第2章:遥か、宇宙の彼方より
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夢を見た気がした。
誰か、ひどく悲しんでいる気がして…抱きしめてあげたいと思った。
「大丈夫」って伝えてあげたいと思った。
けれど、誰が、どこで、何故悲しんでいるのかわからなくて…
目が覚めると、頬がひどく濡れていることに翡翠は少し驚いた。
『ドライブの約束』
〜夕暮れの恋歌<57>〜
『ここでの生活には慣れましたか?』
ラチェットの検診は、毎日受けてほしいと言われ、そのようにしているが時間的にはそんなにかからない。今日もまだ陽が真上に昇り切る前に終了した。
部屋まで送ってくれるというジョルトの厚意に甘え、一緒に歩いている時ふいにそんなことを聞かれた。ちなみに、ビークルモードで送ってくれようとしていたジョルトに、天気が良くて気持ちがいいから少し歩きたい、と願い出たのは翡翠だ。
「そうだね、みんな時間を見付けて会いに来てくれるし…」
『でも、急でしたから…大変でしたよね』
「う〜ん…」
確かに、バタバタとここまで来てしまった気はする。友人たちに一言伝えたかったな、とか、読みかけの本でも持ってくればよかったな、とか…ふと思うことはあるけれど、我儘は言えない、とこれまで誰にも話したことがなかった。
隣を歩くジョルトを見上げながら、何となくそう伝えると何度か頷きながら話を聞いてくれるのが嬉しかった。
『本ですか…先生にお願いすれば、力になってくれそうですが…』
「ラチェットが?そんなことまでしてくれるの?」
『ええ、翡翠さんになら、きっと』
そうなの?と首を傾げる翡翠にジョルトは笑った。
そして、『おすすめなどあれば、是非僕にも教えてくださいね』なんて穏やかな声で言うものだから、翡翠は少し驚いた。
「地球の本も読めるの?」
『インターネットで言語を調べながらなので、時間はかかりますが…読めますよ』
「え〜、すごいなぁ」
本を読むのは好きだ。読書に没頭できるあの感覚が好きだった。
まさか、こんなところで読書仲間ができるとは思わなくて…パッと笑顔を見せる翡翠。
毎日顔を合わせているからか、初対面では会話すらままならなかったジョルトとも、今ではこうして楽に会話することができる。それも、翡翠にとっては嬉しくて仕方がなかった。
今度、彼に何か本を勧めてみよう。金属生命体で、しかもエイリアン。そんな彼に勧めるのなら一体どんな内容がいいだろう。そんなことを考えるだけで、楽しくて…
そんな時だった。突然金属と金属のぶつかり合うような音が聞こえてきて、思わずビクッと肩を揺らしてしまった。
「…えっ?」
隣にいるジョルトが平然としているところを見ると、もちろん危険なものではないらしい。彼の視線を辿るようにして顔を上げると、鉄柵に囲まれた演習場で誰かが訓練しているらしかった。
思わずそちらへと足が向く。
そんな翡翠に一番初めに気が付いたのは、黄色い彼。
『“もぉぉ〜!”“何度言ったらわかってくれるの”』
そんなラジオを鳴らしながらあっという間に鉄柵を飛び越えたバンブルビーが翡翠の前にしゃがみ込む。この鉄柵、そこそこの高さがありそうに見えるのだが…彼らにとっては、あってないような物なのだろうか…
「バンブルビー、久し振り!サムは元気だった?」
『“彼は”“元気100%”』
「そっかぁ」
サムのところへ滞在するため、しばらく基地を空けていたバンブルビーとこうして顔を合わせるのは久し振りだった。そっと両頬に手を添えると、きゅぅぅぅという駆動音と共にそっと目を閉じるバンブルビーに思わず笑顔が漏れる。
ゆっくりと瞳を開けたバンブルビーが、今度はジッと翡翠を見つめている気がして、首を傾げた。
「なに?」
『“迎えにいくよ”…“君のことなら”“どこへだって”』
「あ…今日はジョルトが部屋まで送ってくれることになったの。結局天気が良くて、私が歩きたいって言っちゃったんだけど」
ね?と言いながら振り向くと、後ろに立っているジョルトが『ええ』と短い返事と共に頷いている。そんなジョルトのことをバンブルビーがちょっぴり睨んでいるように思えるのは、気のせいだろうか。
心なしか、背中の黄色い羽を模したドアが今は力なく垂れ下がっているようにも見えて…
「え、と…」
『“カマロは”…“嫌い?”』
「そんなことないよ!バンブルビーのカマロ、かっこいいもの」
『っ…!!』
翡翠のたった一言にガバッと羽が起き上がり、見るからに嬉しそうな駆動音が聞こえてくるバンブルビーに翡翠は笑顔を見せると、頬をそっと撫でた。
そういえば、バンブルビーには一度も乗せてもらったことがなかったかもしれない。サムがいるから遠慮していた部分もあるのだが、もしかしていつも乗せたいと思ってくれていたのだろうか。
「ありがとう、バンブルビー」
『“姫のためなら”“いつだって”』
そんな嬉しいラジオを聞きながらふと顔を上げると、鉄柵の向こうの演習場から誰かが手を振っている。ボディが太陽に輝いている上に遠目ではっきりとはわからないのだが、あれは多分、サイドスワイプ…だろうか。
彼に会うのも随分久し振りだ。翡翠は振り返ると、後ろに立つジョルトを見上げた。
「少し、寄って行ってもいいかな?」
『ええ、もちろんです。じゃあ、僕は先生のところに戻りますね』
「うん、ここまで連れてきてくれてありがとう」
『いえ。それじゃあ翡翠、また明日』
軽く手を上げながらその場を去っていくジョルト。そんな彼にバンブルビーのラジオからはブーイングのような音声が流れ出ている。確かに、『また明日』の部分がやけに強調されていたような気がしたけれど…
『……“おれだって”…“あなたに会いたいの、明日も、明後日も、その先も”』
「そんな風に思ってくれてたの?」
目の前でゆっくりと頷いた丸く輝く機械の瞳に、ジッと見つめられる。
サムの車だから…彼の相棒だから…と少し距離を感じていたのは自分だけだったのかもしれない、と翡翠は思った。ラジオを使って、巧みに、こんなにも率直に仲良くなりたいという気持ちを伝えてきてくれるバンブルビーに嬉しさが込み上げた。
「私は、まだもう少し家には帰れないみたいだし、会えるよ。今度カマロにも乗せてね」
『………、!…“ドライブ行こうぜ?”』
「いいの?サムに悪くないかな?」
『“彼も大歓迎”“貴女は特別”…“ハイウェイをかっ飛ばす!”』
「ふふっ、バンブルビーは表現豊かだね」
駆動音と共に小さく体を揺らすバンブルビーに笑みが溢れる。
すっかり気を良くしたのか、バンブルビーは嬉しそうな音を漏らしながら、翡翠を掬うようにそっと抱き上げた。「え?」と思う間も無く、一瞬で鉄柵を飛び越える。
やはりこの柵、彼らには何の意味も成していないらしい。
『“寄り道していこうぜ”』
まるで悪戯っ子が言うようなラジオの音声に、翡翠も微笑みながら頷いた。
バンブルビーの明るい振る舞いが、今朝の夢見の悪さを払拭してくれるような気さえして、心地良かった。
