スマホを忘れた小魚は見た
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「外泊許可をくれ!」
ノックもせずに乱暴に扉を開けて部屋に入ってきたヴァレッタに、机に向かって箱庭の手入れをしていたジェイドは怪訝そうな表情で顔を上げた。
「外泊…?」
「ガクエンチョーに言われてんだ。
『学内にいるからには学園のルールに従ってもらいます。オクタヴィネル寮生のつもりで校則、寮の決まりを遵守するように』
ってな。だから副寮長の君に外泊許可をもらいに来たっ!」
なるほど…と小さく呟いたジェイドは少し考える素振りを見せてからピクリと僅かに眉を動かした。それに気が付かないヴァレッタは外泊許可証を貰えるものと思い両手を出して待っている。
「学園の決まりに従うという事は他寮への外泊をご希望で?」
「そう!」
「…ハーツラビュルですか?」
「そう!」
「………デュースくんのところ?」
「そうっ!」
デュースの名前を聞き目をキラキラと輝かせ、ほんの少し頬を紅く染めている。彼に対してまるで異性を意識する少女のような態度を見せるヴァレッタに、ジェイドは常日頃から全く理解を示せていなかった。
「ルームメイトがみんなスカラビアの宴に行くらしい!明日は休みだし、今日は帰って来ないって…だから部屋に来てほしいって!」
「……………」
「一応金魚ちゃんにも伝えたぜ!僕が今日行く事は把握している!後は外泊許可さえあればいいんだ!早くくれよ!」
「ルームメイトが不在で寂しいから、という理由ですか?」
「え?さぁ…?」
「フロイドがバスケ部の遠征で不在なんです」
「え?へぇ…」
「寂しいので今日はここに泊まってください」
「はぁ?寂しいとか思う心ねぇだろお前」
「失礼ですねぇ。寂しく思う事くらいありますし、こんな僕を差し置いて一人だけ"推し"と仲良く夜を明かそうとする友人に苛立ちも覚えます」
「友人って誰の事だ?」
「あなたですが」
「……………、……………」
「そこそんなに引っかかります?」
「君と僕が友人なら、友人という言葉の意味を間違って覚えていた事になる」
「面白い冗談ですね。とにかくお断りします」
「断るならさっさと断れよなぁ」
「…どちらへ?」
「最初からアズールの所に行けば良かった!お前の部屋の方が近いから来たのに無駄だったぜ」
舌打ちをして踵を返したヴァレッタの腕を咄嗟に掴んだのは無意識だったらしい。驚いて振り向いた彼女にジェイドも驚いたような表情を向けている。
「な…なに?」
「あ………いえ、」
「………離せよ」
「……………」
"推し"と仲良く夜を明かそうとする友人。それに無性に苛立つ理由が自分にもよく分からない。常に微笑をたたえ滅多に表情を崩さないジェイドは、この目の前の彼女に対してだけそうもいかないという自覚があるようで、それもまた顔を歪める要因の一つとなっていた。
「今日は……ここにいてくれませんか」
「何で?」
「…あなたは…女性の形なんですよ。あなたを女性だと思っている男の部屋に泊まるなんて不用心にも程がある。陸の常識では考えられない。普通じゃありません」
「デュースちゃんだよ?殺意や悪意は微塵も感じられない。それに力には自信がある。陸のオスが屈強だとしても負ける気はしねぇ。あの海で一人で生き延びた実績があんだ、なめんじゃねぇ」
「…そういう話ではなく………」
「めんどくせぇな。言いたい事あんならはっきり言えよ」
「今日はここにいてほしいと言っているんです」
「嫌だね。デュースちゃんの部屋に行ける機会なんて滅多にねぇんだから」
「………………」
「いい加減離せよ。腕にお前の手の痕ついちゃうだろ!」
「……………分かりました」
手の力を緩めた瞬間にするりと抜け出した細い腕。手のひらに残る彼女の体温を握り締めるように作った拳に視線を落とす。
長時間二人きりでいてほしくない、自分と一緒にいてほしい、自分を優先してほしい。それらの本音を言葉に出来ないのは、その理由を説明できないからだと自覚しているジェイドはまた、彼女のおかげで表情を崩さずにはいられなかった。
ーーーーー数時間後、
アズールの部屋を訪ねたジェイドの目に入ったのはベッドの上で寛ぐ二人。そこにいるはずのない彼女の姿を目に眉を寄せる。
「何故ここに?ハーツラビュルへは行かなかったんですか?」
「行ったよ。でもアズちゃんが寂しそうだったから早めに帰ってきた」
「は…?」
「アズちゃん、ジェイドがなんか書類を持って来たよ。起きれる?」
「……………」
ベッドに座っているヴァレッタは腰にしっかりと腕を回し膝に顔を埋めているアズールの頭を撫でながら優しく呼びかけた。
「…アズールは疲れている。甘えたタコちゃんモードに入ってるから仕事の話は後にしてくれ」
「……………」
ここにいてほしいと引き留めた自分は冷たくあしらったくせに、疲れたアズールの顔を見て”寂しそう”だと察し、甘えさせる為にそばにいる。あれほど楽しみにしていた彼との約束を後回しにして。
…何故自分には、何故自分にだけ…。疑問は不満へ、苛立ちは寂しさへ変わった。
「…書類はここに」
「ああ」
「……………」
「…?」
机の前に立ち一瞬の間を置いたジェイドの背中を不思議そうに見つめたヴァレッタ。その視線に気付かないジェイドは、他に何か用があるのかと問いかけた彼女の言葉に被せて、では。とだけ言い早足で部屋から出て行ってしまった。
「……………、」
「………もっと、」
「えっ?」
「もっと撫でていい」
「ああ………ふふ、」
膝元でボソッと呟いたアズールに、頭を撫でていた手が止まっていた事に気が付いたヴァレッタは小さく笑うとまた彼の髪の毛に指を絡め始めたーーー。
「ーーーなんか副寮長、機嫌悪かったよな…」
「なぁ〜ただでさえおっかねぇのに………あ!ヴァレッタさん、こんばんは!」
「どちらに?寮長なら今日はもう部屋に戻ってるはずですけど…」
「キッチンに用が…」
「ラウンジのキッチンなら今副寮長が片付けしてますよ」
「一人で?君たちは?」
「一人の方が楽で早いと…。もう上がるように言われて…」
「そう……お疲れさま」
ーーーガチャ、
「…、まだ何か………」
寮生達が機嫌が悪そう、と思うのも頷ける雰囲気を纏っていたジェイドは、扉を開けた主がヴァレッタであると認識すると少し驚いたような表情を見せ、寮生達に向けるよりも幾分か柔らかい声色で問いかけた。
「こんな時間にどうしました?アズールは寝付いたんですか?泣き虫タコちゃんの子守りも大変ですね」
「相変わらずよく回る口だな」
「ええ、せっかく付いているんですから使わないと」
「少しは余計な事言わねぇ努力しろよ」
「余計な事を言った事は一度たりともありませんよ。あなたやアズールにとってはどうか知りませんが」
「その調子なら大丈夫か」
「はい?」
「なんか君今日変だったよ。いつも変だが。いつも以上に」
「変…ですか。どんなふうに?」
「なんか変。これ以外に伝えようがない」
「はあ…それで?わざわざそれを言いに?」
「片付け代わるよ。君も疲れてるんじゃないのか?帰って寝ろよ」
「………対価は?何がお望みで?」
「…じゃあ君がブレンドした美味い茶葉をくれ」
「おや、あなたが紅茶に興味を持ってくれるとは…味の善し悪しなど分からない人なのに」
「分からないから分かるやつに言ってんだよ。君のおすすめなら間違いない」
「ええ、品質は保証します」
「今日のお詫びに持って行けばきっと…」
「………またデュースくん、ですか」
「またって何だよ」
「……………」
「なに?」
「いえ、何も」
「嘘つけ。余計な事はよく喋るくせに本音は隠すよなぁ」
本音は既に言ったんですが…と思い眉を寄せたジェイド。その僅かな表情の違いに気付くはずもないヴァレッタはジェイドから布巾を奪うと濡れた食器を手に取った。
言いたくねぇならさっさと部屋に戻れよ、と言うような視線に小さく息をついたジェイドは、彼女の長い髪に手を伸ばし毛先を指に絡ませながら呟いた。
「………今日は僕の部屋に泊まって、…と言いましたよね」
「え?いつ?」
「数時間前に」
「そんな昔の事は忘れた」
「あなたって本当に……」
「なんか変だったのってそれが理由?意味わかんねーんだけど」
「……………」
「………え、まさか本当に…フロイドがいなくて寂しい…とか?」
この漠然とした寂しさの原因は目の前にいる彼女の言動からなるものだが、確かに兄弟の不在もあるのかもしれない。そう思い彼女の顔を覗き込むように首を傾け距離を縮めた。
「はい、と言ったらお願い聞いてくれます?」
「何してほしいの?」
「アズールが寂しいと言った時は何を?」
「抱き締めて頭撫でてあげる」
「ではそれでお願いします」
「何でお前にアズちゃんと同じ事をしてやんなきゃならないんだ」
「意地悪」
「僕の知る中で最も意地の悪い奴に意地悪って言われた…」
彼女にとってアズールの存在がどれほど大きなものなのか分かっているジェイドは、今更彼との扱いの差に不満を抱いても仕方ないと思いながらも寂しそうな顔を見せればおそらく…と考え彼女にも分かるように大げさに表情を作った。
「……………はぁ、しゃがめよ。届かねぇだろうが」
少し考える素振りを見せたヴァレッタは切なげなジェイドを見て溜息を吐くと唇を尖らせながら手を伸ばした。撫でやすいであろう位置まで頭を下げたジェイドの顔は、思った通りの行動を取った彼女の分かりやすさからか触れられる事に対する単なる嬉しさからか綻び緩んでいる。
「………っ、」
大人しく頭を下げたジェイドは突然ボウタイを強い力で引っ張られた事でバランスを崩し前に倒れ込んだ。おっと、と軽く彼を抱き留めたヴァレッタは自身よりも20cmも背の高い"異性"を相手にしているとは思えない余裕の表情でジェイドを見やった。
「体幹ブレブレか?護身術習ってたんじゃねぇの?」
「突然何を…」
「お前の思惑通りに動いてやる義理はねぇ」
耳元で低く囁かれたその言葉にジェイドは心底楽しそうな笑みを浮かべ声を出して笑った。
「ふふふ!あなたのそういうところが本当に…!」
「んだよ、文句あんのか?このまま背骨を折ってやってもいいんだぜ」
「文句だなんて…ふふ、その逆ですよ」
「逆?」
「ええ、逆です」
軽く背中に手を添えるだけのヴァレッタに対し、彼女の細い体をギューっと締め付けるように抱き締めたジェイド。それに僅かに眉を顰めながらも楽しそうに笑う彼に暫く大人しく抱き締められていたヴァレッタは、おもむろに手を伸ばすと少し乱暴に頭を撫でた。またしても予想外の行動に一瞬驚いた顔を見せたジェイドは「僕の意に沿う義理はないのでは?」と思ったが、わざわざ余計な事を言って彼女の機嫌を損ねる必要はないと考え言葉を飲み込んだ。それでも何かを言わずにはいられないのか彼女の肩に顔を埋めたまま呟いた。
「…もっと優しく。愛情を込めて」
「ねぇもんは込められねぇよ」
「はい、嘘。ひとつの愛情もなければ今ここで僕の頭なんて撫でていないでしょう」
「うっせーなぁ…何かの情はあるかも知れんが愛はねぇよ」
「悲しいです…しくしく」
「うぜー…」
わざとらしい表情を作って頭を撫でさせたかった理由は。今度は何を企んでいるのか。普段からジェイドを怪しみ疑ってばかりいるせいで、彼がただやって欲しいと思っている事にも裏があると勘ぐってしまう。それでも彼の望み通りに手を伸ばしたのはどんな反応を見せるのだろう、という興味本位。予想外の行動が彼を一番喜ばせると知っているが、驚きのあまり一瞬冷静さを欠く"普段のジェイド"を崩す瞬間がヴァレッタはとても好きらしい。
「君 心臓の音やばいな。病気か?うつすなよ」
「…出来る事ならうつしたいです」
「は?」
「あなたも苦しめばいい。…自分でも理解できない訳の分からない感情に支配され些細なことで一喜一憂する苦しみをあなたにも味わってもらいたい」
「はあ?何だそれ、恋煩いかよ」
「………えっ?」
「え?なに?」
「恋煩い…なんですか?」
「いや知らん。冗談だよ。………え?君は誰かに恋をしているの?」
「…分かりません」
「何だこの無意味な会話は。時間の無駄だな」
「………恋、とは?」
「その話掘り下げなくていいよ。何でお前と恋バナしなきゃなんねーんだよ」
「恋バナとは?」
「うるさい」
「教えてください」
「うるさい。このまま首折って寝かせてやろうか?」
「それは…ぜひお願いします」
「あ?」
「頭を撫でながら寝かし付けるのはお得意でしょう?アズールで慣れていますもんね」
「アズールの事赤ちゃんだと思ってる?」
「ふふ、」
「笑うな」
濡れていた食器が自然と乾くまで、抱き締め合いながら特に意味のない会話をしていた二人。こうして時間を過ごすのは当初の予定では自分ではなかったのだとふと思い出したジェイドは、何かを企んでいる時のような笑みをヴァレッタに向けた。
「やはり予定通りにいかない方が面白いですね。あなたの計画はこれからもできる限り阻止していきます」
「宣戦布告か?上等じゃねえか」
「予定通り、想定通りの結果になるだけなんてつまらないでしょう?」
「つまんなくねぇわ。僕は綿密に計画を立てて正確にその通りに実行したいタイプなの。ハプニング大好きなお前とはとことん合わねぇわ」
「逆に合うのでは?」
「逆?」
「あなたの苦手なハプニングには僕が対応出来る。僕の嫌いな予定通りにはあなたが適応している。ほら…バランスがいい」
「たまに、ほんっとーにたまにだが、悪くない事も言うよな」
「もっと褒めてくれていいですよ」
「調子に乗るな」
どこか呆れたように視線を外したヴァレッタは目に入った時計の針の位置を見て小さく舌打ちをすると、ジェイドの背中をトントンと急かすように二回ほど叩いた。
「もうこんな時間だ。夜更かしは美容の大敵。さっさと片付けて部屋に戻るぞ」
「僕は美容に興味は…」
「お前の都合じゃねぇ!俺のだ!」
「あなたの都合に合わせて僕に何のメリットが?僕はこのまま夜を明かしたいくらいですが。…ええ、それがいいですね。あなたの妨害をしてここで一緒に朝を迎えてもらいましょう。何て言ったって部屋に一人ぼっちは寂しいですから」
「何でここでだ!部屋で寝ながら朝を待つの!ほら手ぇ動かせ!」
「……………」
「…チッ!寂しいなんて嘘のくせに、何が目的なんだ…くそ、分かったよ!寝かし付けてやるよ!絵本でも読んでやろうか!?」
「ぜひお願いします」
「どういうおちょくり方なの?」
「おちょくってなど…。僕がしてほしいだけですよ」
「むかつくなぁ」
「ふふふ…」
「笑うな!」
抱き締め合いながら会話をし、仲良く片付けをして同じ部屋に入って行った…。その一部始終を見ていた一人の寮生によって、寮長の彼女が副寮長と浮気をしているという噂が瞬く間に寮内に広まったーーー。
《スマホを忘れた小魚は見た》
End.
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