第1章:ありふれた日々の裏側で…
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不思議な空間だった。
思っていた以上に広い…とても、広い空間だった。
…声が、聞こえたような気がした。
『 “声” 』
~夕暮れの恋歌<28>~
「うわぁ…すごい…」
普段の生活からは考えられないような高い天井を見上げながら、翡翠が感嘆の声を漏らす。
呆気に取られるあまり、口がポカンと開いてしまっていることも、今は気付いていないのだろう。
そう思うと、レノックスもわずかにだが笑ってしまった。
「格納庫だ。ビークルモードの彼らはここで待機してくれている」
「へぇ…どうりで」
大きな作りをしているわけだ…と呟いて、辺りを見回してみた。
翡翠にとっては見るもの全てが新鮮に映る。
ふと視線を移すと、室内で鎮座しているライムイエローの車体。
『…おや』
どうやら彼も気が付いたようで、まるで挨拶をするかのようにライトが点滅した。
「ラチェット、さん?」
『翡翠…ラチェットで構わない。うむ、元気そうだが少し寝不足のようだな』
「あ、はは…どうも」
おそらく、スキャンしたのだろう。
そう思わせるラチェットの言い回しに翡翠は笑うしかなかった。
『いや、研究すればするほど、人間というものは興味深い…脆く弱くも、素晴らしく強い生き物だ』
「…はぁ…」
『う~む、私自身、君達にこれほどまでに興味を持つことになるとは思わなかった』
研究すべきことが、次から次へと出て来るのだ…と。
いつの間にかロボットモードへとトランスフォームし、力説しているラチェットにしばらく唖然としていた翡翠だったが…何だか少しだけ、嬉しくも思えた。
おかしな意味でないのなら、興味を持ってもらえるのはありがたいことではないか。
一番傷つくことは、ただ無関心なこと…ではないかと思うから。
『ふむ』
翡翠の思いを聞いたラチェットの瞳が一瞬、キラリ、と光る。
だが、すぐにその瞳は逸らされてしまった。
『…君に研究の協力を依頼することは、オプティマスから許可されていないのだ…実に残念だ』
「え?」
キョトンと首を傾げる翡翠にそっと耳打ちしたのはレノックスだった。
「オプティマスは翡翠を守ろうとしてるんだ…色んな意味で」
「い、色んな意味…って?」
「先手を打ったんだろうな」
「あの、いったい何の話なのか…」
「いいから。とにかく、深追いするな」
その時、ラチェットの視線がスイッと横に流れて…自分を捕らえていることにレノックスは気が付いた。
さらに、追い打ちをかけるように『あるいは…』などと言い出されては敵わない。
「…俺も、慎んで辞退しておくよ」
口元を引き攣らせながらそう言い放つレノックスに、ラチェットは心から残念そうにしていた。
『おっ、お嬢ちゃん』
「あ!」
違う声が聞こえて来てふと顔を上げれば、銀色の車体が目の前でみるみる変形していく。
ジャズだ。
さらに後ろを見ると、奥の部屋から出て来たのだろう…オプティマスの大きな車体も目に入った。
『待っててくれれば、俺のほうから会いに行ったんだぜ?』
「え、っと…レノックスさんに施設内の案内をしてもらってたんです」
「たぶん、これからもココには来る機会があるだろうしな。ある程度は分かっていたほうがいいだろ?」
仕事の休憩時間を使って、翡翠に基地の中を案内してくれているのは誰の命令でもない…レノックスの好意によるもの。
『そうだな…レノックス、感謝する』
『そういや、サムたちとは会ったのか?』
「はい、さっきまでお話していました。2人は今更ここを案内してもらう必要もないだろうから、私だけレノックスさんにお願いしたんです」
サムとミカエラは今も2人でお茶をしながら、翡翠が案内を終え戻ってくるのを待っているだろう。
その時、ロボットモードへとトランスフォームしたオプティマスが身を屈め、翡翠の髪を大きな指でそっと撫でた。
その仕草はごく自然で…深い意味などないように思える。
ただ、翡翠の心臓だけは確かに鼓動が早まっていたが…
『相手をしてやれず、すまないな』
「いえ、大丈夫です」
『もう少し待っていてくれ。そうすれば、しばらく時間が出来そうだ』
「気にしないでください。サムたちもいますし、退屈していないので」
『そうか』
大きな指が何だか心地よくて、そっと目を細めながら頷く翡翠。
その表情は安らぎに満ちていて…
本当ならばこの表情を壊したくはないのだが、そうも言っていられず、ジャズが切り出す。
『レノックス、今呼びに行こうと思ってたんだ。ちょうどよかった』
「…何かあったのか?」
『まぁ、たいしたことじゃあないんだけどよ。でも念のため、把握はしておいたほうがいいだろうな』
「わかった」
軍人でも何でもない翡翠だけれど、一瞬で空気が変わったのは肌で感じてわかった。
自分がココにいてはいけない。
『翡翠、すまないのだが』
「はい。私、サムたちの所に戻っていますね」
「一人で大丈夫か?」
心配そうに一歩踏み出してくるレノックスに翡翠はヒラヒラと手を振って見せた。
邪魔をしてはいけない、と思ったのだ。
レノックスは一度この場を離れて自分のことを送ろうと言い出そうとしている…何となく、そんな気がしたから。
「大丈夫です!今来た道を、戻るだけですから」
『すまないな。私も事が済んだら、すぐに君の元へ行こう』
「はい。じゃあ、後で」
にっこり笑いながら格納庫を後にした。
翡翠は軍人ではないから…不謹慎だとは思いつつも、たまに忘れてしまいそうになるけど…
それでも、やっぱりココは軍事施設なんだなぁ…などと考えながら、歩き始めた。
…のは、いいのだが…
「…あ、れ…?」
さっきの格納庫以上に広い部屋へと出てしまい、翡翠は困ったように頬を掻いた。
とてつもなく広く、暗くて、どこか雑然とした部屋。
こんな部屋は初めて来る…さっきレノックスに案内されたときにも立ち寄っていない部屋だ。
「まずい…迷っちゃったかなぁ…?」
おかしいなぁ、来た道をちゃんと逆戻りして歩いたはずなのに…
思わず、そんなことを呟いてはみたが、結果、違う部屋に辿り着いてしまったのだから言い訳の仕様もない。
すぐに引き返そうと思った。
一般人の自分がウロウロしていて良い場所ではないことくらい翡翠もわかっている。
だけど…
「……………」
また、胸がざわついていた。
何となく、ここ最近幾度となく感じていた“あの感覚”に似ている気がして。
…ちょっとだけ…
そう自身に言い聞かせて、一歩…一歩…部屋の中へと入ってみる。
辺りを見回して、不思議な部屋だと思った。
周囲には色んな機械が並んでいるのに、どれも今は使われている形跡がない。
床にもたくさんのコードが這っているのに、その終着点が見付からない。
どれも途中で切れてしまっているようだ。
そして中央には今まで以上にガランとした大きな空間。
その中央まで行って、もう一度辺りを見回した翡翠が感じたのは大きな違和感だけだ。
矛盾だらけの空間のように感じられる。
「…あれ…」
その時、もしかして…と思い立った。
床を這うコードは全て、今翡翠が立っている中央に向かって伸びて…切れている。
「ココに、何かあったのかな」
そう考えるのが自然だと感じられた。
何度も何度も押し寄せては引いていく違和感。
もう一度、グルリ、と周囲を見渡してみた翡翠が思わず息を呑む。
「…っ…」
何故か“怖い”という感情が翡翠の中に一気に流れ込んできて、無意識のうちに自分の体をキュッと抱きしめていた。
説明出来ない“何か”がある。
それは確信にも近い思いだった。
“ き て く れ る と 、 お も っ て た “
「…えっ…」
…声が、聞こえたような気がした。
(加筆・修正)
