鬼狩り
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幾度かの攻撃を躱しながら、男は少年の動きを食い入るように見ていた
我を失った我武者羅な攻撃
一見すれば無闇矢鱈とも思えるが、よくよく見れば少年は確実に人体の急所を狙っている
顔面、頚椎、脇腹、鳩尾、膝…
どれも当たれば相手の動きを止めるのに有効な場所、男はそれ等を上手く躱しながら
何故?
年端も行かぬ少年にそのような所業が成せるのだろうと考える
「うーむ、」
錯乱状態にありながら正確に急所を狙うなんて
思い付くのは、彼は常にそうせねばならない状況に身を置き、癖となっているということ
それならば自分に対し警戒が解かれないのも分かるし、拘束から逃れる術を修得していてもおかしくはない
どんな経緯があってそれを会得するに至ったかは、今は考える時ではないが
拘束を解かれたことを切っ掛けに、男の脳内を様々巡る思考
「!!うむ!!そうかなるほど!!分かった少年!!君にも諸々事情があるということか!!今は深くは聞くまい!!だが此方にも事情があってだな!!」
などと言っても、攻撃の勢いは留まることはなく、敵意の消えない眼光鋭い眼差しに、此方の話に耳を傾けてくれる気は無さそうだと、どうしたものかと再び男は頭を悩ませる
嗚呼しかしその集中力たるや、彼に刀を持たせたらさぞかし優秀な隊士になるのではなかろうか
と、
少し先の、あるかもしれない未来を思い描いている間に
「む?!」
気付けば少年は男の目の前から消えていた
気配に上を向けば、いつの間にか男の頭上より高い位置まで飛び上がり大きく右脚を振り上げている
のらりくらりと躱していたら
痺れを切らしてトドメに脳天を狙ってきたか
「むう?!高い!!」
落下と共に脳天目掛けて勢い良く振り下ろされた踵
ドスッ!!
「?!むんっ!!」
咄嗟に腕を交差させて受け止めた
が、少年の攻撃は存外に重く、男の腕を僅かに痺れさせた
「見事なり!!」
だが、それが無意識に男の身体を動かし、少年の鳩尾に勢い良く拳を打ち込む結果となった
『…ぁぐ!』
「む、しまった!」
意図せず反撃してしまった事に気づいた時には、既に少年は地面に叩きつけられぐったり横たわり、これはいかんと慌てて駆け寄って顔を覗き込むが、少年の敵意に満ちた瞳は閉じられて
「すまないっ!!!」
謝罪の声も虚しく、恐らく、口をついて出た先程の賞賛の声も彼には届かなかっただろう
この男にもまた、長年に渡り身体に染み付いた癖があるのだ
「…よもや、拘束された状態から攻撃を仕掛けてくるとは…」
気絶してしまっては話しも聞けない
上空を旋回する一羽の鴉に合図を送り、男は少年の傍らまた一人何やら思案する
彼を一般人だと思い油断していたとはいえ、予想外の少年の身体能力の高さには驚かされた
思わず此方の手が出てしまったのだから
「うーむ、なんともはや…、面白い少年が居たものだ!」
そう言いながら男は遠ざかる鴉の先、密やかに瞬く星の位置を確認すると、もう後一刻程で空も白み始める時刻
何処へか姿を晦ました新月の鬼
生き残っていた奇妙な少年
出づる日輪に向かい、浅く溜息一つ
「…夜が明ける。」
林を抜けて本殿へ戻ると、男は夜が明け切る迄の一刻と少しの間をそこで過ごした
鬼は同じ場所には現れない
とは聞いたものの、断定出来ぬと言った家主の言葉に万一を考えたのだ
何より、確かに有った鬼の気配と、其れを取り逃してしまったという事が悔しかった
日の当たらぬ場所に現れるかもしれない、再び現れた時には必ず仕留めてくれようと、じっと気配を探し続けていた
やがて、戸の隙間から日の光が差し込み始め、囀る鳥の鳴き声に男は少し俯いた
「やはり現れないか、」
予想はしていたけれど、鬼狩りとしては悔いが残る
鬼の姿すら視認出来なかった
「こうなっては仕方あるまい!!」
勢い良く上げた顔には、憂いも見えぬ
先程の落胆は何処へやら
悔いは残るが、それはそれ
いつまでも下を見ていたって、何も変わりはしないのだ
男はさてと膝を打ち、傍らに寝かせた少年を見下ろした
漏れ入る陽射しの下で改めて確認するが、見事に泥に塗れてその素顔は謎に包まれたまま
しかしそんな事はさして問題ではない
重要なのは、この少年がここに存在しているということ
この少年は、新月の鬼と対峙しながらも運良く生き長らえた唯一の人間
本来ならば隠が生存者の世話をするが、鬼を取り逃してしまった以上、討伐が完了するまで帰す訳にいかない
鬼には何か目的があったはず
少年が生きているということは、其れが果たされなかった可能性が高い
つまり、鬼はこの少年に執着するかも知れない
ならば少年を、こちらで保護しなければ
少年が、再び鬼に狙われることになってはならない!!
なんて
少年を保護監督する最もらしい理由を並べてはいるが
所詮それは建前で
実のところ
男は個人的にこの少年に興味を抱いていた
錯乱していたとはいえ次々に繰り出される攻撃、高く跳躍した脚力、拘束を解いてからの素早い攻撃転換を思い出し、うむ、と一人頷く
あの身のこなし、敏捷性!まだまだ荒削りではあったが恐らく誰かに師事していた様子、このまま帰すには惜しい人材だ!
鍛錬を積み、隊士としてどこまで力を付けるのか是非ともこの目で見てみたい!!
「伸び代は充分だ!!そうだなあ、どんな稽古をつけようか、」
思わぬ所で思わぬ逸材の発見だ、柱と呼ばれる男にとってこれ程心躍ることはない
「身体が小さいから、先ずはたらふく飯を食べさせて…それから…、」
思い描く未来予想図は、太陽の如く明るい
鮮やかに描かれたその中に
たった一つ、盲点があるとすれば
本人の許可を取る
ということだけ
何故かそれだけは、この男には思い浮かばないのだ
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