第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『気付かされる成長の証』
〜夕暮れの恋歌<67>〜
基地内を移動している足音から察するに、音の主からは焦燥が感じられる。人間よりも遥かに優れている聴覚センサーの片隅に先ほどから引っかかっているこの足音は、どうやら目星の付けられる場所を巡り倒し、今度はこちらへと目的地を変えたようだ。
まぁ、ここへ訪れたところで彼が欲する状況が広がっているとは思えないが、先程から足音も荒々しい彼が探しているものもココにあると言っていい今の状況からして、いずれ彼の足がここへ向けられるのは避けられなかっただろう。内心そう結論付けたラチェットは、1人小さく頷いた。
眼下から声をかけてくる翡翠にいくつか指示を出す。何度かそんなやり取りを繰り返し、腰を屈めるようにしてその手元を視界におさめた時だった。
小さな電子音と共に、ラボの扉が開かれ、先程から聴覚センサーを騒がせていた足音の主が姿を見せた。そのまま固まっているらしいその姿に、ほら思った通りだ、と内心独りごちたラチェットがゆっくりと視線を向ける。
「…どういう、状況なんだ?」
軍人であるレノックスが僅かに息を切らしている。少し前から感じていた足音から考えると、翡翠のいそうなところを手当たり次第に訪れていたのだろう。それも、かなりの急ぎ足で。
間も無く、夜の帳が下りようとしているこの時間帯に彼女がこの場所にいることはほぼないため、ここは翡翠捜索の重要度としては、かなり後の方だったのだろうことが伺えた。
レノックスの登場に首を傾げながらも「こんばんは」と挨拶を口にしている翡翠と、そんな彼女に何やら教え込んでいるらしいラチェット。そして極め付けは、翡翠の細い腕を腕の装甲の中へと突っ込まれているにも関わらず、なぜか大人しくしているアイアンハイドの姿。
目の前でこんな状況が広がっているとなれば、レノックスが言葉を失うのも無理はないのかもしれない。
『翡翠からの提案でね…細かい部分のリペアを試しているんだ』
「…はぁ?」
『彼女の腕ならば手が届く部分が大いにある。うまくいけば、我々が行うよりも精密なリペアを時間をかけずに行えるかもしれない』
確かに言われてみれば言葉の通りだろうが、彼女が腕を差し入れているモノ自体は物騒極まりないもので、レノックスがわずかに眉を寄せるのも無理はないだろう。あまりにもミスマッチだ。そして、自身の相棒たるトランスフォーマーが微動だにせず、翡翠の好きにさせているのも何だか意外だった。
「…大丈夫なのか?」
『電気系統の回路は切断してあるから感電の心配はない。まぁ、不意に動いてしまうと彼女の腕が巻き込まれてしまう可能性もあるが…アイアンハイドはそんなヘマはしないだろう』
『…だから、さっきから黙ってやらせてんだろうが』
ようやくアイアンハイドが口を開いたが、その言葉さえも普段の勢いはなく、小声とも取れるほどだった。
「アイアンハイド、もう少し待ってね」
『…別にいい。これで早く修復できるのなら、我慢する価値はある』
「ありがとう」
一瞬笑顔でお礼を告げて、またアイアンハイドの装甲と向き合う翡翠の表情は、真剣そのものだった。レノックスが想像していた彼女の表情とは大きくかけ離れていて…少し安心したようにも、それが妙な違和感を感じさせるようにも思えた。
ふと翡翠が見上げるようにしてラチェットへ視線を向ける。
「…指先に、異物のような感覚があるんだけど…」
『ん?取り外せそうか?』
「多分…固定されている感じじゃないから」
『ふむ…以前被弾した部分だな。大部分は取り除いたはずだが、もしかしたら銃弾の破片かもしれない』
「引っ張ってみても?」
『そうしてくれ』
小さく頷いた翡翠が捻るように手先を動かしている。慎重な動作だった。途中、アイアンハイドに痛みはないかと声をかけていたが、痛みは全く感じていないらしい。装甲の奥深くを細かい作業が可能な人間の手先で触れられ、むず痒いような感覚が大部分らしい。
ガコッと、明らかに何かが外れる音がした。
そっと黒い装甲の中から抜いた腕…その先の小さな手には尖った金属片のようなものが握られている。アイアンハイドのオプティックがわずかに驚きの色を見せ、腕を動かしてみてもいいか、と許可を取ってから、ゆっくりと持ち上げた手のひらを開いたり閉じたりしている。
『可動時の違和感がなくなった。驚いたな…』
そう言いながら、アイアンハイドは手を形取っていたものからキャノン砲へと装甲をトランスフォームさせ、感嘆の声を漏らしている。
人間と共闘はしているものの、不必要な馴れ合いを良しとしている訳ではない相棒からそんな言葉が漏れるとは、余程調子がいいらしい、と横から見ていたレノックスも驚きを隠せない。
「…これ、何でしょう?」
『やはり銃弾の破片だな…取り切れていないものが残っていたのだろう』
不調の原因はそれだな、とラチェットが小さく呟く。そして、再度アイアンハイドへ動かないよう声をかけると、翡翠がまたその細い腕を装甲の中へと埋めていく。
『そっちは回路に接続してくれ。直接で構わない。翡翠の右手側のコード…そう、それだ。見る限り、すでに銃弾の破片で切断されているようだから、そのまま切ってくれ。今後必要があればバイパスする』
「はい」
レノックスは少し驚いていた。翡翠のことは随分前から知っているが、元々機械弄りなどが好きなタイプではなかったはず。それが、ラチェットに教えられながらとはいえ、ここまでテキパキ動けるものなのだろうか、と。
どちらにしても、目の前のどこか生き生きしている様子にレノックスは内心少し安堵していた。まだ陽が高い時間に行われた人間とトランスフォーマーとの合同の軍議。話し合いが終了し、席を立ったレノックスに声をかけてきたのはオプティマスだった。『少し、話したいことがあるのだが…時間をもらえるだろうか』と。
普段から真面目な彼が、体を屈めわずかに声を落としながらレノックスに声をかけてきたのだ。重要な…しかも、おそらく秘匿したい内容なのだろうことはすぐにわかった。
だが、それを加味しても…オプティマスから伝えられた内容にレノックスは衝撃を受けた。翡翠の身に、人間ならざる事態が起こっている。その事実によって、今後彼女は狙われる立場になるかもしれない、と。オプティマスたちも当然翡翠の身の安全を最優先に考えるが、人間側の協力が必要になる場面が必ず来る、と。
その窓口としてレノックスに白羽の矢が立ったのは、2人の関係性を考えれば当然のことでもあった。
話を聞いてからは居てもたってもいられなかった。
どうしても抜けられない訓練を済ませ、翡翠のところに駆け付けられるようになった頃にはすっかり陽は落ちていて…肝心の彼女は目星を付けたどの場所にもいなくて…
かなり焦ったのは事実だが、まさか見付けたその先でこんな風に生き生きと作業している彼女の姿を目にするとは思わなかったのだ。
『翡翠、感謝する。なかなかの手際だと思うぞ』
「本当?そう言ってもらえると嬉しいな」
アイアンハイドから礼を言われ、嬉しそうに微笑んでいる彼女の姿に目を細めるレノックスの元へ歩み寄ってきた翡翠の頬にはわずかに煤のような汚れがついていた。
「レノックスさん、お待たせしてすみません!私にご用事でしたか?」
「いや…」
翡翠につられるように少し微笑んで見せると、親指で煤のついた頬をグイと拭ってやる。自身の身に起こっていることを聞かされた翡翠が心配で、側にいてやりたいと思った。大丈夫だ、と抱きしめてやりたい、と。
だが、目の前の彼女は以前から見知っていた小さな翡翠ではなく、しっかりと自分の役目を見つけ、全うしようとしている強さが垣間見える。
今ここで、話を戻すのは違うと思ったし、彼ら金属生命体の力になれたことを嬉しそうにしている彼女の笑顔を消したくはなかった。特段気に掛けていることが伝われば、彼女は「大丈夫」と笑顔を見せながら言うだろう。誰かに甘えたり、頼ったりすることに関しては驚くほど不器用な彼女だ。
レノックスの立ち位置としては、積極的に手を差し伸べるよりも、まずはすぐ近くで見守ることがベストに思えた。ただ、必要とされた時には何を投げ打ってでも彼女の力になろう。
「翡翠の様子を見たら安心した。もういいんだ」
「そう、ですか?」
「あぁ」
ポンポン、と頭を撫でる。
「困ったことがあったら、いつでも言えよ」
「……はい」
フワリと笑って見せた翡翠には、それだけで全て伝わったのだろう。それ以上の言葉は、お互いこの場では不要だと感じた。
