とある魔女の完璧な復讐
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許せないと思った。
「〜〜〜♪」
「っ……、オイ……オイ!今すぐそれをやめろ!」
アズールが積み重ねてきたものを一瞬で奪い去った事は、アズールを泣かせてオーバーブロットさせた事は、何があっても…どんな謝罪をしても、絶対に許せない。
「ぐ…っ!その…不快な歌を、やめろって言ってんだ…!」
「レ、レオナさん!!」
「耳を塞げラギー!こいつの歌を聞くんじゃねぇ…!」
「私の目的はお前だけだよ、レオナ・キングスカラー」
だから…、今度はお前の番だ。今度はお前が、一番大切なものを失って絶望する番だ。
「抗わないで。私の声を聞いて、私だけを見つめて。さぁ、日が落ちるその瞬間を共に! " 奪い取る歌声 "」
「っ…、!………」
「やった………!」
「う…嘘…?レオナさんに…ユニーク魔法を…?リドルくんですら隙を付かなきゃかけられなかったのに…!」
聞いた…最後まで、僕の歌を…!これで終わりだ!お前の心は僕のもの。一度心を奪われたらどんな奴でも自力で抜け出した事はない!これで……、
「私の言う事は何でも聞いてくれるよね?」
「………ああ」
「ふふっ」
これでお前は僕の意のままに……っ、
…何だ?っくそ…いつもなら…少しの魔力でいいのに………!
「ぐっ…!こいつ、…僕よりも魔法士として有能だっていうのか……っ!」
「あ、当たり前ッスよ!つか、あんたのユニーク魔法ってどんな…?」
「っ、…キング…ス、ロアー!」
「チィッ!バインド・ザ・ハート!」
「何……っ、く、…」
「レオナさんッ!!」
「チッ…この俺に膝を付かせるとはな…」
失敗した…失敗した失敗した失敗した!初めて!効かなかった!僕のユニーク魔法が!一瞬で解かれた…!
「…妙な気にさせやがって…惚れさせてぇなら回りくどい事してんなよ」
「ふっ…ふは、ふふっ、あはははは!!」
「っ…」
「え…?ヴァレッタくん……?」
失敗したせいでかなりの魔力を消耗してしまった。魔法石のペンダントも真っ黒だ…。当分魔法は使えない。でも…、一度かかった。一瞬だとしても心を奪った事に変わりはない。こいつはもう僕を真っ向から否定し拒絶する事は……ない。
「っふふ、…私の勝ちだよ、トド先輩…」
「………」
「あ、待つッス!レオナさん、追った方が…」
「放っておけ。どうせまたすぐ来る…」
───オクタヴィネル寮、
「ヴァレッタおかえり~何なに?ご機嫌じゃん」
「ああ、フロイド。お前の魔法が役に立ったよ。借りて行って正解だった」
「ああ?って事は失敗してんじゃん。何やってんの?」
「はっ失敗?まさかだろ。私の勝ちだ」
「ふーん?明日も行くの?トド先輩のとこ」
「明日からが本番だからな」
「じゃあもうちょっと貸しといてやるよ」
「いいの?」
「このウサギみてぇに跳べる足けっこう気に入ったから!飽きるまではいいよ~」
「調子に乗って怪我するなよ」
「はいはーい」
─────
「トド先輩!会いに来たよ~!」
ベッドに横になっていたレオナは元気の良いその声に舌打ちを返すと心底不機嫌そうに目元を手で覆った。
「お前、ここまでどうやって…」
「どうって、歩いて来たけど」
「寮生共はどうした」
「ああ、じゃれついてきた子猫たちか?蹴散らしたが大した怪我はしてないよ」
「……はぁ。メス一匹になんてザマだ……」
「ただのメスだと思ってもらっちゃ困るぜ!」
「っ、オイ!」
ズカズカと部屋に上がり込みベッドに座ったヴァレッタは、怒気を含んだレオナの声に怯む様子もなく彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「………、」
眉間に皺を寄せた険しい表情で彼女を見るレオナ。妙な真似をすれば噛み付く。と言わんばかりの眼光に小さく息を吐いて目を逸らしたヴァレッタは、そばに置いた大きめのカバンを漁り始めた。
「ご飯食べた?お腹減ってる?サンドウィッチ作って来たよ〜はい!」
「ああ…?」
「こっちは白身魚のフライサンドで、こっちは海老カツサンドだよ!」
「…毒でも盛ったか?」
「まさか!トド先輩に喜んでもらいたくて早起きして作ったんだけど……お腹減ってないのかな」
「……………」
「……じゃあコバンザメちゃんにあげるね…」
「待て。…食わねぇとは言ってねぇだろ」
「…へへ、はい!どーぞっ」
「ちゃんと食えるもんなんだろうな」
「食ってみれば分かるだろ?」
「……………」
「…毒は入れてないよ。やるならもっと上手くやる。私が仕込んだとは誰も思わないように」
サンドウィッチを手に取り何かを考える様子を見せたレオナは、おもむろにそれを彼女の方へ傾けた。
「先に食って見せろ」
「え?」
「出来るだろ?」
「でも……私の食べ掛けを食べる事になるよ?」
「毒味は必要だ」
「疑り深いな……」
「育ちが良いもので」
「………」
差し出されたサンドウィッチを受け取るのが自然だが、手を重ねて固定させ顔を近付けてひと口齧ったヴァレッタにレオナは驚いたように目を見開いた。
「……うん、いい味だ。はい、どうぞ!美味しいよ!」
「………チッ」
「冗談だよ。待って、今ナイフを……」
齧った部分を切り落とす為のナイフを取り出そうとしたヴァレッタは、それを待たずに口に運んだレオナを見て何度か大きく瞬きをした。
ひと口齧り、咀嚼し飲み込む。その一連の様子をじっと見つめてくるヴァレッタに眉を寄せたレオナは「見過ぎだ」と目の前に手を翳した。
「え……あ、……意外だな……」
「あ?」
「ううん、何でもない!トド先輩が私の手料理を食べてくれてるなぁって思って。嬉しくて見ちゃった!味はどうかな?」
「悪くねぇが食い応えが欲しい。次は肉を挟んで来い。草は抜けよ」
「分かった、明日の朝食は肉サンドね」
あっという間に平らげたレオナにヴァレッタは目を細めて首を傾けると小さく笑って口を開いた。
「ふふ、実はね、毒は入れてないけど呪いはかけたよ」
「はあ?」
「あはっ怖い顔~そんなんじゃ女の子にモテないよ」
「…命が惜しくないのか?この俺に妙な真似して生きていられると思うなよ」
「どんな呪いか聞いて?」
「ガルル……」
「もう~冗談が通じないんだから。私の事をちょっとだけ好きになる呪いだよ!」
「…ああ?くだらねぇ…」
「明日の肉サンドには、もっと私を好きになる呪いをかけてくるね!」
「聞くだけ無駄だったな…」
「ではお代をいただきましょう」
「は?テメェが勝手にやった事だろうが」
「でも全部食べたんだから払うものは払わなきゃ。ただの善意だけで動く人なんていないだろう?」
「チッ…ああ、めんどくせぇ…」
「5分ちょうだい」
「…何?」
「お代は5分間、拒絶せず受け入れもしない。ただじっとしててくれればいい」
「却下だ」
「じゃあ3分!」
「テメェ…何企んでやがる」
「私は相応の報酬が欲しいだけだよ」
「………たったの3分で何が出来る」
「何にも出来ないよ。だからそんなに身構えなくても。…じゃあ、いい?じっとしててね…」
「……………、」
おもむろに伸びたヴァレッタの手は、レオナの肩にそっと触れた。服を撫で付けてから、彼の長い髪の毛を指に絡める。
「ガルル……」
「…抵抗しないで」
「……何もしてねぇだろうが」
「怖い」
「チッ……」
数秒間 瞳を真っ直ぐに見据えたヴァレッタ。唇に視線を落とし僅かに首を傾け、そしてまた目を合わせてどこか照れくさそうに笑った。
「おい……」
「ん?」
「………」
そっと指先を重ね控えめに絡める。手袋越しでも彼女の指の感触が伝わるのか、レオナはヴァレッタから目を逸らさないままピクリと小さく眉を動かした。
「………時間だ」
「………はぁーい」
素直にパッと手を離し距離を置いたヴァレッタを、レオナは何か言いたげな様子で見つめている。ヴァレッタの横顔を眺め口元に目が行ったその時、昨日の彼女の歌を思い出したレオナは頭を抱えながら問い掛けた。
「昨日のお前のあれは…"そういう事"か?」
「"そういう"……?………ああ、私のユニーク魔法は、"そういう"魔法だからね」
「……………」
「ちょっとは効いた…?」
「…いいや?全く」
「…残念。じゃあ頑張らないとね。料理の上手いメスは好きだろ?明日 期待して待っててね!」
明るい笑顔の裏に何を隠しているのか。今はまだ問い詰める気がないらしいレオナは目を逸らして小さく息をついた。
─────
「トド先ぱーい!来たよ〜!」
「チッ……うるせぇのが飽きずによく来やがる……」
レオナの迷惑そうな表情を気にする素振りも見せずにまたズカズカと彼のテリトリーに踏み込むヴァレッタ。
「リクエスト通りの肉サンドだよ!召し上がれ!」
眩しい笑顔で手作りの朝食を差し出す彼女に溜め息で返事をする。何故追い出さないのか、何故ベッドに上がる事まで許しているのか、自分でもよく分からないレオナは顰めた顔を手で覆った。
「頭痛いの?」
「誰かさんのせいでな」
「…ご飯いらない?」
「いる」
「ふふっ、はい!」
これを受け取ればまたお代を要求されるだろう。少し考える素振りを見せたレオナは「先に聞こうか」と言いヴァレッタを見据えた。
「えー先に聞くの?つまんなくない?」
「つまらなくねぇ」
「もー…。今日は、5分!お肉がちょっと高かったんだよね〜…チラッ」
「…………」
了承したらしいレオナは目線を外し差し出されたそれを受け取って口に運んだ。ピクリと眉を動かした反応を見て「気に入ってくれて嬉しい」とはにかんだヴァレッタに、「何も言ってねぇだろ」と顔を顰めながらもすぐに完食した。
「お粗末さまでした」
「粗末だと思ってるもん食わせた訳じゃねぇよな?」
「そんなに美味しかったの?」
「会話…する気あんのか」
「美味しいと認めてやってるのに粗末だと言ったから怒ってるんだろ?謙遜はいらないって意味じゃないの?」
「…発言の意図を認識する能力はあるらしいな」
「あはっトド先輩は分かりやすいね」
「ああ?言われた事ねぇぞ…」
「ふふ、ではお代をいただきましょう」
レオナの膝に手を置いて距離を縮めながらそう言ったヴァレッタ。昨日よりも大胆な彼女に鋭い視線を送る。
手首を撫で付け手袋の中に指を忍ばせる。掌を擽る彼女の細い指に、思わず反応を見せてしまった。
「…くすぐったい?」
「……………」
「怖い顔……」
触れるか触れないかの際どい間隔で彼の腕に指を滑らせる。左腕のタトゥーをじっと見つめ指でなぞったヴァレッタは、自分の腕を並べて見せた。
「ライオンの絵?私も描こうかな」
「やめておけ。お前には合わねぇ」
「ちぇー」
ピッタリと腕を密着させお互いの肌の温もりを感じる。明日は寮服ではなく制服を着ておこうか、と考えたレオナだがそれも癪に障ると小さく首を横に振った。
「トド先輩の肌…なんかザラザラしてるね。サメみたい」
「……………」
「私のもちすべ肌…触ってもいいよ?」
挑戦的な笑みを見せるヴァレッタの瞳を数秒間見つめてからおもむろに彼女の首筋に手を添えた。耳の下を親指で撫でられ小さく身じろぐ。
「ええ?そこぉ?…ちょっとえっちじゃない?」
「はあ?……油断する方が悪いだろうが」
「それはそう。…ねぇトド先輩、ちょっとは私の事 好きになったかな」
「誰がなるか」
「……ざーんねん」
彼の胸に手を添え、心臓の音を聞くように身を寄せたヴァレッタにピクリと小さく反応したレオナ。押し退ける事もなくじっと様子を伺うレオナの変に律儀なところがおかしいらしいヴァレッタは口元に手を当てくすくすと笑った。
「……そういえば、授業は?」
「あ?……チッ…お前が帰ったら行くよ」
「今日は帰らないよ?」
「ああ!?」
「制服に着替えなさい。手伝ってあげるから、ほら……」
「ったく誰が一々服なんか脱ぐかよ。着替えなんて実践魔法で一瞬だ」
「わ…すごい!トド先輩は日常的に魔法を使ってるんだね、すごいすごい!」
「はあ…?この程度の事、出来ねぇなんて言わないだろ?」
「出来ない人も沢山いるよ。みんながみんなトド先輩みたいに優秀じゃないんだから」
「…はっ。こんな事で優秀だなんて言われても嬉しくねぇな」
「実践魔法を見る機会なんてあまりないから…もっと見せて欲しいな、トド先輩の魔法」
「…めんどくせぇ…」
悪態をつきながらも満更でもない様子のレオナを見て笑みを浮かべるヴァレッタ。両手を握り振り子のように揺らす仕草に怒る気も起きないらしいレオナは、機嫌の良さそうな彼女に大人しく振り回されている。
「そうだ、夕ご飯は何がいい?」
「肉」
「言うと思った。寮の厨房借りるね?」
「勝手にしろ」
「期待しててね。じゃあ授業頑張って!行ってらっしゃい!」
「……………チッ」
───レオナを見送ったヴァレッタはベッドに腰掛けるとブロットで真っ黒になった貝殻の形のネックレスを見つめた。
『ちょっとは効いた…?』
『…いいや?全く』
『私の事 好きになったかな』
『誰がなるか』
「……………」
冷たい態度とは裏腹に何をしようとも拒絶せず結局は受け入れている。レオナの顔を思い浮かべ ふっと小さく笑ったヴァレッタは誰にも聞かれない程の小さな声で鼻歌を口ずさんだ。
─────
「おかえり!トド先輩、今日の部活の練習試合すごかったね!」
部活が始まる前にラギーに呼ばれ練習試合を見学に行ったヴァレッタは興奮した様子でレオナに駆け寄った。
「トド先輩が一番すごかったよ!一番強くて、一番かっこよかった!」
「……………」
「やっぱりトド先輩が一番上手いんだね、マジフト…私もやってみようかな!」
「俺が……何だって?」
「え?」
「……………」
「トド先輩が一番素敵だったよ」
ヴァレッタの瞳を真っ直ぐに見据えてゆっくりと瞬きをしたレオナは少し乱暴に彼女の頭を撫でた。
「わっ!えっ?…あ、何なに?ちょっと惚れた?」
「…調子に乗るな」
「いてっ」
軽く小突かれた額を手で押え眉を寄せたヴァレッタは、疲れた様子でベッドに横になったレオナに近寄り腕に手を添えて顔を覗き込んだ。
「寝るの?ご飯は?」
「…作ったのか」
「期待してって言っただろ?部活頑張ったご褒美にちょっといい肉で作ったよ!」
「よく分かってるじゃねぇか」
───
「〜〜〜♪」
食事の仕上げをしながら鼻歌をうたうヴァレッタ。上機嫌な彼女とは対照的にその歌が気に食わないのか頭を抱えたレオナは酷く顰めた顔で息を荒らげた。
「………、………っ、………お前は…魔法士として優秀らしいな。…俺を惚れさせてどうする?」
魔力を込めていないただの歌に対してそう問い掛けるレオナに一瞬驚いたような顔を見せたヴァレッタは、すぐに楽しくて仕方がない子供のような笑顔を向けた。
「…ふふ!私を愛して…そして全てを捧げろ!たとえその身が滅びようとも!
私の為に生きろ。それがお前の贖罪だ」
「………」
「…なんてね。あんたは自力で魔法を解いただろ。自分よりも出来る奴には通じないって初めて知ったよ。悔しいが認める。あんたに私のユニーク魔法は効かない」
「…あ?なら何で……、……っ、」
何故ヴァレッタの言動を許してしまうのか。何故不快ではないのか。何故"惚れさせた"と思うのか。魔法ではないなら説明が付かない。腑に落ちないレオナは険しい表情を作ったが、目の前に出された食事に手を付けた瞬間 唐突に面倒に感じ考える事をやめた。
「───今日はどんな一日だった?」
食事を終えまた横になったレオナにベッドに腰掛けたヴァレッタは優しい口調で問いかける。
「どうもこうもねぇ。つまらねぇ一日だった」
「授業は楽しくなかったの?」
「楽しいわけねぇだろ。知ってる事ばっかで退屈だ」
「ふーん…」
「…まぁ、魔法薬学は悪くなかったが」
「へぇ!どんな薬作ったの?」
「見た目はそのまま能力だけを変える薬。例えば人魚のお前がライオン並の優れた嗅覚を得る…とかな」
「それって結構難しい調合じゃない?」
「レシピさえありゃ誰でも作れんだろ。一度で成功させたのは俺だけだったが」
「すごい!やっぱりトド先輩は優秀なんだね!部活でも一番活躍してたけど、授業でも一番なんだ!」
「……………、」
「トド先輩が一番強くて一番優秀で一番素敵だね」
体の向きを変え笑顔でそう言うヴァレッタに手を伸ばす。先程よりも優しく頭を撫でられ一瞬身構えたヴァレッタは首を傾げてレオナを見つめた。
「なーに?可愛がってくれるの?」
「………お前の献身に応えてやってもいいぜ。5分でも10分でも付き合ってやる」
「10分もくれるの?やった……じゃあトド先輩もじっとしてなくていいよ。撫でたくなったら撫でてもいい」
「あ?どこを…っ」
「頭以外のどこを撫でるんだよ?…えっち」
「………チッ」
上体を起こし枕に背を預けたレオナの腕に手を添えたヴァレッタ。
Prrrr………、
擦り寄ろうとしたその時に鳴り響いた着信を知らせる音に少し表情を曇らせたヴァレッタは、レオナにひと言断りを入れると立ち上がってスマホを手に取った。
「もしもし、アズちゃん?どうしたの?」
「……………」
「───うん、分かった。………もちろん、アズールが一番大切だよ。…すぐに行くから待っててね。…大好きだよ」
「…タコ野郎の癇癪か?お前も大変だな」
通話を終えて振り返ったヴァレッタは呆れたような口調で放たれたレオナの言葉に一瞬険しい表情を見せた。
すぐに困ったような表情を作りレオナのそばまで歩み寄ると、手を重ねて寂しそうな声色で指を絡めた。
「お代は明日貰うね…?」
「…俺の気が変わってない事を祈るんだな」
「…意地悪。…ねぇ、今日は私の事を考えながら眠って?」
「あ?」
「私もずっとトド先輩の事考えるから。ね?」
「……………」
「…じゃあね、トド先輩。また明日…」
─────
飯を食ってはお代を払う。
そんな事を繰り返して数週間が経った。
「───トド先輩、」
「…その呼び方やめろ」
「………レオナさん。今日もレオナさんが一番素敵だったよ。部活でロングシュート決めた時と暴れた子猫たちを一瞬で黙らせた時が特にかっこよかった。やっぱり逞しくて頼りになるオスが一番だね」
俺の肩に頭を預け、腕に抱きついて甘えた口調で宣う。こいつは俺が"一番"だとよく言う。まるでそう言われる事で俺が満足するとでも思っているかのように。
だがこいつは口だけだ。実際のところこいつが最優先するこいつの中の一番は俺じゃない。
「───ごめん、トド先輩。アズールが呼んでるから帰るね」
…タコ野郎より俺を優先した事は一度もない。試しに俺が"頼み事"をした時もタコ野郎の後だった。どんなに重要だと念を押しても結局は後回し。……もううんざりだ。
「っ……、……え?」
何度か聞かされた歌がある。最初に聞いたこいつのユニーク魔法…、それから狂ったんだ。何故かこいつを拒絶できない。魔法は一瞬で解かせたはずだが、それでも尚……、
「トド先輩…離せよ。痛いって…」
「何故惚れさせた?"二番手"の屈辱を味わせる為か?」
「え………?」
「"そういう魔法"だろ。お前のユニーク魔法は」
「…ちゃんと効いたんだ」
「………」
「好きな子の事、こんな風に押し倒して押さえ付けちゃダメだろ?優しくしなくちゃ…嫌われちゃうよ?」
「…生まれた順番で優劣が決まる。第二王子ってだけで俺は一番にはなれない。お前の中ですら、それは同じだろ。そいつを痛感させる為に始めた茶番か?」
「…違うけど…、そんな風に思ってたんだ。………レオナさん、私の一番になりたいんだね」
「……………、……………」
「でもそれは無理だよ……あんただって一番可愛くて大切なのは自分自身だろ?…アズールは特別だ。…私自身なの」
「………なるほど。つまりは一番可愛くて一番大切なタコ野郎の契約書を砂に変えた事を根に持って復讐の為に近付いた訳だ。あくどい海洋生物共の考えそうな事だな」
「レオナさん…、」
「そうだろ?お前が俺に近付く理由はそれしかねぇもんなァ…?」
こいつの全てに腹が立って仕方ねぇ。…砂に変えちまえば、鬱陶しいこいつの偽物の感情に振り回される事もなくなるか…?
「………俺こそが飢え、俺こそが乾き。お前から明日を奪うもの……平伏しろ。…キングス・ロアー」
「……………」
「……………お前、…まだ持ってんのか」
「…ウサギみたいに跳べる足が、大層お気に召したようで」
「……………チッ…」
能力だけを他の動物に変える魔法薬。…3年の授業でも高難易度のものを、専門家に教わるでもなく作ってやがる。何がトド先輩が一番優秀、だ。
頭が痛てぇ…クソ。
手を離すとすぐに触れて来やがった。懲りねぇ奴だ…。
「…………そこまで分かっているなら、これ以上はダメかな」
俺の首に腕を回し目を合わせて来る。この期に及んでこいつはまだ何か企んでんのか。
唇が肌に触れる…そのすんでのところで顔を離し眉を顰めて笑った。
「………明日も来るよ」
「何をしに」
「あんたを口説き落としに」
「落としてどうする」
「………復讐、だろ」
「………………」
─────
体を預け手を握る。拒絶されない事を分かっているヴァレッタは弄ぶようにレオナへの接触を続けていた。
「トド先輩、今日は何が食べたい?何でも作ってあげるよ!」
「肉」
「肉は作れないよ……料理の話!」
「肉料理なら何だっていい」
「もう〜…いっつもそうなんだから……ん、っふふ、そんなとこ触っちゃダメ」
耳の下から鎖骨までを指でなぞられくすぐったそうに身を捩ったヴァレッタをレオナは食入るように見つめている。
「お前がいつもしてる事だろ?文句があるなら自分に言えよ」
「ん、」
頬に手を添え、唇に親指を押し当てる。鋭い目付きとは裏腹に大切なものを慈しむようなその優しい手に擦り寄ったヴァレッタは、真っ直ぐに瞳を見据えて彼の指にキスをした。
はにかんだ彼女の髪の毛を掬い唇を付けたレオナは、獲物を捉えるような視線を向けたまま口を開いた。
「……………俺のメスになれ」
「…一番じゃないのが嫌なんじゃないの?」
「気付いたんだよ。一番だと…言わせりゃいいだけの話だってな」
「………レオナさんは、私が欲しい?」
「…全てが俺のものだ。望むものは全て手に入れる」
「私の事が……好きかな」
「………、そう、仕向けたのはお前だろ。ユニーク魔法まで使っておいて今更何を確かめたい?」
「……好き?」
「………チッ。………ああ、憎たらしい程にな」
「ふふ…やった。やっぱり私の勝ちだね。トド先輩は負けた。…魔女の誘惑に」
「………ああ、それで?」
「私の事を……一番大切に思ってくれてる?」
「残念だが一番ではねぇよ。誰だって、自分が一番可愛くて大切。そうだろう?」
「二番目?」
「そうなるだろうな」
「じゃあ実質一番だね!私にとってもトド先輩が一番だよ。アズールは特別で例外だからね」
「そいつはどうも」
「最後に何かしてほしい事ある?」
「………最後?」
「うん。私の事が好きで一番大切だと認めてくれたから、もう付きまとうのやめるよ」
「…………は?」
「最後に何でも言う事聞いてあげる」
「………………、」
「どうする?」
「………なら、3分…じっとしてろ」
「………うん、分かった」
───最後に確信した。本当に、私の事を好きになったのだと。
付きまとうのをやめる必要はないと、まるで必死に引き留めるかのように…ガラにもなく甘く囁いて唇を重ねた3分間。
「………、………時間だよ」
「……………」
離してくれそうにないな。…こんなに執着するタイプには思えなかったけど…。
自分が一番だと言わせればいい…か。その通りだ。惚れさせて言わせればいい。僕がそうしているように、君も…。……もう、遅いけれど。
「ねぇ、レオナさん…これ飲んで」
「何の…薬だ」
「私を忘れる薬だよ」
一番大好きで、一番大切な人……忘れる事は失う事。心にぽっかりと穴が空いたような感覚になる。思い出したくても思い出せない…ただ愛おしいという想いが、虚しく寂しい気持ちだけがそこにはある。
「…飲ませてあげるね」
薬を口に含んでから唇を重ねてトド先輩の口に流し込んだ。
初めてユニーク魔法が効かなかった人。初めて口説き落とすのに苦労した人。僕にとっても忘れられない人になるところだった。今少しだけど薬を飲んだから…そのうち記憶は薄れるだろう。
「っ……、………」
「………どうして、泣いているの?」
「泣いて…いる、だと?この俺が……?」
「……………」
あの百獣の王が、あのレオナ・キングスカラーが、一番大切なものを失う事に絶望し、涙を流している…。
……………満足だ。完璧な復讐と言っていい。
「これで終わりだ。………レオナ先輩。楽しかったよ。………バイバイ」
「…待て…、ヴァレッタ………っ」
次に会った時はただの他寮に遊びに来ている部外者という認識だろう。
失った大切な人の面影を僕に見てしまうだろうか。当然重なるよな、だって僕なんだから…。
思い出そうとしても思い出せなくて、会いたくてもそんな人はどこにもいなくて、頭ではよく分かってても気持ちのコントロールが上手くいかない。………ただ辛い思いを、苦しい思いをするだけ。
いつか紛い物じゃない本当に大切な人が現れるその日まで…耐えてね。…可哀想なレオナ先輩。
《とある魔女の完璧な復讐》
End.
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