第2章:遥か、宇宙の彼方より
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『“ 誰か ”』
〜夕暮れの恋歌<74>〜
夜間、基地内での待機中は格納庫で休むことが多い。必ずしもスリープモードを取る訳ではないが、格納庫でビークルモードでいることでも休息は十分に取れていた。そのような時間に、最近変化が訪れた…翡翠がオプティマスの車内で眠ることが多くなったのだ。
深夜、毛布を手に格納庫に現れた時は驚いたが、彼女の希望はすぐに叶えてやりたいと思い、助手席の扉を開いてすぐさま翡翠を中へと誘った。
「側にいた方が、心配させなくて済むかな、と思って」
そう言いながら笑う彼女に『確かにそうだな』と答えると、邪魔にはなっていないか、とまた不安気に発せられた問いかけをすぐに否定すると翡翠はようやく安堵したようで、ゆっくりとシートが心地良い重みを増していった。翡翠と過ごす時間が増えることはもちろんだが、何より就寝という最も無防備になる瞬間を自身の車内で迎えたいという彼女の選択がオプティマスにはひどく嬉しく感じられた。
毛布を持ってきているとはいえ、夜間の格納庫は冷える。人間である翡翠が凍えてしまわないように車内の温度を自然と調節してやりながら、その日の出来事を伝え合うことも日課になりつつあった。
『変わりはなかったか?』
「うん、今日もずっとラチェットのところにいたよ」
一日の終わりに、翡翠の様子やオールスパークの推移についての報告がラチェットから送られてくる。変わりなく過ごしていたことは知っているのだが、それでも翡翠本人の言葉で聞きたいと願い、オプティマスは彼女の言葉に耳を傾ける。
「オプティマスは今日は基地にいたの?」
『ああ、レノックスと共に軍事会議に出席していた』
「忙しいね」
『いや、翡翠が言うような忙しさはない。こうして君との時間を持つことも容易にできる』
「うん、ありがとう」
ここ最近、ディセプティコンの残党は鳴りを潜めるかのように静まり返り、出現の機会も減っていた。必然的に出動の回数は減り、こうして基地で過ごす時間を多く持てるようになる。
「私ね、最近考えたんだ」
ポツリ、とそう呟いた翡翠は、なだらかに倒したシートに身体を沈ませながら肩まですっぽりと毛布を被っている。
「私の中にオールスパークっていうものが宿っているって聞いてすごく驚いたけど…今みたいに成長が止まっているってことは、もしかしたらオプティマスと一緒に居られる時間がほんの少しでも増えたのかもしれないなぁ…って」
『……………』
「もし、そうだとしたら…それはすごく嬉しいかも」
『あぁ…そうだな』
地球人である翡翠にとって、オールスパークは未知なるものに他ならない。そんなものが突然身体の中に入り込んでしまった彼女の動揺や不安は想像を絶するものだろう。
弱音を吐くことに関してはひどく不器用な翡翠の性格からして、不安の中にでも、何とか希望を見付けようとしているのだろうことがわかって、オプティマスは優しく肯定した。
手放しに喜んで良いのかは難しいところであると自覚はしている。オールスパークが身に宿ったことで、翡翠が手放さなければならないものも多くある。彼女の気持ちに寄り添いたいとオプティマスは思った。
『だが、翡翠。決して無理はできないことを忘れないでくれ』
「…うん」
『もしも、反対にオールスパークが早く尽きてしまうようなことがあれば、君には万が一も起こり得る…』
「そうだよね…気をつける」
ラチェットにも何度も気を付けるように、と念を押されていると話しながら翡翠が困ったように肩をすくめながら笑う。そんな彼女の目元はパチパチと静かな瞬きが増えてきていて、眠くなってきているのであろうことがわかる。オプティマスはそんな翡翠を愛おしく思いながら、僅かに声を落とした。
『何か変わりがあれば、すぐに伝えて欲しい。君は、自分を犠牲にすることも厭わないからな…』
「……………」
静かに呟かれたオプティマスの言葉に返答はなかった。おそらく眠ったのだろう。
自身の中で安堵のまま眠りについたらしい翡翠の様子に、オプティマスも安心したようにそっと排気した。彼女が車内で眠っている間にオプティマス自身がスリープモードに切り替えることはないため、このまま静かに時間を過ごそうと思った…その時だった。
「……それは…貴方もそうでしょ?」
眠ったのだろうと思っていた翡翠からの返答に、オプティマスは少し驚いた。声をかけるよりも先に、再び彼女の静かな声が車内に響く。
「気が付けばいつも前線で戦っているし、守るためなら自分の命ですら迷わず投げ出そうとする」
『………翡翠…?』
それは、彼女が知り得る内容だっただろうか…
「貴方は“プライム”なのに…誰もが特別な存在だと認めているのに、貴方自身は貴方のことを特別だとは思っていないものね…」
『………、……』
「逃げてしまえば多くの誰かが倒れるから…守るべきものが失われるから…だから、貴方が立った」
オプティマスは言葉を失った。翡翠が知っている内容を大きく越えている…今“話している”のは彼女ではない。
では…誰だ?
「…こんなに遠くまで来てしまったのに…そういうところ、あの頃と全然変わっていない…」
会話の内容には、覚えがあった。もちろん、翡翠と交わしたものではない。スパークが揺れ動く感覚がどうにも耐えがたく、オプティマスは自身がひどく動揺していることに気が付いていた。
思わずトレーラーの側面から腕だけを先にトランスフォームさせると、車内の彼女を掬い上げるようにして手に乗せ、そのままロボットモードへと姿を変えた。眼前にいる翡翠が僅かに微笑み、ゆっくりと瞳を開ける。
思い描いていた通り、その瞳は透き通るようなブルー…近くで見ると、やはりそれは人間の瞳というよりも、トランスフォーマーの瞳の輝きに近いように思える。
オートボットを象徴するブルーの瞳よりも、さらに深い深いブルーだ。
『……お前は…』
それは、確信にも近い思いだった。今目の前で話をしているのは翡翠ではない…彼女の中にあるオールスパークが彼女に話をさせている。
そんなことが可能なのか?という気持ちも湧き上がってくるが、そうでなければ説明の付けようがない事象が目の前で起こっている。眼前で微笑む彼女は翡翠の笑顔なのに、全く別人であるかのように感じさせた。
「…忘れてしまった?」
『……………』
肯定も否定も出来ずにいるオプティマスに、目の前の誰かが優しげに微笑む。
「自由に出てこられる訳ではないんです…だからどうか」
『待て…一体、何のことを…』
「どうか、私を思い出して」
今、私は誰と会話をしているのだ…?
忘れている訳ではない…思い当たる人物なら今もブレインの中に浮かび上がっている。
だが、有り得ない、という気持ちが先行するばかりで言葉が出てこなかったのだ。
「…オプティマス」
『…君は、…』
何を口にしようとしているのかもわからないまま…言葉を紡ぎかけたオプティマスの手の上で、翡翠が瞳を閉じ、僅かに身じろぐような仕草を見せた。次の瞬間、再び開かれた瞳は彼女の色へと戻っていて…
「…オプティマス…?ど、した、の…?」
翡翠だ、とすぐにわかった、おそらく翡翠が目を覚ましたのだろう。
普段の雰囲気を纏う彼女に思わず安堵の息を吐きながら『いや、何でもないんだ』と翡翠を納得させるにはどう考えても無理のある一言を発するのが精一杯だった。咄嗟にメモリーした“彼女”の言葉が、呼び起こすことなくブライン内にいつまでも響いていた。
