成宮 鳴
いい夢見てね
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『別れよう。』
何年経ってもあの日の言葉が忘れられない。
いつになったら私は前に進めるんだろう。
今はもう、あなたの活躍を画面越しで見ることしかできないのに。
あの日、本当の気持ちを伝えていたら何かがかわったのかな、
なんて、無意味なことを考える。
もし、あなたに会えるのなら、あの日伝えられなかったことを伝えたい。
ー5年前 高校3年冬ー
「…あのね、鳴。私、宮城県の大学に行くことにしたの。」
「…………は?」
野球雑誌を読んでいた視線を私へと移し、ギロリと睨む。
「ごめん…本当はもっと早く言わなきゃって思ってたんだけど。
なかなか言うタイミングなくて。
鳴も、部活引退してから忙しそうだったし。
ついこないだドラフトも終わったばかりで、なかなか時間なくて…」
鳴は、先月のドラフト会議で福岡県にあるプロ野球チームの1位指名を受け、
来年から福岡県に行くことが決まった。
離れ離れになるのは覚悟していたけど、
まさかここまで離れ離れになるとは思っていなかった。
「………」
視線を私から雑誌に戻したが、鳴は無言のまま何も言おうとしない。
沈黙が、鳴の怒りを表している。
何か言わないといけないのはわかっているが、何も言葉が出てこない。
「……め、鳴?」
精一杯出した言葉も、名前を呼ぶことしかできない。
「俺がどこ行っても、同じ県の大学行くって言ってなかった?」
雑誌を閉じ、再度私に視線を向ける。
真っ直ぐに見つめられ、目を逸らせない。
「なのに、宮城?なにそれ。聞いてないんだけど。」
「私の、やりたいことがそこにあって、、」
はぁ、と盛大にため息をつく。
「てことはなに。
俺の話に合わせてただけで、初めから決まってたってこと?」
「そういうわけじゃ…でも、ずっと悩んでた」
「そんなこと言ってなかったじゃん。なんで言ってくんなかったの?
俺だけあんな浮かれて、バカみたいじゃん」
鳴は、寂しそうな辛そうな、そしてどこか冷めたような顔をしていた。
「ちがう!本当に悩んでて…」
「…それで?みゆはどうしたいわけ?
俺が福岡行くことは変えられない。
みゆが宮城に行くの変えるつもりもない。
しかも、受験までもう時間もないんでしょ?
俺のことなんて考えてる場合じゃないでしょ」
まるで知らない人みたいに冷たい表情で淡々と話す。
「どう、したいのかは…わからない。」
「は?」
本日2度目の、先程よりも冷たい視線。
「わかんないって何?自分のことでしょ?」
いつもと違う怖い声で、表情で、私を問い詰める。
それに耐えきれず、涙がこぼれ落ちる。
「……泣かないでよ。泣きたいのは、こっちなんだけど」
「ごっ、ごめ…」
「みゆ。…少し、距離置こっか。
お互いに、これからのことをしっかり考えよ」
「え?」
顔を上げると、鳴が今まで見たことない程の辛そうな顔をしていた。
「俺、今、冷静に考えらんないから」
「…め、い」
『ごめん』と言い、鳴は部屋から出ていった。
その日から、鳴から連絡が来ることはなく、私から連絡することもなかった。
友達からは、別れたの?と聞かれたが、
別れたかどうかも私にはわからない。
距離を置くということが、そうなのだろうか。
学校で鳴の姿を見ることはほとんどなくて、
今、どう過ごしているのかも私にはわからない。
………こんなの、彼女って言えないよね。
それでも時間は過ぎていき、ついに卒業式を迎えた。
私の大学先も決まり、あとは引越しの準備などに取りかかるのみになったが、
それでも鳴との関係は曖昧なまま変わらない。
そして何ヶ月ぶりかの、鳴から連絡。
『今日、18時の新幹線で、福岡に行くよ。
17時に、稲実公園で待ってる』
これがきっと、最後になるのだろうか。
鳴は福岡へ、私は宮城へ。
結局、お互い別々の道に進むことになってしまった。
「鳴」
「…みゆ。」
久しぶりに見た鳴は、どことなく大人っぽい雰囲気になった気がする。
ガタイも、少しよくなっていた。
「久しぶりだね。」
「しばらく、寮に引きこもって自主練とか、してたからね」
「そっか。」
「宮城行くの、決まったみたいだな、おめでと。
すごい勉強頑張ってたって、カルロスが言ってたよ」
…なんでそんなに、辛そうに笑うの。
そんな顔は、見たくない。
「っ鳴!!私、」そこまで言いかけ、ぐっと言葉を飲み込み、俯く。
この数ヶ月、鳴と離れて考えていた。
そして、わかったことがある。
本当は、鳴とずっと一緒にいたい。
野球を頑張る鳴を、1番に応援したい。
側にいられなくても、鳴にどこへも行ってほしくない。
だけど私も、譲れないものがある。
けど、これを伝えてしまえば、
鳴を苦しめることになるのがわかっているから、伝えられない。
鳴は優しく微笑み、私をぎゅっと抱きしめた。
その手はどこか震えているように感じて、私も抱きしめ返す。
「俺は、今でもみゆが大好きだよ。
本当は、こんなこと全然望んでないけどさ。
みゆが、俺のことを思ってくれて出した答えだってのも、
…本当はわかってる。」
自分に言い聞かせるように、ポツリポツリと呟く。
抱きしめる力が少しだけ強くなる。
「…遠いなぁ」
「…私は、画面越しで鳴を見られるけどね」
「ほんっと、生意気なんだから」
「…鳴には、敵わないよ」
「みゆ、…ありがとう。」
「…わた、し、のほうが。
たくさん…ありがとう……だ、よ。」
堪えていたものが、一気に溢れ出る。
そしてこの2年の記憶が一気に蘇る。
初めて鳴と出会った時のこと。
初めて鳴とキスをした時のこと。
しょうもないことでたくさん喧嘩したこと。
その度に仲直りして愛を深めたこと。
甲子園で負けて部活に行かなくなった時も、
秋大会で敗退して涙を流した時も、
その度にいつも、乗り越えていたとこを見てきた。
私はいろんな鳴を知ってるよ。
彼氏である鳴も、野球部のエースである鳴も、ただの男子高校生である鳴も。
本当は今も変わらず鳴のことが大好きで、大切なの。
そんなことを、今更、実感させられる。
「鳴。…頑張って、ね。」
「すぐに、一軍入って活躍するよ」
「誰にも、負けないで」
「もう、負けないよ」
「ずっと、野球を好きでいてね」
「みゆ以外に好きなものなんて、これから先も野球しかないよ」
「ずっとずっと。応援、してる」
「俺も、応援してる。
………じゃあな、みゆ。」
鳴との時間が、終わってしまう。
本当は終わらせたくない。これで終わってほしくない。
だけど、終わらせる以外の選択肢が今の私たちにはわからない。
いちばん辛い言葉を、鳴に言わせてごめん。
『別れよう。』
そう言うと同時に体を離し、私に背を向け歩き出した。
鳴が公園から見えなくなるのを、ただひたすら見つめるしかできなかった。
振り返ることなく進む鳴は、今までよりもいちばんかっこよく見えた。
本当に、大好きだったよ。
鳴に会えて、毎日が幸せだったよ。
私の高校生活は、鳴で埋め尽くされている。
鳴に出会えてよかったと、心の底から思ってる。
ありがとう。ばいばい
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