いてある黒電話が鳴り響くのに気づき、急いで受話器を取り上げ、耳に近づけた。
「はい。こちら、第7特殊消防隊ですーー」
「絵馬さんッ!!」
電話の向こうから、慌てた様子の茉希が私の名を呼ぶ。その声に驚き、思わず息を呑んだ。
「うわっ!茉希か。ビックリした……。どうしたの、そんなに慌てて?」
「絵馬さん、シスターはそちらにいますか!?」
「えっ?アイリスはこっちにはいないけど……シスターアイリスに何かあったの?」
茉希の慌てようと、アイリスの所在についての問いに、不安がよぎる。私は茉希に問い詰めた。
「それが……」
茉希の話によると、シスターアイリスを探して部屋に入ったが、彼女はそこにはおらず、第8特殊消防教会内を探しても見つからなかったという。念のため、私がいる浅草の方に来ているかもしれないと、電話をかけてきたのだ。電話越しに、シンラと火縄中隊長の声も聞こえる。
「もしかしたら、第5特殊消防隊にシスターアイリスは一人で行った可能性があるかも知れません」
「シンラ、何故そう思う」
シンラと火縄中隊長の会話に耳を傾ける。昨日、自我を持つ”焔ビト”と遭遇した際に、第5特殊消防隊と鉢合わせになり、その後のシスターアイリスがいつもとは少し違う様子だったことを指摘している。過去に、第5特殊消防隊とシスターアイリスの間に何かあったのではないかという推測だ。
私は申し訳なく茉希に伝えた。
「茉希。二人の会話で、状況は大体把握できた。でも、ごめん。私は……」
「桜備大隊長から絵馬さんの件については聞いています。……わかりました」
「ごめん。茉希、シスターを頼んだよ!」
「ハイッ!絵馬さん!あっ、ちょッーー」
少し雑音が聞こえたと思ったら、茉希から火縄中隊長に電話が変わる。
「茉希、早く支度しろ!シンラ達は先に第5に乗り込め!絵馬、聞こえてるか?」
「火縄中隊長!聞こえています」
「第8所属のお前にも本当は出動してもらいたいが……今後のことも考え、今回の件は俺たちでなんとかする。絵馬、お前は待機してろ。大事な部下を失いたくない」
紅丸からの出動謹慎中であることを知っている火縄中隊長は、私が紅丸の約束を破ってまで来てほしくないようだ。その「大事な部下」という言葉に、胸が熱くなる。
「承知!頼みます、火縄中隊長!」
私もアイリスを助けたい。しかし、第8と第7に所属している私には、今の状況では動けない板挟み状態だ。悔しいが、第8の皆にシスターアイリスを託し、受話器を静かに置いた。
アイリスは無事だろうか。助けに行きたいが、紅丸からの出動謹慎が解除されていない。茉希だけでなく、桜備大隊長や火縄中隊長、そして最近入隊したシンラやアーサーもいる第8小隊なら、アイリスを守ってくれるだろう。それでも、やっぱり心配だ。
アイリスのことが気かがりで、黒電話の前でウロウロしていると、突然声がかかった。
「絵馬、何やってんだお前?」
浴衣を着た紅丸が、不思議そうに廊下からこちらを見つめている。その視線に驚き、私は言葉に詰まった。
「これは、そのぅ……」
紅丸の登場に声が吃る。不審に思ったのか、紅丸はこちらに近づいてきて、私の浴衣の襟を掴んで黒電話から強引に引き離した。そして、何処かに向かって歩き始めた。
「ちょっと!?浴衣が乱れるって!!」
私は浴衣の襟を掴んでいる紅丸の手を両手で必死に掴みながら、これ以上浴衣が乱れないように紅丸について行くしかなかった。やがて、紅丸はある部屋の襖を開けた。
「紺炉。入るぞ」
部屋の中には、布団の上で胡座を掻いている紺炉がいた。紅丸の姿を見て、紺炉は驚きの声をあげる。
「若、どうし……絵馬ッ!?」
紅丸は、私の襟を掴んだまま、私を紺炉の部屋の中に放り込んだ。
「ちょっ!」
私は前のめりになりながらも、なんとか転ばずに正座して体勢を立て直す。紺炉は正座している私と、襖の前で立つ紅丸を交互に見詰めている。
「状況が全く飲み込めねェんだが」
「電話の前でウロチョロしていたから、連れてきた」
「別に私はまだ何もしていないけど」
「オィ、”まだ”ってなんだ」
急に紅丸の声が低くなる。思わず彼から視線をそらしてしまった。後頭部から感じる紅丸の視線が、ジワリと痛かった。
「こっち見ろや、絵馬」
「ハァ……絵馬。電話の前で何していたか、話してくれねェか?」
紺炉はため息を吐いて私を見つめる。黙ってても仕方ないと思い、私は素直に話すことにした。
「さっき、第8小隊より電話があったけど……紅丸からの出動謹慎を守って、出動を断った。それだけ」
正直に言えば、私も茉希たちと一緒にシスターアイリスを探しに第5小隊に突撃したかった。しかし、それを火縄中隊長に止められたので、その後の状況をいち早く知りたくて、黒電話前でウロウロしたいたことは黙っておくことにした。紺炉は私の顔をじっと見詰めてから、紅丸の方へ目を向ける。
「だとよ、紅」
チラッと紅丸の顔を見れば、彼は頭を軽く掻きながら紺炉の部屋に入ってきて、腰を下ろして胡座を掻き始める。そして、ボソッと呟いた。
「襟……掴んで悪かったな」
「良いよ。誤解が解けたなら……じゃ、私はこれでーー」
誤解が解けたなら、また黒電話の方に戻れると思い、正座から立ち上がり、紅丸の横を通り過ぎようとした。しかし、その瞬間、紅丸に腕を掴まれた。
「何処に行く?」
「自分の部屋に帰るけど……」
「ここで寝ろ」
「えっ!?ここで!?」
紅丸の突然の言葉に、驚きが私の心を駆け巡る。待って、確かに昔は紅丸や紺炉と一緒に川の字になって寝てはいたけれど、それは昔の話だ。今の私たちは大人だ。男女が同じ屋根の下、しかも夜だ。紅丸は片眉を上げる、その様子に少し不安になる。
「あぁ?いつもと変わらねェだろ」
「そ、そうだけど……」
「昼だってヒカゲとヒナタと一緒に寝たじゃねェか」
私は一瞬戸惑う。紅丸が言っていることは分かる。昔から一緒に昼寝も夜寝もしていたし、ヒカゲとヒナタを交えて寝ることもあった。しかし、昼寝ならまだしも、夜はさすがに困る。
「お前を野放しにしてたら、また黒電話の所に行くだろうがァ。ここで寝ろ」
紅丸の言葉には私の行動が見透かされているかのようだった。今の彼に何を言っても、誤魔化すことはできないと悟る。そう思った私は、素直に紅丸の隣に腰を下ろした。
「布団2つ、今から持ってくるから待ってろ」
私たちを見ていた紺炉は、やれやれといった様子で押入れに向かい、私と紅丸の分の布団を取り出して畳に準備し始める。あぁ、今日は色んな意味で眠れそうにない。私はチラッと紺炉の横顔を眺め、せめて戸側に寝かせてくれと彼に念を送ったが、紅丸の「絵馬は壁側だ」という一声で、逃げ道が閉ざされたことを確信した。
ーー後日
私は第8小隊に電話をかけた。電話に出たのは桜備大隊長で、アイリスの件について大まかな情報を教えてもらえた。アイリスと第5小隊の大隊長であるプリンセス 火華は、昔同じ修道院で育った関係で、アイリスは第5火華大隊長を「義姉さん」と呼ぶ間柄だという。今回の件については、第8と第5の戦いは合同戦闘演習として処理されたそうだ。そして、バーベーキューというやつも行われたそうだ。
「俺が出るまでもなく、シンラたちが片づけたんだ」
「そうだったのですね!アイリスが無事なら本当に良かったです。シンラたちに代わりにお礼を言ってもらえると嬉しいです」
「あぁ、分かった。そっちはどうだ?ちゃんと休憩しているか?」
「はい。今は第7地区の浅草の見回り、書類整理、鍛錬などをして過ごしています」
私は浅草での状況を桜備大隊長に伝えた。彼の声が電話越しに響く。
「そうか。出動謹慎が解除されたらまた第8に顔見せに来いよ」
「はい、承知です!」
「じゃあな」
電話越しに聞こえる桜備大隊長の言葉を耳にした瞬間、受話器を耳から離して電話を切った。安心感と共に心に余裕が生まれる。
「さて、今日も頑張りますか!」
詰所の玄関から出た私は、槍伸縮型で大空に絵を描くように振るった。空に描かれたその軌跡を見上げながら、新たな一日の始まりを感じた。