第1章:ありふれた日々の裏側で…
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『長距離移動の代償』
~夕暮れの恋歌<15>~
『…迎えに来ると言っているが』
「いや、俺が戻るときに連れて行くと伝えてくれ。あそこには彼にしか出来ないことがたくさんある」
『いつ戻る?』
「2日後に。彼女もその時なら数日休みだそうだから」
『わかった』
押し黙るアイアンハイド。
彼らだけの通信手段があるんだ、と隣にいたレノックスに耳打ちされて、翡翠は頷いた。
心持ちとしては、“もう何があっても驚いてたまるか”…そんな気持ちだ。
その夜は、レノックスに家まで送ってもらいすぐにベッドに入った。
もう驚かない…とは心に誓ったものの、次から次へと訪れる非現実的な出来事に気持ちが付いて行っていないのが正直なところだ。
だが、安心もした。
あの時、「詳しいことは後で話す」と言うレノックスにそれ以上の質問をぶつけることは出来なかったけど…“オプティマス”という彼の名前を出した後から、アイアンハイドと名乗ったトランスフォーマーから敵意が消えた。
翡翠にとってはそれだけで十分だった。
アイアンハイドが敵意をむき出しにしていたディセ…何とか、という存在とオプティマスは別物なんだろうということがわかったから。
「…うぅ…」
そんな翡翠は今、走るアイアンハイドの車内で情けない呻き声をあげている。
「翡翠、大丈夫か??」
『…窓、開けるか?』
「お、お願いしま、す…」
低い声が聞こえてきたと同時に後部座席の窓が静かに開かれる。
オプティマスと同じように自動でユラユラと揺れているハンドル。
そしてこれまた同じく、運転席には無表情のホログラムが座っている。
運転する必要のないレノックスが後部座席に移ってきて、呻く翡翠の背中をひたすら摩ってくれていた。
「ホ、ホント、すみませ…ぅ…」
「いや。そういや昔っから酷いほうだったもんな、乗り物酔い」
『…俺の運転が荒いのか?』
「ち、違うんです!長距離になると、いつも、こうで…」
大きく深呼吸しながら言う翡翠に風を送るように仰いでやりながら、レノックスがチラリと腕時計を見る。
「あと、1時間弱ってとこか」
まだ、結構あるっ!?
…とは思ったが、介抱してくれているレノックスやなるべく振動を与えないように運転してくれているアイアンハイドを前にそんなことを言えるわけもなく…翡翠はコクコクと何度も頷いて、揺れる景色を見ないように目を閉じた。
レノックスが軍に戻るところに同行することになった翡翠。
場所はフーバーダム。昔の大統領が作った、ということと今は軍事施設になっている、ということしか世間一般には知らされていない。
そんなところに私みたいな一般人が行ってもいいの??
思わずそう思ってしまったが、レノックスに言わせてみれば
「君はもう関係者だ」
…だそうだ。
何だかよくわからないが、レノックスがいるから、安心していいんだろうと翡翠は自分に言い聞かせていた。
それに、そこに行けば…きっと、オプティマスに会える。それだけわかっていれば、大丈夫な気がした。
何故、そんな気持ちになるのかは翡翠自身、説明なんて出来なかったけれど。
視界から入ってくる情報を遮断しようと目を閉じている間に、いつの間にかウトウトしていたようで…
レノックスの声に翡翠が起こされた時には、すでに目的地についていた。
大きな大きなダムの入り口。
そこに3人が差し掛かった時、エンジン音が聞こえ、前方から印象的な装甲のトレーラーが走ってくる。
「オプティマスだ」
『ああ、到着したことを通信したんだ』
建物の入り口から完全に体が出た直後。
がちゃんがちゃん、という音がしてオプティマスが姿を変える。
大きな体躯の彼は入り口を完全に出てからの変形でなければ、天井に頭がぶつかってしまうのだろう。
そして、トランスフォームした後、驚いたように何度もカメラアイを瞬きした。
『ど、どうしたのだ、翡翠!』
「…うぅ…」
まだ吐き気のおさまらない翡翠は、同じくトランスフォームしたアイアンハイドの足元で力なくうずくまっていた。
『いや、途中で乗り物酔いしてな…』
「長距離は苦手なんだそうだ」
『おぉ…そうだったのか』
嘆くようにそう呟いたオプティマスは膝を付き、未だ動けずにいる翡翠を掬い上げるように両手に乗せる。
「ひ、久しぶり、オプティ…ぅ…」
『無理にしゃべらなくていい、翡翠』
「でも、せっかく」
…会えたのに。
話したいことが、たくさんあった。
聞きたいことも、たくさんある。
何とか顔を上げる翡翠を見て、オプティマスの声音が変わった。
ロボットである彼の表情は変わらないけれど、人間に置き換えればきっと、笑ったのだろう。
『時間はあるのだ』
「…う、ん…ごめんなさい…」
『何を謝る?ここまで来てくれた君に感謝している。おかげで私のスパークはこんなにも穏やかだ』
そう言いながら、オプティマスは自らの手の上でうずくまる翡翠の小さな背中をそっとさすった。
力がかかりすぎないように…慎重に…
背中を行き来する大きな指から、オプティマスの気遣いが直に届いて、翡翠は静かに目を閉じた。
『アイアンハイド、レノックス、すまなかった。礼を言う』
「いや」
『翡翠が良くなったら共にみなの元へ行こう。今はもう少し風に当たっていた方が良さそうだ』
『わかった』
フーバーダムの中へと先に入っていくアイアンハイドとレノックス。
何だかすごく迷惑をかけている気がして、謝りたかったが…今の翡翠には2人に届くだけの声が出せないのは明確で。
かわりに大きく深呼吸して、早く吐き気がおさまることを祈った。
(加筆・修正)
