第2章:遥か、宇宙の彼方より
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『大きな存在』
〜夕暮れの恋歌<39>〜
やはり…と言うべきか、なんと言うか…
翡翠は激しく後悔していた。
ちなみに、友人たちに半ば強引に連れ出されたことに対する後悔ではない。
こういう華やかな場は性に合わないな…という考えは大きく変わらないものの、初めて友人同士のパーティーに連れ出してもらえたことで、大いに社会勉強にはなったと思う。
日本にいたままでは、なかなか経験できなかったのでは…とも思うので、良い機会だった。本当に。ただ、今は…
…早く、帰りたい。
手にしたグラスに注がれている上質なフルーツジュースを軽く揺らしながら、翡翠は小さくため息をついた。
視線の向こうには一緒に来た友人たちが話に花を咲かせている。
高校時代のクラスメイトを発見したらしく、水入らずで話をしてきてほしいと思い、彼女たちを送り出したのは翡翠だ。
それが完全に間違いだった、と今ならわかる。
一緒に行けばよかったのだ。
「ねぇ、聞いてる?」
どうやら…1人の間は飲み物でも口にしながら、壁の花となりつつ少し休憩しようと思ったのが良くなかったらしい。
「言葉、通じてる?君アジアの出身だろ?中国?」
「…日本」
「へぇ!英語上手だな」
何故か翡翠の隣に張り付くかのようにずっと隣にいるこの人は、一体何がしたいのか…
困り果てて、チラリと視線を向ければそれはそれは嬉しそうに微笑まれてしまったので、慌てて目を逸らした。
「どこの学校?俺、この近くのさ」
聞いてもいない話を延々とされている今の状況が耐え難くなって来たものの、少し離れたところにいる友人たちは気付いていないようだし、あんなに盛り上がっているところに今更割り込んで、話を中断させてしまうのも申し訳ない。
帰ろうにも、友人がここまで車を出してくれたため、足がなく身動きが取れない状態だった。
ぼんやりとパーティー会場を眺めていた翡翠だったが、不意にゾワリと肌が粟立つ感覚に思わず顔を上げる。
「退屈してるんだろ?一緒に抜け出さない?」
いつの前にか男の手が腰に回っていて、グイと引き寄せられた。
「ちょ、と…やめてよ」
「俺、日本人好きだよ。控えめところが可愛くてさ」
「偏見ですよ。そんなの日本人どうこうより性格の問題じゃありません?」
「じゃあ、君はどうなの?」
「知りません」
「俺はもっと知りたいけどな…君のこと」
友人たちからはよく「翡翠は鈍い」と言われてしまう自身だったが、ここまでくれば嫌でもわかる。
この男は、どうやら自分のことを口説こうとしている…らしい。
はっきり言って、冗談ではない。
初対面なのに、押せば靡くとでも思っているのか…そう思われているのだとしたら、心外なんてものではない。
「離してください」
友人がテキパキと整えてくれたアップスタイルの髪から数本の毛束が緩くウェーブを描きながら翡翠の頬に落ちている。
気が付けば、男は頬に触れるようにしながらその毛束を指先で遊んでいて…話が通じないにも程がある。
「やめてください」
「じゃあ、連絡先教えてよ」
「嫌です」
「何で?俺結構モテるんだけどな」
「……………」
そんなこと、翡翠にはどうでも良い話で、誰かにこれ程までの嫌悪感を抱く自分も珍しいな、とどこか冷静に考えながら、今も腰を撫でている男の手を振り払う。
その時だった。
友人から借りたパーティーバッグの中から振動を感じて、慌ててバッグを開こうとする。
友人たちがこの状況に気がついて、助け舟を出してくれたのかもしれない。
翡翠が携帯を手にしようとしていることがわかったのか、隣の男は「やっぱり教えてくれるの?」と嬉しそうな表情を見せていて…それすら視界に入れたくないと感じた翡翠は無言のまま男に背を向ける。
その時、背後の窓ガラスから見えた光景に翡翠の周囲から一瞬にして音が消えた。
「………ウソ」
パーティー会場の前を走る道路には、そこに似合わない程の大きなトラックが停車している。信じられない気持ちと、そんなはずないと自分に言い聞かせようとする気持ちが交互に押し寄せては消えていく。
確認するかのように、手にした携帯に視線を落とすと、そこにはまたしても着信と共に見慣れない文字が浮かび上がっていて…
「……っ……!」
そのトラックと“目が合った”と感じた次の瞬間、何度か瞬くヘッドライト。
間違いない、と思った瞬間には駆け出していた。
友人たちに声もかけていない。
勝手に帰ることにしたら心配させるかもしれない。
ドレスだって借りたままだ。
色んなことが頭の中を駆け巡ったが、駆け出した体はもう止まることを拒否しているようにすら思えた。
彼のところに行きたい。
「ちょっと、待てって」
会場を出る寸前のところで腕を掴まれ、行く手を阻まれた翡翠が顔を上げる。
普段履かないような高いヒールの靴を履いていたことが、こんなにも悔やまれるとは思わなかった。
「迎えが来たから帰るんです」
「迎えって…」
翡翠が駆け出そうとした先を視線で追った男が眉を寄せる。
「あんなのでパーティーの迎えに来るようなヤツ、ロクなヤツじゃないだろ」
プツン、と何かが切れた気がした。
掴まれていた腕を力一杯振り払うと、見上げるように男を睨みつける。
「…あんな素敵な人いないわ」
男が何か口にする前に、早くこの場を立ち去りたい。
ゆっくりと助手席の扉が開かれたのが見えて、走りにくいヒールは脱いでしまうとしっかりと手に持って…芝生を、アスファルトを、翡翠は彼に向かって駆け出していた。
