第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『洗車しようよ!』
〜夕暮れの恋歌<68>〜
「オプティマス、洗車しようよ!」
そんな彼女の言葉にオプティマスは、ついに来たか、と心の内で呟いた。パトロールを終え、帰還してすぐに待っていてくれたらしい翡翠に会えるのは大変嬉しいものだ。
だが、あまりにも帰還してすぐに会ったものだから、砂地を走行しトレーラー全体がわずかに砂を被っていることにまんまと気付かれてしまった。以前アーシーたちを洗車してくれたらしい翡翠の洗車の腕は彼女たちからも大好評だった。軍の人間たちよりも丁寧に洗ってくれるだとか、良いワックスを使ってくれたおかげか小さな傷すら目立たなくなったとか、手放しに絶賛していたことは記憶に新しい。
その点に関しては、オプティマスも大変興味を引かれるところではあるのだが…
『いや、翡翠が私の洗車をするのは大変だろう』
「どうして?」
まさか、どうして?という返答が返ってくるとは思わず、オプティマスは少し驚いたように何度か瞬きをした。静かに排気しながら、ゆっくりと腕を地に付けると身体を屈め、彼女へと顔を近付ける。
首を傾げながら見上げてくる翡翠の頬にそっと手を伸ばすが、そんな指先にもうっすらと砂が付着していることに気が付き、一瞬手を引く。だが、そのことに気が付いた彼女の方から近付いてきたかと思うと、宙を彷徨っていた指先へと頬を擦り寄せてくるものだから、オプティマスは言葉を失った。
『………翡翠、君の顔が汚れてしまうぞ』
「そんなこと気にしないで。私たちのためにパトロールに行ってくれたからでしょう?」
いつもありがとう、と言いながら笑顔を見せてくれる翡翠。
スパークに熱が広がっていくのがわかる。
「だから、お礼と言ってはなんだけど…労いを込めて。ね?洗車させて欲しいな」
『…君には敵わないな』
「ふふっ」
『では、お願いするとしよう。ただ、疲れたら無理に最後まで仕上げようとはしないでくれ。いいな?』
「は〜い」
ピシッと敬礼するような素振りを見せている彼女が可愛らしくて、思わずメモリーに残してしまったことは翡翠には秘密にしておこうと思った、きっと、彼女はひどく照れてしまうだろうから。
労ってくれる、という翡翠の気持ちを、オプティマスは嬉しいと感じた。だから、ある程度彼女の好きにさせようと思っていたし、その厚意を素直に受け取ろうとも思っていた。
だが、そんな翡翠が戻ってきた際に引いていたカートの中身を目にして、また少し驚いた。本格的な洗車セットだ。レノックスに口添えでもしてもらったのだろうか…この軍事施設でどうやった集めたのか、と思ってしまうほどの道具の数々だった。
格納庫から少しばかり離れたところにある水道にホースを繋ぎ、早速彼女による洗車が始まったが、すぐにアーシーたちが絶賛していた理由がよくわかった。とにかく、丁寧に、丁寧に、水で流し泡で全体を包んでくれる工程が心地良い。
『翡翠、水が冷たくはないか?』
「うん、今日は暖かいから私も涼しくて気分良いくらいだよ。オプティマスは?」
『あぁ、私もとても良い気分だよ』
「そう言ってもらえると、嬉しいな」
他愛のない話をしながら、翡翠がグルリと一周泡で洗い終えると、今度は脚立を持ってくる、と声をかけられて思わずオプティマスも声をかけ返した。
『脚立が必要なのか?』
「屋根の部分とか、このままじゃ届かないから」
『翡翠、そこまでしてくれなくても』
「中途半端だと私が気になるよ。全然疲れてないから大丈夫!」
『う〜む…』
翡翠の厚意を無碍にしてしまうのは申し訳ないとは思うが、彼女には重いだろう脚立を運ばせたくない、だとか、高いところに登って足を滑らせでもしたら…だとか。そんな心配事ばかりが頭に浮かんでしまい、頷くことができずにいた。
こんなことラチェットにでも話せば、過保護だ、と一刀両断されてしまいそうだな、とは思ったが、どうしても頷けないものは仕方がない。
『翡翠、私の上に登っても構わないぞ?』
不安定な脚立の上に彼女を登らせるよりは幾分マシだろうと考えて、そんな代替案を出してみるが少し考えた翡翠は首を横に振った。
「それって、オプティマスの体の上に乗るってことでしょ?」
『そうだな』
「ん〜…何だか申し訳ないし、恥ずかしいからやめとく」
『ならば、これならどうだ?』
そう言ってビークルモードのまま、片手だけトランスフォームすると翡翠が乗っても安定するようにと、手のひらを上に向ける。翡翠の大きな瞳がさらに大きく開くのがわかった。
「そんなこともできるの?」
『うむ。手に乗るのなら、普段と変わらないから抵抗もないだろう』
「うん、ありがとう!じゃあお言葉に甘えて」
翡翠が了承してくれたことにホッとしつつ、登りやすいように、とオプティマスがわずかに手を下げてやると彼女はすぐに登ってきた。手のひらの上でゆっくりと立ち上がり、先程洗車カートの中から選んでいた柄付きのスポンジを伸ばしていく。長さを調節できるタイプの柄が付いているらしく、これならオプティマスの大きな車体の屋根も余すところなく泡で包むことができそうだ。
穏やかな時間だった。暖かな日差しの中、翡翠の柔らかな手が時折車体を優しく掠めていく。オプティマスと同じく翡翠も機嫌が良いようで、彼女からは時折鼻歌も聞こえてきた。
近くを通りがかる仲間たちはそんな2人の様子を驚いたり、羨ましがったり…翡翠はそんなオートボットたちに手を振り、笑顔で応えている。オプティマス含め、地球外生命体であるにも関わらず翡翠は分け隔てなく接してくれる。
友好的な人間たちであれ、やはりどこかにわずかな隔たりは感じさせるものだが、彼女に関してはそういったことが一切なかった。先程、オプティマスの車体の上に乗ることを憚ったこともそうだ。姿を変えていようとも翡翠の目には“乗り物”ではなく、“個人”として映っているのだろう。
『翡翠』
オプティマスがしばらく振りに口を開いたことで翡翠は「え?」と手を止めた。いつの間にか、泡を綺麗に流し終え、彼女の工程はワックスがけへと進んでいる。
「ごめん、力強かった?」
『そうではない。君に感謝を伝えたかった。君の存在全てに』
突然の言葉に翡翠は何度か瞬きをすると、その瞳をわずかに細めるようにして笑顔を作った。
「私こそ、いつも感謝してばかりだよ。いつも守ってもらってばっかりだし、私のこと気に掛けて大切にしてくれるし」
『それは私の台詞だな』
「ううん、そんなことないよ。だから、今日もね…こうしてお礼をさせてもらえて、すごく嬉しいんだ。自己満足になっちゃうかもしれないけど、私、オプティマスにしてもらうばかりで全然お返しできていなかったから」
こんなことしかできなくて申し訳ないくらいだ、と困ったように笑う翡翠に、オプティマスはそんなことはない、とすぐに反論を口にする。翡翠が何も出来ていないと、与えられるばかりだと、そんな風に思っているとは思わなかったし、日々たくさんのものを彼女から受け取っているということを伝えなければならないと思った。
『君の存在そのものが奇跡だ。君がいてくれるから、私には帰るべき場所ができた』
「え…」
『私こそ、君には与えられてばかりだな』
「…ありがとう、オプティマス」
ワックスを塗っていた手を止め、翡翠がそっと抱きついてくる感覚がわかる。彼女らしい控えめな、小さな小さな声で「大好き…」と囁かれたのを聴覚センサーがしっかりと受け止める。
『私もだ』
穏やかな時間が、いつまでも続くことを願わずにはいられなかった。
