第2章:遥か、宇宙の彼方より
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『ラチェットの元へ』
〜夕暮れの恋歌<65>〜
名前を呼ばれて振り返り、視線を落とすと格納庫の入り口から顔を覗かせた翡翠が手を振っていた。
ゆっくりと歩み寄り身を屈めるようにして顔を近付けると彼女は嬉しそうに微笑む。
「おはよう、オプティマス」
『おはよう、翡翠。随分早いな』
「貴方に会いたくて、早起きしちゃった」
昨夜、帰還前に電話をした時、確かに翡翠は明日格納庫に会いに行く、と言っていたが…
まだ眠っているだろうと思い、頃合いを見てオプティマスの方から彼女を訪ねようと思っていただけに翡翠のこのタイミングでの訪問には少し驚いた。
『私も君の元を訪れようと思っていたのだが…先を越されてしまったな』
そっと彼女の頬に触れようとしたオプティマスの指に翡翠の方から頬を擦り寄せてきて、オプティマスは思わず目を細めていた。そして、ふと思い付く。
『翡翠、朝食はもう済ませたのか?』
「ううん、まだ」
『そうか。私も時間を作れそうだ、浜辺で共に過ごそうか』
願ってもない言葉に翡翠の表情がパッと華やいだのがわかる。彼女のこういった所を、オプティマスは本当に好ましく思っていた。嬉しい時は嬉しい、と…悲しい時は悲しい、と…惜しみなく表情で伝えてくれる翡翠の全てが愛おしい。
その後、簡単に食べられるような朝食を貰ってきた翡翠を乗せ、海岸へ向かったオプティマス。まだわずかに朝焼けの色を残している空に翡翠が感嘆の声を漏らす。ずっと手に乗せてもらうのはオプティマスが疲れてしまうだろうから…と、そう言った彼女は今、浜辺に腰を下ろしているオプティマスの膝の上にちょこんと座り、持参した朝食を口にしている。サンドウィッチ、というものらしい。
金属生命体であるオプティマスたちが地球の食べ物を口にすることはないし、興味もなかった。ただ、翡翠が食事をしている、というだけでこんなにも目が離せなくなるのだから不思議なものだな、などとそんなことを思った。
『久し振りの街はどうだった?』
「正直…私が住んでいた町とは比べ物にならないくらい都会で少し落ち着かなかったけど、楽しかったよ!今度はカフェでお茶もしたいねってマギーと約束したの」
『そうか』
「次の機会があれば…だけど」
そう言いながら肩を竦めるようにして笑う翡翠を見て、叶えてやりたい、と思った。そして、出来ることならその時にはオプティマス自身が連れて行ってやりたい、と。
そう思う反面、本当にそんなことが可能なのか…とも思ってしまう。目の前で笑う翡翠はいつもと変わらなく見える。サムやミカエラ、レノックスと同じ…普通の人間にしか見えない。しかし、その内なる部分には人間ならざるモノが確かに宿っているのだ、と自覚しなければならない。
「…オプティマス?」
『どうした?』
「ううん、オプティマスこそどうしたのかなって」
『何がだ?』
「いや…私のことをじっと見てたから」
首を傾げる翡翠に何と返そうか考えた挙句、気の利いた言葉は何も思い浮かばなかった。ただ、そっと頭を撫でると彼女は目を細めるように笑っている。
『翡翠。ラチェットが、本日の検診は少し早めに来られるか、と聞いていたが…』
「そうなの?特に予定もないし、大丈夫だけど…」
『わかった。その時は、私も共に行こう』
オプティマスの言葉に少し驚いた表情を見せている翡翠に、私も訓練前で時間があるのだ、とだけ伝えた。
ラチェットは、彼女にオールスパークが宿っている可能性について直接話をすると言っていた。翡翠がどう思うか想像に難くないが、彼女のためにも早めに伝えるべきだ、というのがラチェットの見解だった。
場合によって、翡翠は今後狙われる立場となる可能性も十分にあるのだから。
『……………』
翡翠にとっては、辛い事実かもしれない。だからこそ、彼女が受け止めなければならないその時、側にいようと思ったのだ。
朝食を食べ終え、オプティマスと言葉を交わし、穏やかな時間を過ごした。
日々忙しい彼がこうして自分との時間を作って一緒に過ごしてくれるだけで、翡翠は心が暖かくなるようだった。
ラチェットから通信が入ったことをきっかけに、オプティマスに連れられ移動を開始する。同じ基地内に位置しているラチェットのラボには、すぐに到着した。
再びロボットモードに戻ったオプティマスと共にラボの扉を潜ると、ラチェットが穏やかな声で迎えてくれる。
『おはよう、翡翠』
「うん、ラチェットおはよう」
『朝早くからすまないね』
そんなラチェットの言葉に小さく首を振る。そっと側に寄せられたオプティマスの手に乗せられて、大きな台の上へと降り立つとラチェットの顔がぐんと近くなった。
その時、ラチェットの手元から光のようなものが出ていて、その集合体が光のディスプレイのようなものを形作っていることに気が付いた。ほぼ毎日ラチェットの元を訪れている翡翠だが、初めて見るものだった。オプティマスもラチェットに並んで立ち、そのディスプレイのようなものに視線を落としている。
『見ての通りだ。完全に修復するのはまだ時間を要するだろう』
『…そうか。極力無理をさせるのは避けたいな』
『それが理想だが…まぁ、本人が納得しないだろうな』
目の前でラチェットとオプティマスがそんな言葉を交わしているのを翡翠は見上げるようにして、眺めていた。ラチェットが発する光のディスプレイのようなものは、不思議と裏面からもその内容を読み取れる仕様になっているらしく、翡翠もその内容にじっと目を凝らす。
「…アイアンハイド、調子悪いんだね…」
ポツリ、とそんなことを呟いた。バンブルビーやジャズと違って、自ら翡翠に会いにくるようなことはしないアイアンハイドと出会う機会は決して多くない。彼も訓練に任務に、忙しくしているようだし…それでも、と思う。
「この前会った時は、そんな様子全然見せてなかったのに…」
目の前のディスプレイに視線を向けている翡翠の脳裏に、数日前、格納庫で会い言葉を交わした時のアイアンハイドの様子が思い浮かぶ。ディスプレイに表示されている内容は決して簡単明瞭なものではなかったが、翡翠にも何とか理解できるものであった。右腕の武器系統の不具合が表示されている。ラチェットが修理を施したらしいが、かなり細かい部分にまで損傷が及び、完全には修理しきれていないらしい。武器の使用は可能だが、今後も不具合が起こる可能性は高く完全修復するには分解しての修理が必要。だが、分解しての修理には時間が掛かるためアイアンハイドの了承が得られず、そこまでの修理には至っていないらしい…
掻い摘むと、そんなことが書いてあった。何だかアイアンハイドらしいな、と翡翠は思った。
「ラチェット…これ、よかったら私、お手伝い出来ないかな?」
『…何?』
「アイアンハイドの武器系統の不具合、分解しないと修理できないって…私だったら、細かいところにも手が届くだろうからお手伝い出来ればって思ったんだけど…」
もちろん、リペアの知識はほとんどないため、ラチェットが全て指示してくれなければ難しいが、そんな彼の指先代わりにはなれるのでは…と思ったのだ。いつも翡翠のことを気にかけてくれているトランスフォーマーのみんなのために、何か出来ることがあるのなら、恩返しがしたい一心でもあった。
「…やっぱり、無理かな」
『いや、その申し出は正直ありがたい。うまくいけば細かいところの作業効率は格段に上がるだろう。試してみる価値はあるな』
嬉しい返答に翡翠が胸を撫で下ろすのとほぼ同時に、ラチェットは『だが…』と一度言葉を切るとオプティマスと顔を見合わせている。その2人の表情からは、動揺のような感情がはっきりと見て取れた。
『…君には、驚かされてばかりだ』
「え?」
『この記録を読んだのだろう?』
そう言ったラチェットの指が光で出来たディスプレイを指し示す。勝手に見てしまってはまずかったのだろうか…と思いながら、コクリと頷く翡翠にラチェットも小さく頷いた。
『これはサイバトロン語で書かれている』
「………え?」
『本来、翡翠に読めるはずはないのだが…』
そんなまさか…と口にしようとしたが、言葉が出てこなかった。ラチェットとオプティマスの表情を見る限り、冗談を言っているようには見えなかったから。
こんなにはっきりと読めるのに…内容だってしっかりわかるのに…困惑の色が隠せない翡翠に、ラチェットが深く排気する。
『これから話す内容に関係がありそうだ。翡翠、よく聞いてくれ』
目の前にいるラチェットの聴きなれた声が、何だか遠くに聞こえるような…そんな気がした。
