人が悪い、悪過ぎる
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Prrrr…、
夕日が照らす静かな部屋に鳴り響いた着信を知らせる音。
ベッドに腰掛けていたレオナは自分の趣味ではないカバーの付いたスマホを手に取り画面を見やった。そこに映し出された<Jade>の文字にどういう考えか眉を少し動かしてから画面に触れた。
「………よぉ、ジェイド」
『っ、誰だ?なぜそのスマホを持っているんです』
聞きたかった声ではなかった事に動揺した様子のジェイドはすぐに冷静さを取り戻したのか低く冷たい声色で問いかけた。レオナは何か面白い事を思い付いたように口角をあげて答える。
「何故ってなぁ……親切だからだろ。拾ってやったんだ、ああスマホの話じゃねぇぜ」
『…あなた、レオナさんですか?』
「気付くのが遅ぇよ」
『…彼女は、何処です?』
「さぁな。俺の隣でぐーすか寝てられる図太い神経した知り合いがお前にいるのかは知らねぇ」
『寝て…いるですって…?』
「来るなら早く来い。ベッドが狭くて仕方ねぇ」
『っ………』
「ああ、待て。着替え持ってきてやれよ。お前の魔法で着せられんなら手ぶらでもいいが。裸で寮内うろつかれちゃ迷惑なんでな」
『………』
ブチッ!ツーツーツー…
乱暴に通話を切った事が目に浮かんだらしいレオナは「ははは!」と声を上げて笑うと、ヴァレッタのスマホをベッドの上に放り投げすぐ傍で寝息を立てている彼女に視線を落とした。
「あのジェイドが狼狽える様は見物だな!あんな奴に執着されちゃあ自由はないと思った方がいい。気の毒になぁ…」
夢の中から出て来る様子のないヴァレッタは、その声にも自身の顔を覆う長い髪の毛を避けるように褐色の指が触れた事にも気付く事はなかった。
─────ドガッ!!
物凄い音と共に現れたのは普段の涼しげな彼の姿ではなかった。乱れた服を直そうともせず、蹴破り外れた扉を踏みつけた。
「チッ…ずいぶんな挨拶だな…」
鋭い視線を送ったレオナには見向きもせず、彼の隣で呑気に眠りについている彼女へ駆け寄る。
「起きてください。早く、…起きなさい!」
体を揺らしてようやく反応を見せたヴァレッタは眉を顰めて薄目を開いた。
「ん……うる…せぇな、…ジェイド?なんでここに…」
「それはこっちのセリフです!何をやっているんですか!?なぜ…服を着ていないんだ…!」
「でっけぇ声出すなよ…」
下着姿の彼女を見て顔を歪めたジェイド。耳を塞いだヴァレッタは、まだ起きたくないと駄々をこねる子供のように再度枕に顔を埋めた。
ジェイドは「ああ、もう」と小さく舌打ちをすると彼女の腕を強い力で引っ張った。
「帰りますよ!」
「ああ?ちょっと、引っ張るなって!まだ……っ」
「!」
ベッドから出た瞬間に倒れ込みそうになったヴァレッタの体を咄嗟に抱き留めたジェイド。驚き目を見開いたジェイドはベッドに腰かけたまま二人のやりとりを見ていたレオナの声に先ほどよりも一層酷く顔を顰めた。
「…やり過ぎたからな、歩くどころか立てねぇよ」
「……………」
体を支えるジェイドの手が僅かに震えた事を不思議に思い顔を見上げたヴァレッタは、これまでに見た事のない表情を浮かべている彼を見て小さく首を傾げた。
「おいジェイ…」
呼びかけたその言葉は唇を塞がれた事で遮られた。まるでレオナに見せつけるように唇を重ねるジェイド。その突拍子もない行動にレオナとヴァレッタは驚きのあまり言葉を失う。
「っ、何すん……!」
一瞬顔を背けたヴァレッタだったが逃れる事を許さないジェイドに顔を固定されより深く唇を貪られる。
──レオナとヴァレッタにとって呆れるほど長い数秒が経ち、ようやく彼女を解放したジェイドはレオナを睨み付けると口を開いた。
「こういう事なので、二度とこの人に近寄らないでください」
こういう事ってどういう事だよ…と言いたげなヴァレッタと視線を交えたレオナは「ぶっ」と噴き出すと目元を手で覆い声を出して笑い始めた。
「はははは!こりゃ傑作だな!はははははっ!!」
「何が…おかしいんです」
「はははっ!いやあ…ジェイド…くく、お前…」
大笑いするレオナに困惑の表情を見せるジェイドは、何を思ってか溜息を吐いたヴァレッタに目を向けた。目を合わせてくれないヴァレッタに眉を寄せる。
「あのなぁ…誘ったのはそっちだぜ。お前の愛しのヴァレッタだ…」
「誘っ………本当ですか」
「え?…誘ったって言うか…、…まぁそうかな。興味があったから…」
「……………」
「勝手な事させたくねぇならしっかり手綱を引いておく事だな」
自由を奪うような事はしたくないし出来るはずもない。一瞬頭を抱えたジェイドはすぐに持ち直すとヴァレッタを横抱きにして床に倒れている扉を割る勢いで踏みつけた。
「…この借りは丁重に、相応の利子を付けてお返しします」
「トド先輩、最高だったよ。またやろう」
「なっ…何を…!」
「ぶっ!お前っ……はは!ああ、気が向いたらな」
───オクタヴィネル寮、ジェイドの部屋───
「何を考えているんですかあなたはっ!!!」
割れ物を扱うよりも優しくそっとベッドの上にヴァレッタを座らせたジェイドは、体を気遣ってくれた人とは思えない怒号に近い声を上げた。
「それはこっちのセリフだ!トド先輩ドン引きしてたぜ!?なんであそこでキスした!?」
「何でですって?分からないんですか!?」
「分かるかよ!!」
ベッドに腰かけるヴァレッタの正面に立ったジェイドは、彼女の両肩を押さえ付けるように手を乗せて顔を近付けた。肩に手の痕が付きそうだと思い顔を顰めたヴァレッタはジェイドの顔を見て出かけた文句を引っ込めた。
「またその顔かよ…」
レオナの部屋で小さく手を震わせこれまでにない表情を見せたジェイドに戸惑ったヴァレッタは、また同じ顔を見せている事に少し困ったように目線を外した。
「何なんだよ…今日のお前はいつも以上にめんどくせぇな。僕がどこで誰と何をしようが関係ないだろ」
「………そんなに…僕の事が嫌いなんですか」
「は?」
「あなたはいつだって…僕の嫌がる事しかしない」
「何がそんなに嫌だったんだよ…」
「分かるでしょう…」
「分かんねーって…」
「馬鹿なんですか」
「ああ?」
肩を掴んでいた手を下へ滑らせたジェイドはヴァレッタの手を指を絡めて握った。それに視線を向けたヴァレッタは「握り返して」と呟いたジェイドの言葉に素直に応じ僅かに指に力を込めた。
「もっと強く」
「折れちゃうぞ…お前の指なんかポッキーみたいなもんなんだから」
「あなたの方が細いですが…」
「………痛い?」
「いえ」
「…これは?」
「大丈夫」
「…このくらいなら?」
「…少し痛いです」
「これが限界だな」
少しずつ力を強めて握れる限界を確かめたヴァレッタは、幾分か和らいだジェイドの表情を見てどこか安堵したように小さく息をついた。
「…もう、サバナクローには行かないでください」
「え?」
「レオナさんに会ってほしくない」
「………」
"なんで?"と聞けばまた"分からないのか"と言われるだろう。ジェイドの意図は全く理解できないが同じやり取りをしても仕方がないと考えたヴァレッタは返事を濁した。
目を伏せ、震えるほどに強く手を握るジェイド。「痛ぇよバカ」と言えば「すみません」と返事をした。それでも手に込められた力を抜く様子はない。
「………ジェイド、」
「…はい」
手っ取り早く彼の機嫌を直す方法をひとつ思い付いたヴァレッタは柔らかい声色でジェイドの名前を呼んだ。
「顔、上げて」
「………」
素直に顔を上げたジェイドの瞳を真っ直ぐに見据えてゆっくりと距離を縮めた。鼻先が触れ、唇にお互いの息がかかる。
驚いているのか手の力が少し抜けたのを感じ、逃れた右手を彼の後頭部にそっと添えた。顔の角度を変えその距離をゼロにする。
「……………、」
「………、君の唇は気持ちいいね。…君からのキスは苦しいだけだが」
「………ひどいです」
「ふふ…。…機嫌直して?」
「………もう一度してください」
瞳を閉じ、互いの熱だけを求め続けた。誰かが部屋の扉を開けるまで時間を忘れて──。
───翌日、
「あ、ジェイドくーん!いい所に!」
呼び止める声に振り返ったジェイドの目に飛び込んだのは、とびっきりの笑顔を見せるラギーとずいっと差し出された紙袋だった。
「はい、コレ!ヴァレッタくんの服、ちゃーんと洗濯してアイロンまでかけといたッスよ!」
あ………、と小さく声を零したジェイドは昨日の思い出したくない記憶が蘇り眉を顰めた。
「…わざわざ洗濯を。…ありがとうございます」
「そう!わざわざ!泥落とすの大変だったんスから!」
「はあ………は?泥?」
「あ!疲れ果てて地面に寝そべったからッスよ?ホウキから落ちたりウチの寮生がわざと汚したりなんかはしてないッスから!!」
「ちょ、ちょっと待ってください。何の話ですか?」
「何って…昨日ウチの寮でマジフトやった事知らないんスか?服は汚すわ筋トレの真似して膝壊しかけるわ大変だったんスから」
「……………」
「ぶっ倒れて立てなくなったからレオナさんが拾ってベッド貸してやったとか…優しいッスよね〜シシシッ!こりゃあオクタヴィネルの皆さんオレらに借り出来ちゃったんじゃないッスか〜?」
思考停止したようにボーッと立っているジェイドをラギーは期待の籠った眼差しで見つめている。
「アズールくんも知ってるッスよねぇ?大事な彼女を丁重にもてなしたオレらにどんなお礼してくれるのか楽しみッス!」
「……………、」
「…ちょっと、聞いてる?ジェイドくん?今重要な話してるッスよ?」
「ああ……あああっ、」
突然頭を抱え声を絞り出したジェイドを見て驚いたラギーは一歩後退り控えめに彼の顔を覗き込んだ。
「ジェイドくーん?ど、どうしたんスか急に…」
「やってくれましたね…」
「え?」
「レオナさん…だからあの時あんなに笑って………っぐ、」
「…な、なんか分かんないッスけど…お礼期待してますよ!それじゃ!」
「───それで筋肉痛になったんだ。でも楽しかったよ。トド先輩のプレーが最高でさ、」
「なぜ君は飛行術が得意なんだ…なぜ…運動神経の問題か…?でも足は遅かったはず…」
「…ん?あれ、ジェイドが走ってくる…」
「え?一人で走ってるジェイドとか怖すぎん?」
中庭のベンチに座りアズールとフロイドに話を聞かせていたヴァレッタは、突然走って来て背中に抱き着いたジェイドに驚き声を上げた。
「うお!何だ!筋肉痛じゃなかったら投げ飛ばしてるところだぞ!抱き着くなら抱き着きますって言ってからにしろ!」
「………抱き着いてます」
「そうだね!どうしたの!」
「タチが悪いです」
「は?お前よりタチの悪い奴なんていないだろ」
「レオナさんもあなたも人が悪い。悪過ぎます」
「安心しろよ。お前より人が悪い奴なんていねぇから自信持て」
「全く会話になっていない!」
「声デカ。なに怒ってんの?めんどくせぇな」
ギューッと一層腕に力を込めたジェイドにどうしたものかと空を仰いだヴァレッタ。
同じベンチに座っていたアズールとフロイドは目配せをし何となく立ち上がって少し離れた木陰まで歩いた。
「………言ってくれれば良かったのに」
「え?………、………だって君の飛行術の腕じゃマジフトは…」
「そんな話はしていません!」
「はあ?次からは誘えって話じゃねぇの?」
「全然違います!もっと早く言ってくれれば………いや、違う」
「今度は何が違うの?」
「何もなかったとしても、そもそも下着姿で男のベッドに寝る事自体がおかしいんですよ!」
「何だそんな事…」
「そんな事ですって?陸の基準で考えなさい!あなたは周りからどう見られているのかを知るべきだ!メスという自覚をしっかりと持って!危機感というものを…!」
「あー!分かったよ!僕が悪かったよ!なんだよもう…機嫌直ったんじゃなかったのかよ。君はキスが好きだから昨日散々付き合ってあげたのに…。………またキスする?」
「します。…が、僕が好きなのはキスではなくあなたです」
「ふーん」
「ふーんって何ですか。一番重要な事ですよ。分かってるんですか?あなたって本当に自分勝手で周りの人の目や考えを気にする事もなく、僕の嫌がる事ばかり…言葉も足りないし行動に誠実さが全く感じられない。あなたのような人は…」
次から次に出る小言をめんどくせぇという表情で聞き流していたヴァレッタは、徐ろにジェイドの頬に手を添えると反対側の頬にそっと唇を付けた。
その一瞬で溢れ出ていた文句が引いたジェイドは目を見開いて彼女を見つめた。
「君の部屋に行こう。…歩くのダルいから抱っこして」
耳元でそう囁かれぎゅっと目を瞑ったジェイドは「あなたはいつもずるい…」と呟いて彼女を優しく抱き上げた。
「…見てよアズール。あれで付き合ってないんだぜ」
「距離感がおかしいですね」
「いやそれは言えないでしょ。アズールだって部屋ではいつもヴァレッタの膝に座ってんじゃん」
「は?」
「何キレてんの?」
「何で知って…。…それの何が悪いんですか」
「悪いなんて言ってねーし」
「フロイドだってよくヴァレッタを枕にして寝るだろ!」
「それの何が悪いの?」
「悪いなんて言ってませんが?」
少し離れた場所からずっと見ていたアズールとフロイドは軽く言い争いながら二人を見送った。
《人が悪い、悪過ぎる》
その後、レオナとヴァレッタは事ある毎にジェイドにそう言われる羽目になったが、レオナは"そもそも勝手に勘違いしただけだろうが…"と内心呆れていた。
End.
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