第参章
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私は槍をくるりと一回転させ、横目でカリムに視線を送った。
「カリム、援護を任せた」
「おう」短く、だが確かな返事が返ってきた。背中越しに伝わるその声に、なぜか胸の奥が少しだけ軽くなる。
「絵馬、俺も加勢する。右側を頼んだぞ」火縄中隊長が隣に並び、銃を構える。彼の落ち着いた声音は、戦場の喧騒を一瞬だけ遠ざける。
「わかりました、火縄中隊長」
「いくぞ」
合図と同時に、私は”焔ビト”へ向かって駆け出した。槍を大きく横に薙ぎ払う。刃が空気を裂き、二体の“焔ビト”を壁に吹き飛ばした。衝撃で瓦礫が崩れ、煙が舞う。
その瞬間、リン、と澄んだハンドベルの音が響いた。カリムの合図だ。壁ごと“焔ビト”が一瞬で凍りつき、動きが止まる。
私は素早く地面に膝をつき、槍先でアスファルトに絵を描いた。
「踊れ!火猿‼︎3匹だ‼︎」
ボォッと炎が燃え上がり、3匹の火猿が現れる。火猿たちはその場で円を描き、拳を合わせると、まるで溶け合うように一つの巨体へと形を変えていく。
「おお! ゴリラ!」ヴァルカンが興奮したように叫ぶ。その声に、思わず口元が緩んだ。
火猿の姿は、確かにヴァルカンの言う通り、3メートルほどの巨体なゴリラだった。炎でできた筋肉がうねり、胸を叩くように両腕を激しく動かす。ゴリラ化した火猿が“焔ビト”へ向かって突進した。両腕を合わせ、地面に向かって振り下ろすように叩きつける。“焔ビト”が粉々に砕け、地面にめり込む。
続けざまに、別の“焔ビト”が火猿に向かって突進してきた。だが、火猿は怯まない。両腕でそれを掴み、壁に叩きつけた。衝撃で瓦礫が飛び散り、煙がさらに濃くなる。
「姉さん!」ヴァルカンが目元の装備で察知し、私を呼ぶ。その声と同時に、煙の中から二体の”焔ビト”が飛びかかってきた。
「大丈夫、任せて」
ガンと槍先を地面に突き刺し、助走をつけて前に大きく一回転。槍を引き抜きながら跳び上がる。その合図に、火猿が素早く動き出し、2体の“焔ビト”の片足を鷲掴みに捕らえる。
その様子を見ながら、私は宙で体を捻り、左斜めに腰から首元に向けて大きく引き裂くように槍を振るった。
「安らかに……」
2体の“焔ビト”の身体に百合の炎がふわりと咲く。そして、灰と炎の塊となって崩れ落ちた。
――静寂が、ほんの一瞬だけ訪れた。
「絵馬、一旦タマキたちのいる後方へ下がれ。槍に炎を溜めることに専念しろ」
隣に移動してきたカリムの声は、いつになく低く、鋭い。私は槍を握りしめたまま、彼を見上げた。
「大丈夫だよ、カリム。火猿は消えてないし、それに炎はあと2つ分残ってるから」
「いや、カリム中隊長の言う通りだ」火縄中隊長が凍りついた“焔ビト”に銃口を向け、引き金を絞りながら口を挟む。銃声が重なり、灰が舞う。「まだ戦えると思うな。炎を溜めるのは今しかない」
「ですが、まだ……」と小さく呟くと、火縄中隊長の鋭い目がこちらを射抜いた。
「なんだ、絵馬。いまここで、俺にブッシごかれたいのか?」
「い、いえ!承知です!火猿、火縄中隊長たちの援護に動いて」私は慌てて首を振り、火猿をその場に残し、素早く後方へと下がった。足元に散らばる瓦礫が、靴底で軋む。
「十二小隊長、私の炎を……あわわッ!」
駆け寄ってきたのは、シスター姿のタマキだった。が、袖がどこかに引っかかり、上着だけが勢いよく脱げてしまう。ふくよかな胸が、まるで時間が止まったかのように私の顔面に突進してきた。
「ラッキースケベ……」谷間に埋もれながら、つい呟いてしまった。
「おいおい……またか、タマキ」後方からヴァルカンの呆れた声が響く。
「したくてしてるわけじゃねェ!」タマキが叫び返す。
私はゆっくりとタマキの両肩に手を置き、胸から顔を離した。熱と汗、そして彼女の体温が頬に残る。ベールを掴み、胸元を隠しながらヴァルカンに声をかける。
「ヴァルカン、ごめん。そこに引っかかってるタマキの上着、取ってくれない?」
「あいよ」
ヴァルカンが上着を掴み、こちらに放る。右手で受け取り、タマキに差し出す。
「ありがとう……はい、タマキ」
「十二小隊長、すみません」タマキは素早く上着を羽織り直し、顔を赤らめながら頭を下げた。
「仕切り直して、十二小隊長、私の炎を使ってください!」
タマキは能力を発動し、臀部付近から二本の炎の尻尾を生み出す。炎が生き物のように揺らめく。
私は槍を地面に置き、炎の尻尾が柄を這うように絡みつき、ゆっくりと槍に炎を注ぎ込んでいく。金属が熱を帯び、かすかに赤く光り始めた。
「姉さん、さっきのウサギといい、ゴリラも作れるのか?」
顔を上げると、ヴァルカンは火縄中隊長たちと一緒に“焔ビト”を鎮魂している火猿を見つめていた。私もその方向へ視線を向ける。
「まぁね、動物図鑑で見たことある動物は作れるけど、作れる動物は限られてるんだ」
「スゲェな、どんな動物が作れるんだ?」
「そうだね……”十二支”って知ってる?」
「じゅうにし?何だそれ?そんな動物がいるのか?」
ヴァルカンの質問に首を振る。「違うよ、“十二支”はね、浅草では生まれ年を表すんだよ。子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥――十二年で一巡するの」
「へぇ……姉さんがいる浅草って、そういう文化があるんだな」
「私も知らなかったです」タマキも目を丸くしている。
「原国の時代からその文化が続いてたみたいなんだよね。その十二支に関係する動物を描くことで、私の能力が発動するの」
「ほんと、十二小隊長の能力って、私のような第三世代の能力に近いですよね」とタマキは呟く。
「よく言われる。相手の炎を消滅させたり、弾き返すような能力は苦手なんだけど、他の第二世代の人より形状変化能力、炎の制御能力が高いだけだよ。……それに、この槍伸縮型がないと十二炎を呼べないからね」私は槍を見つめながら呟いた。
「炎炎ノ炎ニ帰セ」
火縄中隊長の声が遠く響く。視線を上げると、残りの”焔ビト”が次々と灰へと変わっていく。
「さすが、第1と第8の中隊長!ここにいる”焔ビト”はあらかた眠った。あとは……あの”一角”‼︎」ヴァルカンが叫ぶ。
火縄中隊長たちの視線の先に、一本の角を生やした”焔ビト”が、静かに炎を揺らめかせて立っていた。