第1章:ありふれた日々の裏側で…
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『日常の中の非現実』
~夕暮れの恋歌<4>~
「はぁ…」
「どしたの、翡翠?」
「え?」
「さっきからため息ばっかりついてる」
「あぁ…うん」
いつもの学校での休み時間。
机に頬杖をついてボーッとしていたら、そう声をかけられた。
翡翠も、もう今年で看護学校を卒業して、このまま順調に行けば看護師デビューしているはずなのだ。
だからもっとしっかり、勉強に身を入れなきゃならないとは思うのだが、正直今はそれどころではない気持ちだった。
「何かあったの?」
「ちょっと、ね」
もしかして恋煩い?…なんて、からかうような表情で言われたので、まさか、と一言返して笑っておいた。
むしろ、そっちの方がずっと楽だったかもしれない、とすら思えてくる。
今、翡翠の頭の中を占めている事柄はもっと常識を超えていた。
あのしゃべるトレーラートラック。
オプティマス・プライムと出会ってから、もう何日になるか。
あの後、家まで送ってくれたオプティマスは風邪を引かないように、と一声かけてから、そのまま暗闇の中に走り去って行った。
一気に戻った日常に翡翠の気持ちが付いていかない…
「次、実習室での授業だよ?翡翠も行こ」
「あ、うん、今行くね」
教科書を持って立ち上がったときに、もう一度窓の外に目を向けた翡翠。
学校の前の大通りをたくさんの車が通っている。
その中に、無意識ながらたった一台を探していることに、この時の彼女はまだ気が付いていなかった。
そして、その日の帰り道。
「…あれ?」
ふと立ち止まり、翡翠は携帯電話のちょっとした異変に首を傾げていた。
勝手にナビゲーション機能が作動しているのだ。
しかも、街からちょっと離れた場所に目印が打たれている。
その画面に、翡翠の心臓が大きく鳴ったのがわかった。
「少し、遠回りにはなるけど」
悩む暇もなく、翡翠の足が進行方向を変えた。
あの日から何日かは、初めて彼を見かけた横断歩道を通り…初めて彼と会話をしたあの駐車場に足を運んでいた。
でも、翡翠の目に再びあの派手な塗装が飛び込んでくることはなくて…道を変えた。
期待するのも、落胆するのも、何だかだんだん怖くなってきたのだ。それなのに…
私…また、期待してる…
携帯の画面に映し出されたナビゲーション機能はずっと同じ一点を指し示している。
知らずのうち足早になりながら到着したその場所に…彼はいた。
またしても人通りの少ない小道の路肩に、ひっそりと駐車してあるトレーラートラック。
はっきりと覚えている印象的な塗装がそこにはあった。
「…オプティ、マス…さん?」
正面に回りながら、翡翠は小さくその名前を口にしてみる。
何だか、少しだけ怖かった。
どう見てもただのトレーラー…
この車がしゃべっただなんて、本当は夢でも見ていたんじゃないか…とすら思えてくる
『あぁ、翡翠』
「っ…!」
その刹那、トレーラーの何処からともなく、翡翠の名前が呼ばれて。
この優しく、穏やかな声は彼に他ならない。
あぁ、やっぱりオプティマスさんだ…と嬉しくなった。
『すまない、遠回りをさせた』
その一言でこの携帯のナビゲーション機能は、やはり彼だったんだ、と翡翠は瞬時に納得した。
『しばらくこの街を離れていた。君の持っている携帯端末の信号から君の居場所はわかっていたのだが…』
「?」
一度言葉を切るオプティマスに首を傾げた。
『迎えに行っては、迷惑になるのではないかと思ったのだ』
「へ…?」
『それで君にここまで来てもらった…すまなかった』
「ううん、大丈夫…」
確かにこんな派手で大きな車が学校に迎えに来ていたら大騒ぎになるだろう。
オプティマスの気遣いが何だか嬉しくて、翡翠は笑っていた。
そんな翡翠の目の前で、また静かにオプティマスが扉を開く。
見ると、今度は最初からステップが一段多く出されている。
先日、乗り込もうとして足が届かなかったことをしっかりと覚えてくれていての配慮だろう。
「ありがとうございます」
よいしょ、とステップを登って、また高い運転席へと体を落ち着けた。
今までに経験したことのないような高さから道路を見下ろす。
わずかに、胸が高揚していくのを感じた翡翠。
それと同時に…
どうして私…こんなにも穏やかなんだろう…?
つい先程までは、彼との出会いを夢だったんじゃないかとすら疑っていたのに…
今、こうしてまたオプティマスに会ってみれば、信じられないような彼の存在をこんなにもあっさりと受け入れ、心穏やかになっている自分がいることに気付かされる。
心の中でそんなことを考えた翡翠がわずかに首を傾げそうになった時、また音もなく静かにオプティマスが走り出した。
(加筆・修正)
