ヒロインの名前
お姉ちゃんは心配性
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『もしもし、兄貴?』
『何や、和弘』
声からして不安がっているのが伝わってくる。
お前の考えていることは電話越しだろうと何でもわかる。
大丈夫っちゃ。兄ちゃんにまかせとけ……。
『さっき、姉ちゃんにあのこと 話したんやけど』
あのこと。
数日前に和弘から告げられた話を思い出し、瞬く間に全身に緊張が走った。
『それから何か様子がおかしくて……』
「姉ちゃんの様子がおかしいんはいつものことやろ」
動揺を悟られないよう精一杯平静を装い、穏やかな声を作ることに意識を全集中する。
「落ち着いて話せばちゃんとわかってくれるちゃ。俺からも言うとくけ、お前は心配せんでええ」
『……ありがとう。やっぱり、先に兄貴に話しといてよかった』
和弘よ、俺のことを頼ってくれているのか。
兄としてこれ以上の喜びがあるだろうか。
でもな、和弘。
今回ばかりは、取り乱した姉の心中が手に取るようにわかるのだ……。
電話を切って数分後。
真島家の別宅である高級マンションの一室を訪れる人間がいた。
「秀樹……」
姉は合鍵で玄関から入りリビングでくつろぐ秀樹の前に姿を現した。
「来たな、姉ちゃん」
秀樹は壁際のソファーに身体を預け、手に持っている煙草に口をつけた。
姉は一直線に秀樹に向かってきたかと思うと、壁に手をつき身を迫らせた。
「あんた、和弘くんに彼女がおるち知っとーとや……?」
目が完全に据わっている。
秀樹がじろりと睨み返しても一向に怯まない。
「俺も先週本人から聞いたところや」
「なんでその時私に教えてくれんかったと?」
「姉ちゃんには自分から言うち、和弘に釘さされたけえ」
和弘の意思だと言われては返す言葉もなく、姉はぐっと詰まった。
『紹介したい人がおるっちゃ』
『彼女に会ってほしいっちゃ』
薮から棒。
寝耳に水。
青天の霹靂。
その後和弘と何を話したのか全く記憶にない。気がついたら秀樹のいる別宅に向かっていた。
甚だ不本意ではあるが、私の胸中に渦巻く感情の嵐を理解し共感してくれるのはこの世でただ一人、秀樹だけだからだ。
『姉ちゃんには自分から言うち、和弘に釘さされたけえ』
その一言のおかげで少し落ち着きを取り戻し、ソファーに腰をかけた。秀樹とははす向かいの位置で、勧められたアイスコーヒーを一口飲むと脱力したようにソファーの背もたれに身を委ねた。
「あんたの気持ちはようわかる」
秀樹がおもむろに口を開いた。
「和弘の嫁は親父と俺で見つけてやるつもりやったのに……。またあいつは俺の気持ちを無下にしくさって……」
話しているうちに思い出してきたのか、こみ上げてくる怒りに身を震わせる。こいつがアイスコーヒーを飲んでいなくてよかった。もし飲んでいたらグラスを握り潰し、今頃カーペットはコーヒーと血の色に染まっていただろう。
その様子が却って私を冷静にさせた。
「他人のこと言えんけど、あんたも大概ヤバいっちゃね」
「しゃーしか」
「嫁って、和弘くんまだ19っちゃろ」
「親父は結婚早かったけ、そう遠い未来やなかろう」
父が22歳の時に私が産まれたことを考えると、今の和弘の年の頃には私の母と知り合っていたかもしれない。
それに、と秀樹は付け加えた。
「和弘もそう思っとるけん、このタイミングで俺らに紹介するんやろ。その後は親父とお袋にも会わせるつもりやろうな」
言いながら立ち上がると、近くの棚から書類を取り出しテーブルの上に投げおいた。表紙には『身辺調査報告書』とある。
「彼女の素行調査しよったと?」
「読むか?」
考えるまでもなく、私は首を横に振った。
「その代わり、二つだけ教えて」
「何ち?」
「二人はどこで知りおーたかと、彼女の方はお金目当てでつきあってるんか」
秀樹は煙草の煙をくゆらせながら私の質問に答えてくれた。
「女は、和弘が行っとった高校の近くにあるコンビニの店員ちゃ。スクーリングのたびに買い物するうちに顔見知りになったらしい。それと」
テーブルの上の報告書のページをめくり、ここを読めと言わんばかりにトントンと指で叩いた。
「数日調べただけやけ、徹底的に身辺を洗ったとは言いがたいが……、これ読む限りでは金目当てっちゅうんはなさそうやな」
和弘はこの春に通信制の高校を卒業したのだった。月に一度のスクーリングにも欠かさず通っていて、仕事もあるのによくやっていると感心したが、案外、彼女に会うのが目当てだったのかもしれない。
私が高校進学を勧めたのは、彼女を作るためじゃなかったんだけど、と嫌みの一つも言いたくもなるものだ。
「純粋に好き合ってるってことか……。一番やっかいばい」
「どういう意味や?」
「……あんた、お父さんと私の母親のこと、知っとーと?」
いきなり親の話になったので秀樹は要領を得ない顔をしながらも『周りから反対されて、駆け落ちしたことくらいしか』と答えた。
真島家では、私の実母についての話題はタブーだった。
「母親の方は家族、親戚、友達、地元の縁、全部捨ててお父さんと一緒になったけど……、結局うまくいかんかった」
私がお腹にいる時から既に母は父とは暮らしておらず、出産後に離婚が成立したという。母は地元にも戻れず、頼る人もいない博多で一人で私を育てた。一方父は、親に勧められた相手と再婚し、秀樹と和弘が産まれた……。
父と私の母がどうして別れたのかは、誰も教えてくれない。
「二人とも二十歳かそこらで、女の方は堅気の家の人間で……、和弘くんらと同じたい」
正確には同じではない。父は母と結婚するとき組を捨てたが、今のところ和弘にそのつもりはないだろう。
元ヤクザとの結婚だって周りから猛反対されたのだ。現役ならなおさら、彼女は母以上にたくさんの物を捨てることになるだろう。若い二人はそのことを理解しているのだろうか……?
そして問題はそれだけではない。
「真島組 のこともやけど、和弘くんの足のこともあるしね。『好き』だけで乗り越えるにはしんどすぎるたい」
和弘が選んだ女性なのだから、本当は応援してやりたい。
真島組と和弘の障害、せめてどちらか一つならまだよかったのに。
いっそのこと打算づくめの交際だった方が、本人たちも周りも割り切れるかもしれないのに。
「和弘は親父じゃないし、彼女の方もあんたの母親じゃない」
秀樹が、煙草を灰皿にこすりつけながら話し始めた。
「あの二人がどうなるか、そげなこと誰にもわからん。案外ずっと仲良くやっていくんか、別れるか……、もしかしたら親父とあんたの母親以上につらい思いをするかもしらん」
二人が別れるということは即ち、和弘が傷つき悲しむということ。それこそ、私も秀樹も最も恐れている結末だ。
「それはあいつも覚悟の上やろ。やけん、俺らにできるんは見守ることだけちゃ。それでもし失敗したら、そん時ゃ手を差し伸べてやればええっちゃ。……あんたが今まで和弘にしてやってきたようにな」
小さい頃の和弘は何かにつけて私を頼ってきた。ある時は夏休みの宿題が終わらないと、またある時は捨て猫を拾ってきて家で飼いたいから一緒に母親を説得してほしいと。
だけど、和弘はもう私に泣きついてこない。
とても寂しいことではあるけれど、それが成長というものだ。
「あんたもたまにはええこと言うんやね」
今回ばかりは秀樹の言うとおりだ。
和弘が誤った道に進もうとしているのなら全力で阻止する。しかし、そうでないのなら、和弘を信じてやるしかない。この先、困難や挫折が待っていようとも。
いや、和弘ならきっと乗り越えるに違いない……。
「まあでも、和弘が『俺が間違ってた。やっぱり兄貴の言うとおりにすれば良かった』ち泣きついてくるんも悪くねえけどな」
「……やっぱりあんた、相当ヤバかね」
『何や、和弘』
声からして不安がっているのが伝わってくる。
お前の考えていることは電話越しだろうと何でもわかる。
大丈夫っちゃ。兄ちゃんにまかせとけ……。
『さっき、姉ちゃんに
あのこと。
数日前に和弘から告げられた話を思い出し、瞬く間に全身に緊張が走った。
『それから何か様子がおかしくて……』
「姉ちゃんの様子がおかしいんはいつものことやろ」
動揺を悟られないよう精一杯平静を装い、穏やかな声を作ることに意識を全集中する。
「落ち着いて話せばちゃんとわかってくれるちゃ。俺からも言うとくけ、お前は心配せんでええ」
『……ありがとう。やっぱり、先に兄貴に話しといてよかった』
和弘よ、俺のことを頼ってくれているのか。
兄としてこれ以上の喜びがあるだろうか。
でもな、和弘。
今回ばかりは、取り乱した姉の心中が手に取るようにわかるのだ……。
電話を切って数分後。
真島家の別宅である高級マンションの一室を訪れる人間がいた。
「秀樹……」
姉は合鍵で玄関から入りリビングでくつろぐ秀樹の前に姿を現した。
「来たな、姉ちゃん」
秀樹は壁際のソファーに身体を預け、手に持っている煙草に口をつけた。
姉は一直線に秀樹に向かってきたかと思うと、壁に手をつき身を迫らせた。
「あんた、和弘くんに彼女がおるち知っとーとや……?」
目が完全に据わっている。
秀樹がじろりと睨み返しても一向に怯まない。
「俺も先週本人から聞いたところや」
「なんでその時私に教えてくれんかったと?」
「姉ちゃんには自分から言うち、和弘に釘さされたけえ」
和弘の意思だと言われては返す言葉もなく、姉はぐっと詰まった。
『紹介したい人がおるっちゃ』
『彼女に会ってほしいっちゃ』
薮から棒。
寝耳に水。
青天の霹靂。
その後和弘と何を話したのか全く記憶にない。気がついたら秀樹のいる別宅に向かっていた。
甚だ不本意ではあるが、私の胸中に渦巻く感情の嵐を理解し共感してくれるのはこの世でただ一人、秀樹だけだからだ。
『姉ちゃんには自分から言うち、和弘に釘さされたけえ』
その一言のおかげで少し落ち着きを取り戻し、ソファーに腰をかけた。秀樹とははす向かいの位置で、勧められたアイスコーヒーを一口飲むと脱力したようにソファーの背もたれに身を委ねた。
「あんたの気持ちはようわかる」
秀樹がおもむろに口を開いた。
「和弘の嫁は親父と俺で見つけてやるつもりやったのに……。またあいつは俺の気持ちを無下にしくさって……」
話しているうちに思い出してきたのか、こみ上げてくる怒りに身を震わせる。こいつがアイスコーヒーを飲んでいなくてよかった。もし飲んでいたらグラスを握り潰し、今頃カーペットはコーヒーと血の色に染まっていただろう。
その様子が却って私を冷静にさせた。
「他人のこと言えんけど、あんたも大概ヤバいっちゃね」
「しゃーしか」
「嫁って、和弘くんまだ19っちゃろ」
「親父は結婚早かったけ、そう遠い未来やなかろう」
父が22歳の時に私が産まれたことを考えると、今の和弘の年の頃には私の母と知り合っていたかもしれない。
それに、と秀樹は付け加えた。
「和弘もそう思っとるけん、このタイミングで俺らに紹介するんやろ。その後は親父とお袋にも会わせるつもりやろうな」
言いながら立ち上がると、近くの棚から書類を取り出しテーブルの上に投げおいた。表紙には『身辺調査報告書』とある。
「彼女の素行調査しよったと?」
「読むか?」
考えるまでもなく、私は首を横に振った。
「その代わり、二つだけ教えて」
「何ち?」
「二人はどこで知りおーたかと、彼女の方はお金目当てでつきあってるんか」
秀樹は煙草の煙をくゆらせながら私の質問に答えてくれた。
「女は、和弘が行っとった高校の近くにあるコンビニの店員ちゃ。スクーリングのたびに買い物するうちに顔見知りになったらしい。それと」
テーブルの上の報告書のページをめくり、ここを読めと言わんばかりにトントンと指で叩いた。
「数日調べただけやけ、徹底的に身辺を洗ったとは言いがたいが……、これ読む限りでは金目当てっちゅうんはなさそうやな」
和弘はこの春に通信制の高校を卒業したのだった。月に一度のスクーリングにも欠かさず通っていて、仕事もあるのによくやっていると感心したが、案外、彼女に会うのが目当てだったのかもしれない。
私が高校進学を勧めたのは、彼女を作るためじゃなかったんだけど、と嫌みの一つも言いたくもなるものだ。
「純粋に好き合ってるってことか……。一番やっかいばい」
「どういう意味や?」
「……あんた、お父さんと私の母親のこと、知っとーと?」
いきなり親の話になったので秀樹は要領を得ない顔をしながらも『周りから反対されて、駆け落ちしたことくらいしか』と答えた。
真島家では、私の実母についての話題はタブーだった。
「母親の方は家族、親戚、友達、地元の縁、全部捨ててお父さんと一緒になったけど……、結局うまくいかんかった」
私がお腹にいる時から既に母は父とは暮らしておらず、出産後に離婚が成立したという。母は地元にも戻れず、頼る人もいない博多で一人で私を育てた。一方父は、親に勧められた相手と再婚し、秀樹と和弘が産まれた……。
父と私の母がどうして別れたのかは、誰も教えてくれない。
「二人とも二十歳かそこらで、女の方は堅気の家の人間で……、和弘くんらと同じたい」
正確には同じではない。父は母と結婚するとき組を捨てたが、今のところ和弘にそのつもりはないだろう。
元ヤクザとの結婚だって周りから猛反対されたのだ。現役ならなおさら、彼女は母以上にたくさんの物を捨てることになるだろう。若い二人はそのことを理解しているのだろうか……?
そして問題はそれだけではない。
「
和弘が選んだ女性なのだから、本当は応援してやりたい。
真島組と和弘の障害、せめてどちらか一つならまだよかったのに。
いっそのこと打算づくめの交際だった方が、本人たちも周りも割り切れるかもしれないのに。
「和弘は親父じゃないし、彼女の方もあんたの母親じゃない」
秀樹が、煙草を灰皿にこすりつけながら話し始めた。
「あの二人がどうなるか、そげなこと誰にもわからん。案外ずっと仲良くやっていくんか、別れるか……、もしかしたら親父とあんたの母親以上につらい思いをするかもしらん」
二人が別れるということは即ち、和弘が傷つき悲しむということ。それこそ、私も秀樹も最も恐れている結末だ。
「それはあいつも覚悟の上やろ。やけん、俺らにできるんは見守ることだけちゃ。それでもし失敗したら、そん時ゃ手を差し伸べてやればええっちゃ。……あんたが今まで和弘にしてやってきたようにな」
小さい頃の和弘は何かにつけて私を頼ってきた。ある時は夏休みの宿題が終わらないと、またある時は捨て猫を拾ってきて家で飼いたいから一緒に母親を説得してほしいと。
だけど、和弘はもう私に泣きついてこない。
とても寂しいことではあるけれど、それが成長というものだ。
「あんたもたまにはええこと言うんやね」
今回ばかりは秀樹の言うとおりだ。
和弘が誤った道に進もうとしているのなら全力で阻止する。しかし、そうでないのなら、和弘を信じてやるしかない。この先、困難や挫折が待っていようとも。
いや、和弘ならきっと乗り越えるに違いない……。
「まあでも、和弘が『俺が間違ってた。やっぱり兄貴の言うとおりにすれば良かった』ち泣きついてくるんも悪くねえけどな」
「……やっぱりあんた、相当ヤバかね」