ヒロインの名前
お姉ちゃんは心配性
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真樹さんの一周忌の日、俺はカー坊と真樹さんのお墓に参った。法要は親御さんの意向で身内だけでひっそりと行われたらしい。俺達などが呼ばれるわけがなかったが、せめて墓前で手を合わせたいと、俺からカー坊に声をかけたのだ。
兄との対決で大怪我を負ったカー坊は中学を卒業する前に北九州に帰った。会うのは退院の数日前に見舞いに行って以来だった。
梅雨の合間を縫った、よく晴れた日だった。前髪を撫でつけスーツ姿で現れたカー坊は、中学時代の延長線のごとく喧嘩ばかりの毎日を過ごす俺達とは一線を画していた。
こいつは本職になったのだ、と俺は理解した。
「元気そうやな」
「おう」
ニヤッと笑った顔が、同い年には見えなかった。
一年前のヤツなら『当たり前っちゃ!』と威勢良く返していたであろう。この一年でこいつ自身(もちろん下半身不随になったことだ)とこいつを取り巻く環境があまりに大きく変わってしまったことを実感せずにはいられなかった。
「お姉さんはどげんしとーと」
「ああ、お前は会ったことあったな。まあ、相変わらずっちゃ」
苦笑いするカー坊に、お姉さんの過保護ぶりが健在であることを垣間見た。
「大事にされとるみたいやな」
「しゃーしか。……お前は阿原谷工業やったっけ」
「リボンと辰王もおるぞ。頭は相変わらずバロンったい」
「そうか……」
「高校なんか行く意味あるかと思ってたけど、入ってみればなかなか楽しいもんばい」
お前も一緒ならもっと楽しかっただろう、と喉から出かかったが飲み込んだ。
いつだったかお前は俺達のことを『仲間なんかやない』と言っていたけど、同じ高校に入って仲間に、友達になるのも悪くなかったろうに。
と、そんなことを考えてもどうしようもないか……。
「……お前には言うとらんかったか」
「何や」
「俺も高校行っとるっちゃ」
「…………」
予想外の告白に、驚きはワンテンポ遅れてやってきた。
「……何やと!?」
カー坊が高校生!?
北九州最大の勢力を誇る暴力団の跡取りで幹部候補のこいつが、高校生だって?
「そげん驚かんでもええやろ」
「驚くわ! 現役ヤクザが現役高校生って、そげんこつ許されるんは花山薫くらいや!」
早口でまくし立てる俺に、カー坊は言いにくそうに弁解した。
「いや、俺も行くつもりはなかったんやけど、姉ちゃ、姉貴が……」
「お姉さんが?」
『高校は絶対に行きなさい』
『暴対法に暴排条例……。ヤクザも取り締まりが厳しなって、これから先、真島組もどげんことになるかわからんちゃろ?』
『もし組が解散になったら、お父さんと秀樹は日雇いでも何でもやって稼げばよか。やけど……』
『和弘くん、あんたはそうはいかんとよ?』
肉体労働は成人男性にとって手っ取り早い稼ぎ方だ。それができないなら学歴をつけろと言うことか。身体に障害を抱えながらヤクザになると決めた弟の身の振り方に、お姉さんなりに頭を悩ませ考え抜いた結果に違いない。
そして、全国の通信制高校に片っ端から電話をかけ、車椅子の弟が入学できるか問い合わせ、資料を請求し、弟の病室にせっせと届けていたらしい。その中から弟が選んだのは、関門海峡を超えたさらに先の、本州にある他県の高校だった。
「遠かね。通学大変やろ」
「学校行くのは月に一回くらいやけ、何とかやってるっちゃ。……五月に初めてスクーリングに行った時、当たり前やけど、周りにいる全員、俺のことも真島組のこともなーんも知らんヤツばっかりで……」
カー坊は話しながら口元に微笑みを浮かべた。
「なーんか、楽しかったっちゃ」
短い付き合いの俺だが、カー坊のこんな顔を見るのは初めてだった。
そこには、ヤクザの息子でも札付きの不良でもない、ひょっとしたらローラもお姉さんも見たことがないのかもしれない、素の『真島和弘』がいたのだった。
兄との対決で大怪我を負ったカー坊は中学を卒業する前に北九州に帰った。会うのは退院の数日前に見舞いに行って以来だった。
梅雨の合間を縫った、よく晴れた日だった。前髪を撫でつけスーツ姿で現れたカー坊は、中学時代の延長線のごとく喧嘩ばかりの毎日を過ごす俺達とは一線を画していた。
こいつは本職になったのだ、と俺は理解した。
「元気そうやな」
「おう」
ニヤッと笑った顔が、同い年には見えなかった。
一年前のヤツなら『当たり前っちゃ!』と威勢良く返していたであろう。この一年でこいつ自身(もちろん下半身不随になったことだ)とこいつを取り巻く環境があまりに大きく変わってしまったことを実感せずにはいられなかった。
「お姉さんはどげんしとーと」
「ああ、お前は会ったことあったな。まあ、相変わらずっちゃ」
苦笑いするカー坊に、お姉さんの過保護ぶりが健在であることを垣間見た。
「大事にされとるみたいやな」
「しゃーしか。……お前は阿原谷工業やったっけ」
「リボンと辰王もおるぞ。頭は相変わらずバロンったい」
「そうか……」
「高校なんか行く意味あるかと思ってたけど、入ってみればなかなか楽しいもんばい」
お前も一緒ならもっと楽しかっただろう、と喉から出かかったが飲み込んだ。
いつだったかお前は俺達のことを『仲間なんかやない』と言っていたけど、同じ高校に入って仲間に、友達になるのも悪くなかったろうに。
と、そんなことを考えてもどうしようもないか……。
「……お前には言うとらんかったか」
「何や」
「俺も高校行っとるっちゃ」
「…………」
予想外の告白に、驚きはワンテンポ遅れてやってきた。
「……何やと!?」
カー坊が高校生!?
北九州最大の勢力を誇る暴力団の跡取りで幹部候補のこいつが、高校生だって?
「そげん驚かんでもええやろ」
「驚くわ! 現役ヤクザが現役高校生って、そげんこつ許されるんは花山薫くらいや!」
早口でまくし立てる俺に、カー坊は言いにくそうに弁解した。
「いや、俺も行くつもりはなかったんやけど、姉ちゃ、姉貴が……」
「お姉さんが?」
『高校は絶対に行きなさい』
『暴対法に暴排条例……。ヤクザも取り締まりが厳しなって、これから先、真島組もどげんことになるかわからんちゃろ?』
『もし組が解散になったら、お父さんと秀樹は日雇いでも何でもやって稼げばよか。やけど……』
『和弘くん、あんたはそうはいかんとよ?』
肉体労働は成人男性にとって手っ取り早い稼ぎ方だ。それができないなら学歴をつけろと言うことか。身体に障害を抱えながらヤクザになると決めた弟の身の振り方に、お姉さんなりに頭を悩ませ考え抜いた結果に違いない。
そして、全国の通信制高校に片っ端から電話をかけ、車椅子の弟が入学できるか問い合わせ、資料を請求し、弟の病室にせっせと届けていたらしい。その中から弟が選んだのは、関門海峡を超えたさらに先の、本州にある他県の高校だった。
「遠かね。通学大変やろ」
「学校行くのは月に一回くらいやけ、何とかやってるっちゃ。……五月に初めてスクーリングに行った時、当たり前やけど、周りにいる全員、俺のことも真島組のこともなーんも知らんヤツばっかりで……」
カー坊は話しながら口元に微笑みを浮かべた。
「なーんか、楽しかったっちゃ」
短い付き合いの俺だが、カー坊のこんな顔を見るのは初めてだった。
そこには、ヤクザの息子でも札付きの不良でもない、ひょっとしたらローラもお姉さんも見たことがないのかもしれない、素の『真島和弘』がいたのだった。