鬼狩り
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──────……
時刻は六つ時に差し掛かる
鬼狩りの男は、沈みゆく太陽を静かに見つめていた
この美しい夕暮れが過ぎれば鬼の活動時間になる
動きだす鬼共の気配を逃すまいと神経を研ぎ澄まし、さてと神社の敷地内へと足を進める
家主の話から、新月の鬼が出没する候補地は三箇所に絞られた
町から北東に位置する神社、そこから五里西に位置する神社と対角に八里離れた所にある神社
現在、鬼狩りがいるのは町の北東に位置する神社
漸く絞られた候補地に、では次の新月はいつかと家主に確認すれば、まさに今夜がそうだという
鬼狩りは急ぎ【鬼殺隊本部】へ伝令を飛ばし、二名の応援の隊士を要請
今頃は応援の隊士も各神社に控えているだろう
当初はこの討伐に数十人と人員が必要かと思われたが、三名に抑えられたのは不幸中の幸いと言うべきか
空は段々と、橙から濃紺が増してゆく
登ることのない月
今夜は月明かりを頼る事は出来ない
男は静かに目を閉じて、鬼の出現を待った
どれほど、そうしていただろう
目を開くと辺りは既に夜の闇に包まれ、冷たい風がそよぐ
星の位置からあれから三刻程は過ぎているが、未だに鬼の現れる気配がない
「…ここではないのか。」
此処でないのなら別の神社に現れているのか?
しかし、【鴉】が来る気配もない
では、未だどこにも鬼は現れていないということだ
「うーむ。」
待つことに慣れてはいるが、こうも静かな夜は珍しく、多少の手持ち無沙汰な感は否めない
敷地内の何処に出現するかも分からない、僅かな変化でもないかと周囲を見渡すと、ふと、寂れた本殿が男の目に入った
気配を探りながら徐に本殿に向かい、建付けの悪い引戸を開けると、途端に男の鼻を突く埃とカビの臭い
羽織の裾を口当て代わりに真っ暗な本殿の奥に足を進めると、正面にぽつんと注連縄の飾られた小さな台座
辺りに気を配りつつなんとはなしに近づいてみれば、台座の横に木で彫られた人形が転がっているのを見つけた
恐らく、この神社の御神体ではないか
見るに、この神社には長らく人が手入れした様子がなく、本来なら本殿奥に祀られているはずの御神体が無造作に置かれている、その事が男は何故か気にかかった
「む、可哀想に。」
そう信心深い訳でもないのだが、せめて寂しく転がっている御神体を台座の上に直してやろうと近づき、手を触れる
バキッ!
「っな」
掴もうと男が触れた瞬間、乾いた音を立てて真っ二つに割れた御神体
意図せず罰当たりな事をしてしまったと男が慌てた瞬間
ぶわ、と全身の毛が逆立つ
自身を中心に周囲に広がった、異様な空気
「なんだ?!」
それは、一瞬にして静かな夜の気配を飲み込み、覆い尽くした
男は素早く左手を鞘に添え鯉口を切ると、何時でも刀を振り抜けるよう柄を握り、腰を落として周囲を見渡す
「血鬼術か?」
そう呟くと同時に、今まで感じる事のなかった二つの気配が突如、林の中に現れた
一つは鬼のそれだと、気付いた瞬間に男は本殿から飛び出した
何故、今まで気付かなかった…!
「不甲斐なし!!」
方向を見定め、手水舎の裏
星明かりさえ届かぬ暗い林の中へ
行く手を阻む木々を切り倒し、一直線に男は走り抜ける
足場の悪い林を目標に向かい真っ直ぐに、鬼の捕捉まであと僅かと迫った
その時
前方にあったはずの鬼の気配が掻き消えてしまった
「逃げたか!」
残る人の気配に生存を確認し安堵するも、鬼を取り逃してしまったことに眉根を寄せる
やがて目的地に到着すると、恐らく鬼によって連れてこられただろう人物が、ともすれば周りの木々に溶け込んでしまいそうに静かに佇んでいた
背格好から、歳若い少年に見える
「少年!大丈夫か!」
近づきながら大きな声で話しかけるが、少年の反応がない
「ん?怪我はないか?」
死んでいれば気配を感じることはない、その上自身の足で立っているのだから生存は間違いないが、此方の呼びかけに振り向く様子が一向にみられない
はて聞こえなかったのだろうか?と首を傾げ、亡霊のようにただただ立ち尽くす少年の背後から前へ回り込む
「聞こえなかったか!!」
いくら放心状態であっても、大抵はこの至近距離で声をかけると驚愕に顔を上げる者が殆どだが
『…………………、』
「うむ!聞こえなかったみたいだな!!」
ここまで反応がないのは初めてだ
とりあえず顔色の確認でも、と改めて視界に映した彼の姿は全身泥だらけ
夜目の効く状態でも、これでは顔色の判別までは少々難しい
確認出来たのは命に関わる大きな怪我はなさそうだ、ということだけ
一先ずは、目的の半分は達成されたと言えよう
「うむ!無事で何より!!」
しかし、相変わらず立ち尽くしたままのこの少年
恐らく鬼と対峙した所為だろう、大きく見開かれた眼は光を失い、弛緩しダラりと下げられた腕
なるほど、余程怖い思いをしたのか無理もないとそれは男も理解はしたのだが、彼は新月の鬼と関わった唯一の生存者で目撃者だ
此方も色々と聞きたい事がある、何とか正気を戻してもらえないかと男は再び少年に話しかけた
「少年!もう鬼はいない!安心するといい!!」
男の大声にぴくり、と少年の身体が反応を示した
やがて虚ろだった瞳に段々と光が宿り、目の前の自分と視線が重なった
良かった、どうにか正気を取り戻したか
と安堵した瞬間
ヒュ……
空を切る音と同時に、目の前に拳が迫っていた
「!っ!!」
すんでのところでそれを避け、少年を見れば
「……うむ!!」
───これは、錯乱しているな!
彼は今、人と鬼の区別がついていない
虚ろだった瞳にはギラギラと生気に溢れ
その奥に、自分に向けられる敵意が窺える
弛緩していたはずの腕には硬く握り込んだ拳
棒立ちだった足は力強く地に構え、今にも顔面に跳ね上がってきそうだ
「少年!俺は鬼ではない!!」
被害者が恐怖に錯乱状態に陥る、こうした事態は良くあることだった
少年の突然の行動にさして驚く様子はなく、男は冷静に話しかける
しかし声が届いていないようで変わらず男を攻撃し続ける少年
繰り出される拳や蹴りを受け流しながら、男はどう少年を落ち着かせようか悩んだ
この少年は武道の心得があるようだが、此方は有無を言わさず拘束することも可能
「落ち着け少年!話を聞いて欲しい!!」
しかし彼は武力を持って制する相手ではなく、あくまでも鬼の被害者であり、男にとっては保護対象だ
出来るだけ手荒な真似は避けたいと、男は尚も少年との意志の疎通を図る
「待てと言うに!!」
一際声を張り上げ、男は向かってきた少年の突きを手首を掴み制止
さて次はどう来るかと男は攻撃に備えたが以降、少年の動きはぴたりと止まったまま
漸く自分の声が届いたのか
ほ、と安堵し、男はなるべく怖がらせないよう静かに話かける
「鬼はいない、もう大丈夫だ少年。」
それを聞き、泥塗れの顔をゆらりと上げた少年
再び交えた視線、覗いた瞳の中には未だ燻る興奮がみえるが、聞く耳があるなら間もなくそれもなりを潜めよう
「落ち着いてくれて良かった。大変な思いをした直後ですまないが、少年に聞きたい事がある。」
『…どいつも…こいつも…』
此処で初めて、男は少年の声を聞いた
想像よりも、それは幾分か高い声だった
「?…どうした少年。」
『っ失礼なんだよっ!!』
吠えたと同時に、瞬時に詰められた少年との距離
咄嗟に男が身構え、少年の次なる挙動に備えた瞬間
「むっ?!」
確かに掴んでいたはずの手首の感触が、忽然と掌から消えてしまった
男は瞠目し、自身の掌を二、三開閉し
一体何が起こったのかと信じられないものを見るように少年へと視線を移すと
「なんと!!」
少年は此方との距離を充分に確保し、既に攻撃態勢に移っている
決して、力を緩めたつもりは無い
それでもいとも簡単に拘束を解かれてしまった事に、男は驚愕し
「少年!!君凄いな!!」
素直に称賛した
当惑よりも
容易に拘束を解かれた自身の不甲斐なさよりも、湧いて出てきた少年への強い関心
再び向かってきた少年のその挙動に目を凝らし、男はそれを受けて立たんと態勢を引く構える