第参章
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静寂が支配する第4特殊消防敷地内。その中心で、アーサーがシンラを見下ろしていた。「おい、悪魔」と彼の声が低く響く。
シンラは地面に仰向けに倒れたまま、荒い息をつきながら顔を歪めた。「悪魔じゃねェ……ヒーローだ、って、何度も言ってんだろ」
彼の声は疲労と苛立ちに掠れ、ぶっきらぼうだった。鼻から一筋の血が流れ、頬を伝って地面に染みを作る。軽症に見えるが、シンラのことだ。痛みを隠しているに違いない。
「シンラさああん! 大丈夫ですか〜〜!」 アーグ中隊長の甲高い声が静寂を切り裂く。彼女は小走りで駆け寄り、シンラのそばに膝をつくと、ポケットから簡易医療キットを素早く取り出した。慣れた手つきでガーゼを手に取り、シンラの鼻血を拭う。
「動かないでくださいね〜! じっとしててください、すぐ手当てしますから!」彼女の声は心配と焦りが混じり合い、どこか母性的な響きを帯びていた。
その様子を横目で捉えたパーンが、オグンに鋭く指示を出した。
「オグン、他の隊員を何人か呼んで来てくれ!」
「はい!」 オグンは力強く頷き、すぐさま走り出した。砂埃を巻き上げながら遠ざかる彼の背中を、私は一瞬だけ見送った。パーンの視線がこちらに移る。
「十二、すまないが担架をーー」
「車庫にあるんでしょ?車庫の場所を教えて、火猿と一緒に取りに行くから」と、私は彼の言葉を遮り、即答した。
「助かる」とパーンは短く頷き、車庫の位置を指差した。「あの灰色のコンテナの隣の建物だ。すぐに見つかるはずだ」
私は小さく頷き、隣に立つ火猿に視線を投げた。
「行くよ、火猿!」
火猿は無言で頷き、私と並んで駆け出した。
ーーーー第4特殊消防所医務室
「瞳孔、異常なし……。意識は正常」
アーグ中隊長は隊員三人の目を一つずつ、指でまぶたを軽く広げながら丁寧にチェックしていた。最後の隊員の目から手を離すと、彼女は少し屈んでいた姿勢を伸ばし、こちらを振り返った。
「外傷も問題はないみたいです……」
その言葉に、長椅子に座っていた隊員の一人が眉をひそめ、困惑した表情で口を開いた。「俺たち、どうかしちゃったんですか?まるで記憶が……」彼の声には不安が滲み、隣に座る隊員たちも同じように首をかしげ、互いの顔を見合わせていた。
私は、彼に近づいて声をかけた。
「君たちは、何故その格好をしているのか覚えている?」
「格好……?」
隊員は自分の姿をまじまじと見下ろした。そこには、消防庁のマスコットキャラ"119(ワンワンニャイン)"の着ぐるみが、どことなく滑稽に彼の体を包んでいる。ふわふわの消防服の生地。頭部のヘルメット型フードは脱がされていたが、明らかに普段の消防服とは異なるその姿に、彼の顔はさらに困惑で歪んだ。
「これ……なんでこんなの着てるんだ?」 彼は隣の隊員に目をやり、同じく119の着ぐるみを着た仲間たちを見て呟いた。
「なんか、イベントだったっけ……?」
「マジかよ、火鱗……」私の背後でオグンが呆れたように呟く。
私は火鱗隊員から一歩離れ、医務室の空気を吸い込んだ。消毒液の匂いが鼻腔を刺す。背後から、パーンの低く落ち着いた声が響く。
「やはり、何者かに操られていたようだな……」
オグンがすぐさま反応した。「シンラと同じ奴か?」
「いや、地下で会った電気女の仕業だろう」アーサーが答える。彼の声には、どこか確信めいた響きがあった。
私は横目でアーサーを見やり、口を開いた。「多分、ハウメアの能力だろうね」
「ハウメア?」パーンが鋭い視線を私に投げかけてくる。私は彼に視線を移し、冷静に答えた。
「伝導者の一人。相手を操って操作する能力者。厄介な相手だよ」
「そいつに火鱗たちが操られてた……ということだな」
「そう」私は短く頷いた。
アーグ中隊長の声が、静かな医務室に響く。「パーン中隊長、3名の隊員は本日、療養に専念するようお願いします。心身ともに休息が必要です」
「わかりました、ありがとうございます。……火鱗たちは落ち着いたら今日は部屋で休むように!」
「は、はい……」火鱗たちはまだ困惑した表情を浮かべながらも、パーンの命令にサッと敬礼した。彼らの混乱は、時間が癒してくれるはずだ。
パーンは私とアーサーの方を振り返り、口を開いた。
「アーサー、十二。お前たちがいてくれて助かった、ありがとう」
私は少し気恥ずかしくなり、視線をそらした。「笛吹き、シンラを止めるのに協力してくれたから……こちらこそ、ありがと」
「素直に喜べよ」
「うるさいなァ」私は彼を軽く睨んだ。
「特に、アーサー」パーンがアーサーの名を呼ぶ。「成長したな」
「フッ」アーサーは鼻で笑い、どこか得意げに胸を張った。
「アンタは母親か」私は思わず呟く。
「褒めているんだよ!」パーンが素早く突っ込んだ。そのテンポの良さに、医務室の空気が一瞬軽くなる。
その時、オグンが遠慮がちに手を挙げ、口を開いた。「あのぅ……少し、いいですか?」
私たちは一斉にオグンに視線を向けた。
「ん?どうした?」とパーンが答える。
「パーン中隊長と十二小隊長って、どんな関係なんです?」
私は一瞬言葉に詰まり、すぐに答えた。「どんな……って、オグン君たちと同じ、教官と生徒の関係だよ」
「えっ!そうだったんですか⁉︎」
「ああ。まぁ、それより前に一回浅草で知り合ってはいたんだがな……」パーンが頬を軽く掻きながら言った。その表情には、懐かしさと気まずさが混じっている。
「あの時のこと根に持ってんのか?」パーンの声には、探るような響きがあった。
「……持ってねェよ」私は小さくため息をつき、視線を逸らした。
そのやり取りに、アーサーが興味深そうに口を開いた。
「絵馬も同じ恩師を持つ者だったか」彼は納得したように頷いた。
「にしては、十二小隊長……あの……」オグンが言葉を濁す。
「オグン、十二に聞いても無駄だ。俺が何回も伝えても、聞く耳を持たないからな」パーンが苦笑する。
「そうなんですね……」オグンは小さく頷いた。