第壱章
夢小説名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昼下がり、詰所にある黒電話が突然鳴り響いた。受話器を取り上げると、電話の相手は、第8小隊の桜備大隊長だった。話の内容は、昨日の新人大会に関するものだった。あの新人大会で使用された訓練施設の建物内で、同じ第8小隊に所属するシンラとアーサー、さらに第1小隊のタマキが、何者かと接触し交戦したというのだ。
「つまり……昨日の新人大会では既に建物内に侵入者がいて、シンラ達を襲ったと」私は確認するように尋ねた。
「あぁ、そういうことになる。その侵入者の名は”ジョーカー”と呼ばれることになった」
「ジョーカー……。ということは、あの灰はジョーカーと関係があるのですね」
「恐らく、ジョーカーが持っていた灰だろう。先程、火縄中隊長が絵馬たちと集めた灰の解析結果が出たと俺に報告してくれた」
「結果は何だったのですか?」
桜備大隊長は、私の質問に対し少し間を置いて話してくれた。
「灰は”焔ビト”から作られたものだったんだ」
「"焔ビト"から……」
私は衝撃を受け、拳を強く握る。桜備大隊長から言われるまで、あの灰が”焔ビト”から取られたものだとは思いつきもしなかった。死者の灰を使用するなんて、なんて悪趣味な奴だ。
「桜備大隊長!”焔ビト”が出現しました!」と、突然茉希の慌ただしい声が電話越しに響いた。
「すまん、絵馬!また、情報が出次第連絡するからな」
「承知!気をつけて行って来て下さい」
私の声を聞いた桜備大隊長は、出動準備のため電話を切った。ツーツーと鳴る受話器を静かに直し、出動したい気持ちを抑える。昨日、紅丸に言われた出動謹慎を守るため、仕方なく黒電話から離れ、庭を歩くことにした。
庭に出て、縁側に腰を下ろす。小さな小池が太陽の日差しを反射させて銀色に光輝く。心地よいそよ風が身体を吹き抜ける。ここは、私のお気に入りの場所だ。昔はこの詰所にほぼ毎日のように通って、紅丸や紺炉、火消し達の稽古に混ぜてもらったり、見学したりして1日を過ごしていた。ある事件がきっかけで、私はこの詰所で寝泊まりするようになった。今では、家のように感じている。この場所に移り住むようになったのもつい最近のことで、浅草のどこにでもいる街娘から、今では浅草の第7小隊の小隊長という立場になった。
「おっ、絵馬。久しぶりに俺と手合わせでもするか?」紺炉の声が廊下から聞こえた。
「あっ……紺炉」
振り向くと、法被を着崩しながらこちらにやって来るの紺炉が見えた。私はその誘いに頷いた。
「そうだね。少し身体を動かして頭をスッキリさせたいから、良いよ」
縁側から腰を上げて紺炉と一緒に庭に出る。まずは慎重に指先から足先まで身体をほぐし、膝を折って屈伸運動をする。顔を上げると、少し離れたところで紺炉が立っている。着崩した法被から見える包帯に目が行く。じーっと見ていると紺炉と目が合い、彼は私の名を呼んだ。
「絵馬!始めるぞ!」
「合点!承知」
私たちは互いに間合いを取り、私は紺炉に向けて一歩目を踏み出した。紺炉の左横腹を狙いに回し蹴りを放つが、紺炉はそれを左腕で防ぐ。そして、彼は私の顔面目掛けて右正拳突きを繰り出してきたため、私はその場にしゃがんで回避する。それを見計らったかのような膝蹴りが飛んできた。咄嗟に両腕で顔面を防ぐが、紺炉の膝蹴りの威力で後ろに吹っ飛ばされた。
「くっ!!」
「おらァ、勢いはどうした絵馬ッ!!」紺炉は笑いながら言った。
私は体勢を立て直し、再び彼に向かって走り出す。今度は顔面を狙って右正拳突きを繰り出すが、これもまた紺炉は左腕で防ぐ。透かさずその場でしゃがみ込み、両手を地面につけて紺炉の足を狙いにもう一度回し蹴りを放つ。紺炉はギリギリのところで身を引き、攻撃を避けた。
攻撃しては防ぎ、そしてまた防御。体術では紺炉の方が一枚上手だが、それでも負けじと私は紺炉に喰らいついた。
「今日はこれで仕舞いにするか」
紺炉の一声で、私は額から滴る汗を腕で拭った。空を見上げると、太陽が西に沈みかけていた。今は夕暮れ時だと、体感的には感じていたが、正確な時間は分からない。おそらく、1時間ほど紺炉と手合わせしていたのだろう。ちらりと縁側に目を向けると、一人の青年がただじっと座り、私たちの様子を見ていた。
「若、おかえり」紺炉は声をかける。
「あぁ」
手合わせ開始して少し経った頃、用事で外出していた紅丸が戻ってきて、私たちを見つけると、縁側に寝転がり、じっと手合わせを見つめていた。紅丸は体勢を直して、胡坐をかいた。
「紅丸、おかえり」
私は腕や着崩れた法被で汗を拭いながら、紅丸の元へ近づく。
「ほらよ」
紅丸が肩にかけていたタオルを私に投げ渡す。私は咄嗟にタオルを掴んだ。
「ありがとう」
紅丸は私をチラッと見てから、手に待っていたタオルを紺炉にも投げ渡した。
「紺炉のもある」
「ありがてェ」
紺炉はタオルを受け取り、汗を拭う。紺炉は汗を拭いながら私に言った。
「絵馬、先に風呂に入って来い。その後に、夕食の準備を手伝ってくれ」
「承知。じゃ、また後で」
私は紅丸からもらったタオルを持って、脱衣所へと足を進めた。
ガララと脱衣所のドアを開けて中に入る。籠に法被などを脱ぎ捨てる際、ふと、洗面所に移った鏡の中の自分の姿が気になり、じっくりと眺めた後、くるりと一回転する。右肩には、獣に引っ掻かれたような跡が目に入る。この傷は、幼い頃に第二世代の能力が発症した際にできた傷跡だ。昔と比べると跡は少し薄くなったが、それでも目立つ。私は洗面所の鏡に片手を合わせ、自分をじっと見つめる。そして、ふとした拍子に、鏡の中に両親の顔が見えた気がした。
「あの時、私が……」
その瞬間、突然声が響いた。「姉々ーー!」
「一緒に風呂に入るぞー‼︎」
振り返ると、脱衣所のドアを開けて入ってきたのは、双子のヒカゲとヒナタだった。私はビクッとして鏡から手を離し、二人に振り返る。
「そうだね。今日は一緒に入ろうか」
私は何事もなかったかのように微笑む。ヒカゲとヒナタは法被を脱ぎ散らかして籠に放り投げ、大浴場に向かっていく。
「さっさとしろ!置いて行くぞー!!」
その言葉に急かされ、私はタオルを身体に巻いて大浴場に入った。
「二人とも、先に頭と身体を洗うよ」
「絵馬が身体洗いやがれー!」
「はいはい」
私は、ヒカゲとヒナタを風呂椅子に座らせ、頭と身体を交互に洗ってお湯で身体を流す。ヒカゲとヒナタは私の方を振り向き、嬉しそうに言った。
「絵馬ー!ヒカゲとヒナタが洗ってやるから後ろ向きやがれー!」
「えっ、本当ー!嬉しいなぁ。じゃあ、二人にお願いしようかな」
私は心が浮き立ち、急かすヒカゲとヒナタの言葉に甘えて、二人にお願いすることにした。
浴槽にヒカヒナと一緒に浸かり、充分に温まってから大浴場を出た。脱衣所で浴衣に着替え、髪を乾かし後、二人を連れて食堂に向かった。食堂には、紅丸と紺炉が私たちを待っていた。
「悪いな、絵馬。チビ二人に「絵馬が風呂に居る」と伝えたら、すぐに風呂に行くと言って話も聞かずに走り出しちまったもんで」
「良いよ。今日は二人に身体を洗ってもらえたから逆に楽しかった」困り顔の紺炉に向けて微笑む。
私の両側に立つヒカゲとヒナタは、紺炉に向かって「チビじゃねぇ!つぶすぞ、コンロー!」と叫んでいた。
「ヒカゲ、ヒナタこっちに来い」紅丸の声が響く。
「ワカーー!」
ヒカゲとヒナタは紅丸の呼び声に反応し、私の側を離れて紅丸の方へ走っていく。二人は紅丸の膝に乗り、彼は櫛で二人の髪を梳き始める。幼い頃の私も、紅丸にそんな風にしてもらった記憶がよみがえる。思春期になると、紅丸に髪を梳いてもらうのが恥ずかしくて自分でするようになった。少し羨ましさを感じながら、私は紅丸たちから目を逸らした。
「よしっ!夕食の準備でもしますかね!」
この気持ちを誤魔化すかように、浴衣の袖を腕まくりして、台所の方へ小走りに歩いて行った。
ーー次の日
深い眠りの底から、重い衝撃によって強制的に覚醒させられた。
「起きろーー!起きろーー!」
「絵馬!早くーー!」
耳に響く高い声とともに、腹の上に何かが乗っかった。
「うっ」と、私は思わず呻く。
薄目を開けると、朝日が網膜を突き刺すような刺激を与えてくる。雀の鳴き声が遠くから聞こえてくる。眩しさに目が慣れてくると、腹の上にはヒカゲとヒナタが馬乗りになっているのが見えた。寝ぼけ目で枕元の置き時計をやると、時刻は8時半だった。
「若が呼んでるー!絵馬を起こして来いーって!」ヒカゲとヒナタの声が弾んでいる。
紅丸が私を呼んでいるのか。何の用だろうか、もう少し寝ていたい気分なのに。そんなことを思っていると、襖が開く音がした。その音に反応して、襖の方を振り向くと、法被を着た紅丸が手を置いて立っていた。
「ヒカゲ、ヒナタ。絵馬は起きたか?」
「ねぼすけ絵馬は今起きたーー!」ヒカゲとヒナタは声を揃える。
彼女らは私の両腕を掴み、少し強引に身体を起こさせた。
目をしばしばさせて何とか覚醒すると、部屋の壁に飾ってある第1の防火服と第8の防火服を眺め舌打ちする紅丸に対して、言葉をかける。
「おはよう、紅丸」
「あぁ、おはよう。絵馬、朝飯を食ったら今日は俺と手合わせするぞ」
そう言って紅丸は襖から手を離し、どこかへと行ってしまった。
「若と絵馬が喧嘩だーー!」
「喧嘩ではないかな、手合わせだね」
私はヒカゲとヒナタに訂正を入れながら、取り敢えず朝食を食べることにした。
朝食を終えた私は、昨日と同じように庭に出て身体をほぐす。違う点は、手合わせ相手が紺炉ではなく紅丸であること。そして、縁側には紺炉とヒカゲ、ヒナタが座り、手合わせを見学をしている。ヒカゲとヒナタは私たちを応援している。
「ワカー!やっちまえー!」
「絵馬ー!やっちまえー!」
「どこで、そんな言葉を覚えてくるんだ……」
その声に、紺炉が困ったようにハァとため息を吐くのが見えた。私は紅丸に視線を向ける。彼は上だけ法被を脱いで、中に着た黒シャツの姿だった。
「ふぅ……」
私は一度ゆっくりと深呼吸をする。その後、紅丸を真っ直ぐ見つめた。
「紅丸、手加減しないでよ」
「最初からそのつもりだ」
拳を握りしめ、紅丸を睨む。彼も私と同じように間合いを取る。
「始めるぞ」
紅丸が素早く接近し、一瞬でポケットから抜いた拳を抜き、私の肩に一つ叩き込んできた。拳の威力を弱めるために後ろに下がった瞬間、紅丸はさらに返す力で私に回し蹴りを放つ。私は左腕で回し蹴りを受け止めた。
「ッ‼︎」
反動で少し後方に吹っ飛ばされる。体勢を立て直した私は、紅丸に接近し、同じように肩を狙いに正拳突きを繰り出すが、簡単に受け流され、足を蹴られバランスを崩す。その隙を狙われ後ろ回し蹴りが私の脇腹に突き刺さり、遠方の地面に叩きつけられた。
「絵馬、もう終わりか?」
悠然と佇む紅丸の姿に、少し苛立ちが込み上げる。
「……ンなわけ」
私は少しよろめきながら立ち上がり、地面を蹴った。左の正拳突き、膝蹴り、回し蹴りと次々に紅丸に攻撃を仕掛けるが、彼はそれを一つ一つ防ぎながら、隙を見て仕返ししてくる。その瞬間、私も後ろ回し蹴りを繰り出し、紅丸の脇腹に突き刺さる。彼の身体が後方へ押しやられた。
「紅丸、もう終わり?」
私は先ほどの紅丸の言葉をそのまま返してやった。
「ハッ、良い度胸じゃねェか!」
紅丸は私を見て笑う。私も紅丸を見て笑い、お互いに地面を蹴った。