第1章:ありふれた日々の裏側で…
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『埋もれた言葉』
〜夕暮れの恋歌<34>〜
ここしばらく、当たり前のように側にいてくれたジャズが明日再び任務に舞い戻る。
わかっている…翡翠は問題なく日常生活に戻り、もう彼が側にいなくとも大丈夫だ。
今、最も彼を必要としているのは自分ではない。頭ではそう理解しているのに、やはり寂しさを感じてしまうし、その向かう先が戦場だとわかっているから尚更、こうして毛布を片手に、夜中にも関わらずガレージを訪れてしまった。
何も聞かず、こうして車内に迎え入れてくれたジャズの対応が翡翠にとってはありがたかった。
「ジャズ…」
副官として、司令官であるオプティマスを支えてきた立場にあるであろうジャズ。
その彼にこんなことを聞くのはずるいのかもしれない。
それでも…
『どうした?』
「うん。ねぇ、ジャズ…」
どうしても、あの時のオプティマスの表情が翡翠の脳裏から離れなくて…話を聞いてもらいたくなったのかもしれない。
「彼には、どこかに大切な人がいるのかな…」
『…は?』
いきなりそんな質問をされた当のジャズは、一瞬言われている内容がすぐには理解出来なかった。
翡翠の表情は、今も口元が毛布に隠されていて…よく見えない。
『何でそう思うんだ?』
「う~ん…」
『何だよ?女の勘ってヤツか?』
「そういう訳じゃなくて…でも、何となくオプティマスさんを見ていたら、そう思えてきて…」
少し視線を逸らすかのように窓の外へと目をやる翡翠。
思い出されるのは、あの日…一緒に出掛けた時に夕陽を眺めていたオプティマスの横顔。
何となく目の前の夕陽ではなく、その向こう、もっと遠くの“何か”を見ているような…そんな気がしてならなかった。
そして、そう考えれば考える程、どうしてか泣きたくなる。
その曖昧な感情は嫉妬でもなければ、悲しいわけでも、寂しいわけでもないのに…
『オプティマスには、聞いてみたのか?』
「……………」
無言のまま、翡翠はふるふると首を振った。
まぁ、そうだよな…と心の中で呟いてジャズは小さくため息をつく。
『“いる”んじゃなく、正確には“いた”の間違いだな』
「え…?」
『それだって、俺たちから見たら…って話だ。本人がどう思っていたのかは、分かりかねる』
“大切”と一言に言っても、その意味合いは多岐にわたる。それ以上に、自軍のカリスマ性溢れた司令官は、ほとほとこう言った面には疎いというか、真面目すぎるというか…
小さく排気しながら『おそらく、もう生きてはいないだろう』と続けようとしたジャズだったがとっさに言葉を飲み込んだ。
これ以上は自分が言うべきことではない、と思ったのだ。
「どうして…」
思わずそう聞き返した翡翠も慌てて口を噤んでいた。
以前、戦争で故郷を失った…とオプティマスから聞いたことがあるのをとっさに思い出したのだ。
口元を手で覆ったまま、大きく見開かれた瞳が揺れている。
『人間の時間で言えば、もう気が遠くなる程昔の話だ』
「それでも…」
『…あぁ、まぁな』
それでも、オプティマスはまだ自分を責めている。
翡翠という人間をオートボットの同胞たちに紹介し、明らかに愛情に満ちた眼差しで彼女を見ているオプティマスを見て、ジャズも一時はようやく吹っ切れたのか、と思ったこともあったが…
実際にはそうではないのだと思い知らされる。
翡翠自身ですら、オプティマスの様子に違和感を持ち始めるくらい…彼の瞳はまだ“あの時”を見ている、ということなのだろう。
「ごめんなさい…何だか、私…」
『お嬢ちゃんが謝ることじゃないだろ?』
「でも…」
手元の毛布をさらに強く握り締める翡翠。
何となく、ジャズが濁した言葉の先が分かってしまった…
“何故、君が悲しそうな顔をする?”
…私にも、わからないよ。
“この星に辿り着き、君に出会えた…私にとっては、それが全てだ”
…オプティマスさん…
“…まるで、キューブに導かれたかのようだな”
…お願い、そんな悲しそうな顔をしないで。
また…理由もわからないまま、涙がボロボロと溢れてきて止められない。
『おいおい…』と何処か困ったようなジャズの声が聞こえてきた。
ジャズはダッシュボード辺りからケーブルのようなものを伸ばして、そっと翡翠の涙を拭ってくれたけど…それでも止まらない…止められない…
「ジャ、ズ…ごめ…私…」
『わかった、大丈夫だから。ゆっくり深呼吸しろ、な?』
「…ふ、ぅ…」
言われた通り、ゆっくりと息を吸い込んでは吐き出す。
必死に嗚咽が漏れるのを堪えていた翡翠は涙を拭ってくれていたジャズのケーブルをいつの間にか強く握っていたことにすら気付かない。
その姿は何か縋りつくものを探しているようにも見えて…ジャズも彼女の好きにさせていた。
「…は、…」
ひとしきり泣いて、少し落ち着いて来たような気もした。
翡翠が小さく息を吐いて、強張っていた体から力が抜けゆっくりとシートへ沈み込んだ時。
今度は今までにも何度か感じたことのある瞳の奥がジリジリとする感覚に襲われ始める。
瞳の奥が熱いような、痛いような、何とも言えない不快感に思わず目を閉じ、軽く擦る翡翠。
『…翡翠?』
「ん…」
…あれ?
そういえば、ジャズに名前を呼ばれるのは初めてかもしれない。
いつもは決まって“お嬢ちゃん”って呼ぶのに…
そんなことを考えながら、頭の中は次第にぼんやりとしてくる。
急激な睡魔に襲われるような、そんな感覚。
「…あぁ、そうだった…」
『おい、翡翠?』
「…貴方達が、この星に来てくれて…よかっ、た…」
『なに?』
私は、何を言っているんだろう?
困惑したようなジャズの声音にそんなことを考えながらゆっくりと目を開けた。
その時、きゅるきゅるという小さな音が耳に届く。
「心配だったの。メッセージを残した先は、広大な宇宙の彼方だったから…」
『……………』
「…もう、届かない、かと…」
翡翠自身、何を話しているのか理解できず、自分の声も今となっては聞こえない。
口元が勝手に言葉を紡いでいる。
翡翠はただ、凄まじい睡魔に襲われていた。
記憶に残っているのは、それだけだった。
“貴方のことを、知っています”
“…うまれるまえ、から…ずっと…”
(加筆・修正)
