第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『友への頼み』
〜夕暮れの恋歌<70>〜
…ふと、気付いたことがある。
翡翠に洗車をしてもらってからと言うものの、言葉では言い表せないほど調子が良いのだ。関節の1つ1つから全身に至るまで、まるで隅々にまで潤滑油を差してもらったかのように、滑らかに稼動する。
当初は、彼女がわざわざ時間を割いて洗車を買って出てくれたことに対する感謝の気持ちや、洗車の間2人だけで過ごせたと言う精神的な要素が影響しているのかとも思ったが、徐々にそんな単純な問題ではないように思えて…
こうしてラチェットのラボに足を運ぶこととなった。
オプティマスにそうさせた決定的な要素はもう1つある。
『傷が、消えているような気がするのだ』
そう言いながら見えるように持ち上げた右腕の装甲に目を落としながら、ラチェットも『…ふむ』と小さく呟いている。
『翡翠が丹念にワックスまで施工してくれたからだとも、思っていたのだが…』
『……………』
『それにしては、傷が綺麗になりすぎているように思うのだ』
『…そのようだな。この部分には確かに傷があったはずだが…今となっては見つけようとする方が難しい』
わずかに声を落としているラチェットからも驚きの感情が伝わってくる。長きにわたる戦争で、オプティマスの全身には至る所に大小様々な傷が残されていた。もちろん、全てではないがその数が明らかに減っているように思える。今ラチェットの眼前に晒されている右腕など最たる例だろう。
ここにはそれなりに深い傷が刻まれていたと記憶している。何せ、リペアを担当したのはもちろんラチェットだ。記憶違いとも思えない。
『以前、アーシーたちも同じことを言っていたのだ』
オプティマスがラチェットの元を訪れた際、ラボにいた先客であるジャズがその話題に食いついた。
『何だよ、アーシーたちまで翡翠に洗車してもらってんのか?』
『あぁ、街に連れ出してもらったお礼がしたい、と翡翠が頼み込んだそうだ』
『へぇ〜…彼女らしいな』
『その点については、アイアンハイドもだ』
オプティマスの腕を興味深そうに観察しながらポツリと呟かれた言葉に、オプティマスとジャズの視線がラチェットへと向けられる。
『彼も先日翡翠にリペアを手伝ってもらってから、いたく調子が良いらしい』
仔細初耳であるジャズは不思議そうにしているが、オプティマスにとっては翡翠がラチェットの指導の元でアイアンハイドのリペアの補助をしていたことは記憶に新しい。翡翠もラチェットの力になれたことをひどく喜んでいた。一見、良いことばかりではあるのだが…どうにも気にかかる。
それはラチェットも同じだったようで、少し考えるような素振りを見せている。
『…オプティマス、翡翠に洗車をしてもらったのはいつだ?』
『地球時間で言うと、2日前の昼過ぎだ』
『なるほどな…』
まるで、納得したかのように小さく頷いたラチェットが室内の空間へとデータを投影する。グラフのようなものを形作っている青白い光を3対のオプティックが見上げている。何のデータなのかは一目でわかった。
気になるのは、そのデータが一定ではないことだ。
『彼女の体内に宿るオールスパークの量を測定したものだ。毎日データを取らせてもらっているが、今のところ全体量の増加は見られていない。だが見ての通り、明らかにオールスパークが減少している日がある』
数日を経て、再び元の量に戻ってはいるがね…とラチェットが続けた。まるで、散らばった無数の点がゆっくりと結ばれ、線へと変わっていくかのようだった。
『彼女に行動の聞き取りをした結果、オールスパークが減少していた前日の行動には共通点があった。オプティマスを含め、彼らの調子が良いのはそのせいだ』
『…………… 』
オプティマスが自身の腕へと視線を落とす。やはり…と言う思いがどこかにあったのかもしれない。
ラチェットの言葉をオプティマスは自分でも驚くほどすぐに飲み込んでいた。
『彼女は、オールスパークの力で私たちを癒してくれている。意識的にやっていることではなさそうだが…』
『…いや、そんなことが可能なのか?』
『不可能とも言い切れない。データや状況から察するに、これが一番自然なのも事実だ』
『そりゃ、まぁ、そうだとは思うけど…』
動揺を隠せない様子のジャズ。翡翠の側にいることが多かったものの、彼女の中にオールスパークが宿っている話については、先日聞かされたばかりだ。動揺が先立つのも無理はない。
そして、ハッと気が付いたように顔を上げるとラチェットへと質問を返した。
『待てよ…そのこと、翡翠は知ってるのか?』
『いや、伝えてはいない。彼女もおそらく気付いてはいないだろう』
それは、ラチェットの独断によるものだった。意見を仰ぐかのように見上げてくるラチェットの瞳に、オプティマスはゆっくりと頷いた。
『このことを知れば、彼女は自分の身を犠牲にしてでも我々を癒そうとするだろう』
『あぁ。私もそう思って、伝えるべきではないと思った』
翡翠の中に宿ってしまったオールスパークが今後どうなるのか、正直ラチェットにも先が読めないのが現状だった。前例がないのだから、仕方がない。今出来ることといえば、オールスパークの動きと翡翠の状態を注意深く観察していくことくらいだ。
『……………』
ただ、今回のことで翡翠が無意識にオールスパークの力を使いオートボットたちの傷を癒していること、そうすることで一時的にとはいえ、オールスパークの量が減少していることがはっきりした。
幸い、彼女自身が休息を取ることでその全体量は徐々に元通りとなっているようだが、手放しに喜べる状況でないことに変わりはない。今後、万が一オールスパークが減少に転じてしまった場合、翡翠が受ける影響は未知なるものだ。最悪の事態も考えなければならないかもしれない。
そうなることは、誰も望んでいないことも明らかなのだ。
『何にしても、だ。このことは彼女自身にも、そして我々以外にも、伏せておいた方がいいだろう』
情報というものは、どこから漏れるかわかったものではない。翡翠の安全に関することだけに、知っているものは最小限にした方が良い。わかった、と頷くジャズにオプティマスが向き直る。
偶然とはいえ、彼がこの場にいてくれたことをありがたいと思った。
『…彼女は今後狙われる立場になるかもしれない。もちろん、そうならないよう最善を尽くすが…』
そう言いながら、オプティマスは無意識のうちに拳を握りしめていた。その相手はディセプティコンかもしれないし、心無い人間たちである可能性も捨て切れない。
『ジャズ、君は身軽で実力も申し分ない。そして彼女の信頼も厚い…有事の際は、側にいてやってほしい』
本来ならば、自身が最も望むことなのだろう、とジャズは思った。そして、それが許される立場でないこともよくわかっているからこその言葉だ。オプティマスは司令官として、時として前線に立たなければならない。
そして翡翠の安全は、有事となった場合、勢力をひっくり返してしまうことにも繋がりかねないことは明白で…命令してしまえばいいのだ。司令官として、翡翠を守れ、と。
だが、あえてそうしないのは、彼女を巻き込みたくないというオプティマスの願いの表れのように思えた。あくまでオプティマス個人の依頼として頼まれたようにジャズは感じたのだ。オプティマスとジャズ、長い付き合いである2人だからこそ分かり合える相手の胸の内。
『…もちろんだ』
そんなことは起こらないのが一番ではあるが…もしもの時は、友が憂なく前へ進めるように。
静かに答えると、決意するかのようにジャズはゆっくりと頷いた。
