鬼狩り
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その噂を聞いたのは昼餉時、担当地区の見廻りを終え帰りに藤の家紋の家で休憩を取っている時だった
用意された食事も粗方腹に収まった頃に、襖越しに声がかかった
「鬼狩り様、お寛ぎの所申し訳ありません。お耳に入れたい事がございます。」
食事の最後に汁物を啜っていた所だった
椀に口を付けたままチラリと視線をやると、薄紫の藤の花と二羽の鵯が仲睦まじげに囀り合う見事な襖絵
胸の内で感嘆の声を挙げたものの、此処へ辿り着いていの一番に食事を所望した故か、この立派な襖絵に気付かないとは、我ながら些か雅さに欠けていると、汁物を啜りつつ改めてまじまじと藤を眺めていた
「少々お時間頂戴出来ますか?」
遠慮がちな催促に、椀の残りをゴクリと一気に飲み干し、口を拭って襖に声を掛ける
「入りなさい!」
そう声をかけると静かに襖が開き、二羽の鵯が暫し別れを告げて、代わりに膝まづいたままの初老の男が姿を表した
恐らくこの家の家主であろう、カチャリと箸と椀を起くと、"鬼狩り"と呼ばれた男もまた家主に向き直る
「…鬼の被害だろうか!」
そう当たりをつけて聞くと、家主は特に驚きもせずこくりと頷く
藤の家は代々鬼狩りを支援する家系だ、その所以は彼等の祖先が鬼狩りに助けられたことに寄るが、大変に義理堅いことに、今現在に至るまで長く恩を返してくれている
衣食住の世話のみならず、怪我の療養や医者の手配まで
そして、各地に散らばる藤の家からは、時折こうして鬼の情報も提供してもらっている
「ここら一帯の鬼は昨夜片付けたが!」
「はい、それは存じております。」
「では?」
「新月の鬼でございます。」
そう告げた家主は僅かに顔を上げ、はっと心奪われたように目を見開いた
積み上げられた空の食器も常人であれば驚愕ものであるが、それよりも鬼狩りの持つ風貌に目を奪われてしまったのだ
連獅子を思わせる豊かな金色の髪、紅玉髄色の瞳の奥は灯る炎の如く力強い
その凛々しい容姿だけでは無く、鬼狩りの持つ雰囲気にも家主は圧倒され、暫しの間言葉を失う
今まで、幾人もの鬼狩りを受け入れて来たからこそ分かる
恐らく彼は、鬼狩りの最高位に位置する人物であることを
「新月の鬼、とは何の事だ!」
「失礼しました、申し上げます。」
鬼狩りの大きな声に我に返った家主は、慌てて頭を下げた
貴重な時間を割いて貰えたことへ恐縮し、事の状況を説明した
「新月の鬼とは、私共藤の家紋に連なる者達が名付けました。」
「どういう意味だろうか!」
「この鬼は、必ず新月の晩に現れ人を喰らい…、」
そして、とやや間を空けて困った様に言葉を紡いだ
「現在かなりの広範囲で被害が出ているようなのです。」
「…広範囲?それは珍しい!」
と言うのも、本来鬼は闇夜に紛れ人を喰う為か単独行動をするものが多い
稀に群れを成すものもいるが少数で、それらはそれぞれに縄張りを持っていることが殆どである
「広範囲の被害となると縄張りを持たぬ鬼のようだが、本当に同じ鬼の仕業なのか!」
故に鬼狩りがつい疑ってしまうのは当然のことで、家主もそれに心外であるとは思わない
「はい恐らく。」
鬼狩りの質問に曖昧に答えつつも、家主のその声には確信めいた強さが感じられる
つまり、確信する何か理由があるのだろう
「ふむ、何故そう思ったのか聞かせて欲しい!」
「はい、これは各地の藤の家から集めた情報です。」
そして家主は更に深く頭をさげ、ゆっくりと新月の鬼について語り始めた
──────……
鬼狩りに対し家主が語った新月の鬼の情報は
なんとも奇妙な内容だった
家主が言うには鬼は新月の晩にのみ現れ、全国各地で被害があったそうだ
しかし、そのどれもが必ず神社の敷地内で捕食されており、被害は一晩に一人
また、被害者の遺品から身元を調べるも近隣の住人には該当せず、調べる内に分かったのは、多くの被害者が現場から遥か遠くに住まう者だったという事
「なるほど!」
見せる表情に変化は無いが、視線はやや上向きに顎に手を添えて、鬼狩りは家主の言葉を頭の中で巡らせていた
新月と神社と言う共通点
そこへ無作為に現れる奇妙な鬼の動きは、恐らく捕食以外の別の目的がある、そう見ていいだろう
しかし
「新月の日に神社に現れるとは何か目的がある様だが、さっぱりわからない!その上次はどの神社に鬼が現れるか検討がつかん!」
縄張りを持たない鬼は、捕捉が難しい
この鬼の動きから目撃情報を聞いた時には既に鬼は姿を消した後だろう
それならば、鬼の出現を事前に待ち伏せする必要がある
神社に現れる事が分かっているのなら各地へ一斉に鬼狩りを派遣するのが手っ取り早いが、全ての神社に派遣できるほどの人員は、今のところ確保出来ない状況
更に神社以外に現れる鬼を放置して、そこに人員を割くことも難しい
出来れば人が拐われる前に捕捉したい所だが、それこそ不可能だ
神社で捕食されている事は分かっている、そこを捉える他ない
さてどうやって新月の鬼を捕捉するべきか、と鬼狩りが頭を悩ませていると
「鬼狩り様、これは断定出来ない事なのですが…」
家主から更なる情報が語られた
「なんだ!」
「鬼は同じ神社には二度と現れません。」
「そうか!それならば、候補は絞れる!」
候補が絞れれば、人が少なくとも対処は可能だ
では残りは何処か、そう尋ねると家主は予め持っていたのだろう近隣の地図を懐から取りだし卓に広げた
「この、三箇所です。」
「これは…。」
家主の指し示した候補地に鬼狩りは目を見開く
それは、今いる町を中心に各方面に三つ、それぞれここから四里と離れていない場所だった
「残りは、この三箇所だけか!」
「はい、各地の藤の家から情報を集め、残りはこの三箇所と予想されます。」
「そうか、随分と被害が出てしまったのだな!」
「申し訳ありません、密に連携は取っておりましたが…」
「いや、主人のせいではない、良く情報を集めてくれた!」
思った以上の被害の多さに、鬼狩りの眉間に僅かに寄った皺
それを見た家主はすまなそうに頭を下げたが、全国の藤の家と連絡を取り、鬼の情報をここまで調べあげ、共通点を見出すには相当時間がかかったことだろう
その働きに鬼狩りは、感謝する、と頭を下げると慌てて家主は頭をあげるよう促した
「とんでもございません頭をあげてください!私共には、このような事しか出来ませんので。」
そう言って、家主は再び深く頭を下げた
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