第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『帰ってきたら、その時は…』
〜夕暮れの恋歌<62>〜
その夜、自室で本を読んでいた翡翠のすぐ近くに置いてあった携帯が着信を知らせた。彼からの着信であることを知らせる不思議な文字の羅列に翡翠は小さく微笑んだ。最初はかなり驚いたものだが、今はこの不思議な文字を心待ちにしている自分がいる。
「もしもし」
『翡翠…よかった、まだ起きていたのだな』
いつもと変わらないオプティマスの声に翡翠は思わず安堵の息をついていた。こうして連絡をくれたということは、ある程度状況が落ち着いたということに他ならないのだろうから。
軍のことは機密事項になることが多いとわかっている翡翠もそれ以上聞こうとは思わなかった。彼の無事がわかれば、それで十分だ。
「任務お疲れ様でした」
『あぁ、そちらに戻るのは明け方近くになるだろう』
「そっか…じゃあ、明日格納庫に会いに行くね」
『それは楽しみだな』
電話口のオプティマスの声はどこまでも穏やかで、笑っているようにも聞こえる。
…が、次の瞬間にはわずかに声のトーンが落ちるのがわかった。
『翡翠、体調はどうだ?』
おそらく、アーシーたちから報告を受けているのだろう、とすぐに思った。
「心配かけてごめんなさい。本当に一瞬、おかしな感覚になっただけだから、もう大丈夫」
『ラチェットのところにも行ったそうだな?』
「うん。すぐに診察してくれたけど、その時にはもうどこも何ともなくて…」
『そうか』
2人の間に流れるわずかな沈黙。
オプティマスは、翡翠が体調不良を来たしたのは外出を勧めた自分のせいだ、と考えているのかもしれない。そんな風に考えたことなど、翡翠には一度もない。
彼には感謝するばかりなのに…
そう思うと、自然と言葉が溢れてきた。
「オプティマス…今日は、外出の機会を作ってくれてありがとう」
『いや、わずかな時間ですまなかった…気分転換にはなったか?』
「それはもう…ずっと気になってた友達のドレスも郵送で返すことができたし…」
『あぁ、以前迎えに行った時に着ていた服装か』
思い出すかのように小さくそう呟くオプティマス。
彼に見えていないのはわかっているが、翡翠は電話口で「そうそう」と頷いていた。
『そういえば、あの時は随分着飾っていたな』
「本当にごめんなさい。私だけ、パーティーだなんて」
『そうではない』
また謝ろうとする翡翠の言葉をオプティマスは途中で遮った。そんなことを言わせたい訳ではないのだ。ただ…
『ただ綺麗だったと、言いたかっただけなのだ』
「え…」
声音から、キョトンとしている翡翠の表情が思い浮かぶようだった。
そして、それは間違いではなかったようで…
「び、っくりした…そんな風に言ってもらえるとは思ってなかったから」
本当に驚いているのであろう様子が声から伝わってくる。
迎えに来てくれたあの時、翡翠の普段とは違う姿を見たオプティマスは何も言わなかったし、服を着替える、という概念そのものがない彼ら金属生命体にはそういう感性は備わっていないものだと思っていた。そんな翡翠を察してなのか、オプティマスの声がさらに柔らかくなる。
『翡翠に関しては別だ。普段との違いはすぐにわかるし、あの時の君はとても美しかった』
「あ、りがとう…」
『いつもの君も美しく魅力的だが…あの時の姿を多くの者に見られてしまうのは、私としては少し心配だな』
「…それって、褒めてくれてる?」
『もちろんだ』
「嬉しいけど…何も出ないよ?」
『そうだな。翡翠の照れているであろう顔が見られないのはとても残念だ』
そう言ってオプティマスが笑うと、電話口の翡翠は「もう…」と言ったきり、黙ってしまった。困惑しているような、少し怒っているような声音。今、君はどんな表情を見せているのだろうか、とブレイン内にメモリーしている彼女の表情を思い浮かべるものの、直接顔が見たくて仕方がなかった。
あの時は、側にいた人間の青年におそらく嫉妬をしていたのだろう…と思う。そんなことは口が裂けても言えないな、と1人自重気味に微笑んでいることに気が付いた。
『そういえば、アーシーから報告を受けている。彼女たちに洗車をしてくれたそうだな』
「うん、そうなの!マギーにも手伝ってもらって…想像以上に上手にできたかなって」
アーシーたちに任務を与えたのはオプティマス自身であったが、それに対して「お礼を…」と口にするのが彼女らしい、と思わず目を細める。
『とても喜んでいた』
「本当?そう言ってもらえると、嬉しいな」
興奮気味にオプティマスに通信してきたアーシーたちが思い出される。丁寧に洗ってもらえて気持ちがよかった、と…良いワックスを使用したのだろうか、小さな傷も消えてしまったかのように綺麗になった、と…そう口々に話していたことを伝えると、電話の向こうの翡翠は本当に嬉しそうに笑っている。
そして、次の一言にオプティマスは心底驚かされることとなる。
「今度、オプティマスも洗車しようよ!」
『…ん?』
「レノックスさんに頼んで、洗車に必要な道具を色々見繕ってもらったんだ」
『…翡翠が…私を、か?』
オートボットの中で一際大きなオプティマスは、軍の人間ですら洗車するのは一苦労なのだが…
そう喉まで出かかった言葉を彼は寸でのところで飲み込んだ。それはそれは楽しそうに今日の洗車の様子を伝えてくれた翡翠の気持ちに水を差したくない、と思ったのだ。
『ありがとう。その気持ちは、ありがたく受け取ることとしよう』
やんわりと、気持ちだけもらおう、と伝えたつもりだったのだが…
洗車にどハマりしたらしい翡翠が洗車グッズをぎっしりと詰め込んだカートを引きながらオプティマスの前に現れて、彼の度肝を抜いてしまうのは…また後日の話。
