御幸 一也
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「宮城先輩って、彼氏いんの?」
昼休み、私の前の席に座る御幸が話しかけてきた。
宮城先輩とは、私が所属する吹奏楽部の先輩で同じ楽器パートの先輩でもある。
中学時代からの仲でもあり、吹奏楽部の中では特に親しくしてもらっている人だ。
「………どう、だろ。」と濁す。
本当は、先輩に付き合っている人なんていない。
今現在、良い雰囲気の人もいないはず。
それなのに、はっきりと『いないよ』と伝えないのは、私が御幸に惚れているからで、御幸と先輩を取り持つなんてしたくなかった。
「えー、白石、先輩と仲良いんじゃねーの?」
「仲はいいけど、そう言う話は、しない…かな」
と笑って誤魔化す。
宮城先輩は、整った顔立ちで、身長は少し高めでスタイルも良く、モデルみたいな人で、私の憧れだ。
性格も、サバサバしており自分に厳しい人で、練習量は部一番な努力家。
私も、大好きで自慢の先輩である。
御幸は、この手の話はからっきしだと思っていたが、先輩に目をつけていたとは……
「まじかよ。どうすっかなぁ、白石が唯一の先輩との接点だと思ったのに…」
どうやって接点作るかなーと御幸は嘆く。
私はおまけかよ!と心の中でツッコミながら、御幸を見る。
…私なら、ずっと御幸を見てるのに。
喜んで御幸と付き合うのに。
私じゃ……、ダメなの?
1週間後、御幸がものすごい笑みを浮かべながら朝練から戻ってきた。
「白石!聞いて!」
「なになに、どしたの」
かわいいな、と思ってしまうが、これが惚れた弱みというやつだろうか。
「宮城先輩の連絡先ゲットしちゃった!」
そう言いながら、今の高校生で使ってるのは御幸しかいないんじゃないかと思うほど、世間で見慣れない携帯の画面をニヤニヤしながら見つめていた。
……………え?
「…ど、どうやって、、、?」
一気に崩れ落ちていきそうな気持ちを、食い止める。
「今日、朝練の帰りにたまたまグラウンドの前で見つけてさー。
思い切って連絡先聞いたら、俺のことも知っててくれて、交換してくれた!
去年は哲さんと同じクラスだったんだって!」
いつもに増して饒舌に話すのが、御幸の興奮を物語っている。
「そ、そうなんだ…よかった、ね。」と無理矢理笑顔を作る。
それからと言うもの、御幸は頻繁に先輩とメールのやり取りをしているらしく、毎日先輩の話題でもちきりだった。
笑顔で嬉しそうに話す御幸をよそに、私はそんな御幸を見るのがたまらなく辛かった。
御幸と先輩が仲良くなっていくのが気に食わなくて、かといって御幸に気持ちを伝える勇気もない。
御幸は誰のものでもなくて、ただただ先輩のことが好きで、きっと、その先も望んでいる。
そんな御幸を見るのが、私は、辛かったんだ。
ある日の部活終わり、宮城先輩と一緒に帰っていると、
「みゆって、野球部の御幸くんと同じクラスなんだっけ?」
と、先輩から急に御幸の話題が出てきた。
「え、と。はい、今は席も前後で毎日話したりしてます。」と、意味もないマウント。
「…御幸くんって、どんな人なの?」
俯きながら、少しだけ頬を赤らめる先輩は、どうやら御幸に好意を持ち始めているみたいだった。
こんな先輩は、今まで見たことなくて、可愛らしいと、思ってしまった。
御幸は先輩が大好きで、、、
先輩も御幸を好きになりかけていて、、、
ただのクラスメイトでしかない私には、2人の間に割り込むことなんて、きっと…できない。
「御幸ですか?」
『私も、御幸のこと好きですよ』
なんて言ったら、先輩はどう思うんだろう。
きっと私に気を遣って、御幸を避け始める。
私と御幸をくっつけようと、必死になるだろう。
……そんなの誰も、幸せになんかならないのに。
「友達はいなさそうだけど、いい奴ですよ。
部活バカって感じで、先輩みたいだし」
へらっと笑うと、誰が部活バカだ!と頭を叩かれる。
…先輩。
私ね、ずっと先輩みたいになりたいと思ってたんです。
トランペットが大好きで、誰よりも努力家で。
いつも結果を出してきている、かっこいいあなたに憧れていました。
何度、先輩になりたいと思ったことか。
…でも、今は。今だけは、今までよりもいちばん思う。
あなたになれれば、御幸に好きになってもらえる。
私が今いちばん望む、私じゃ一生手に入らないものを持ってる。
先輩は、私の欲しいものをいつも持ってるんです。
「先輩、もしかして御幸のこと好きになっちゃいました?
最近、連絡取ってるんですよね?御幸に聞きました」
と、意地の悪い笑みを浮かべ先輩に問い出す。
「え!?や。まだ好きとか、ではない…けど。
でも……どうだろうね。なれたらいいな、とは思ってるかも。」
空を見上げて、そう呟き微笑む先輩はとても綺麗で、私はまた、あなたになりたいと願ってしまった。
教室で御幸から先輩の話をされるのは日課になっていた。
今度のオフで出かけることになった、とか、先輩の誕生日にプレゼントを贈りたい、とか。
私の気も知らないで、御幸は私に先輩の話ばかりする。
先輩を思いながら、楽しそうにしたり不安そうにしたりする御幸を、ただ黙って見ていることしかできない自分が情けなくて、悔しくて、悲しい。
「決めた!俺、今度出かける時に告白する」
ある日の放課後、御幸が私にそう告げた。
いつかこの日が来るだろうと思っていた。
一生来てほしくないとも願った。
だけど先輩との会話の中にも、御幸の話題が増えてきて、この2人は、時間の問題なのだろうと思った。
「…そっか。頑張れ!御幸」精一杯の笑顔で返事をする。
「いろいろ相談乗ってくれてありがとな」
あなたから先輩の話を聞くのは辛いけど、御幸のためならいくらでも乗るよ。
「白石にも、好きな奴出来たら言ってよ」
あなたが、好きなの。
「なんでもするよ!」
あなたと、付き合いたい。
「白石は、マジでいい奴だから!
俺がそいつに、全力でお前をお勧めする」
あなたに、好きになってもらいたい。
そんなことを伝えられるはずもなく、ただ静かに『ありがとう』と呟いた。
3週間後、御幸と先輩が付き合い始めたとお互いから聞かされる。
おめでとう、なんて内心思ってもいないのに、口からは驚くほどすらすらと嘘が出る。
私以外誰もいない教室で、机に腰掛け、トランペット片手に1人佇む。
窓から見えるグラウンドには、いつもどおり野球部が練習している様子が見える。
その中には、もちろん御幸もいて。
私はいつものように御幸を目で追ってしまう。
彼の隣に立つのは、私ではなかった。
私は、選ばれなかった。
私の大好きな人の隣には、私の大好きな人が選ばれた。
嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
私はなんて、心の汚い人間なのだろう。
それが御幸にも先輩にもバレないように。
これから先、彼に届くことのない2文字の言葉をそっと呟きながら、私の恋が、終わりを告げた。