第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『溢れ出た想い』
〜夕暮れの恋歌<51>〜
レノックスの計らいで、基地に滞在している間の翡翠にも自室が用意されている。簡素だけれど、必要なものは揃っていて生活に不自由はそれほど感じない。民間人であることも考慮され、他の軍人との接点も極力ないように…と、そこまで考えてくれたレノックスには頭が上がらない。
オートボットたちが普段待機している格納庫からは少し離れているため、検診の際の送迎は変わるがわる引き受けてくれることが多かった。毎朝、今日は誰が来てくれるのだろう、と翡翠にとってもちょっとした楽しみになりつつあった。
そんな翡翠の部屋までの道のり半ば、オプティマスから唐突に『少し連れ出してもいいだろうか?』との申し出があった。
スピーカーから聞こえてきたそんな言葉に驚きはしたけれど、翡翠としては当然断る理由もなくて…
「オプティマスが大丈夫なら、是非」
そう言って微笑むと『では、行こう』と再び声が聞こえて来る。
オプティマスが任務に出ていたのは数日間のこと…今回の不在は短い方だった。
その間、時間が許す限り毎日電話をくれたし、日々検診を受けている翡翠のことを心配してくれていたようだった。
危険な場所に身を置いているのは、彼の方なのに…
大きなピータービルト・379が滑るようにディエゴガルシアの軍事基地から出て行く。
運転席に暖かな日差しが差し込んできて、翡翠は思わず目を細めた。
「…良い天気」
たった数日間離れていただけなのに…
オプティマスがココにいてくれるということで、自分はこんなにも安心するものなのか…と。
そのことに少し驚きながら、翡翠はそっと大きな座席に体を沈み込ませていった。
基地から少し離れた海岸線までやってきた。
日差しを浴びて白く輝く砂浜を踏みしめる翡翠の後ろでオプティマスがロボットへと姿を変え、ゆっくりと立ち上がる。
振り返ろうとしたその時、ふいに身体のすぐ横に大きな手が差し出された。
『こちらへ。その方がよく見渡せる』
小さく頷いて「じゃあ、お願いします」と言いながらその掌にそっと腰掛けた。
オプティマスは揺れないよう慎重に翡翠を掬い上げる。
それでも巨大なオプティマスの身体によってもたらされるわずかばかりの揺れが翡翠にはダイレクトに伝わって…慌てて横にあった親指にしがみついた。
『すまない、大丈夫か?』
「うん、大丈夫、ごめんね」
何だか、振動に焦った翡翠よりもオプティマスの方がさらに焦っているように見えて思わず笑顔になる。
静かに、そっと寄せられたオプティマスの肩へと慎重に乗り移った。
彼の目線だ。
たったそれだけのことなのに、同じ目線に立てたことがものすごく嬉しい。
潮風が頬を撫でていく感覚に「気持ちいい〜」と呟いて、深呼吸する翡翠にオプティマスが小さく笑ったようだった。
『翡翠は、本当に海が好きだな』
「私、海が好きって話したことあったっけ?」
『いや、そうではないが…君を見ていればわかる』
「そ…そうなの…?」
何気ないそんな一言にまで、心拍数が上がるのがわかる。
何でも見抜いている彼のことだ…こんな些細なことまでバレてしまっているのだろうか、とは思いつつ、オプティマスに変わった様子は見られないため、翡翠も平静を装うことにした。
顔をあげると目の前にはどこまでもどこまでも続いているかのような水平線。
抜けるような天気に恵まれている今日は、海と空の境目すら曖昧に思える。一面のブルーに思わずため息が漏れた。
「前にも、こうして景色を眺めたことがあったよね」
『あぁ、まだフーバーダムにいた頃だな』
「うん。その前には、夜景を見に連れて行ってくれたこともあったね」
『そうだな、出会って間も無い頃だった』
オプティマスのブレインの中には、その時目に映したものや、聞こえてきたものが全て残されているのだろうか。
即答にも近い的確な返答に、ふとそんなことを思った。
人間である翡翠に、そんな便利なものはない。
でも、彼との思い出は驚く程鮮やかな記憶として残っている。
「その時に、初めてオプティマスがこの姿を見せてくれたんだよね」
『そうだったな…君に拒絶されたら、と随分悩んだ』
「そうそう、そうだった」
そんなことするはずないのに…と笑うとオプティマスも『そうだな』と、少し笑った気がした。
他にも任務先から何度も連絡をくれたり、フーバーダムの基地を訪れた時には2人きりでたくさん話をした。
出会ったのは、たった数カ月前。
それまでは、翡翠自身まさか金属の身体を持つ宇宙人と関わりを持つようになるとは思ってもみなかったし、こんな世界があるとも思っていなかった。
だが、こうして振り返ると想像以上にオプティマスと過ごした思い出が多いことに少し驚く。
敵の出現があれば任務と称して世界中を飛び回り、基地にいる間もオートボットの総司令官として軍の上層部とのやり取り、自軍のまとめ上げ…やることは山のようにある、とてつもなく忙しい人。
そんな人との思い出がこれだけたくさんある、ということは間違いなくオプティマスが意図的に時間を作ってくれているということだろう。
彼は何も言わない。
いつも、当然のように翡翠の前に現れる。そして、翡翠も…そんな彼の厚意に甘えているのが事実だ。
「オプティマス」
『ん?』
「私、本当に大丈夫だからね」
翡翠の言葉に横を向こうとしたらしいオプティマスだが、顔のすぐ横に腰掛けていた彼女に気が付いて、再び前を見据えた。
おそらく、このまま顔を横に向けてしまえば翡翠がバランスを崩すかもしれない、と思ったのだろう。
優しい人だ…どこまでも。
『何のことだ?』
「うん、こうやって色々な話をしたり、どこかに出掛けたり、そういう時間ってすごく嬉しい、本当に」
『……………』
「でもね、少しは自分のために時間を使って欲しいって思うの。オプティマスは忙しい人なんだから、たまにはゆっくり休んだりとか、そういうことに」
『…そうか』
うむ、とゆっくり頷くオプティマス。
翡翠も小さく微笑むと、その金属の頬にそっと手を触れる。
「任務中の電話もね、無理しないで?すごく嬉しいし、私も連絡を待っていないって言ったら嘘になるんだけど…」
『あぁ』
「無事に帰ってきてくれたら、それだけで十分だから」
小さな掌からの体温を感じ取っているであろう頬を動かすことなく、オプティマスは『わかった』と返答する。
かしゃかしゃ、という瞬きの音と、大きな身体の奥底から駆動のような機械的な音がした。
『では、これからは私のタイミングで会いに行くとしよう』
「うん、是非そうして」
『了解したが、そうするとこれまでよりも高い頻度で会いに行くことになってしまうかもしれないな』
「え?」
『私が、君に会いたいと望んでいるのだから』
続いて聞こえてきたその言葉に翡翠はキョトンとした。
でも、笑っているように穏やかな声音だったオプティマスにそれ以上は何も言えず…
アイセンサーはこちらに向けられてはいないけど、きっと彼になら伝わると思って小さく頷く。
「ありがとう」
ふと、こんなに大きな心を持っている彼が、翡翠に愛を伝えてくれただなんて、夢でも見たのではないかと思ってしまう時がある。
それ以降だってそうだ。翡翠が「返事を待って欲しい」と一言言えば、オプティマスは当然のように翡翠の気持ちを汲み、それからは何も言わなくなった。
何も言わずに、だけどこうして側にいてくれるのだ。
「……………」
そっと触れているオプティマスの頬は、日差しの影響か今日は少し暖かかった。
彼に対する気持ちなんて、もう答えは出ているように思う。
その上で、何故思いのままに気持ちを口にすることが出来ないのかも…
ふぅ、と小さく息をついて、翡翠はオプティマスの肩に腰掛けたまま、そっと金属の頬へと体をもたれかけさせていた。ほとんど、無意識だった。
顔を動かすことも出来ないまま、オプティマスにもほんの少しの動揺が見られるのか、色んな駆動音が混ざり合うように聞こえてきて…そんな音ですら愛おしく感じた。
『翡翠…どうしたのだ?』
「うん…」
言い訳をするなら、目の前の水平線があまりにも綺麗で…
潮風の音と、オプティマスの音しか聞こえてこないこの空間がひどく心地よくて…
無意識だった、本当に。
「…私…やっぱり大好きだなぁって…オプティマスのこと」
誰もいない部屋で独り言を呟くくらいの感覚で、気が付けばそんな言葉が口から溢れていた。
すぐにハッとしたが、時、既に遅し。
