第参章
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煙と灰の匂いに満ち、崩れた瓦礫の間を縫うように歩きながら、カリムの視線が私の背中に重くのしかかる。
「第8のところに行くんだろ?」
「カリムも桜備大隊長から要請で?」私は足を止めず、振り返って聞き返した。
「ああ、絵馬が地下に行く前に桜備大隊長からの手紙を渡してくれただろ」
カリムの言葉に、大聖堂での記憶が鮮やかに蘇る。ポケットから封筒を取り出し、彼に手渡したあの瞬間を。「うん、覚えているよ。バーンズ大隊長と一緒にいた時でしょ」
「その手紙にも書いていたんだが、消防隊の中には、白装束のようにまだ敵が潜んでいるかもしれない。個人的同士で、要請を、ってな。昨日、絵馬たちが第4に行った後、桜備大隊長自ら俺個人に応援の要請があった」カリムの声は落ち着いていたが、その奥に緊張の糸が張っているのが分かった。
今朝、浅草に現れた桜備大隊長の姿が脳裏に浮かぶ。「そういうことか……」私は呟き、槍をくるりと回した。金属の擦れる音が、静かな通りで小さく響く。カリムを見上げる。「カリムはこれからどうする?」
「俺はこのままてめェと一緒に、第8と合流する」彼の答えは即座で、迷いがなかった。
私は視線を逸らし、避難誘導中のシスター部隊を人差し指で指した。彼女たちの動きは統制され、町民を安全な場所へと導いている。「避難誘導しているシスターたちは?」
「俺の部隊は、町民たちを避難誘導し、避難場所まで連れてった後、他の部隊と合流して第8に向かうよう命令してある。それに――」
カリムはそこで言葉を切り、私の手元の槍に視線を落とした。
「その武器、炎、使い切ってるだろ? 補充に時間かかるって言ってたよな」
「そうだけど、この辺りの炎を吸収しながら第8と合流するつもりだったし……」
「その間は、鎮魂できねェんだろ。サポートは俺がする」カリムはトランペットのような大きな武器を肩に担ぎ直し、口の端に薄い笑みを浮かべた。その仕草に、いつもの嫌みったらしい自信が滲んでいる。
「じゃあ、任せたよ、カリム」私は小さく笑い、彼に頷いた。
「ああ、第8のところへ行くぞ」
私は一歩踏み出し、前へと駆け出した。
「絵馬、今だ!」カリムの声が空気を切り裂いた。ハンドベルの鋭い音が響き、目の前の数体の“焔ビト”が一瞬で氷漬けになった。
その隙を逃さず、私は叫んだ。「火兎!」
名を呼ばれた火兎の一匹が、雷のようにジグザグに動き、加速しながら氷漬けの“焔ビト”へ突進した。その勢いのまま、身体を貫き、胸に炎の百合を浮かび上がらせる。“焔ビト”は断末魔の叫びも上げず、灰となって風に消えた。
「次!」
私は叫び、別の火兎が同じように別の“焔ビト”へと突っ込む。一体、また一体と、炎の百合が浮かんでは消え、灰が通りに舞う。
「道行く先々に、“焔ビト”がこんなにもいるのか」カリムが周囲を見渡しながら走る。
「これは尋常じゃないね」
「桜備大隊長が言っていた、新たな“アドラバースト”の持つ者の誕生か?」カリムが横目で私を見る。その視線に、探るような鋭さがあった。
「ねぇ、カリムは火事場強盗の女学生って知ってる?」私は走りながら尋ねた。心のどこかで、点と点がつながりそうな予感がしていた。
「知ってるもなにも、皇国じゃ有名な話だ。この現場にも、その少女に助けられたって報告が出てる」
「え? その報告はいつあったの⁉︎」私は思わず声を上げ、足を緩めた。
「絵馬と合流する前だーー」
カリムの言葉を遮り、私は叫んだ。「それじゃあ、この火事は白装束の奴らがいる可能性が高い! それに――」言葉を切り、口を閉ざした。建物の隙間から、角のようなものが生えた“焔ビト”の影が一瞬ちらりと見えた気がした。そして、遠くに、見知った人物たちの姿。
「止まって、カリム」私は鋭く言った。声に力がこもる。
カリムが即座に足を止める。「どうした?」
「いる、あの建物の奥に……それに、火縄中隊長とヴァルカンも見つけた」私は目を細め、煙の向こうを凝視した。
「タマキもいるな」カリムが静かに言う。
「タマキのあの服……」
私は呟いた。防火服ではなく、シスターの防火用修道服に身を包んだタマキがそこにいた。
「シスターの修練は済んでる、問題ない。だが、この現場を一人で鎮魂するのは厳しいだろうな。走るぞ、絵馬!」
「承知!」
私は槍を握り直し、頷いた。そして、私たちは煙の奥へと駆け出した。
「来たぞ!」火縄中隊長の声が響き、銃を構える音が鋭く空気を裂いた。彼の視線の先には、蠢く“焔ビト”の影。
その隣に立つタマキの姿が目に入った。ベールだけをまとい、下着姿で立っている。ヴァルカンの叫び声が耳を突く。「鎮魂もできないのにどうするんだ‼︎」苛立ちと焦りが混じる声が、煤けた空気に響く。
その瞬間、カリムの合図が響いた。
「後に続け」
ハンドベルの小さな音が、リン、と静かに耳に届く。空気が一瞬で冷え込み、肌が粟立つ。カリムの声に合わせ、私は叫んだ。「火兎!」
火兎たちが一斉に動き出す。雷のような速さでジグザグに進み、“焔ビト”へと突進する。カリムが再びハンドベルを鳴らし、火兎の炎を操るように氷の波を放つ。炎と氷が交錯し、“焔ビト”の胸に突き刺さった火兎の炎が凍りつき、動きを完全に封じた。
「まったくタマキは……。相変わらず、何やってんだ……」カリムが小さく息を吐き、呟く。
カリムがゆっくりと火縄中隊長たちの前に姿を現す。タマキが驚いたように声を上げる。
「カリム中隊長!」
「聖職者が不足してたりねェんだろ?」
「みんな、お待たせ」
私はカリムの後ろから姿を現した。槍を握る手に力を込め、煙の向こうに立つ仲間たちを見つめる。
火縄中隊長の目がわずかに見開かれ、驚いたような表情が浮かぶ。
「絵馬!」
「姉さん!」
ヴァルカンの声が響く。彼の目元を覆う自作の装備が、煤と汗で鈍く光る。声に滲む驚きと安堵が、煙の向こうでもはっきりと感じられた。
私たちは火縄中隊長と合流した。火縄中隊長は耳に装着した無線機に手をやり、素早く連絡を入れる。
「こちら火縄!第1のカリム中隊長と第7と第8の絵馬小隊長が合流した!」
「来てくれたのか!」無線機から桜備大隊長の声が漏れる。少し掠れたその声に、緊迫感と安堵が混じる。
「桜備大隊長から救援がほしいとの要請を受けた」カリムが火縄中隊長たちに簡潔に伝えた。
ヴァルカンが私に近づき、ポケットから何かを取り出した。「姉さん、これを」小型無線機をこちらに向ける。
「俺が開発した耳に装着する小型無線機だ。受け取ってくれ」
「ありがとう、ヴァルカン」私は無線機を受け取り、右耳に装着した。一瞬、ザーっとノイズが走るが、すぐに桜備大隊長の声が聞こえてきた。
「絵馬、聞こえるか?」
「はい!桜備大隊長、第7より要請を受け、絵馬 十二、救援に入ります!」
「ああ、頼んだ!」桜備大隊長の声は力強く、戦場に響く。
私は仲間たちを一瞥し、頷いた。