第1章:ありふれた日々の裏側で…
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『迎えに行くから』
~夕暮れの恋歌<31>~
「翡翠」
名前を呼ばれて顔を上げる。
声をかけてきた友人がちょうど教室に入ってくるところだった。
「おはよう!」
「おはよう、素敵な休日だった?」
「もちろん!数日の休みだから遠くへは行けなかったけど、知り合い主催のパーティーに行って来たの」
「素敵ね」
その後、すぐに「翡翠は?」と聞かれて一瞬返答に困ったけれど、とっさに友人のところへ遊びに行った、と答えた。
まさか本当のことを言う訳にはいかないし…
「ふ~ん、そういえば例の彼とはどうなったの?」
「えっ?」
その一言に「例の彼?」と聞き返せば、「気になる人がいるっぽかったじゃない」とにこやかに言われてしまった。
思わず指で頬を掻く翡翠。
一体どうしてそんな話になってしまっているのか…
「どうって、別に何も…」
「進展とかないの?」
「ないよ、だからそういうんじゃないものっ…」
前にも同じことを聞かれて、同じように否定した記憶がある。
ただ、あの時と違うのは…翡翠自身が少しずつ自分の気持ちに気付き始めていることだ。
自覚してしまえば、こうして否定するのも一苦労…どうしても頬が赤くなってしまうのを隠せない。
気付かれる前に友人の背中を押し、次の授業が行われる教室への移動を促すだけで手一杯だ。
家へと帰って来たのは昨日の夜のこと。
ゆっくりと車を走らせてくれたジャズのおかげで、心配していた乗り物酔いも何とか乗り越えた。
そして今日からまた学校が始まって…一気に日常へと戻った。
こうしていると、ここ数日のこと全てが夢だったかのようにすら思えてくる。
ただ、確かなのは今も家のガレージの中ではジャズが翡翠の帰りを待っているだろうし、携帯電話を開けば、以前と同じ不思議な文字で綴られたオプティマスからの着信が残っている。
「…あれ?」
そして久し振りの授業はあっという間に終わり…帰り支度を整えた翡翠がふと窓の外へと目を向けた時だった。
見慣れた車が停まっている。
駐車場でもない場所に堂々と停まっているその車ははっきり言って目立っていて…
帰宅途中の学生たちが不思議そうに眺めながら通り過ぎていた。
…まさか、ね。
そうは思いつつ、友人たちに別れを告げ…足早に教室を出た翡翠。
「……………」
ゆっくりとその車に近付き、そっと運転席へと目を向けると…確かに人が乗っている。
不自然なくらいに無表情なその人物を見て、嫌な予感が確信へと変わった。
「…ジャズ…?」
そう小さく呟くと、音もなくライトが点滅した。
『ほら、到着だ』
自宅のガレージに音もなく収まったソルスティスの扉が静かに開く。
ガレージに入ると同時に運転席に座っていたホログラムもジジッという音と共に消えていった。
「迎えなんてよかったのに…」
『まぁ、そう言うなよ。俺が好きでしたことだ、黙ってガレージで待ってるってのも退屈だしな』
ジャズの好意は喜んで受け取りたいところなのだが…翡翠は少し困ったように微笑んでいた。
困惑している様子がジャズにも分かって、彼女が降りたのを確認してからロボットモードへと姿を変えた。
ガレージの中でのトランスフォームが窮屈ではあったが、元々小柄な彼にとっては出来ないことではない。
『本当はな、少し心配だったんだ』
「え?」
目の前にしゃがみ込むようにして目線を近付けると翡翠が真っ直ぐに見上げてくる。
『ここ数日、お嬢ちゃんにとって色んなことがあり過ぎただろ?なのに今度はいきなり元の生活に戻ってよ…大丈夫なのか気になった』
「そう、ですね…確かにちょっと混乱してるかも」
『だろ?そう思ったら居ても立ってもいられなくてな…悪かった』
ジャズの言葉に何度か瞬きをする翡翠。
彼女の大きな瞳に自分自身の姿が映っていることに気が付いて、気分が良いものだな、などと考えてしまう。
「ごめんなさい、心配かけて」
『いや』
「でも、出来れば次からはもう少し遠くで待っていてくれると嬉しい、かな」
『何だ、今日の場所はダメだったか?』
「ジャズ、目立ち過ぎ…」
そう言いながら、わずかに頬を膨らませ、横目でチラリと見てくる翡翠に一瞬言葉が詰まった。
初めて見る表情にスパークが熱を持つ。
『あ、あぁ…わかった』
ジャズの返答に「ありがとう」と笑う翡翠の表情をぼんやりと見詰める。
オプティマスがこの人間を特別視している理由が当初はわからなかった。
実際に会話をするようになって、面白いヤツだと思ったし、コロコロと表情が変わるところも飽きずに見ていられる。
少しずつ堅苦しい話し方がほぐれて来たのも、ジャズから頼んだこととはいえ、名前に“さん”を付けなくなったことも好ましく思っていた。
だが、それ以上に今はっきりとわかった気がする。
「ジャズ?」
『あ、何だ?』
突然話しかけられたことに少し驚いて…ジャズの内部がきゅるきゅると音を立てた。
翡翠はそんな様子に首を傾げた後、家に入ることを告げるとガレージを出ていこうとする。
その時。
『翡翠、待て』
わずかな違和感に気が付いた。
「なに?」
『足、どうかしたのか?』
「え…?」
それは本当にわずかな変化だった。
歩き出そうとした瞬間、わずかに右足を庇うように重心が不自然に傾いたのだ。
少し前の自分なら気が付かなかったかもしれない小さな小さな変化。
「あ、大したことはないんだけど、今日ちょっと階段で捻って…」
『はぁ?』
「大丈夫。落ちそうになって、とっさに手すりに掴まった時にほんのちょっと痛かっただけだから」
『落ちそうになった、って…』
翡翠の言葉にジャズは慌てて庇っていた右足をスキャンした。
足首にわずかな熱上昇と腫れを認めるが骨そのものには異常はないらしく…思わず安堵の息を漏らす。
『何だよ、ぼんやりしてたのか?』
「何か、ちょっと目眩がしたみたいで…」
『どっか具合悪いのかよ?』
「ううん、たぶん疲れてるんだと思う」
久しぶりの学校だったし、最近たまになるんですよね…と、困ったように微笑む翡翠。
今日は早めに休むことを告げてガレージから出ていく彼女の姿をジャズはじっと見送っていた。
その姿が見えなくなってから腰を下ろし、小さくため息。
純粋な翡翠に小さな嘘をついたことが、何だか心苦しかった。
『…本当のことを言ったところで、俺たちに遠慮するのは目に見えてるしな…』
今回のジャズの任務。
翡翠が差し障りなく元の日常生活に戻ることが出来るか、見守ること。
それと…彼女に何か変わったことがないか、監視すること。
監視、というと言葉は悪いがラチェットはこう言っていた。
『彼女には、いくつか不可解な点がある』…と。
もちろん、それが危険因子となるようなものではないと考えて今回自宅へ戻した訳だが…ジャズにとってはそんなことを言うラチェットのほうが不可解に思えてならない。
『どう見ても、普通の人間…だよな』
ふと顔を上げた時。
ガレージの窓から見えたのは、ちょうど明かりが灯った翡翠の部屋だった。
(加筆・修正)
