第1章:ありふれた日々の裏側で…
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『幻影の中で』
~夕暮れの恋歌<29>~
『翡翠』
「…ん?」
ふと名前を呼ばれて…
その時、翡翠は初めて自分がぼんやりとしていたことに気が付いた。
心、ここにあらず…そんな状況だったことを自覚して、「何ですか?」とオプティマスに声をかけるが、彼の表情は冴えない。
『さっきからどうしたのだ?』
「いえ、別に何も…」
ごめんなさい、と続ける翡翠にオプティマスは黙ったまま彼女を見詰めて、そっと大きな指を差し出した。
その指へとそっと手を触れながら、オプティマスのことを見上げる。
翡翠は明日、一度家へ帰ることになっていた。
数日あった休みも明日で最後…学校がある、戻らなければならない。
またしばらく会えなくなる、と思うと寂しい気持ちにならない訳ではないが、じっと見詰めている彼の瞳はいつも優しさに溢れていて、翡翠は小さく笑って見せた。
そして、ふと思う。
あの、不思議な体験は夢だったのだろうか。
気が付けば、サムやミカエラの元へと辿り着いていたらしいけれど…翡翠にはその記憶がすっぽりと抜け落ちているかのようだった。
何度か声をかけられた後、ようやく2人の存在に気が付いたのだが…正直、迷っていたはずなのにどうやって自力で戻って来たのか理解できずにいた。
ただ、2人にも驚くほどぼんやりしていた…と言われてしまったが。
「…そんな顔、しないでください」
今も翡翠のことをじっと見ているオプティマス。
人間のように表情豊かな彼ではないけれど、何だか悲しい表情をしている気がしたのだ。
きっと、オプティマスには翡翠がいつもと違うことなどお見通しなのだろう。
『時折、君が風のように見えるのだ』
「…風、ですか?」
深い蒼の瞳に見降ろされ、その大きな指がそっと頬に触れる。
『触れることは出来るのだが、捕まえることはかなわない…』
「オプティマスさん…」
『手にしたいと願ったところで、すぐにまたすり抜けてしまうようだ…』
「っわ…」
突然、体全体を大きな手でそっと包みこまれる。まるで…抱き締められているようだ、と思った。
そんなことをされたのはもちろん初めてで…何度も瞬きをする翡翠。
「オプティマスさん…どうしたんですか?」
『…いや、すまない』
いつもの彼ではないと翡翠にもすぐに気が付いた。
何故か謝りながら、翡翠の体をそっと離すオプティマス。
そのまま、お互い何も話さず、沈黙が訪れた。
「あ、あのね」
『ん?』
先に口を開いたのは翡翠だった。
それまでわずかに俯いていた顔をゆっくりと上げて、精一杯背伸びをして…
オプティマスの大きな指に両手で触れると、そのままそっと頬を擦り寄せた。
顔から火が出る、とはまさにこんな状態を言うのではないだろうか。
そんな風に思ってしまうくらい恥ずかしかったが、オプティマスも驚いたようで何度も瞬きをしているから、お互い様だと自分に言い聞かせる。
「私は、ココにいます…どこにも行かない」
『…わかっている』
「だったら、そんなこと言わないでください…悪い癖だってわかってるんです、私も」
きっと、オプティマスには翡翠が何かを隠していることもばれているのだろう。
優しい彼のことだから、追及するようなことはしないけれど。
『それでも…君にはもっと頼ってほしい』
「……………」
『我慢していることが多すぎるようだ』
「…そんなこと」
『ない、と君は言うだろうが…私にはそう見える』
オプティマスの言葉を翡翠は彼の指に額を当てたまま、俯きながら聞いていた。
言われてみればその通りだ…と思うと同時に、オプティマスがそこまで自分のことを見ていたんだな、と少し驚く。
実際、翡翠にはオプティマスに素直に甘えられない部分がたくさんある。
今回のことも翡翠なりに考えた…オプティマスに言ったほうが良いだろうか、と。
だが、考えて出た答えは…NO。
これ以上、彼の背負うものを増やしたくない。
優しい彼のことだから、きっと一緒に考えてくれるだろう…まるで自分のことのように一緒に悩んでくれるだろう。
でも…
「もう少しだけ、私一人に考えさせて欲しいんです」
もしかしたらただの取り越し苦労かもしれない。ただ、少しばかりリアルな夢を見ただけかもしれない。
そうだったら、オプティマスにまで余計な心配をかけてしまう…そうすることを翡翠自身が許せなかった。
しっかりと見据えてくる漆黒の瞳に、オプティマスは本当に小さくため息をついた。
『…答えが出なかった時は、話してくれるか?』
「はい、1番に貴方に話します」
『ならば、私が折れるしかないようだ…翡翠は意外と頑固だからな』
「ご、ごめんなさい」
頬を指で掻きながら、申し訳なさそうにしている翡翠をオプティマスは変わらず見つめている、
だが、その瞳の色からは優しさが滲み出ていて。
『私のほうこそ、君を困らせるようなことを言ってすまなかった』
「いえ」
不思議な体験をした。
不思議な声を聞いたような気がした。
だが、今はその声もまるで夢の中で聞いたかのようだし、体も何ともない。意識もしっかりしている。
…やっぱり夢、だったのかな…
オプティマスの大きな指にそっと髪を撫でられながら翡翠が瞳を閉じる。
あの時に一瞬だけ感じた“怖さ”すら、今となっては現実のものではなかったような…そんな気がした。
(加筆・修正)
