とある獅子の完全な思惑
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「アズール…ちょっとお願いがあるんだ」
「何です、改まって……というか、その大樽は?」
魔法で召喚した大樽の中身をアズールに見せる。さすがだ。希少な材料ばかりだと一瞬で見抜き目を輝かせた。
「アズールの部屋に置いてもいい?他に安心できる所がなくて…」
「もちろん。君の部屋でもあるんだ。僕の許可なんて必要ない」
「ありがと…。インテリアに合わないから嫌かなって思って…」
「…それは確かに。ではサイズを合わせたケースを用意しましょう。そっちに移し替えて?」
「ん、分かった」
最初からこうすればよかった。…アズールが僕のお願いを断るわけがないんだから…。
契約終了の通知も送ったし、これで毎日一時間の縛りもなくなった。…鉢合わせたら面倒だ。しばらくは寮から出ないようにしよう。
───契約期間終了に伴い、本日をもちまして契約終了となります旨をご通知申し上げます。
部屋の隅に置かれていたはずの物が無くなり、代わりに壁に貼られていたそれはレオナの機嫌を損ねるには十分だった。深く眉間に皺を寄せ乱暴に剥がすと小さく丸めてゴミ箱へと放り投げた。
「チッ………」
───
ここのとこレオナさんの機嫌がすこぶる悪い……原因は─、
「あ、アズールくん!」
「はい?珍しいですね。ラギーさんが僕に声を掛けてくるなんて。何かお困りですか?僕でよければ力になりますよ」
「定型文みたいな挨拶どうも。ヴァレッタくんは元気ッスか?」
「ええ………何故です?」
「最近見かけないなぁ〜って。ほら、ジェイドくんやフロイドくんともあんまり一緒にいる所見かけないし」
ちょっと前までは学園内のあちこちで見掛けてたけど、あの日…レオナさんの部屋から飛び出して来て以来見てない。当然サバナクローにもあれから一度も。
レオナさんも普段行かないような実験室やら図書室やらあちこち出向いて…ありゃ誰が見ても探してるんスよね…。
「………彼女に用があるなら是非モストロ・ラウンジへお越しください。当店イチオシのスペシャルメニューは彼女が席までお届けしますよ」
「それって一番高いやつ…?頼む人いるんスか…?」
「大人気メニューです!」
「女子に飢えた男子高校生たちの弱味に付け込んでるッスね〜」
「人聞きの悪い。女子に飢えた男子高校生たちへの救済措置でしょう」
モストロ・ラウンジに行けば会えるのはレオナさんも分かってるはずッスけど……スペシャルメニューの件は知らなそう。でも機嫌悪い今わざわざ話し掛けてヴァレッタくんの名前出すとか自殺行為かも…。
ってかスペシャルメニュー頼まない限り表に出てきてくれないのも狡いッスよね。さすがアズールくん。
「(───あ、レオナさんだ)あー!ジャックくん知ってるー?モストロ・ラウンジで一番高いスペシャルメニューを頼むと確定でヴァレッタくんが運んで来てくれるらしいッスよー!」
「声でか…そんな大きい声で言わなくても聞こえてますよ…。わざわざ高いもん頼んでヴァレッタ…先輩?に会う必要ってあるんすか?」
「会いたい人がいるからそういうメニューが出来たんでしょ」
「へぇ…」
「……………、」
─────
目的を果たした後にターゲットと接触するなんてらしくなかった。魔法の名残りがあるなんて思いもしなかったけど、好意があろうがなかろうが関わらないに越したことはない。
…あの人にとっても邪魔な物が部屋からなくなっただけだろ。現にあれから数日何の音もない。…わざわざ私に会うためだけにラウンジに来たりなんてしないよな…?…このまま忘れられそうだ。数少ない…僕よりも強い人。目が合うと動けなくなるような…平伏すべきだと本能が言うような感覚に陥る…絶対的な強者。……物珍しくて少し興味を持っただけだ。もうよそう。
………でも、あんなふうに眠ったのは初めてだった。あの人の腕の中なら…他の何者にも襲われる心配はないと安心してつい居眠りを…。あの人自体が一番危険なのに…。
魔法薬を無効化する薬草…。扱い方を習ったなら、実践しなきゃな。
好意なんて抱かせるわけにはいかない。…もう復讐は果たしたのだから。それに何より私は……、……僕は、………。………王族を騙した大詐欺師として名前が残ってたまるか。
「ヴァレッタさん、スペシャルメニューの注文入りました!」
「ああ、今行くよ──」
「──よォ…ヴァレッタ。久しぶりだなァ…」
「っ……、レオ…ナ、さん……」
一瞬体が強ばった。…鮫に襲われた時ですら平静を保てていたのに…。私は鮫よりもライオンの方が苦手らしい。初めて知った…。
何をしに来たんだ…?誰が海洋生物共の巣窟になんか行くかよ、とか言ってなかった?
まぁいい、関係ない…落ち着け。
「………お待たせ致しました。ではどうぞごゆっくり」
「待て」
しまった……腕を掴まれた。一番警戒すべき相手を前にして油断したか?いつもの僕なら、他人に触れさせたりなんてしないのに……。
「…離してください。人を呼びますよ」
「言い訳を聞いてやるよ。俺を避けていた理由は何だ?」
「………私があんたを避ける理由がどこに?」
「こりゃ驚いた。避けてなんていなかったって?俺はてっきり契約を反故にした事で合わせる顔がねぇからだと思ってたよ」
「反故だって?契約終了通知は送ったはずだ」
「契約ってのは互いの条件を提示し合った上で成り立ってる。契約を終了するか否かも、俺に断りを入れてから決めるのが筋ってもんじゃねぇのか?一方的に通知を送り付けて来るのは反故にした事と変わらねぇよなァ?」
「契約内容は間借りだ。いつ退くかは借りてる側が決めていいし契約終了時に断りを入れるなんて約束はしていない」
「断りなく契約を終了させていいと言った覚えもねぇが。ここまで来ると常識の問題だな。報告、連絡、相談は組織の基本だろ?」
「個人間の契約に組織の基本は関係ないだろ!」
「俺はお前が心配だぜヴァレッタ。そんなんであのタコ野郎の下で上手くやってんのか?頼まれたもんを運ぶだけのイボイノシシでもできるような簡単な単純な仕事じゃねぇだろ?」
「ぐっ…」
口ですら勝てないのか…!ああ言えばこう言うのがムカつく!僕の周りはこういう奴ばっかだが!
やっぱりアズールが正しかった。彼が間違っていた事なんてないのは知ってたけど、こういう事にならない為の契約書か…痛感したよ。…この人のせいで思い知らされた事も腹が立つな。一体どれほど僕の中に踏み込んでくる気なんだ。
「契約書を交わさなかった事を後悔するんだな」
「うるさいな!」
「失礼します。ヴァレッタ、次の注文が……おや?」
ジェイド…。口達者のムカつく野郎の参戦か…だが今は味方だ!…多分。
レオナさんに掴まれている手を見て胡散くせぇ笑顔が消えた。キレてんのか?
「困りますね、お客さま。スタッフへの接触は固くお断りさせていただいています。特に女性スタッフへのセクハラはこの場での問題に留まりませんよ」
「………最近寝不足でなァ…ついよろけちまったよ。心優しいおたくのスタッフが手を貸してくれただけだが何か問題でもあるのか?」
「ソファーに座った状態でよろけるとはよっぽど悪いらしい。心配ですねぇ。体調不良のお客さまを長居させるわけにはいきません。保健室にお連れしましょう」
「お気遣い痛み入るが大した事ないんで放っておいてくれ」
「大した事がない…となるとスタッフへの接触の口実だったと捉える事もできますね」
「ああ…?この店はよくこんな話の通じねぇ奴を責任者にしたな…」
さすがNRC減らず口ランキング第一位(僕調べ)のジェイド!あのレオナさんが呆れて口を噤んだぞ!嫌な奴ほど味方の時は頼りになるな!
「保健室まで人を付けましょう」
「…ならお言葉に甘えよう。ヴァレッタ、」
「え?」
………お前が来いって目だな…。これ以上関わる訳にはいかないんだ。二人きりになる訳には………。
「………」
ジェイドのこの顔は何だ?何で行くわけねぇよなって圧掛けて来てんの。ずっとキレてんの意味わかんねぇなぁ。
「…動けそうな小魚を呼んで来る」
「チッ……結構だ」
「お出口はあちらです」
「………」
凄まじい顔でジェイドを睨み付けて帰って行った…。
せっかく来てくれたのに悪い事したかな……、……って、何ガラにもねぇ事考えてんだキショ!勝手に来て好き放題文句垂れただけだろ。わざわざ私に会いに来た訳でもない………、
『………ここにいろ。あと少し、…ここに』
………わざわざ会いに、…来たのかな。
何だろう、この感じ。なんか嫌な感じだ。今まで味わった事のない、言葉で言い表せない感じ。
情でも移ったのか…?ターゲット、増してや目的を果たした後の用済みの相手の事を考えるなんて有り得なかった。なのに……、
目的が情報を引き出す事じゃなかったから?うまく乗せてアズールと契約を結ばせる事じゃなかったから?ただ……傷付ける為だけに近付いたから……?
愛させて、全てを捧げさせる。それが私のやり方だ。…今までと何も変わりはない。
………ただ、涙を見たのは初めてだった。目的を果たして去った後 相手がどんな顔してるかなんて知る由もないからな。興味ねぇから確かめようと思った事すらない。
………傷付ける事が目的だった。愛させて離れる。今回は、必然的に顔を見る事になった。あんなふうに、あんな顔で泣くなんて…思わなかったんだ………。
「───ラギーサン…ここんどご練習いぎなりきづぐね…じゃなくて、キツい…かな」
エペルのぼやきにあー…と何かを思い浮かべて表情を曇らせたラギーは「レオナさんの機嫌がねぇ〜」と耳打ちするように小さな声で呟いた。
「部長の機嫌の善し悪しで練習量変わるんですか…っ!?」
「あはは……ところでエペルくんってヴァレッタくんと仲良かったりする?」
「ヴァレッタサンって…オクタヴィネル寮の…?いや、あんまり…。どうしてですか?」
「最近学園内で見ないなぁ〜なんて」
「あ、さっき見かけましたよ」
「えっ?深海から出て来たの!?」
「あの方向なら植物園の方に行ったんじゃないかな?」
「へぇ……あれ?あ、レオナさん!?どこ行くんッスか!?」
"ヴァレッタ"の名前に聞き耳を立てていたのか突然練習から離脱し一人高く飛び上がったレオナは「しばらく自主練!!」と怒号のような声で指示を出した。
遠ざかるレオナの姿に「こりゃ重症ッスねぇ〜」と呟いたラギーの横でエペルはただただ首を傾げた。
「───ねぇねぇ、ガクエンチョーに呼ばれてたけど何すんの?楽しい事ならオレもまぜてよ〜」
「君にとっての楽しい事じゃないよ。歩きづらいから離れて?」
「楽しいか楽しくないか決めんのオレだから」
「魔法薬作るの」
「何の?」
「それは秘密の契約。外では話せないよ」
「ちぇ〜。その材料を取りに植物園に行くんだ?アズールの部屋に溜め込んでるのは使えねーの?」
「………、あれは使いたくない。…もったいない」
「ふーん」
ヴァレッタにのしかかり引きづられていたフロイドは唐突に興味が失せたような顔をして「もういーや」と言うと彼女に背を向けた。
「オレ部活行こーっと」
「開店までには戻れよ?」
「気分次第」
「やれやれ………っ!うわぁぁぁあああ!!」
「!?」
数歩進んだところで突然背後から聞こえた叫び声に驚き目を見開いた。振り返ったフロイドの目に飛び込んで来たのは、ホウキに乗ったレオナがヴァレッタを抱き上げて再浮上する瞬間だった。
「攫われるーーーっ!!」
「暴れるな!落ちるぞ!!」
「ひぃぃいいっ!!」
「チッ!」
「うわ、何あれ……トドがタコ釣ってる!あんな叫んでるヴァレッタ初めて見た。あはっ!こないだラウンジでも固まってたし、なんかトド先輩といるヴァレッタって見た事ない顔ばっかで面白ーい!」
心底楽しそうな笑顔で連れ去られるヴァレッタに手を振るフロイド。小さくなっていくそんな彼の姿に舌打ちをしながら、落ちないように体に回されたレオナの腕を強く掴んだ。
「いやバランス感覚えぐ!けど!カッコつけて立ってないでちゃんとホウキに跨がれよ!痛い死に方は嫌だぞ!」
「うるせぇな。お前だって普段不良みたいな座り方で飛んでんだろ」
「不良に不良みたいとか言われたくねー!そもそも飛行術を移動手段にしていいの!?」
「部活中なんでね」
「これのどこが部活だ!!」
「───はああああ…………」
学園裏の森に降り立ちようやく解放されたヴァレッタは深呼吸並の盛大なため息を吐いて木に寄りかかった。
「海底で生まれたのに空中で死ぬかと思った……」
「あの世で自慢できるな?」
「誰にだよ!」
「他の魚介だろ」
苛立ちを隠す気のない顔でレオナを睨み付けたヴァレッタは、舌打ちをして辺りを見回した。
「つかここどこ?無理やりこんなひと気のない場所に連れて来てどうするつもり?」
「こうでもしなきゃ話も出来ねぇだろうが」
「別に話す事なんてないよ」
「お前になくても俺にある」
「知らん!関係ないね!」
「へぇ…?"あの"オクタヴィネル寮の敷居を跨いどいてそんなに"契約"を軽んじていいのか?」
「はあ?」
「この服を見ても分からねぇのか」
「クラブウェア?………素敵だね」
「………、………そうじゃねぇだろ」
「嬉しそう」
「チッ…」
木に寄りかかるヴァレッタに覆い被さるように距離を詰めたレオナ。はっとして何かブツブツと呟き始めたヴァレッタにレオナは不思議そうに首を小さく傾げた。
「これは…壁ドンっ?メスがドキドキするシチュ上位ランクイン常連のあの!だが背後にあるのは壁ではなく木だな…じゃあ違うか…でも体勢的には同じ…」
「何一人でブツブツ言ってんだ」
「って、そんな事はどうでもいい!近い!セクハラだぞ!」
「セクハラ?指の一本すら触れちゃいねぇよ」
「息がかかる!離れて!」
「なら契約を結ぶか?お前の望み通り離れてやる。代わりにお前は今日からまた俺の世話役だ」
「っ……世話を焼かせようと付きまとってくるのはやめてくれ。コバンザメちゃんがいるだろ?何で私なんだ」
「何で?そりゃお前が撒いた種だろうが」
「私が…?………あんたやっぱり…記憶が…」
「お陰様で断片的だがな。お前が薬に込めた魔力よりも、俺の無意識の自衛の方が強かったんだろう。お前よりも優秀な魔法士なんでね」
「自衛って?忘れた方があんたの為になるだろう…。………忘れたく、なかったの?」
「……………」
頭を下げ彼女の首筋に唇を近付けた。熱い息がかかる距離。あと数ミリで肌に触れるギリギリの際どい間隔を維持する。
「何か、言えよ……」
「…言ったらお前は俺に何をくれる?」
「は?」
「お前が欲しいと言えば、くれるのか?」
まるで懇願するような声色に戸惑いの表情を浮かべたヴァレッタは、離れる様子のないレオナにしびれを切らし押し退けようと彼の胸に手を当てた。
「……っ、………なんで……こんなに……、」
驚く程に速い鼓動。咄嗟に離した手を握られ、再度強く胸に押し当てられる。胸の高鳴り、真っ直ぐに見据えてくる瞳、これまでの言動。それら全てが物語る事実に、ヴァレッタは大きく首を横に振った。
「……ダメだ。目を覚ませ。あんたは私のユニーク魔法にかかっただけなんだ」
「今もお前は俺に魔力を使ってるって?」
「今は違うけど、きっかけがそうだったから…」
「今は違う。それが全てだ」
「え…?」
「きっかけがどうあれお前がただのつまらねぇ奴ならこうなってねぇんだよ」
「………」
「お前が魔力で維持してるんじゃねぇなら、魔法云々を言い訳には使えねぇだろ」
魔力で維持し続ける間だけ心を奪う。…それが私のユニーク魔法。私の意思でそれをやめたなら、相手にとって私は"過去に愛した人"になる。心の底から愛して楽しい思い出なんかが沢山ある訳でもないから大抵はすぐに忘れるはずだ。
じゃあこの人は?今までの連中と何が違う?魔法士だから?自分よりも強い力を持っているから?…それとも、魔法がなくても私を…愛してくれる人だった…?だから不完全だったのに心に入り込めた?だから忘れさせようとしても忘れてくれなかった?………なんてな。そんな事はありえない。誰かに愛されるなんて、そんな事は…。
「逃げるなよ、ヴァレッタ。…お前は何を恐れている?」
何を…?何かを、恐れているの?関わるべきじゃないのにこの人を拒絶しきれないのは何故?…この人の事を考えてしまうのは…何故?
「………もう、やめろ。もう復讐は果たしたんだ。私は満足した。だからもうあんたと関わる理由がないんだ。これ以上あんたを、………傷付けていい理由がない」
「…傷付けたくないか?」
「………」
「なら、俺のもんになれ」
「は……?」
「大体お前は自分で気付いてんだろ。俺には敵わないと」
「っ………」
「素直になれ。大人しく平伏しろ」
「馬鹿にするのもいい加減に…」
「自覚させてやる事と馬鹿にする事は違うだろうが」
「じ、自覚……?」
俺には敵わない…?ああ、…そうだよ。口ですら勝てない。これ以上喋っても無駄だ……言い負かされるだけ……。でも、力も魔力も負けている。この状況を打破する手立てがない。不利な契約を結ぶか、………平伏、するしかない………クソ。
そうか…そうだよな。アズールが大切な物を奪われたくらいだ……私達よりも何枚も上手だったんだ。相手が悪かった………学ぶ事が多いな、この人からは………。
「………、」
鋭い目……まるで獲物を捉えるような。………魔法で心を奪った時とは違う。でも、どこか似ている…熱を帯びたような瞳。何でこんな目をする?ユニーク魔法をかけていないのに、何故?
……私がつまらない奴じゃなかったから?興味が湧いた?それから…こんなふうに、ここまで執着するくらい、……好きに、なってくれたのか…?
何故……。僕が誰かに愛される訳がない。生まれた時から忌み嫌われ、本当の自分を殺し…偽って生きている。愛される訳がないんだ。この人を騙して、愛されていい訳がない………。
「私には……どうしても隠したい事がある。あんたは信用ならない。だから、これ以上関わりたくないんだ。…自覚……ああ、認めるよ。多分、情が移ったんだろう。…あんたを、騙していたくない」
「信用ならない?お前の秘密を他に漏らした事のねぇ俺を?ひでぇ話だな」
「漏らすも何も知らないだろうが」
「ああ、その隠したい事ってのがお前が薬で性別を偽ってる事じゃなければ知らねぇな」
「……………、は………はっ?………え、………」
今……何と言った?性別を………っ、
「どうした?何を驚いている?」
「な……な、何で知って……」
「馬鹿にするなよ。得体の知れねぇ薬の匂いにそこいらのメスとは違うフェロモン…傍にいりゃ分かる」
「………」
「安心しろよ。お前の腕は確かだ。嗅ぎ分けられる奴はそういねぇ。他に気付いてんのはマレウスとリリアくらいだろ」
「ええ!?そうなの!?言われた事ないのに…」
「知ったところで話題にしてやる程お前に興味がねぇんだろ」
「……ディアソムニアへの好感度爆上がりだ……」
「あ?」
「先公達も知ってんだがな、イシダイ先生はバッドガールって言ってくれるぜ」
「喜んでんじゃねぇだろうな…」
「だってガールってメスの事だろ?」
「バッドを気にしろ」
って、何陽気に喋ってんだ。なんでちょっとホッとしてる?馬鹿か。最大の弱みを握られたんだぞ……どうしよう。これをネタに悪条件の契約を提示して来るぞ…。
「まさかそんな些細な事を理由に俺から逃げていたなんて言わないよなァ?」
「こ、これのどこが些細だって?」
「些細な事だろ。お前の性別が何だってどうでもいいんだからな」
「え…ええ?」
「次は何を理由に俺から逃げる?」
「…逃げるって言うか、関わる理由がない」
「関わらねぇ理由もないだろ」
「"関わる理由がない"が関わらない理由だ」
「へぇ…俺を監視してなくていいのか?お前のどうしても隠したい秘密とやらをうっかり喋っちまうかも知れねぇだろ?」
「………、………」
「………チッ…そんな顔するんじゃねぇよ……俺はおたくらと違って心優しく善良なんでね。他人を弱みで強請るような真似はしねぇよ」
「…面白い冗談だ」
「なら笑え」
本当に脅しに使わないつもりか…?信用出来ない……いや、でも実際に今までも黙っててくれたんだよな…。まぁ、念押ししとくに越したことはない。
顎のラインに指を滑らせてから人差し指を唇にそっと押し当てた。…唇、少し乾燥してるな…後でリップ貸してやるか。
驚いたように目を見開いて息を飲んだのが分かった。緊張…してる?僕相手に…。
「……秘密にして?…嫌いにさせないで…。…お願い、レオナさん…」
「……………」
「……ぁっ、……ちょ……」
指……唇で、噛むようにキスしてる……。擽ったいし、なんか変な感じ…っ。
掴まれて手を引けない。貪り尽くされそう…。
「っ…やだ……、」
「…早く言えよ。…嫌そうに見えなかったんでね」
「………」
言えばやめてくれるのか…。でも、最後にわざとらしいリップ音を立てたのが憎たらしい。
クソ……やられたらやり返さないと気が済まないのに、やっぱりこの人相手だとどうも調子が狂うな…。というか、同じ事をやり返したらなんか喜びそうじゃない?癪だな…。
「…なぁ、ヴァレッタ……」
「ぅ……な、に………」
「……………」
………同じだ…、
『……………俺のメスになれ』
あの時と……、同じ………、
私の髪にキスをしながら鋭い視線を向けてくる。…動けない。目をそらす事すらできない…。………命の危険を感じる。…喰らい尽くされる………、
「契約でもなく対価もない。これはただの"お願い"だが………毎日、俺に会いに来い」
「………」
「献身的に尽くしてくれるってんなら可愛がってやる。望むもんをくれてやるよ」
「望むもの…?」
「お前の脅威には牙を向けてやる。薬草、それに伴う知識、安眠でもいい……望むもん全て揃えてやるよ」
甘い誘惑で上手く丸め込もうとしてくる…私が今までしてきた事だ…。
「ふっ…ふふ、ははっ!」
「…何がおかしい?」
「まさかやり返される日が来るなんて夢にも思わなかった…っ!ふふっ…面白いな。…こんなに色々教えてくれる人は…後にも先にもあんたしかいなそうだ」
「そいつは光栄だ」
その"お願い"が契約と何が違うのか分からないけど、…私が損をするようにも思えないかな。望むもの…薬草はいっぱい欲しい。使い方や処理の仕方もまた教えて貰いたい………あ、
「思い出した。さっき言ってた契約って……部活の応援に行くってやつ?葉脈の取り方教える代わりに軽食持って行くって言った……」
「ようやくか……そんな事でよくあのタコ野郎と居られるな。俺が思うほど穏やかじゃねぇのか?お前の気性にはサバナクローが合ってるもんなァ。いつでも歓迎するぜ」
「ずっと待ってたの?」
「は?」
「部活の応援、来て欲しかったんだ?」
「……………チッ…」
「へぇ……?ふぅん……?」
「文句があるなら言ってみろ…」
「ふふ、……可愛いね、レオナさん」
頭を撫でたら喉を鳴らした。威嚇…じゃないな。多分。顔は怖いけど…。
「ねぇ、肉と魚、どっちがいい?」
「どっちもだ」
驚いた。肉以外いらねぇって言うと思ったのに…。…魚料理もお気に召したのかな。作ってあげたもんね。残さず食べてた。
「ふふっ」
「あ?」
「僕の影響受けてる自覚…ある?」
「………、」
「ははっ」
ほら、また影響受けてる。僕の笑顔に釣られて笑った。
「お前の方こそ自覚あんだろ。さっさと認めて平伏しろ」
「ふんっ絶対に嫌だね!」
「可愛くねぇ奴」
「そこがいいんだろ?」
「はっ…」
あーあ……そんなふうに笑うなよ。今度はその顔が頭から離れなくなる。…まぁ、泣き顔よりはマシだけど。
《とある魔女の完璧な復讐と、ある獅子の完全な思惑》
彼の思惑通りに完全に口説き落とされるまであと××日───。
End.
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