第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『見えない絆』
〜夕暮れの恋歌<58>〜
翡翠を抱き上げて鉄柵を軽々越えたバンブルビーは、すでにアスファルトの上に足を付け、悠々と歩いている。もう降ろしてくれてもいいのに、その気は全くないように見えて、翡翠は小さく笑ってしまった。
どういう訳か、このスタイルがお気に入りらしい。背中でゆらゆらと揺れている羽がそう物語っている気がした。バンブルビーは発声することが出来ないなど嘘のように感情豊かで、その感情がよく読み取れる。彼のそういう面は翡翠もとても好ましく思っていた。
「寄り道って、何するの?」
『“おしゃべりしましょ”』
「サムとも、よくおしゃべりするの?」
『“彼は、悩み多き少年だ”…“話せば楽になることもある!”』
「そうなんだ」
どこか嬉しそうにラジオを紡いでいるバンブルビーに、何となくだが、サムは彼女とのことを聞いてもらっているのかな?と翡翠は思った。
以前出会ったサムとミカエラは、いつも2人寄り添っていて、とても仲が良さそうに見えたけれど、2人のことは2人にしかわからない部分もあるのかもしれない。
しかし、バンブルビーの様子を見る限り、これは悩みだけではなく、惚気話も混じっていそうな雰囲気だな、などと思い、思わず笑みが溢れる。
「バンブルビーはサムのことを本当に嬉しそうに話すのね」
ギュイッとすぐ近くで聴き慣れた彼の音がする。
「大切なお友達なんだね」
『“ご名答!”“行こうぜ、相棒!”』
バンブルビーとサムが…
金属生命体と人間が…こうしてしっかりと絆を築いている。そのことが翡翠にはとても嬉しかった。
形は少し違うけれど、自分自身と炎のカラーリングが印象的な彼も大丈夫、と背中を押してもらえたような気がしたから。
「あ!」
バンブルビーに抱き上げられたまま、先程軽く片手を上げてくれていたトランスフォーマーの元へと辿り着く。ここまで近くに寄れば、もう間違うこともない。
「やっぱり、サイドスワイプだった」
『はぁ?やっぱりって何だよ?』
訝しげな表情を見せるようにして、サイドスワイプが腕を組む。
『…まさか、また将校と見間違えたとか言うんじゃないだろうな?』
「ごめん、遠くから見るとやっぱりまだ自信ない時あって…」
『色しか似てねぇだろ』
装甲も全然違うし…と続けるサイドスワイプだったが、その辺は翡翠にはさっぱりだった。ちゃんと軍事的な知識があれば迷うことなどないのだろうか…
そんなことを思いながら「ごめんね」と謝罪を繰り返す翡翠だったが、サイドスワイプもさほど気にしてはいないようで、わずかに両手を上げるようなジェスチャーを見せただけ。
それは翡翠に対してなのか、バンブルビーに対してなのかもよくわからなかった。
ここまで大切そうに翡翠を抱き抱えながらやってきたバンブルビーは、その場に足を伸ばした状態で座ると、今度はその膝の上へと彼女をそっと座らせている。翡翠が側にいることで相当上機嫌になっているらしい。左右にユラユラと揺れている足先がそう物語っている。
「こんな風に座らせてもらうのは初めてだね」
『“特等席だよ”“プリンセス”』
ふふっと翡翠が笑うのを横目で見ていたサイドスワイプは無意識のまま小さく排気する。
人間と積極的に接点を持とうとは到底思っていなかったのだが…どう言う訳か、この翡翠という人間とはもっと話してみたい、という気持ちが湧いてくる。
『…で?最近どうなんだ?』
「え?」
『いや…元気そうだな』
毎日ラチェットの検診を受けているとは聞いていた。それなりの体の不調があるのかとも思っていたのだが、彼女を見ているとそういう訳でもないらしいことに気付く。
「あぁ」と呟いた翡翠が見上げるようにしてサイドスワイプと目を合わせてきた。
「私は全然元気なの。ただ、ラチェットもオプティマスも私のことを心配してくれているみたいで…」
『へぇ…』
「何か良くないことになって、皆と一緒にいられなくなるのは寂しいし…」
ね、と話しかけるように目を合わせるとバンブルビーもどこか悲しげな声を漏らしながら、静かに頷いている。
翡翠にとっては、体に異常は何もない上に、健康そのものだという自負はある。だが、彼ら特有の微量な放射能のことを言われてしまうと、翡翠には全くわからない話になってしまい、全てお任せするしか無くなってしまう。
それは、ラチェット達なら悪いようにはしないだろう、という信頼の証でもあるのだが。
『何にしても…毎日ラチェットの検診を受けるってのは、大変だな』
「そんなことないけど…」
『いや、そんなことあるだろ』
「ううん?ラチェットもジョルトもすごく優しくしてくれるし、気遣ってくれるし」
『あの軍医が?嘘だろ』
すぐに前回のリペアの様子がメモリーから呼び起こされたサイドスワイプはブルリと小さく肩を震わせた。“優しい”という言葉など、微塵も感じさせないリペアだった。
オートボットの中でも間違いなく一目置かれているあの軍医でさえ、翡翠には甘いのかもしれない…という驚愕の事実に唖然としていたその時だった。
すぐ近くで金属の組み変わる音がして、それはみるみる形を変えていく。
『そうそう、ラチェットにとってもお嬢ちゃんは特別ってことだな』
スッと立ち上がったボディは銀色に輝き、どこかスタイリッシュに感じさせる。
「ジャズ!」
『お〜、翡翠ももう検診終わったんだな』
お疲れさん、と言いながらジャズは慣れた様子で翡翠をそっと抱き上げると自身の肩へと座らせた。翡翠を取られたバンブルビーがブーイングのようなラジオを紡ぎながらゆっくりと立ち上がる。
『わりぃな、ちょっとは俺にも譲ってくれよ』
『“ちょっとだけだぞ”“不公平だ!”“独り占め反対!!”』
以前、翡翠の護衛を任され、しばらくの間彼女の側にいることを許されたジャズのことをどうやらバンブルビーはまだ根に持っているらしい。
『まぁまぁ』と宥めれば、パトロールから戻ったばかりのジャズを労う気持ちからか、静かに引き下がるバンブルビー。
「バンブルビーが寄り道に誘ってくれたんだよね」と翡翠に声をかけられ、また嬉しそうに羽を揺らしている。
『へぇ…どうりで。珍しい組み合わせだと思ったぜ』
その時、翡翠が自身とサイドスワイプを交互に見ていることに気付いて、ジャズは小さく首を傾げた。
『何だ?』
「え…いや…」
『翡翠、俺と将校の見分けがなかなか付かないんだってよ』
彼女に代わって、そう状況を説明したのはサイドスワイプだった。
『はぁ?マジかよ』
「えぇと…ごめん。何か、似てるなぁって思ってて」
『いやいや、勘弁してくれよ。全然違うだろ、だいいち俺の方がイケてんじゃねぇか』
心外だ!とでも言いたげな様子のジャズ。
翡翠も、もう何度目かの謝罪を口にしながらもその表情は穏やかに微笑んでいて…そんな様子を見ていた自分がふいに“羨ましい”という感情を抱いていることにサイドスワイプは少し驚いていた。
彼女のおかげで、人間に対する偏見や蔑む感情が消え失せたのは間違い無いだろうと自覚している。ただ、それだけだと思っていたのに…
『…何だ、これ』
数週間、護衛のため翡翠の側に付き添っていたためか、彼女とジャズの間には絆のようなものを感じさせて…スパークがざわつくような、けれど決して不快ではない初めての感覚に戸惑いが産まれた瞬間だった。
