第2章:遥か、宇宙の彼方より
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『喧騒に紛れるモノ』
〜夕暮れの恋歌<60>〜
ある晴れた昼下がり。
翡翠は賑やかな声に包まれた街並みをどこか落ち着かない様子で歩いていた。こういう雰囲気に身を置くのは何だか久し振りだった。
「翡翠さん、ここ入ってみましょうよ」
「えっ…あ、はい」
少し前を歩く明るい金髪の女性に連れられて、足を踏み入れた服屋はこれでもう何件目だろうか。
事の始まりは午前の検診を終えた直後、サイドスワイプに送られて翡翠が自室へ戻ってすぐにオプティマスが訪ねてきたことだった。窓の外に現れた突然の影に驚く翡翠に謝罪を述べながら、オプティマスが『短い時間にはなってしまうが、君にも息つく時間が必要だろう』と告げたのだ。
突然の一言にうまく事態が飲み込めなくて、瞬きを繰り返すばかりの翡翠の頬をそっと撫でたオプティマスがゆっくりと頷くのを見て、ようやく彼女は口を開いた。
「…いい、の?」
突然の提案に戸惑いが隠せないのだろう。視線を彷徨わせる翡翠に対して、『ラチェットとレノックスの許可なら取ってある』と続けたオプティマスを見て、突然の思い付きで話している訳ではなく、色々と調整してくれた上でこうして伝えに来てくれたことがわかって…翡翠も笑顔を覗かせた。
「見て見て!これ似合いそうよ!」
手に取った洋服を翡翠の体に合わせるようにしながら笑顔を見せている女性に、翡翠も表情を綻ばせる。ふと、『君の笑顔が見られてよかった』と目を細めながら送り出してくれたオプティマスの顔が思い浮かんだ。
基地での生活に翡翠は何1つ不満を漏らさなかったが…突然日常生活から切り離され、友人とも言葉を交わすこともないまま別れを余儀なくされ、我慢を強いているように思っていたのだろう。
そんなオプティマスが僅かな時間とはいえ、翡翠に自由を与えてやりたいと思うのは当然のことだったのかもしれない。
『ただ、完全に自由というのは難しいのだ。危険のないようにしたい。レノックスが付き添い人を付けると言っていた。こちらからも護衛のオートボットを同行させるが…それは、許して欲しい』
そうして付き添ってくれることになったのが、目の前で翡翠に次々と洋服を選んでくれているマギーという女性だった。詳しい経緯までは聞いていないが、レノックスたちとも関わりがあり、金属生命体にも理解がある人物だというのだから驚いた。
一見、軍とは関係のなさそうな彼女のような立場の女性が、オプティマスたちに偏見なく接してくれているという事実は翡翠にとっても、嬉しいことだった。
ふと見ると、マギーが今度は店の外に向かって持っていた洋服を見せるように腕を伸ばしている。当然、店の外には誰もいない。大きなショーウィンドウの向こうに停まっている2台のバイクを除いては。
「…ん〜…いまいち?」
「え?」
「じゃあ、こっちは?」
「…え?」
マギーの質問は翡翠に対してではない。独り言に近いのだが、しっかりとやり取りしている相手がいるらしい。不思議に思って翡翠がマギーの後ろから顔を出すと、まるで返答しているかのようにバイクのヘッドライトが瞬いている。
「こっちだって。翡翠さんどう?」
採用されたのは、落ち着いた色味の物よりも春を思わせる明るい色の物だった。
「翡翠さんは色白だから、明るい色が似合うわね〜」
「そうでしょうか?」
「アーシーたちの一押しよ。彼女たち、貴女に女性らしい服を着せたいって意気込んでたもの」
それは完全に初耳で、翡翠も窓の外へと視線を向けると返事をするようなタイミングでバイクのヘッドライトが点灯する。それも、揃って2台共。
小さく手を振って答えると、まるで満足したかのようにライトが消える無人のバイク…アーシーとクリミア。オプティマスが同行させると言っていたオートボットの護衛だ。
この2人が選ばれた理由は至極わかりやすいものだった。輸送用のヘリに難なく乗れる体躯のトランスフォーマーは彼女たちだけ。
その上、もう1人の姉妹であるエリータ・ワンを含めた3姉妹はある程度の意識が共有されているらしく、万が一の場合は現在基地で待機となっているエリータ・ワンへすぐに伝わる、という点でも適任だったらしい。
「まさか…自分がバイクに乗る日が来るとは思いませんでした」
「確かにね〜、お互い跨ってるだけだったけどね」
「ふふっ、そうですね」
街から一番近い軍事基地で輸送ヘリを降り、ここまで乗せてきてくれたアーシーとクロミア。
バイクには乗ったことがない、と尻込みする翡翠に『大丈夫よ!ただ跨ってハンドルを握っていてくれるだけでいいから』と明るく答えてくれたアーシーたちは頼もしく、本当の姉のようにすら感じられた。
会計を済ませ、アーシーの車体にそっと触れると翡翠だけに聞こえるほど小さな声量で声をかけられる。
『私たちは、もう少し派手でもいいと思ってるんだけど…翡翠は嫌がりそうよね』
「う〜ん…そうかも」
『そうよね〜』
『まぁ、こういう機会はまたあるでしょうし…そのうちね、付き合ってもらうわよ?』
「あはは…お手柔らかにね」
そういえば、アーシーたちの装甲も皆鮮やかな色をしていることに気が付いて、彼女たちの好みが何となくわかった気がして嬉しく思った。何故かテンション高めなアーシーたちに、翡翠は肩を竦めるようにして笑う。
サムの護衛を兼ねているバンブルビーは別だが、彼以外のトランスフォーマーにとって、基地の外に出る機会は決して多くはない。今回の任務は願ったり叶ったりだ、とヘリの中で話していた彼女たちを思い出し、何だか微笑ましくなった。
『それで?あとは何をするんだっけ?』
乗ってきた輸送ヘリが再びディアゴガルシアへ向けて飛び立つまでには戻らなければならない。許されている時間は少なかったが、翡翠にとっては今回の最優先事項とも言える用事が残っていた。
「荷物を送りたいの」
どうしても、借りっぱなしになっていたドレスや鞄などの一式を友人に返したかった。レノックスに相談をして、詳細を知らせないという約束の元、謝罪と心配しないでほしい旨の簡易な手紙も入れて梱包してきた荷物を取り出し、胸に抱く。
隣で話を聞いていたマギーが顔を上げた。
「それなら、すぐ近くから送れるわ」
「本当?よかった」
「そこの横断歩道を渡って数件先のはずだから、私と翡翠で行ってくるわね」
アーシーとクロミアにそう告げたマギーに連れられて、目的地へと急ぐ。街中でバイクの駐車スペースを見付けるのも大変なのだそうだ。アーシーたちの目も届き、2人で行けるような近場に荷物を送れる中継所があったのは、本当に運が良かった。
「……………」
横断歩道で信号待ちをしている間に、ぼんやりと通り過ぎていく車両たちに目を向ける。こうしていると、翡翠はいつもオプティマスと初めて会った時のことを思い出す。
目の前を颯爽と通り過ぎていったトレーラートラックとカマロ。
あの時は、何故かその2台だけが沢山の車両の中から浮かび上がったかのように目に映ったのだが…今となっては、あの時の感覚は偶然ではなく必然だったのかもしれない、とすら思えてしまうから不思議だ。
「もっと時間があれば、カフェにでも寄りたかったわね」
「そうですね。コーヒーを頼んで、ゆっくり本を読む時間が好きでした」
「素敵ね。詳しい話は聞いていないんだけど、自由に出歩けないんでしょう?」
ストレス溜まるわよね、と僅かに声を落とすマギーに翡翠は首を横に振った。
「それが、意外とそうでもないんです」
「そうなの?私なら耐えられないかも…」
理由ははっきりしているが、伝えるのは照れくさくて曖昧に微笑む翡翠を見て、マギーは少し安堵したように見える。
「私にできることがあったら、いつでも言ってね。頻繁に、って訳にはいかないけど、基地には私も出向くことがあるから必要なものがあれば買っていくし、話し相手にもなれると思うわ」
「そうなんですか?嬉しいです!」
「あ!あとで連絡先交換しましょうよ」
嬉しい申し出に翡翠は2つ返事で頷いた。いつもトランスフォーマーの面々に囲まれているとはいえ、同じ女性の、しかも年齢もさほど違わないであろう友人が出来るのは嬉しいことだった。
そんな会話をしている間に、あっという間に目的地に着いて…こじんまりとした荷物配送の中継所に入ろうとした、その時だった。
突然、マギーの言葉が靄でもかかったかのように聞こえにくくなった気がした。
「………?」
異変を探ろうと顔を上げた瞬間、目の奥がジリジリと痛くなって…翡翠は思わず目元を抑えて俯いた。目を開けていられない程の痛みだった。
「…な、に…?」
目の奥が熱い。耳鳴りがどんどんひどくなっていく。
聞いたことのない言葉のような羅列が次から次へと頭の中に流れ込んできて…意味など到底分からないはずなのに、頭の奥底ではその全てを理解しているような感覚だった。
「……、………」
…気持ちが悪い…
「………翡翠さん……、…翡翠さん……」
「……………」
「翡翠さんっ!!」
ハッとして目を開けると、ぎゅっと握られた手元。恐る恐る顔を上げる翡翠の視界にマギーの心配そうな表情が飛び込んでくる。
「どう、したの?」
「…は……え、と…目が、痛くて…」
「え?」
大丈夫?とマギーが間近から瞳を覗き込んでくる。違うのだ…本当は、そうじゃない。
今のははっきりとわかった、自分が自分ではなくなってしまうような感覚だった。心臓がバクバクと鳴っている音だけが嫌にリアルに感じられた。
おそらく、手を強く握ってくれたマギーが引き戻してくれたのだろう…
「荷物、送って早く行きましょう。翡翠さんの顔、真っ青よ」
力なく頷いて、翡翠は自身の足を叱咤するように力を込めた。明らかに異変として感じられたあの感覚…帰ったらラチェットに相談しないといけないな…
そんなことを考えながら、胸に抱えた荷物にキュッと力を込めた翡翠。
彼女をじっと見つめる瞳には、気付かないまま。
