第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『小さな願い』
〜夕暮れの恋歌<54>〜
「わ〜ん、めっちゃ泣いた〜!」
『翡翠、そんなに擦っては目が腫れてしまう』
恥ずかしさも相待って、ゴシゴシと目元を擦っている翡翠を心配そうに覗き込みながら、やんわりとやめさせようとするオプティマスの指が伸びてくる。
そんなやり取りをしながら、オプティマスは翡翠が与えられている部屋への道のりをゆっくりと歩んでいる。
手のひらに乗っている存在を慈しみながら。
『一度、ラチェットのところへ戻るか?』
「え、どうして?」
『何か、目元を冷やすものをもらった方がいいだろう』
オプティマスの申し出に「う〜ん」と翡翠は考えた。
目元を冷やせるものがあるのは大変ありがたい。
これだけ泣いて、擦ってしまっていることを考えると、明日起きた時の大惨事は容易に想像できてしまう。
でも…と考え、翡翠は小さく首を振った。
「大丈夫、自分でタオルを濡らして冷やしておくから」
『しかし…』
「だって、ラチェットの所に戻ったら泣いた理由とか、問い詰められそうだし…」
鋭いラチェットのことだ。色々と質問され、オプティマスとの先程の出来事まで速攻で気付かれてしまいそうだ。
別に隠すつもりはないし、いずれ話すべきことではあると思うが、さっきの直後に色々と追及されたのでは身が持たないな、と思ってしまうのが正直な所だった。
困ったように微笑む翡翠を見たオプティマスも、少し考えた後で『わかった』と小さく頷く。
『私が、何か冷やせるものをもらって届けよう。翡翠がその場にいなければ、さほど追求もされないだろうからな』
「うん、ありがとうオプティマス」
『うむ』
優しく宥めるように背中をさすり続けてくれている大きな指。
力加減だって相当難しいだろうと思うのに、翡翠が心地良いと感じる絶妙な力で慰めてくれるオプティマスに翡翠の心の中が暖かくなってくる。
「オプティマス」
『ん?』
「いつか私がいなくなってしまったら…ちゃんと、大切な人を見つけてね?」
『……………』
「お願い」
返事はなかった。
言葉の代わりに、背中をさすっていた指がそっと翡翠の頬に触れる。
間近でブルーの光を見つめ続けていると、オプティマスが観念したように静かに排気した。
『君の頼みと言えども、それは難しいだろう』
「でも…」
言葉を紡ごうとした翡翠の口元にそっと金属の指が当てられる。
もうそれ以上聞きたくない、と言われた気がして、「ごめんなさい」とだけ伝えると口元を離れていった指に今度は頭を撫でられた。
気分を害してしまったかと思ったが、当のオプティマスはどこか嬉しそうに微笑んでいる気がして…
「私、心無いことを言ってしまったかと思ったのに…」
『いや、気にしていない』
「………?」
『これでも、浮かれているのだろう…意中の相手と通じ合うというのは、こんなにも嬉しいものなのだな』
確かに、心なしか普段よりもオプティマスが饒舌になっている気がする。
そして、その一言に「え?」と聞き返したのは翡翠だった。
「オプティマス、今までに恋人いたことあるでしょう?」
想像も出来ないほど長命で、こんなにも深い心を持っているオプティマスのことだから、過去に想いを通わせた相手がいて当然、と翡翠は思っていた。
だが、当の本人はどこかキョトンとしたように『翡翠が初めてだが』と言ってのける。
「…うそ」
『こんなことを偽ってどうするのだ』
「じゃあ、本当に?」
『ああ。戦争続きだったこともあるのだろうが…そうだな』
オプティマスがわずかに目を細めるようにして翡翠への視線を落としてくる。
『正直に話してしまえば、似たような感情を持ったことならあった。だが、それが愛情だったのかと言われるとよくわからない。尊敬の念だったようにも、仲間としての情だったようにも思えるのだ』
「………その人は、今」
『戦火の中、サイバトロン星を脱出するのはわかったが…おそらくもう、生きてはいないだろう』
随分前から、メッセージが届かなくなったのだ、とオプティマスは続けた。
あぁ、そうか…だから、彼は時折ひどく遠くを見ているような…いない“誰か”を思い描いているような瞳を見せるのだな…と妙に納得している自分がいて、翡翠は少し驚いた。
以前ジャズが話していたことが思い出される。
オプティマスには大切な人がいるのだろうか、と漠然と聞いた翡翠に対して、『“いる”んじゃなく、正確には“いた”の間違いだな』とジャズは答えたのだ。
点と点が徐々に繋がっていく。
「……………」
黙ったままオプティマスを眺める翡翠。少し考えて、でも…と小さく呟く。
「亡くなったところを、見たわけではないんでしょう?」
『…それは、そうだが…』
「無責任なことは言えないけど、生きてるといいね」
翡翠の言葉に、オプティマスは少し驚いたような表情を見せた。彼が抱いていた感情がどういうものであれ、大切な仲間であったことに変わりはないのだろう。
『…ありがとう』とどこか頼りなく口にしたオプティマスに、そんなふうに思った。
見ればその顔やボディに至るまで、大小様々な傷がついている。
ラチェットにリペアはされているはず…こういう小さな傷までは直す必要がないということなのか、戦いを忘れないためにわざわざ残しているのか…
どちらにせよ、こんなに優しい人が戦争に身を投じ、リーダーとして軍団を率いているだなんて…彼の背負っているものは翡翠には想像すら出来ないほど大きなものだと感じる。
思わずそうしたくて、手のひらの上でゆっくりと立ち上がると両手を広げてオプティマスの頬をそっと撫でた時だった。
『翡翠は?』
「え?」
突然、疑問系で名前を呼ばれて驚いたが…
『君は、過去に恋人がいたことは?』
「あ…」
元々そういう話をしていたのだった。
気持ち的には特大のブーメランが飛んできた気分だ。「あ〜…」とどう返答しようか考えつつ、思わず視線を逸らす翡翠に察したらしいオプティマスが静かに息を漏らす。
『それは…少々複雑なものだな』
「多分っ、オプティマスが想像しているような深いお付き合いではないと思うけど…」
『………?』
「私、
『…数人、いるのだな』
まさか、そこに食い付くとは思わなかったのだが…
明らかに声のトーンが落胆を示しているオプティマスに翡翠は「違う違う」と顔の前で両手を振って見せる。
「お付き合いをしたことはあるんだけど、私の故郷とアメリカでは文化が違うから、なんていうのかな…所謂人前でのスキンシップが苦手で」
『それが原因で否定されてしまうのか?』
「気持ちがないように見えるんですって」
交際経験はあるものの、恋人らしいことなどほとんどする間も無く終止符が打たれたものばかり。
そんなことを思い出しながら、ふと思った。
オプティマスも地球に来て一番初めに触れた文化は、ここアメリカのはず。
いつか彼にも同じように思われてしまったら…とふと怖くなったが、すぐにそんな心配は無用だったと思わせる言葉が降ってくる。
『見る目のない男たちばかりで、私は運が良かったようだ』
「え?」
『翡翠はこんなにも心を寄せてくれているというのに』
「っ……」
そんな風に言ってくれた人は、もちろんオプティマスが初めてだった。
翡翠がはにかみながら「ありがとう」と返せば、オプティマスからもどこか嬉しさを感じさせる声音が返ってくる。
翡翠の返答に一喜一憂しているような様は、普段のオプティマスからは想像し難くて…また違った彼の一面を知れたことが素直に嬉しかった。
思わず頬にそっと抱きつくと、大きくて優しい指が背中を撫でてくれた。
慈しむように…そっと…
