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イギリスの広大な荒野、そこは今、夜の静寂に包まれていた。
かつての宿敵同士が肩を並べて戦い、勝利を収める。シカゴでの戦い以降、この「両軍和解」という新たな秩序がもたらした風景は、ブラックアウトにとってはいつまでも慣れぬ、どこか奇妙な感覚だった。
作戦自体は成功に終わった。元ディセプティコンの過激派を制圧し、この地の平穏は守られた。だが、基地への帰路は遠く、人里離れた森の境界で野営を張ることを余儀なくされる。
「ふん……。平和というやつは、どうにも回路が鈍る」
ブラックアウトと肩を並べるようにして立ち、そう吐き捨てるように呟いたのはバリケード…彼もまた、戦いの中にしか居場所を見出せなかった者の一人だ。
だが、今ブラックアウトの関心は、今回の遠征の戦果や平和の定義などにはなかった。
ブラックアウトの視線は、無意識のうちにキャンプの片隅を探っている。
……いない。
どこにいても、その淡い薄桃色の装甲はブラックアウトのセンサーにすぐに引っかかるはずなのに。
「バリケード……あの衛生兵は、どうした」
ブラックアウトの声は、自分でも驚くほど低く、そして焦燥を含んでいた。
バリケードは面倒そうに光学センサーを動かし、背後の丘を指す。
「あっちだ。少し頭を冷やしにいくと言っていたぞ」
「…そうか」
「貴様も心配性だな、ブラックアウト。かつての冷徹なお前はどこに行ったんだ?」
そんな冷やかしを無視し、ブラックアウトは重厚な足音を殺して歩き出した。
彼女…◯◯◯は、ブラックアウトの恋人であると同時にあまりに危うい。
フィアット500の『フィオーレ・ローザ』
その愛らしいビークルモードから展開される彼女のロボットモードは、オートボットの中でも一際華奢で、戦士というよりはまるで美しい芸術品のようだった。
身長はブラックアウトの腰ほどしかなく、彼が一度でも力を込めれば、その繊細なフレームは容易に砕けてしまうだろう。
そんな◯◯◯はアーシー三姉妹にとても可愛がられている。兄弟子のジョルトやサイドスワイプ、ディーノといった猛者たちとも対等に語り合う。誰にでも優しく、敵であったブラックアウトにさえ、躊躇なくリペアの手を差し伸べたほどだ。
「ブラックアウトさん、痛みますか? すぐに良くなりますから、じっとしていてくださいね」
戦場で大破し、死を待つだけだったブラックアウトに、◯◯◯はそう言って微笑んだ。バイザーのない、澄んだ双眼。誰に対しても崩さない丁寧な言葉遣い。
争いを嫌う彼女が、血生臭い前線に衛生兵として同行していること自体、ブラックアウトにとっては常に違和感であり…そして、小さな恐怖だった。
バリケードに言われた丘を越えた先で、ブラックアウトはその小さな姿を捉えた。
そこには、イギリスの冷たい風に吹かれながらも、季節外れの狂い咲きを見せる巨大な桜の木があった。月明かりの下、薄桃色の花弁が雪のように舞い散っているあまりにも美しい光景。
その中心に、◯◯◯がいた。
彼女の装甲は、舞い散る花弁の色と見事に調和し、まるで彼女自身が木から生まれた精霊であるかのような錯覚を抱かせた。彼女は蒼色の光学センサーを静かに閉じ、風の音を聞いているようだった。その瞬間、ブラックアウトのスパークが激しく脈打った。
あまりに美しい目の前の光景は、同時に言いようのない「喪失」を予感させたのだ。
今この瞬間、突風が吹き抜ければ、◯◯◯も花弁と共に空へと溶けて消えてしまうのではないか。咄嗟にそんな考えが駆け抜けて…ブラックアウトは、無意識のうちに駆け出していた。
響き渡る重厚な足音など、今はどうでもなかった。
「……っ!」
背後から、彼女の華奢な体を巨大な腕の中に閉じ込める。
壊してしまわないよう、最大限の出力を絞り、それでも離すまいと力が入る。
「……ブラックアウト、さん?」
どうなさいました?と、驚いた◯◯◯の声が、静寂の中で空気を震わせる。
ブラックアウトの胸の装甲に、彼女の後頭部が当たり…その温もりと、かすかな駆動音。それだけが、彼女がここに「存在」している唯一の証明だった。
「…どこへも行くな、◯◯◯」
「え?」
◯◯◯の首筋に顔を埋め、絞り出すように告げていた。
戦士としての誇りも、かつての冷酷さも、◯◯◯の前では無意味だった…ただ一人の男として、愛しい者を失うかもしれない恐怖に支配されていた。
「ブラックアウトさん…本当に、どうなさったのですか?」
◯◯◯は少し身をよじり、ブラックアウトの太い腕にその小さな手をそっと重ねた。
その手は、かつて機能停止寸前だったブラックアウトにリペアを施し、地獄の淵から救い上げた、暖かくて頼もしい手だ。
「愛している……」
「……、…!」
「私の側を離れないと、今ここで誓ってくれ。お前のような存在は、この騒がしい世界の中で、あまりに脆すぎる……」
ブラックアウトの言葉に、しばらく黙っていた◯◯◯はやがて小さなため息をついた。それは呆れではなく、どこまでも深い慈愛に満ちたため息だ。
「私はどこへも行きません。たとえ風に吹かれても、この花弁のように散ったりはしませんよ」
◯◯◯はゆっくりとブラックアウトの腕の中で向き直り、見上げるようにして彼の双眼をじっと見つめた。
「私は衛生兵です。皆さんの傷を癒すのが仕事ですが、あなたの心を癒すのは、私だけの『特権』だと思っています」
「……………」
「だから…そんなに怖がらないでください」
◯◯◯は爪先立ちになり、ブラックアウトの頬にそっと指先を滑らせた。
「ブラックアウトさん…私も、あなたを愛しています。年上の恋人に、こんなに心配をさせてしまうなんて、私は不届きな衛生兵ですね」
いつもの穏やかな、そして茶目っ気を含んだ敬語に僅かに目を細める。
その一言で、ブラックアウトの回路を焼き付くさんばかりだった不安が、一気に霧散していくのを感じた。
「…いや、不届きなのは俺の方だ。お前を、戦士たちの輪の中に置いておきたくないとさえ思っている」
「ふふっ、それは困りましたね。アーシーさんたちに怒られてしまいます。それに、ジョルトさんも『ブラックアウトの独占欲には困ったもんだ』と笑っていましたから」
「ふん、言わせておけばいい」
◯◯◯の明るい声が、夜の丘に響く。ブラックアウトは再び、◯◯◯を優しく、だが確かな力で抱きしめた。桜の花弁が、二人の装甲の上にヒラヒラと降り注いでいる。
かつては破壊することしか知らなかったこの無骨な腕が、今は一輪の花のような彼女を守るためにある。この和解後の世界で、ブラックアウトが手に入れた唯一にして最大の宝物だ。
「約束だ…俺の視界から消えるな」
「ええ。あなたの隣が、私の指定席ですから」
そう言って微笑んだ彼女の表情は月の光に照らされて、どんな勲章よりも眩しく、ブラックアウトの永遠の忠誠を捧げるに相応わしいものだった。降り注ぐ薄桃色の花弁が、まるで2人を祝福するかのように風に吹かれて、舞い上がっていた。
