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よく晴れた明くる日の朝
肩に少年を担ぎながら軽やかな足取りで街道をひた歩く鬼狩りの男
すっかり顔を出したお天道様を背に、笑顔を張り付かせずんずんずんずんと町へ向かって歩き続けていた
そんな男に訝しげな視線を送る、行き交う人々
この時代には珍しく大柄な男
見慣れない衣服、お天道様に似た髪色
そんな目立つ男が、人を担いで闊歩しているのである
(人攫い……)
(人攫いだ……)
人々の脳裏に物騒な言葉が過ぎり、周囲に走る微かな緊張
しかし、余りにも堂々とした男の振る舞いに「あんな堂々とした人攫いがいるだろうか?」と、人々は遠巻きにそれを見るばかりで
「よし!無事町に着いた!!」
結局、男に声をかけるものは終ぞ現れず、何事もなく【人攫い】は無事に町の入り口へ辿り着いてしまった
先ずは藤の家の主に経緯を報告せねばと方向を定め、ずんずんと歩きながら男は視線を周囲に巡らせ
「うむ、道中視線を感じてはいたが……、」
やがて、腰に提げた愛刀へ視線を落とす
───廃刀令が布かれてから三十余年
軍人でもない自分が帯刀していれば、目立ってしまうのは致し方ない───……
「怖がらせてしまったな、お巡りさんを呼ばれる前に早々に立ち去ろう!…おっと!」
ズルルと落ちてきた少年を担ぎ直し、再び男は町人の注目を浴びながらずんずん町中へと進み行く
『ん…………ん〜……、』
もう間もなく藤の家が見えてくるかという頃、肩の上で少年が僅かに身動ぎした
夜明け前から数刻、漸く意識が戻ったのだろう
『んん〜……??……ン?』
不安定な肩の上
もぞもぞと彷徨う手、バタつき出した脚は有るはずの地面を探しているのだろうか
『……ん?………アレ……?』
起き抜けに声をかけては警戒されてしまうかもしれない
男は神社での出来事を踏まえ、驚かせないよう足を止め黙って少年の覚醒を待つことにした
すると、突然弾かれたように肩の上でガバッと身を起こす少年
『ぅわ、わ!』
ぐらりと均衡を崩した少年は、慌てて目の前の男の頭にしがみつきその身を保つが、がっちり巻き付いた少年の腕が男の視界を遮った
「前が見えないっ!!!」
『!?うわあぁっ!?』
ドサッ…
視界を塞がれては困るのだと、伝えたつもりがそれは思っていた結果に繋がらず
突然腕の中から響いた大声に少年は驚愕し、巻き付けていた腕を咄嗟に広げると今度こそ大きく均衡を崩し、少年は背中から地面に着地
『ぃ…痛えぇ…。』
のろのろと上半身を起こして背中を押さえて呻く少年に、次こそは安心させようと男は挨拶代わりに声をかけた
「おはよう!元気そうでなにより!」
『はぁ?!何処が元気だっ…ぅ…腹…痛ぇ…。』
かけた言葉に反応はしても、打ち付けた背中と腹を押さえながら痛そうに呻く少年
そういえば昨夜、思い切り腹を殴りつけたのだったと、男は思い出す
「腹が痛いのは昨夜、俺が君の腹を殴ったからだ!」
『!あーそれで、……………は?……なんで……、』
頭上から声高らかに腹を殴ったと宣言され、少年は腹を抱えたままあんぐりと口を開けた
確かに、身体に残る鈍い痛みは、食べ過ぎや胃もたれとは違う痛み
自分が殴られた、というのは事実であると取り敢えずは認識
でも、浮かんだ疑問に少年は首を傾ける
何故、そんな事をされたのだ?と
『殴っ……え?』
まさか知らぬうちに、この謎の男に喧嘩でも吹っかけてしまったのか
(いやいやそれはねーだろ?)
思いつつ、絶対しない自信もなかった
でも、最近はしていない……多分
その確信を得る為に、地べたに座り込んだままこれまでの記憶を懸命に呼び起こす
が、何故だか記憶がふわふわと曖昧ではっきりとしない
頭の中に霞がかっているというのか、目が覚めたその前の出来事が思い出せない
何がどうなって、腹を殴られるに至ったか
一つも分からない
どれだけ眠っていたのか、その前は何をしていたのか、何処で腹を殴られたのか
何も繋がらない
(なんだコレ、気持ちわりぃ……、)
暗い海の中を、宛もなく漂うような
えも言われぬ不安と気持ち悪さに、少年は黙り込む
「どうかしたか!」
その様子に、身体の調子でも悪いのかと男も首を傾け声をかけた
『ちょ、黙って。』
「む?」
『考え事してっから。』
「そうか!!」
良かった、少年は元気らしい
考え事をしているならば、多少此方も待つことにしよう、彼にも心の整理の時間が必要だ
男は一つ、大きく頷いた
「うむ!!暫し待とう!!」
『うるせえ。』
「……………………。」
『……………………。』
了解したと伝えた返事に、少年からの『うるせえ。』の一言
素直を口を噤んだ男は、特に見る物もないので足元に蹲る少年の後頭部をじぃっと見ていた
その間に、うんうんと唸り考える少年
「…………そろそろいいか!!」
待てと言われて間も無いがこの男、相当にせっかちなのか早々に痺れを切らして少年に問いかける
心の整理の時間とは、なんだったのか?
すると、男の声に反応したのか少年はその場にゆっくり立ち上がった
『……帰んなきゃ……、』
ポツリと呟き、顔を上げた少年
『よく、分かんねーけど、』
結局、心の整理の時間内には何も思い出せなかったらしいが、自分がしなければならないのは帰宅、ということだけは確信したのだ
『…とにかく、家帰んなきゃ……!』
何処で、どのぐらい寝ていたのだろう?
帰宅を確信した途端に、妙に冴え渡り出した頭の中
───おはよう?
───昨夜?
だったら、瞼に痛い明るい陽射しは夕陽ではない
それを認識した少年の背中に、冷汗が流れる
自分の格好は……
『?!なんっじゃこりゃっ?!』
カピカピの泥だらけ
これには少年も想定外
だけど、身に着けているのは見慣れたランニングウェアとスニーカー
この汚れ方は想定外だが、走った後か?
ともかく、いつものランニング時間から最低でも半日は過ぎている可能性
『やば、やばい…で、電話、』
動揺
狼狽
腰の辺りをまさぐりだして
少年はふと我に返る
はて現在地は?と、少しの冷静さを取り戻したのだ
『…………………………あ?』
しかし無情にも、戻りかけた冷静さは即座に打ち捨てられてしまった
「…ちょっと邪魔、」
『む?』
目の前に突っ立っている邪魔な男を押し退け、目を凝らしてもう一度周囲を確認
続いて強い違和感に襲われ、少年は静止
『………………思ってたんと、違うな……、』
此処が何処だかの検討が有った訳では無い
それでも、どんなに遠出してたとしても何となくどうにか帰れる場所に居るんだろうと思っていたのだ
思っていたのに、目の前に広がる光景は
思ってたのと余りにもかけ離れていたのだから、上記の台詞以外に言葉が出なかった
視界いっぱいに並んだレトロな様式の建築物
道は舗装もされていない
辺りを行き交う人々は皆一様に和服姿で、何やら此方を伺いコソコソと噂話
目印になる様な大きな建物を探したが見当たらず、代わりに遠くに霞んだ山が見える
(………………山……?)
町並みはまるで田舎、という程度では済まない程に古めかしく、かといって建物自体に年季が入っている訳でもない、違和感だらけの光景だ
落ち着け、と吸い込んだ空気が
気の所為かもしれないが、今まで味わったことの無い味がする……気がする
『………え?』
記憶にある街の景色と似つかぬ景色に、思わず一歩後退る少年
ふと、少年はある事を思い出した
この焦燥感、これは以前に味わったことがある…と
そう、これは
電車で居眠りをして乗り過ごし、見知らぬ遠くの街へ辿り着いてしまった時の、あの気持ちに似ている
似てるけど
『どこだここ───っ?!?!』
町の中心で疑問を叫んだ少年
そんな少年の挙動を黙って眺めていた男
少年の動揺ぶりに無理もあるまいと少し笑い、安心しろとばかりにその肩に手を置いて声をかけた
「大丈夫だ!!!」
『?!うるさっ!何っ?!!』
「家には帰してあげよう!!だが先ずは俺と共に来てもらいたい!!聞きたい事があるんだ!!!」
『耳痛い!!』
背後から至近距離の大音量に慌てて耳を塞ぎ、此方のことなどお構いなしに喋る男の存在に、若干苛っとした
いやそれよりも
(……そういやコイツ
───人のこと殴ったって、言った?)
聞き捨てならない言葉
(…………コイツ…………誰?)
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