第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『エネルゴン』
〜夕暮れの恋歌<72>〜
翡翠の中にオールスパークの一部が宿っていることがわかり、彼女にもその事実を伝えてからというものの…翡翠はオプティマスと過ごす時間が一気に増えた。
気持ちのどこかで、司令官として忙しくしている彼を煩わせてはいけない、と思って遠慮していた部分が多大にあったのかもしれない。だが、オートボットの敵とされる相手がいて、そちら側に翡翠の存在が知られてしまうと途端に狙われてしまう可能性があることについて理解してからは、オプティマスやラチェットを筆頭にオートボットの誰かと常に一緒にいることが、彼らの懸念を払拭する一番の方法なのだと彼女自身がそう考えるようになっていた。
それは食事の時間も例外ではなく、オプティマスが比較的時間を作りやすい朝食時と夕食時は共に過ごすことが日常になりつつあった。翡翠がトレイに乗せた食事を乗って施設内から出てくると、オプティマスが翡翠の望む場所へ連れて行ってくれて、そこで会話を交わしながら食事を楽しむ。
基地内のため、行ける場所は限られているが翡翠にとってはそんなこと気になるはずもなく、一緒に過ごせることがただただ嬉しかった。
「いつも、私だけごめんね」
それは、一緒に食事を摂ることのないオプティマスへの一言だったが、彼は小さく首を振る。
『謝る必要はない。こうして共に過ごせる時間に価値がある』
海岸沿いに腰を下ろしているオプティマスの膝の上から見上げてくる翡翠が柔らかく微笑む。金属生命体である彼らは、人の食事は摂らないし食事自体にはさして興味もないらしい。だが面白いことに、人が食べる姿を見ることは嫌いではないらしく、オプティマスも翡翠が食事を摂取している様子に興味深そうに視線を向けてくる。
時折『人間は温かい食べ物を好むと聞いたが、それは温まっているのか?』とか『その量で足りるのか?』とか、不思議そうにしながら聞いてくるので、それに答えながらも興味を持ってもらえていることが翡翠には嬉しくもあった。
彼ら金属生命体はエネルゴンというものからエネルギー摂取をする、と以前オプティマスから聞いたことがあった。それが、この地球では容易ではないことも。ラチェットも色々と研究しているらしいが、なかなか決まった形にはならず、軍から支給される燃料などから精製することでわずかな量を確保していると聞いた。
補給が完全でないため、当然無駄なエネルギー消費をしないよう、活動量そのものを抑える判断もしているのだと…特に身体の大きなオプティマスなどは最たる例のようで、戦闘がなければエネルギーの補給頻度も極端に減らしているらしい。彼のことだ、それも司令官としての責任だと考えてのことなのだろう。
『“満たされる”ことはないが、“維持する”ことは問題なくできている』
だから心配するな、と以前言われた言葉が翡翠の頭をよぎる。
何とかできないだろうか…と思ったが、ラチェットが今日に至るまで研究を重ねても方法が確立できずにいる問題だ。簡単に人が介入できるとも考えられなかった。
わかり合っているようで、こういう部分では人と金属生命体との関係性に静かな影が落ちていくようで…
「……、……」
その時、ふいに頬を撫でられる感覚に驚いて顔をあげると、そんな翡翠のことをオプティマスが静かに見下ろしていた。
『要らぬ心配をしている顔だぞ?』
「あ…」
そう言われて、初めて食事の手が止まっていたことに気が付く。自分だけがこうしてエネルギーを摂取していることを申し訳ない、と思ってしまった。オプティマスには翡翠がそんな風に考えていることなどお見通しらしく…
『心配はいらない。エネルギー補給の懸念が大した問題ではないと感じられるほどに、私たちはこの惑星で多くのものを与えられ、満たされている』
「でも…」
『こちらを向いてくれ、翡翠』
「……ん」
『君がこうして想いに応えてくれて、側にいてくれている。私などはその最もな例だ』
悲観しないで欲しい、と言いながら僅かに体を屈めるようにして顔を近付けてくるオプティマスの頬にそっと手を触れて、翡翠は小さく頷いていた。
そんなやり取りをしたのはほんの数日程前だったはず。だからこそ、オプティマスは驚いた。
毎日の日課となっているラチェットの検診を受けた後も、何故かラボに滞在し続ける翡翠の行動を不思議には思っていたが…その理由が、この日の夕暮れ時、彼女を迎えに行ってはっきりした。
「オプティマス、これ見て!」
そう言って翡翠が両手で掲げているものには、どう考えても見覚えがある。ぼんやりと淡い光を放っている懐かしい輝き。
『どういうことだ?』
翡翠が持っていたキューブ型の物体を差し出されるままに受け取った。オプティマスにとっては指先で摘めるようなサイズでも、彼女が持つと両手で抱えるような形になるらしい。
眼前に持っていき近くで観察してみるが、淡い輝きはやはりオプティマスのブレインに残された記憶と相違ない。キューブ状に成形されたエネルゴンだ。
しかし、何故ここに…理解が出来ずにいると眼前にいる翡翠のニコニコと笑う姿が目に入る。
『まさか…』
『いや、本当にそのまさかだ。慣れたつもりではいたのだが…やはり翡翠には驚かされるばかりだよ』
感嘆、というよりはむしろ理解を超えるとでも言いたげな表情を見せているラチェットの様子に、予測が間違っていなかったのだと確信する。オプティマスが再び視線を落とすと、翡翠が安堵したような表情を見せていた。
「エネルゴンって、すごく綺麗なものだったんだね」
『翡翠…これは、本当に君が?』
一体どうやって…と問えば、彼女はただ「私は何もしてない」とだけ答えた。訳がわからない。
返答を求めるように視線をラチェットへと向ければ、彼もお手上げと言わんばかりに両手を僅かに挙げると、ヒラヒラと振って見せる。
『いやなに、彼女の中のオールスパークにエネルゴンが引き付けられるようなのだよ』
事の発端は些細な事だった。それがオプティマスとの数日前に交わされた会話がきっかけだったとは、後から知ったことだが、翡翠が検診を受けながらエネルゴンに興味を持つような発言をしたのだ。
支給された燃料から僅かな量を精製していると聞いたが、どのような作業をしているのか…と。
ラチェットも深く考えることはないまま、その精製風景を彼女に見せた。故郷のこと、金属生命体のエネルギー源のこと、翡翠が興味を持ってくれたことが嬉しくもあったのだ。
『翡翠が燃料の側にいると、明らかにエネルゴンが活性化されてね…精製される量も質も格段に良くなったんだ』
「レノックスさんの協力のおかげでもあるしね」
『ああ。我々に支給されていたのはガソリンに近い燃料だったから、彼に頼んで原油を調達してもらったんだ。結果は、見ての通りだよ』
『……………』
そんなことが起こり得るのか、とオプティマスは言葉を失った。だが、目の前のラチェットと翡翠を見る限り、現実に起こったことなのだろう。
もし、この方法が確立されるのであればエネルギー問題は一気に解決へ向かうだろう。だが…と、オプティマスは指先の輝きから目を離すと翡翠へと視線を向け、僅かに声を落とした。
『…そんなことをして、大丈夫なのか』
エネルギー問題の解決はありがたいが、それと引き換えに翡翠に負担が及ぶのであれば、そんなことを望んではいないのだ、と伝えたかった。彼女は当然のように「大丈夫だよ」と首を振る。
それでも納得のいかない表情を見せているオプティマスの肩に手を乗せたのはラチェットだった。
『私も注意深くオールスパークの量を気にかけていたが、変化はなかったよ。ただ、エネルゴンの性質上、磁石のように翡翠に引き寄せられているだけのようだった』
「素晴らしい発見でしょ、オプティマス」
瞳をキラキラと輝かせるようにそう話す翡翠にオプティマスは静かに排気した。本当に、ありがたい話ではある。だが、金属生命体のために何かがしたい、という彼女の気持ちは、翡翠の中で自身の安全よりも重きを置かれているように感じてしまうのだ。
その時、オートボット専用の通信回線が開かれ、オプティマスのブレインの中にラチェットの声が直接響いた。
“ 『翡翠は我々の手助けすることを望んでいるようだが、リペアや傷を治すような洗車は少なからずオールスパークの減少に繋がる』 ”
“ 『…うむ』 ”
“ 『その点、エネルゴンの精製を手伝ってもらう分にはオールスパークの減少には及ばず、彼女の気持ちも無碍にしないで済む。良い落とし所だと思うのだが…』 ”
少し考えた後、そうだな、とオプティマスは小さく頷いた。ラチェットの言い分にも一理あるのだ。
エネルギー問題はサイバトロンでの戦争中から常に付き纏っていた問題だ。それがこんな形で解決の兆しが見えるとは思わなかった。
『翡翠』
診察台に顔を近付けるオプティマスと距離を縮めるように翡翠がそっと歩み寄ってくる。
『君の存在は本当に…奇跡のようだな』
「私にとってのオプティマスもね」
フワリと顔に抱き着いてくる彼女の背中にそっと手を添えるオプティマス。
その後、勧められるまま口にしたエネルゴンは、故郷を思い出させるような…懐かしい感覚のまま静かに溶けていき、全身にエネルギーが巡るような感覚を思い出させた。
