第2章:遥か、宇宙の彼方より
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夢を…見た気がした。
誰かが、水辺で溺れているかのように、沈みゆく身体で精一杯もがいているように見えて、助けたいと思った。
助けなければ…と、手を伸ばしたけれど、どうしても届かなくて…
意を決して私もそこに飛び込もうとしたところで、目が覚めてしまった。
確かに、目が合っていたのに…私に、何かを伝えようとしていたような気がしたのに…
『拭えない違和感』
〜夕暮れの恋歌<75>〜
「…オプティマス…?ど、した、の…?」
確かに、眠っていたはずだった。心地良い室温に保たれた、守られた空間。低く響く彼の声が心地よくて、言葉を交わすうちに抗えない眠気に誘われ、意識を手放したはずだった。
それなのに、目が覚めると世界は一変していた。
オプティマスはいつの間にか元の姿へと戻り、私はその掌の上に乗せられていた。至近距離で重なる視線。そこにあるのは、見たこともないほどの動揺と驚き…ひどく切迫した彼の感情が、痛いほど伝わってきた。
戸惑いながら発した私の問いに、彼は『…いや、何でもないんだ』と短く返しただけだった。その表情を見る限り、何でもないはずなどないのに。私はそれ以上、何も聞き返すことができなかった。
「…………」
「…翡翠?」
不意に名前を呼ばれ、弾かれたように顔を上げる。いつの間にかミカエラが至近距離で私を覗き込んでいた。その心配そうな表情に、私は自分がどれだけ長い間、意識を空っぽにしていたかを悟った。
「どうしたの? さっきから」
「ううん、ごめんなさい。少し考え事をしていたの」
「本当に大丈夫? ずっと上の空じゃない」
同じく声をかけてくれたサムを見て、私は思わず目を見開いた。彼はいつの間にか、頭の先からつま先までずぶ濡れになっていたのだ。サムは私の視線に気づくと、「ああ、これ?」と観念したように肩をすくめる。
「ビーが容赦ないんだよ、もう…」
視線の先、波打ち際でバンブルビーがこちらへひらひらと手を振っていた。砂浜で無邪気に遊ぶ彼のバトルマスク姿を見て、私はすべてを察した。
「ふふっ、サムと水遊びができて、ビーは本当に嬉しそう」
「僕からすれば、これは水遊びの域を超えてるけどね。少しは加減を覚えてほしいよ」
文句を言いながらも、サムの瞳には楽しそうな光が宿っている。そんな一人と一台の絆を、私は微笑ましく見つめていた。ミカエラがそっと私の手を引く。
「ねぇ、翡翠も一緒にどう? こんなに綺麗な海岸があるなんて、最高だわ」
「ええ、私もここ、大好きなの」
「気持ちいいわよ。悩み事だって、波が一緒にさらっていってくれるかもしれないわ」
二人の優しい気遣いが胸に染みる。けれど、どうしても今は、海に飛び込むような晴れやかな気持ちにはなれなかった。何度目かの謝罪を口にする私に、サムが明るく手を振る。
「いいんだよ、気にしないで! 無理に誘うつもりじゃないんだ」
「…うん、ありがとう」
「…もしかして、オプティマスのことが心配?」
サムの問いに、私は小さく息を呑んだ。
「ビーも言ってたけど、最近はディセプティコンの出現も減ってるし、彼もすぐに戻ってくるよ」
「…ディセプティコン…?」
「そっか、ずっと一緒にいたいわよね。彼が基地を空けると、心細くなるのは当然だわ」
納得し合う二人を前に、私は否定の言葉を飲み込んだ。自分の抱えている違和感を、どう説明すればいいのか分からなかったからだ。それ以上に、サムが口にした言葉が、私の心の奥深くを逆撫でした。
「…ディセプティコンって、なに?」
全身に、ざわりとした不快な感触が走る。
「そっか。翡翠はミッションシティでのこと、あまり記憶にないんだっけ。あの時、襲ってきた奴らのことだよ。オートボットと敵対している勢力で、遥か昔から戦い続けているらしいね」
サムの補足を聞きながら、私の胸は騒ぎ始めた。はっきりとは思い出せない。けれど、鮮烈な「赤」い瞳だけが、脳裏にこびり付いて離れないような…そんな、得体の知れない恐怖。
「…私…」
「ん?」
「…会いたくないな。その人たちには」
ポツリと漏れた言葉は、自分でも驚くほど無意識なものだった。ミカエラが私の背中を優しく、宥めるように撫でてくれる。
「大丈夫よ、翡翠。そんなことにはならないわ」
「そうだよ! 最近はめっきり数も減ってるし、メガトロンさえいなければ、ただの烏合の衆さ。オプティマスだって、そのためにパトロールに行ってくれてるんだから」
「…そうだね」
二人の温かな言葉に、ようやく落ち着きを取り戻す。ミッションシティでの経験が、無意識のうちに深い傷跡を残しているのかもしれない。
「ありがとう…」
近況を伝え合う中で、私は二人に、オプティマスと想いが通じ合ったことを打ち明けた。隠しておくようなことでもないし、何より、私の喜びを共有したかったのだ。案の定、相手がオプティマスだということには驚かれたけれど。
話題の主である彼は、昨日からパトロールに出ていて基地を空けている。けれど、私は寂しいわけではなかった。昨夜も電話で声を聴いたし、彼が今日戻ることも知っている。「私の帰る場所は君の元だ」と言ってくれる彼の言葉を、何より信じているから。
心配しているのとも、少し違う。
強いて言うなら…
「あ! ほら、噂をすれば…」
サムの声に顔を上げると、陽炎の向こうから愛おしい姿が近づいてくるのが見えた。視線が合ったと感じた瞬間、彼がそっと手を挙げて合図をくれる。私は微笑みながら、手を振りかえした。
砂浜に片膝を突き、ゆっくりと視線を合わせるように上体を屈めるオプティマス。その穏やかな表情に、パトロールに異常がなかったことを悟り、私は安堵した。
『翡翠、ただいま戻った』
「おかえりなさい、オプティマス」
『変わりはなかったか?』
「うん」
変わりはない。そう答えたけれど、本当は数日前のあの夜以来、何かがずっと胸につかえている。あの時、貴方が見せた見たこともない表情。
今の貴方は、いつもの優しい瞳で私の頭を大きな指で撫でてくれている。その温もりに目を細めながら、私は曖昧な不安を飲み込んだ。
「わぉ、ラブラブじゃないか」
『サム…ミカエラも、来てくれたことに感謝する』
「私たちも翡翠に会いたかったの。お礼なんていいわよ」
「それにしても、オプティマス…おめでとう。想いが通じたんだね」
サムの祝福に、オプティマスは不思議そうに瞬きを繰り返した。私も同じように首を傾げる。まるでサムは、前からこうなることを知っていたかのような口ぶりだったから。
『…知っていたのか?』
「僕だけじゃないよ。君たち、結構わかりやすかったからね」
「初耳だ」という顔で見つめ合う私たちに、サムは「ようやくか」と呆れたように笑った。
「そうだったの?…なんだか、恥ずかしいな」
『あぁ。私たちが自覚する方が遅かったとは、何とも…』
「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃないか。本当によかったよ、二人とも」
照れくさそうに笑い合う私たちを見て、ミカエラが「素敵…」と小さく呟いた。その言葉は嬉しいけれど、オプティマスの前であれこれ聞かれるのは、今の私には少し刺激が強すぎた。
オプティマスが立ち上がる気配に、私は縋るように見上げる。
「オプティマス、どこかに行くの?」
『あぁ、ラチェットのところへ行ってくる。帰還の報告もせず、君に会いに来てしまったからな』
「あ…だったら、私も一緒に行ってもいい?」
サムたちには申し訳ないけれど、ラチェットのラボを空けてから随分時間が経っている。エネルゴンの精製状況も気になるし、何より、今は少しだけこの場を離れたかった。
『あぁ、私は構わないが…』
「ありがとう。サム、ミカエラ、ごめんなさい。私、ちょっと外すね」
「いいよ、気にしないで! また後でゆっくり話そう」
滞在の手配はレノックスが済ませてくれているらしい。私は笑顔で頷くと、差し出された彼の掌に腰を下ろし、遠ざかっていく二人と一台に手を振った。
「彼ら、いつもあんな感じなのか?」
サムの問いに、バンブルビーが誇らしげに頷いて笑う。
金属生命体と人間が、種族の違いによる壁など微塵も感じさせないほどに暖かく寄り添い合う姿…それは、見つめる者たちの心をも温める、優しい光に満ちていた。
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