とある獅子の完全な思惑
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植物園───、
「えっと…、……あ」
キノコの木ってこれかな?こいつを動かせばいいって言ってたな。丁重に扱えってうるさかったから…仕方ない、足じゃなくて手で動かすか。
「おい、ヴァレッタ」
「なぁに、レオナさん…っ」
「は………?」
「……………」
しまった、つい癖で素直なメスムーブかましちまった…。つーかトド先輩の声に聞こえたから反射的に返事したが本当にいる…。
「…何してんの?」
「…間違っても俺の尻尾を踏むんじゃねぇぞって言おうとしたんだが…お前、………」
めちゃめちゃ不審がってるな…そりゃそうだ。この人の中では僕となんてほとんど話した事もないって事になってるのに、レオナさんなんて呼んじまったもんな…。
「俺とお前はいつから親しくなったんだろうなァ…?」
「…なってないし今後もならないよ」
「寂しい事言うなよ。寮生共…特にラギーの奴がもう来ないのか、何かしたんじゃねぇのかってうるせぇんだ。俺が何をしたのか、…俺"に"何をしたのか教えてくれよ」
「何の話?集団幻覚でも見てたんじゃない?こわーい。それよりこれ、動かすの手伝ってよ」
「あ?なんだその汚ぇ木は」
「キノコ生えるらしいよ。トド先がいるそこに移動させたい。避けて、手伝って」
「おい…お前…」
「ね?お願い、レオナさん」
「…チッ。おら退け」
「え、優しい」
乱暴に足で転がしたけどちょうどいい所に移せたな。まさか本当に手伝ってくれるとは…。
「……………」
「…え、何?」
「お代は何を貰おうか考えてるところだ」
「お代?」
「そうだなァ、…3分間俺の言う事を黙って聞いてもらおうか」
「えっ……」
さ、3分……?何で……、
「……冗談だ。たったの3分で何が出来る?マジになって身構えるんじゃねぇよ」
薬の調合を…間違えたのか?いや、僕に限ってそれはない…。…ないよな?
「なぁヴァレッタ」
…つーか名前…、呼ぶような仲じゃないだろ…。
…この人は…記憶がある、のか…?………いや、でもユニーク魔法は効いてない。…効いてる目じゃない…。
「飯作って俺の部屋に持って来いよ」
「はあ!?木を蹴っただけでそこまでしてもらえると思ってるの?」
「夕焼けの草原にしか自生しない魔法薬の材料が欲しいって話だったろ。帰省ついでに持ってきてやる」
「何だ……取引か?」
「破格の条件だろ?」
夕焼けの草原でしか手に入らない…しかも高価で気軽に買えるもんじゃねぇ…。それが飯作るだけ?相場を知らない訳じゃないよな。
「何日だ」
「3日」
たったの3日…飯を作るなんていつもやってる事で…。
「いい条件だ!でも3日連続は難しい」
「…計3日だ。ただし3日以上空いた場合1日追加とする」
「ふむ…それでいい。後で契約書を持って行くよ!」
─────
「トド先輩!契約書持って来たよ〜!」
バァン!と物凄い音を立ててやって来たヴァレッタに、枕に背を預けた体勢で寛いでいたレオナは驚く様子もなく「ドア壊すなよ」とだけ冷静に言った。
「契約書!」
「はいはい、こちらへどうぞお嬢様」
自分の隣をぽんぽんと叩き、ベッドに座るよう促す。ヴァレッタは当然のように彼の隣へ座ると一枚の紙を手渡した。
「ここにサインして!」
「………、………ちょっと待て、何だこれは」
「ん?」
文字の羅列を見て紙をバシッと叩いたレオナは鋭い目線をヴァレッタに向けた。それに「ああ…」と小さく反応したヴァレッタは文字を指で追いながら要約して伝える。
「つまりトド先輩は、植物園で私を手伝った事、魔法薬の材料となる薬草を用意する事、サバナクロー寮生全員がモストロラウンジを利用する事。この3つの条件で私の3日間の食事の提供を得られるという事」
「明らかにおかしい所が一つあるよなァ…?」
「……………」
「聞こえねぇフリをするな」
「だってアズちゃんとジェイドが、
『あなたが手の込んだ料理をわざわざ作ってあげるには見合っていないかと。それにこちらが3日間なら相手にも3つ条件を提示させるべきです。数は合わせなければ気持ち悪いでしょう?』
『ええ。ではサバナクロー寮生全員にラウンジを利用してもらいましょう!君がいないとなるとラウンジの収益に影響が出る。君の時間を奪うならレオナさんには相応の対価をラウンジにも支払ってもらわなければ困りますからね』
って」
「却下だ」
「ええ〜…」
「これが公平な契約だと本気で思ってるわけじゃないだろ」
「でもアズちゃんが…」
「俺はお前と話をしてるんだがなァ?」
「ん〜………フロイドはヴァレッタの好きにしなよって言ってたな……じゃあ、契約書なしでいいや。薬草持って来てくれたらお願い聞いてあげる〜」
「信じ難いがお前らの中でフロイドが一番まともらしい」
「用意出来たら連絡して」
「…知らねぇよ」
「え?」
「連絡先」
「じゃあオクタヴィネル寮に来て」
「断る。お前が定期的に来いよ」
「来たら何くれんの?」
「がめつい奴だな…何が欲しい」
「…別にないや」
「…俺が行ったらお前は俺に何をくれる?」
「え?何が欲しいの?」
「そうだなァ…キスのひとつでもくれるってんなら出向いてやってもいいぜ」
「あはっいいよ〜ギューって締めてキスしてあげる」
「言ったな?言質取ったぜ」
───数日後、モストロ・ラウンジ。
「まさか本当に来るとは………」
思いもよらない来客の指名によりキッチンから引きずり出されたヴァレッタは、VIP席でふんぞり返る彼の前に唖然とした様子で立っている。
「来てやったぜ、ヴァレッタ。対価を貰おうか?」
「え?」
「この俺がわざわざ出向いたんだ……忘れたとは言わせねぇぞ」
「………」
隣に座れと言うようにソファーを叩いて目で合図をしたレオナにどうしたもんかと考える素振りを見せたヴァレッタ。彼女を呼び出した事を不審に思い様子を見に来たアズールはそれを見て険しい表情を作った。
「どういうつもりですレオナさん。ここは女性スタッフからのサービスを受けられる店ではありませんよ」
「アズちゃん…」
「勘違いしないで頂きたい、支配人殿。これは俺とこいつの個人的な約束事でね。勤務中と言えどわざわざ客として来た友人とひと言も話すなってのは些か厳し過ぎるように思えますが?」
「………いつからレオナさんと友人に?」
「さぁ…」
「………」
怪訝な顔を見せるアズールに困ったように眉を寄せたヴァレッタ。真っ直ぐに見つめてくるレオナの視線に出そうになった溜め息を飲み込んでメニューを開いて見せた。
「ご注文は?」
「こういう店は不慣れでなぁ…何がいいのかさっぱりだ」
「では当店イチオシのスペシャルドリンクセットはいかがでしょう?」
「ならそれで。お前が運んで来るんだろ?」
「………ええ。ご注文は以上でよろしいですか?」
「ああ」
「──お待たせいたしました」
注文の品をテーブルの上に置いたヴァレッタは、伸びてきた手に反射的に距離をとった。
「……おいおい、そんなに警戒するなよ。傷付くだろ?」
「腕を掴んでへし折ろうとしたんじゃないの?」
「は?…誰にやられた?」
「え?」
「された事でもなきゃそこまで警戒しねぇだろ」
「……………」
「………それとも、俺がそんなに乱暴な奴に見えるって?この店では客に勝手な印象を付けて不快感を与えるように指導でもしてるのか?」
「………大変失礼いたしました。お詫びにドリンクを一杯サービス…」
「飲み物ばっかいらねぇよ」
「……………、………タコは元々警戒心が強いんだ。…あんたを乱暴だと思った事はないよ。横暴だとは思うけど。強者らしい振る舞いをするいいボスだと思ってる。怠け者だけど」
「いちいち一言多い」
本心かは定かではないが申し訳なさそうに俯くヴァレッタにため息をついたレオナは「もういい、座れよ」と言うとソファーをバシッと叩いて見せた。
「…スタッフがお客さまと一緒に寛ぐ訳にはまいりませんので」
「何の為に俺がわざわざこんな所まで来てやったと思ってんだ」
「………でも手ぶらじゃない?」
「大樽担いで来いって?そこまで約束した覚えはねぇよ」
「大樽?そんなにいっぱい!?」
「量あって困るもんじゃねぇだろ」
「やった!えへっ、楽しみ〜」
「………で?口約束とはいえ契約は契約だ。用意ができたらここへ来ると言った俺に、お前は何をすると言った?」
『あはっいいよ〜ギューって締めてキスしてあげる』
確かそう言った…と思い出したヴァレッタは、獲物を捉えるように視線を逸らさないレオナを見て怪訝そうに眉を寄せた。
本当にそんな事を望んでわざわざラウンジまで足を運んだのか?ユニーク魔法に掛けられた"好意を抱いている状態"でもないのに?
疑問は尽きないが、仮にもアズール率いるオクタヴィネル寮にいて契約に反する訳にはいかない。そう思ったヴァレッタはレオナに手を差し出してみせた。
「………」
数秒間何かを考える素振りを見せた後、手を重ねたレオナ。ヴァレッタはその手を抱き締めるように強く握ってから顔を近づけ、チュッとリップ音を立てて指先にキスをした。
「は…?」
「後で部屋に行くね」
「………」
一瞬どこか怒気を含んだような声を零したレオナだったが、彼女のその言葉に小さく舌打ちをすると立ち上がった。
「お帰りですか?ご注文の品は……」
「お前にやる。手ぇ付けてねぇのは見てただろ。それを一食分のカウントにされても困るんでな」
「………」
なぜ困るのだろうか…ヴァレッタはそう思いレオナの背中を見送りながら小さく首を傾けた。
─────
「ほらよ、お望みのもんだ」
「わぁ〜」
大樽いっぱいに詰められた希少な薬草の数々に、プレゼントをもらった子供のように目を輝かせるヴァレッタ。
「すげー!こっちは超珍しくて高ぇやつじゃん!これがあればアズちゃんから頼まれていたあの薬が化けるぞ!あれと組み合わせれば持続力が桁違いだ!これは何だ?欲しかったやつ以外にもいっぱいある!早く帰って調べないと!」
「お気に召したようで何よりだ」
「ああ!こんなに用意してくれるとは思わなかった!どうやって持って行こう…この樽アズちゃんの部屋に置くわけにはいかないよな…インテリアに合わないし。ラウンジの倉庫に…いや私物だし誰かに狙われるかも…」
「必要な時に取りに来い」
「え?あんたの部屋に置いといていいの?」
「そう聞こえなかったか?」
「んー…海に帰って召喚魔法を…、いやでもこんだけの量に防水の保存魔法を掛けるのはちょっと…最近はここの実験室借りてるしな…」
「………」
「…ん。ありがたい提案だ。何が望みだ?これに見合う対価を払おう」
「一々めんどくせぇ奴だな…タコ野郎の真似事はそんなに楽しいか?」
「こういう事はきちんと決めないと。間借りさせてやっているのに、なんて後から恩着せがましく言われては迷惑なんでね」
「チッ…可愛くねぇな」
「そりゃどうも。それで?」
「そうだなァ…」と呟き考えながらベッドに横になったレオナを目で追う。手招きのように上下に動く尻尾が気になり、部屋の隅に置かれた大樽の前から動いてベッドに腰かけた。
「一時間」
「…ん?」
「毎日一時間、俺の身の回りの世話をしろ」
「えっ!?」
尻尾に手を触れようとしたその時に発せられた言葉に思わず大きい声を出したヴァレッタ。そんなに驚くような事か?と言うようなレオナの顔に、大樽に目をやり考えを巡らせる。
「…そんな時間をわざわざ作るほどか…?…いや、待てよ。…最高値5万マドルはするような薬草が大樽いっぱい…ここなら誰かに狙われる心配はまずない。…だがこの学園は価値を知らない奴らばかりだ。その辺に置いといても……いやそれはないな。気が気じゃない。となると…」
「深海に持って行ってダメにしようが、保存魔法のせいでブロットが溜まろうが、その辺に置いといて誰かに盗られようが俺の知ったこっちゃねぇが…どうする?毎日たった一時間俺の顔を見るだけでそのすべての問題が解決するなら安いかもな?」
「…妥当、だな。契約成立だ。この大荷物をここに置いている間、一日一時間あんたの世話役になろう」
「よし…なら早速、その辺掃除しとけ。オレは寝る」
「掃除…」
「30分後に起こせよ」
「ん…分かった」
─────
……なんか、妙な感じだ……。
「3日間の食事の提供。これと後の契約は別物だ。つまり世話役の一時間を飯を作る時間に充てる事は出来ない。考えなくても分かるだろ?」
ユニーク魔法で惚れさせた相手は皆等しく時間を共有したがった。一秒でも長く共に過ごす事を望んでいた…。この人にもそれに近いものを感じる…。
「ヴァレッタ、来い」
口説き落とそうとしていた時の名残りか…?やたらスキンシップが多い気がする。記憶は消えても体は覚えてる…とか?それともやはり…。
「ん…、くすぐったいな…」
当然のようにベッドに招くし、脚や腰に尻尾を巻き付けてくる…。今は口説く目的がないから私には触れる理由がないんだが…。…居心地が悪いな…。
「………」
………その辺の雑魚なら…、ここまで近付けさせたりしない。居心地が悪かったら殴り飛ばして距離をとる。……それが出来ないのは、目をそらす事すら出来ないのは…何だ?…強者に対する恐れ…?……平伏するべきだと、本能が言っているのか……?
「………っ、」
「…はんっ…俺と目が合っても態度を変えないその気丈さがいい」
私の肩に乗っていた髪をバサッと後ろに流した。その手付きも獲物を捉えるような目も気に食わない…。普段ならやられた以上の事をやり返してやるが…この人相手だとどうも調子が鈍る。
認めたくない。戦う前からこの人には敵わないと感覚的に理解しているなんて。…絶対に。……でも普通に考えれば、陸地でタコがライオンに敵うわけがないんだよな…。
「───お味はいかが?」
「悪くねぇ。が、草は抜けと言ったはずだ」
「彩りとバランスを考えた食事だ。残さず食べてね」
「いらねぇって言ってんだろ。肉だけでいい。他は捨てとけ」
「………、………うるっ…」
「……………………チッ…」
泣き落としが効くのか。どういう事だ…?この人は一体何を考えている…?実はこう見えて女の涙に弱いタイプなのか?力で捩じ伏せ弱者を付き従わせる事は容易いだろうに。僕にそれをしないのは何故?
まぁ、勝ち目がないにしても最期の瞬間まで足掻くが。指の一本でももぎ取れれば上出来だろう。……こういう考えが態度に出てるから泳がされているのかな。
「───それなのにどうしても納得のいく物にならなくて、最終的にはこれとこれを混ぜた後チョウザメの卵をぶち込んだんだ。そしたらやばい色になって持続時間が格段に上がったんだが肝心の効果自体がなんか弱まった気がして…」
「へぇ…」
まぁ、興味ないよな。だが話を止めさせようとはしない。興味のない話に付き合うのは何なんだ?眠いなら話し掛けんなって言えばいいのに…。
「こいつを粉にしてひと摘み入れてみろ」
「え?」
「中和されて時間を短く、効果は強く出るはずだ。入れ過ぎるなよ」
驚いた……話をちゃんと聞いてるどころか、アドバイスまでくれるなんて…。
「これ、中和剤になるの?」
「ああ。故郷じゃその辺に生えてる雑草みてぇなもんだ。比較的安価で手に入る」
「ふーん……なんか、興味出てきた」
「あ?」
「あんたの故郷に」
「……連れて行ってやってもいいぜ。条件次第だがな」
「条件は?」
「…考えておく」
魔法薬作りに自信がある…海の中じゃ僕よりも詳しい人はアズールのグランマくらいなもんだった。その僕にアドバイスをしてやれるだけの実力があるなんて……魔力、腕力、体力、知力…一体何ならこの人に勝てるんだ…?
でも、教えて貰える機会なんて滅多にない。…ここは素直になった方が実になりそうだな。
「………ねぇ、これは?本でも見た事がない。どういう薬草なの?」
「絞ってそのエキスを使う。魔法薬を無効化するにはこれさえあればいいだろうな。だが毒性の強い草だ。葉脈に注意しろ」
「扱いムズ」
「だから使える奴はそう多くない。薬に出来りゃ高値で取引される」
「葉脈の取り方教えて」
「対価は?」
「………部活の応援に行ってあげる!」
「…それは俺が喜ぶと思って言ってんのか?」
「嬉しくないの?」
「……………」
「軽食作って行く」
「肉」
「契約成立だな!」
丁寧に教えてくれた。手取り足取りってこういう事を言うんだろうな。…やたら距離が近いのが気になったが、勉強になった。
「───はい。最後の晩餐」
「言わなくていい事をあえて言うのはオクタヴィネルの寮則か?」
「合計3日。これで終わりだが、どうだった?」
「"3日続いた"…これ以上言う事はねぇだろ」
「……………」
「3日以上空けてくれても構わなかったぜ」
「それじゃ1日追加じゃないか」
「だから言ってんだ」
「………?」
「お前、鈍くて察しが悪いとよく言われるだろ」
「???」
「大変美味しくいただきました。シェフには感謝の言葉もございません」
「ああ、あはっ。野菜も残さず食べてたね〜いい子いい子!コバンザメちゃん驚いてたよ。あのレオナさんが野菜を!?って。そんなに嫌いなの?」
「肉食動物が草を食う必要はねぇんだよ」
「じゃあ何で食べてくれたの?」
「そりゃお前が食えって言ったからだろうが」
「……?何で私が食えって言ったら食べるの?」
「ああ?何でだと?……、……知るか」
私が作ったから…?私が食べてって言ったから…。
この人は私のユニーク魔法に掛かってはいない。確かに一度は成功した。でも、
『……………俺のメスになれ』
『………レオナさんは、私が欲しい?』
『…全てが俺のものだ。望むものは全て手に入れる』
…記憶は消した。あの時とは…私を求めていた時とは瞳が違う。…なら何故?"惚れさせた"奴らと似たような言動をとるのは…何?
魔法なしに僕を好きになる人なんている訳がない。…忘れてしまった大切な人と重ねている…?そりゃあどっちも私だからな…重なるのは当然だ。
せっかく、"一番大切な人を失う絶望"を与えて復讐に成功したのに…。………浅はかだった。関わるべきじゃなかったんだ。つい薬草に釣られて………、
………そもそも、薬草が欲しいなんて…記憶を消した後に言った?いや言ってない。そんな会話をする程近くに居たのは…記憶を消す前だ。やはり、薬の調合を間違えたらしい……。この人には少なからず記憶がある。私を一番大切だと思っていた時の記憶が…。私に好意的な興味があるのだとすれば、全ての言動の辻褄が合う…。
「失敗なんてした事ないのに…よりによって何で…」
「あ?何ごちゃごちゃ言ってんだ」
「っ……」
「ここからは世話役の時間だぜ」
「………何をしろって?」
「抱かせろ」
「は?」
「来いよ。ここに」
ベッドに上がれって?…抱いて寝るのか…?
「………サイズと温度が丁度いい」
「抱き枕にしてはデカいだろ…」
「………」
「いや寝んの早」
素肌が重なるのが気になる…。熱い…火傷しそうだ。一時間もこのままなのか?抜け出せそうにないくらい強く抱き締めている…本当に寝てるのか疑うくらいの力だ。
…この人は…強い。僕よりも…魔力も腕力も勝っている。初めてユニーク魔法が効かなかった。…こんな風に絞められて、抜け出せないのも初めてだ。自分よりも強い人…。…自然界で背中を預けられる数少ない人…だろうな。
自分より強い奴の傍で…周りを警戒する事なく休んだ事などない。…ただの一度も。
………あったかい。…多分…今何かに襲われても僕が動くよりも早く牙を向いてくれるだろう。そういう意味では安心…出来るのかも。………まずい、僕もだんだん、…眠くなってきた………。
「ん………、」
「………」
「…えっ、あ……」
「警戒心の強いタコが肉食動物の前で呑気に眠って良いのか?食いちぎられても知らねぇぞ」
「…あんたが抱いてるから…、………離せよ」
もう一時間過ぎてる…。えっと、何だっけ……寝る前に色々考えてたのは……、
「ヴァレッタ」
「ん?」
………何だよ。ベッドから出た僕の手を掴んで引き留めている。…そうだ。この人が、魔法の名残りで私に惚れているんじゃないかって事だ…。厄介な事になった…。
………確かめる、か。
「ねぇ、レオナさん……」
掴まれた手を握り返して、もう片方の手で前髪を避けた。…怒らない。…嫌がる素振りもない。ただ眠くてだるいだけ?それともここまで許している?
「契約でもなく対価もない…ただのお願い、…聞いてくれる…?」
「……内容による。言ってみろ」
「………魔法薬の材料、追加で欲しい。用意してくれたら嬉しいな…」
「……………」
見返りのない…ただ喜ばせる事。これを惜しまなければ、"愛している"証拠の一つだと考えられる。
「追加で用意してやっただろ?なんて後から恩着せがましく言われても文句言わねぇ自信があるのか?」
「え?」
えっと……これは、どっちだ?分からん…。用意はしてやるが後から見返りを求めるかもって事?
『間借りさせてやっているのに、なんて後から恩着せがましく言われては迷惑なんでね』
いや、単なる前に言った事への皮肉か?性格悪いな…。
「やっぱりいい。必要な時に契約書を持って来ます」
「ガキみてぇに拗ねるなよ。冗談だろ?」
「………」
冗談…って事は、用意してくれるのか?何故?何の利益もないのに?…好意を抱いている、から…?
「そこに足しときゃいいんだな」
部屋の隅に置かれた大樽。その中を確認するべく彼の手を解放してベッドから離れた。まだ半分以上残ってるな…。…海の中に持って行くのは大変そうだ。アズールに部屋に置いていいか確認してみよう。
「なぁ、ヴァレッタ」
「んー?」
起き上がったらしいな。枕に背を預けてベッドに座っているだろう。見なくても分かる。
…これとこれ、あとこれの三種類だけ持って行くか。実験室借りられるかな。イシダイ先生にアポ取っとくか…。
「お前はどうなんだ?」
「ん?」
「契約でもなく対価もない。それで俺の望みを聞く気はあるのか?」
「内容によるよ。言ってみて」
「………ここにいろ。あと少し、…ここに」
「え……?」
な、何だと…?
…時間を共有したがる……一秒でも長く、同じ時間を。これじゃあまるで、本当に………、
「…ああ?っ、おい…!」
失敗…した。二度も。記憶を消す魔法薬の調合と、必要のない接触…。
関わるべきじゃなかった。関わるべきじゃなかったんだ。僕がまた…”大切な人”になっちゃったら、時間と労力を使って復讐した意味がない。クソ……っ。
「うわっ!え、ええ!?ヴァレッタくん!?どうしたんスかそんな急いで…」
「っ………、」
「あ、ちょっと!」
部屋を出てすぐにコバンザメちゃんにぶつかりそうになった。…だが、構っている余裕はないんだ…。
「………あーあー…レオナさん、何言ったんスか?せっかく戻って来てくれたのにまた来なくなっちゃうかも。そしたらオレの仕事がぁ……」
「………、……………」
契約を…反故にする訳がない。
大樽に目をやりそう呟いたレオナの言葉は、何かブツブツと零しながら項垂れているラギーの耳には届かなかった───。
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