第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『それぞれの故郷』
〜夕暮れの恋歌<56>〜
『寒くはないか?』
「大丈夫」
思わずふふっと笑ってしまった翡翠に視線が落ちるのを感じて、手のひらの上から顔を上げると案の定…
オプティマスの青い相貌がじっと翡翠のことを見つめている。
言葉はないが、笑みが漏れてしまった理由を聞かれた気がした。
「まさか、あのまま3階の窓から連れ出されるとは思わなかったなぁ、って」
『ああ、君が建物内を通って出てくるまでには時間がかかってしまうからな』
「レノックスさんには怒られちゃったね」
『そうだな』
同意しながらオプティマスも笑った気がした。
「出入りは玄関から!」というレノックスの言葉に謝罪をしながら、オプティマスに連れ出され、気付けば海岸に着いていた。ここは演習時間でなければ人がいないことが多くて…可能な限り、他の軍人との接触は避けている翡翠にとってものびのびできる場所の1つだった。
オプティマスは2人でいる時、ここに連れてきてくれることが多い。それは、翡翠の立場を考えてのことなのか、それとも海が好きだと言った言葉を忠実に叶えてくれているのか、はたまたその両方なのか…
きちんと聞いたことはないけれど、どちらにしても翡翠のことを考えての選択であることは間違いなくて…オプティマスの厚意に心が暖かくなる。
『ここからの夕陽が綺麗でな…君に見せたかった』
「ありがとう」
乗せられている手を持ち上げるオプティマスの意図がすぐにわかって、翡翠は肩へと場所を移動するとゆっくりと腰を降ろした。しっかりと体勢が定まるまで、危険がないようにと足元に大きな手を差し出し続けてくれている。
オプティマスはそんな小さな配慮を自然と行動に移してくれる。
…貴方は、どうして私のためにそこまでしてくれるの?
よく気にかけてくれていると思うし、大切に扱ってくれていると感じる。
先程、レノックスに対して『大切にすると誓う』と口にしてくれていたが、今でも十分すぎるほど大切にしてくれていると翡翠自身が実感している。
すぐ横にある大きな頬にそっと手を添える。ただの鉄とは違う手触りが掌全体に伝わってくるし、温かい体温のようなものはないけれど想像よりも冷たいとは感じないこの不思議な感覚は、こうして間近で触れ合うようになって初めて気付いたことだった。
そのどれもがこの地球上のものとは違うんだ、と改めて実感させられるような気がして、多くのものを乗り越えてオプティマスが側にいてくれる今が、本当に奇跡だと感じられた。
気が付くと、自然とその頬へと唇を寄せていて…小さなリップノイズが響くと同時に彼がピクッと動いたのがわかる。
翡翠はそのまま頬へと凭れ掛かるようにして、目の前の水平線へと視線を投げた。
『翡翠』
「…ん?」
『今のは、その…人間の愛情表現だと記憶しているのだが』
「……………」
改めてそう口にされると、ものすごく恥ずかしい。
凭れている頬からは色んな駆動音が聞こえてきて、オプティマスもほんの少しは動揺してくれているのだろうか、と思うと何だか嬉しくなった。
『翡翠、少しだけ離れてくれないか?』
「どうして?」
『そこにいられては、顔を横に向けられない』
「知ってる」
知ってて、わざとそうしているのだ。
今こちらの顔を見られるなど、恥ずかしくてたまらないから。
まるで悪戯っ子のように「ふふっ」と笑う翡翠にオプティマスは目元を押さえるようにして排気した。
『…君の顔が見たいのだが』
「今見られたら、恥ずかしくて死にそうなので無理です」
思わず丁寧語に戻るほど恥ずかしいらしい。
そんな様子が伝わったのだろうオプティマスが『…君はずるいな』と笑いながら呟くのが聞こえる。
顔を動かせない代わり、と言わんばかりにゆっくりと持ち上げられた大きな指でそっと頬を撫でられた。
正面に向けられている彼の視線を追うように翡翠も視線を移すと、ちょうど水平線の彼方へと夕日が去っていくところだった。
水平線と空、オレンジと徐々に濃くなる夜の色。全てのコントラストが美しい。
『先程レノックスが君の両親の話をしていたが、この海を越えた向こうには、君の故郷もあるのだな』
「日本?」
『ああ』
「そうだね、ここからだいぶ離れてはいるけど」
どうしたの?急に…と返せば、急ではない、との返答。
『いつか…この目で見てみたいものだ。君が生まれ育った国というものを』
「……………」
しばらく沈黙してしまった後で「…うん」と小さく頷いた。
そう言ってもらったことが嬉しくなかったわけではない。ただ、何だか無性に悲しくなった。彼の故郷は戦火に焼かれ、戻れる状態ではない、と聞いた。一体、オプティマスはどんな気持ちで今の一言を口にしたのだろう。
そう思うと…何だか…
「……………」
ふと体を離して隣を見れば、オプティマスがじっと水平線の向こうを見つめていて…
あぁ、また…
それは曖昧な直感でしかないけれど、見えない“誰か”のことを考えているであろう瞬間の、彼の瞳。
「…オプティマス…」
その瞬間、また頭がぼーっとする感覚に襲われた。
めまいがするように目の前の視界が歪んで、耳鳴りのようなものも聞こえる。
瞳の奥がジンジンと焼けるように、痛い。
翡翠の様子に気付いたらしいオプティマスが声をかけてくれたが、顔を上げても彼の顔はよく見えなかった。
「…どうして…」
『翡翠、具合が』
「どうして…貴方ばかりが、悲しい思いをしないと…いけない……の…?」
『…何のことを』
「ずっと、昔から…いつも…」
『……………』
「……いつ、も……貴方、ばかり…」
『翡翠』
その時、オプティマスにしっかりとした声音で名前を呼ばれた気がして、ハッとした。
何度か瞬きを繰り返した後、彼のほうを向くとこちらを向いていたオプティマスと至近距離で目が合った。
さっきまでの眩暈も耳鳴りも、まるで嘘だったみたいに頭の中がクリアになっている。
「…私…今…」
何か、話して…いた…?
言ってみれば、まるで自分の寝言に驚いて目が覚めた時のような…そんな感覚だった。
間違いなく何かを話していた。でも、その内容はもちろんわからない。
オプティマスはそんな私を見て『具合が優れないようだ』…と。
『そろそろ帰った方がいいだろう』…と。
そう告げられたけど、翡翠は小さく首を横に振ると降ろしてほしい、と彼に告げた。
『しかし…』
心配そうにするオプティマスに「もう大丈夫」と伝えて、肩を竦めるように笑って見せる。
「足を付けるだけでいいから、ちょっとだけ海に入りたいの。頭をスッキリさせたくて…」
『翡翠…』
それでもオプティマスは腑に落ちない表情を見せていたが、もう一度「お願い」と伝えると渋々翡翠を足元へと降ろしてくれた。
彼にとってはわずか数歩。でも翡翠にとっては駆けるのに十分な距離を、波打ち際に向かって走る。
太陽も陰ったこの時間帯、海水の冷たさが足元から全身に広がっていくが、そのひんやりとした感覚が身体中をクリアにしていく気がして、心地良かった。
「気持ちいい〜」
『翡翠、転ぶぞ』
オプティマスがすぐ近くに片膝を付いて、手を伸ばしてくる。
その指をそっと掴みながら、翡翠は足元の冷たさを全身で感じ続けた。
しばらく好きにさせてくれるらしいオプティマスは、何も聞いてこなかった。
そんな彼の様子に言いようのない違和感を感じたけれど、翡翠もそれ以上は何も言えないまま…自分自身に起こっている得体の知れない“何か”を振り払うように、ただ足元の波をそっと蹴り続けた。
