ヒロインの名前
お姉ちゃんは心配性
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眼前で繰り広げられる光景をただ見ているだけしかできないでいた。
先ほどまで私に乱暴しようとしていた少年二人を秀樹が容赦なく殴っている。律儀にも、一発ずつ交互に殴っているのだ。時間が経つにつれ少年達の顔が醜く腫れ上がっていくが、秀樹の攻撃は止まることはない。
ここまであからさまな暴力の現場に立ち会うのは初めてだった。人間の顔からこんなにたくさん血が流れるんだなとか、これだけ殴られてもまだ意識があるんだなとか、わりとのんきな感想を抱いていた。まるで映画を見ているようで現実味がなかったが、
「許して……くれ……」
主犯格の少年の、腹の底から搾り出された声に、ようやく我に返った。麻痺した感覚が戻ったように、瞬時に最悪の展開が脳裏をよぎる。
気がつけば叫んでいた。
「秀樹!」
少年達が先に、はっとしたようにこちらに顔を向けた。
ワンテンポ遅れて、秀樹もじろりと視線を送る。
「もう、よかとやろ」
私を見つめる瞳は暗く、何の感情も読み取ることができない。まるで底なし沼を覗き込んでいるような、いつの間にか引きずりこまれそうな感覚に陥る。それでも目をそらさないでいたのは、私なりの精一杯の虚勢だった。
「貴様 ら、もう、いね」
私から目を逸らさずに呟いた。
少年達は互いに支えあってよろよろと歩き去った。
「……初めて秀樹ち呼んでくれたな、姉ちゃん」
真島の家に引き取られて七年、確かに今初めて秀樹の名を呼んだ。今までこいつのことを弟だと思ったことはない。私の弟は和弘ただ一人だけだ。
そんな秀樹もまた、私のことを初めて『姉ちゃん』と呼んだではないか。姉だと思ったことは一度たりともないだろうというのに。
当人達の思惑はどうであれ、私と秀樹は姉弟である事実からは逃れなれなかった。
私が今日、こんな目に遭ったのは他でもない秀樹のせいだ。私が秀樹の姉であるために巻き込まれたのだ。
秀樹は幼い頃から群れることを好まず、一人で行動することが多かった。上級生からしてみれば、イケイケのヤクザの息子とはいえ、一匹狼を気取る一年生は疎ましいにちがいない。が、相手は鉄善中に入学して一学期のうちに学内の不良の頂点に立った男だ。まともにやり合っても返り討ちに遭うのがオチだ。
かくしてやっかみの矛先は姉の私に向けられたというわけだ。
何で私がこんな目に、という理不尽さを感じながらも、秀樹が来るのがもう少し遅かったらどうなってたか想像したくもない。
「……助けてくれて、ありがとう」
礼を言われると少し意外そうな顔をしたが、ふいと視線を逸らし、
「あんたのためやねえっちゃ」
誰に言うでもなくぼそりと呟いた。
「あんたに何かあると、和弘が悲しむけえ……」
それからはこちらに一瞥をくれることはなかった。
『あんたに何かあると、和弘が悲しむけえ』
額面通りに受け取ると、弟を思いやった台詞だ。
和弘に一方的かつ偏執的な愛情を注いでいるとはいえ、秀樹なりにその身を案じているのだろうか。
それとも。
私ごときが和弘を悲しませることが許せないという意味ではなかろうか。
悲しみだろうと喜びだろうと、和弘の心を動かしていいのは自分だけだと……。
(いやいや、そんな……)
心の中では否定しながらも秀樹 ならさもありなんとも思えてしまい、背筋に寒いものを感じずにはいられなかった。
これが、私と秀樹が唯一交わした会話だった。
和弘が大怪我を負ったあの日までは。
先ほどまで私に乱暴しようとしていた少年二人を秀樹が容赦なく殴っている。律儀にも、一発ずつ交互に殴っているのだ。時間が経つにつれ少年達の顔が醜く腫れ上がっていくが、秀樹の攻撃は止まることはない。
ここまであからさまな暴力の現場に立ち会うのは初めてだった。人間の顔からこんなにたくさん血が流れるんだなとか、これだけ殴られてもまだ意識があるんだなとか、わりとのんきな感想を抱いていた。まるで映画を見ているようで現実味がなかったが、
「許して……くれ……」
主犯格の少年の、腹の底から搾り出された声に、ようやく我に返った。麻痺した感覚が戻ったように、瞬時に最悪の展開が脳裏をよぎる。
気がつけば叫んでいた。
「秀樹!」
少年達が先に、はっとしたようにこちらに顔を向けた。
ワンテンポ遅れて、秀樹もじろりと視線を送る。
「もう、よかとやろ」
私を見つめる瞳は暗く、何の感情も読み取ることができない。まるで底なし沼を覗き込んでいるような、いつの間にか引きずりこまれそうな感覚に陥る。それでも目をそらさないでいたのは、私なりの精一杯の虚勢だった。
「
私から目を逸らさずに呟いた。
少年達は互いに支えあってよろよろと歩き去った。
「……初めて秀樹ち呼んでくれたな、姉ちゃん」
真島の家に引き取られて七年、確かに今初めて秀樹の名を呼んだ。今までこいつのことを弟だと思ったことはない。私の弟は和弘ただ一人だけだ。
そんな秀樹もまた、私のことを初めて『姉ちゃん』と呼んだではないか。姉だと思ったことは一度たりともないだろうというのに。
当人達の思惑はどうであれ、私と秀樹は姉弟である事実からは逃れなれなかった。
私が今日、こんな目に遭ったのは他でもない秀樹のせいだ。私が秀樹の姉であるために巻き込まれたのだ。
秀樹は幼い頃から群れることを好まず、一人で行動することが多かった。上級生からしてみれば、イケイケのヤクザの息子とはいえ、一匹狼を気取る一年生は疎ましいにちがいない。が、相手は鉄善中に入学して一学期のうちに学内の不良の頂点に立った男だ。まともにやり合っても返り討ちに遭うのがオチだ。
かくしてやっかみの矛先は姉の私に向けられたというわけだ。
何で私がこんな目に、という理不尽さを感じながらも、秀樹が来るのがもう少し遅かったらどうなってたか想像したくもない。
「……助けてくれて、ありがとう」
礼を言われると少し意外そうな顔をしたが、ふいと視線を逸らし、
「あんたのためやねえっちゃ」
誰に言うでもなくぼそりと呟いた。
「あんたに何かあると、和弘が悲しむけえ……」
それからはこちらに一瞥をくれることはなかった。
『あんたに何かあると、和弘が悲しむけえ』
額面通りに受け取ると、弟を思いやった台詞だ。
和弘に一方的かつ偏執的な愛情を注いでいるとはいえ、秀樹なりにその身を案じているのだろうか。
それとも。
私ごときが和弘を悲しませることが許せないという意味ではなかろうか。
悲しみだろうと喜びだろうと、和弘の心を動かしていいのは自分だけだと……。
(いやいや、そんな……)
心の中では否定しながらも
これが、私と秀樹が唯一交わした会話だった。
和弘が大怪我を負ったあの日までは。