第参章
夢小説名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「来なよ!」
私は叫び、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。槍の刃が空気を切り裂く音が、耳元で鋭く響く。右側の”焔ビト”がまず動いた――その腕が炎の鞭のようにしなり、鋭い熱風を伴って襲いかかってきた。私は咄嗟に身を低くし、地面を滑るようにかわす。熱が頬をかすめ、焦げた匂いが鼻をついた。
「遅い!」私は体を起こしながら、槍を伸ばして一閃。槍伸縮型の機構が唸りを上げ、槍の刃が右の”焔ビト”の横腹を深々と貫いた。ひと捻りすると、百合の炎がふわりと浮かび、そいつは断末魔の咆哮を上げて吹き飛んだ。ガラガラと崩れる壁に叩きつけられ、灰と炎の塊となって崩れ落ちる。
だが、息つく暇もない。左の”焔ビト”が低く唸り、両腕を広げて突進してきた。その動きはさっきのよりも素早い。私は槍を縮め、軽快に後退しながら距離を取る。そいつが地面を叩き、炎の波を放ってきた瞬間、私は横に跳んだ。熱波が足元を焦がし、コンクリートの地面が黒く焼け付く。着地と同時に槍を再び伸ばし、今度は全力で振りかぶる。
「これで終わりだ!」
刃が弧を描き、”焔ビト”の胴体を斜めに切り裂いた。衝撃でそいつも壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
私は槍を握り直し、ひと捻りして百合の炎を浮かび上がらせる。”焔ビト”の胸を引き裂くと、そいつは次第に灰へと変わり、風に乗って消えていった。
「さっきの人と共に、安らかに……」
背筋を伸ばし、槍を構えたまま周囲を警戒する。町はまだ静かにならない。折れた電柱が火花を散らし、割れたアスファルトから煙が細く立ち上る。遠くで響く民衆の悲鳴と、逃げ惑う足音だけが、生き物の鼓動のように町を震わせていた。
「ここにいる人たちだけでなく、まだ逃げ遅れている人たちもいるのか」
右側からガレキの擦れる音、左奥の路地から熱気を含んだ風が吹きつける。
「どっちから来る……?」
私は槍を軽く振って構え直した。槍伸縮型の機構がカチリと音を立て、町の喧騒の中で”焔ビト”のうなり声が不気味に響く。背後では炎の壁に守られた町民たちが息を潜めている。ここでは私一人だ。
右側の”焔ビト”が建物の壁を突き破って現れた。炎の爪がアスファルトを削り、火花が散る。私は左足を踏み込み、槍を伸ばす。
「喰らえ!」刃先が肩を狙うが、そいつは滑るように動き、槍が空を切った。熱風が頬をかすめ、近くの店の看板が焦げる。
「ちっ、速いな!」
ほぼ同時に、左奥の路地からもう一体が飛び出してきた。こいつは両腕から炎の渦を噴き出し、まるで歩く火炎放射器のようだ。倒れた自転車やゴミ箱を蹴散らしながら突進してくる。
「挟み撃ちかよ!」
私は咄嗟に後方へ跳び、近くの街灯を軸に体を旋回。槍を縮めて軽快に動き、両者の間合いを測る。背後で民衆の叫び声が一瞬高まり、誰かが「逃げろ!」と叫ぶのが聞こえた。
右の”焔ビト”が再び突っ込んでくる。炎の爪が振り下ろされ、地面が黒く焦げる。私は槍を振り上げ、刃で爪を弾き返した。金属と炎がぶつかる甲高い音が響き、衝撃で腕がしびれる。
「まだだ!」私は反動を利用し、槍先を地面に突き刺し、遠心力を利用して両足で蹴りを繰り出す。そいつは咆哮を上げながら近くの店のシャッターに叩きつけられた。ガシャンと金属がひしゃげる音とともに、炎と灰が舞い上がる。
左奥の”焔ビト”が両腕を振り上げ、巨大な炎の球を放ってきた。町の通りを照らすその輝きは、まるで小さな太陽のようだ。背後には怯えながら私を見守る町民たち。避けるわけにはいかない。
「正面からいくしかない!」
私は槍を縮め、両手で構えて突進。炎の球に槍の刃を突き刺し、全力で振り抜いた。熱が全身を包み、髪の先が焦げる感覚がある。爆風とともに炎の球が四散し、近くのガラス窓が粉々に砕けた。
その瞬間、リンというハンドベルの音が響いた。
「絵馬!任せろ!」聞き覚えのある声。カリムの声だ。その音と共に、”焔ビト”の首から下が一瞬で氷漬けになった。
”焔ビト”が一瞬怯んだ隙を逃さず、私は間合いを詰める。「終わりだ!」槍を最大限に伸ばし、その胸を氷ごと貫く。刃が炎の核を突き破り、百合の炎が浮かび、”焔ビト”は断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。灰と煙が町の通りに広がり、一瞬の静寂が訪れる。
肩で息をしながら、槍を地面に突き立てて体を支え呼吸を整える。逃げ遅れた町民たちが遠くからこちらを見つめている。その中から、ローブを着た男がトランペットのような大きな武器を手に近づいてきた。カリムだ。
「もう、へばっちまったか?」彼は嫌みったらしい笑みを浮かべる。
「ハッ、そんな訳ないじゃん。カリムの方こそ、ちょっと疲れてるんじゃない?」私は鼻を鳴らし、法被の袖で頬の土を拭った。
「俺は今ここに着いたばかりだ。避難誘導してたら、路地から声が聞こえてな。声が聞こえる方を見たら、町民を守りながら”焔ビト”と戦う絵馬の姿が見えたんだよ」とカリムは淡々と言う。
「へー、そうですか。まぁ、いいタイミングで凍らせてくれて助かったよ」
背後から数名のシスターが現れ、「カリム中隊長」と声を揃える。
「すまないが、避難誘導してた町民とここにいる連中も一緒に、避難場所まで連れてってくれ」カリムは静かに指示を出す。
「かしこまりました」シスターたちが答える。その様子を見て、私は炎の壁を解除する。町民たちがぞろぞろと動き出す。
「た、助かった〜、第1特殊消防隊が来てくれた」
「浅草の人間なんかより、皇国の消防隊の方が頼りになる」
そんな声が耳に入る。冷たい視線が私を刺す。いつものことだ。皇国と原国主義の浅草、相容れない溝。慣れているはずなのに、心がちくりと痛む。
「絵馬」カリムが小さな声で私の名を呼んだ。顔を見ず、避難民を見つめたまま、私は呟く。
「いつものことだよ」
「おまっーー」カリムが何か言いかけたその瞬間、ざわめく人混みの中で二人の女学生が足を止めた。埃に汚れた制服、乱れた髪。彼女たちの目は緊張で張り詰めている。一人が、勇気を振り絞るように口を開いた。
「あ、あのっ!助けてくれて、本当にありがとうございました!」一人が頭を下げる。もう一人も慌てて頭を下げ、私の顔を見ずに走り去った。小さな背中が人混みに消えるのを見ながら、私は一瞬、息を止めた。震える声で紡がれた感謝の言葉。それだけで、心のざわめきが、ほんの少しだけ静まる。
「良いんだよ、ちゃんと見てくれる人がいるから」私は呟いた。自分に言い聞かせるように。町民の冷たい視線も、皇国と浅草の溝も、確かにそこにある。でも、こうやって感謝してくれる誰かがいる。それだけで、十分だ。
その瞬間、バシッと背中を叩かれた。カリムの大きな手だ。
「痛っ⁉︎ちょっと何すんの?」
私は振り返り、思わず声を上げた。カリムはいつもの嫌みったらしい笑みを浮かべている。けど、その目にほんの少しの温かさがある気がした。
「……烈火の時のお返しだ」
「え?いま⁉︎」私は目を丸くして聞き返した。
「なんだ?もう一発、叩いてほしいってか?」カリムがニヤリと笑う。
「いやいや、言ってない」と私は首を振って笑った。