雨やどり
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気がつくと、見知らぬ和室で布団で寝かされていた。
私は一体何を……。
覚醒しきっていない頭で思い返す。
初詣に行ったらあの人に再会して……。
そしたらナイフを持った男が急に現れて……。
……そうだ、あの人は無事だろうか……?
「気がついたか」
よく通る野太い声が聞こえた。
声がした方に頭を向けると、枕もとであの人が胡坐をかいて座っている。
よいしょ、と身を起こして「あの、ここは……?」と尋ねてみた。
「社務所だ。俺はここの氏子総代だから気にするな」
「はあ……」
彼が気を失った私をここまで運び込んで、休ませてもらえるよう話をつけてくれたということだろうか。
しかし、シャムショとかウジコとか聞きなれない言葉にどう反応したらよいか考えあぐねていると、
「……巻き込んでしまって、すまなかった」
申し訳なさそうにぼそりと呟かれた。
さっきのは――ナイフを持った男の闖入は――ヤクザの抗争のようなものだったのだろうか。まあ、これだけ目立つ外見をしていれば狙う方も狙いやすそうだ……。
ああ、そうじゃなくて……。
「あの、ケガは……」
「……ない」
「そうですか。よかった……」
ほっと胸をなでおろす。
しかしその後会話は続かず。
「…………」
「…………」
もともと無口な性質なのだろうか。
私の方はというと、あの雨の日以来やっと再会できたというのに、何と言ってよいのか皆目見当もつかず、ただただ気まずい沈黙が続く。
しかし、話さないことには何も始まらない、と覚悟を決める。
「あのッ……」
その時、彼の背後からトントン、とノックする音が聞こえた。
二人してそちらの方に視線を向けると、ゆっくりと引き戸が開き、母と同じ年くらいの女性が顔をのぞかせた。
「あら、気がついたみたいね」
女性は部屋に入るとのあの人の横に腰を下ろし、「うちは大丈夫だから、ゆっくり休んでいって」と気遣いの声をかけてくれた。
どうやらこのシャムショの人のようだ。
「あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした……」
「いいのいいの。目の前であんなことがあったんだから。……ここまでどうやって来られたの?」
「電車です。家から3駅だから……」
「それじゃあ花山さん、送っていっておやりなさいよ。車で来てるんでしょ」
「ええッ!?」
手をぶんぶん振り「そ、そんな、大丈夫ですよ!」と恐縮しながらも、頭の中で何かが引っかかる感じがした。
ハナヤマさんっていうのか……。
ハナヤマ…………。
どこかで聞いたような…………。
そうこうしているうちに彼が帰るついでに私を送ってくれることになり、女性は部屋を出て行った。
そして再び沈黙が訪れるかと思ったが、意外にも向こうが先手を取った。
「さっき……」
「はい?」
「俺に何か言おうとしてなかったか?」
「…………」
「あんた、いつだったか、どこかの神社で……、俺が傘を貸してやった人だろ?」
いきなり本題に入られ、心臓が止まるかと思った。
やっとの思いで「……覚えていてくれたんですね…………」と返すことで精いっぱいだった。
「ああ……」
そんな意味深な返事をされると、否が応にも期待してしまうじゃないか。
胸の鼓動は一段と早くなり、相手の顔を直視できず掛け布団の上に置いてある手に視線を落とす。
いや、ここで赤面して俯いている場合ではない。
私も同じだと、あなたのことが忘れられなかった、もう一度会いたかったと伝えなければッ…………!!
布団をぎゅっと握りしめ、思い切って顔を上げようとした時。
「でも、あんたに言わなきゃならねェことがある」
出鼻をくじかれ、顔を上げるタイミングを見失う。
「俺には……、心に決めた女がいる」
「…………はあ」
『心に決めた女』。
なかなか普段使わない表現のためか、それが意味することの重みが実感できず、間抜けな相槌しか打てず。
心に決めた女…………。
「それは……、恋人とか婚約者、ですか」
自分で言っておきながら、ずきりと胸が痛んだ。
そういう相手がいてもおかしくないって、わかってたはずじゃないか……。
「そんなんじゃねェ」
私はまだ俯いたままで、彼がどんな顔をしているのかはわからない。
「10年前に一度会ったきりの…………、従姉だ」
『もう帰っちゃうの?』
その時、ふっと、ずっと心の奥底で眠っていた記憶が甦った。
祖母が亡くなった日、病院の廊下で少し寂しそうに問いかけてきた男の子。
あれは中1の時だったから……ちょうど10年前か……。
あの子は……何て名前だっけ……。
ハナヤマ…………。
そうだ、花山…………。
下の名前は…………。
「薫くん……」
心の中で呟いたつもりだったのに、口をついて出てきてしまった。
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」
えっ?
思わず顔を上げると、あの人と視線が絡み合う。
突然自分の名前を言い当てられた驚きで、眼鏡の向こうの目がまん丸くなっている。
「わ、私にも10年前に一度会っただけの従弟がいて、その子の名前が花山薫……」
「俺が花山薫だ」
えっ?
「あんた…………、ひょっとして、ゆりちゃんか?」
「えっ? 何で私の名前を…………」
お互いきょとんとした顔で相手を凝視する。
落ち着いて。
冷静に、事実関係を整理しよう。
私が富樫ゆりで彼が花山薫。
富樫ゆりと花山薫はいとこ同士。
つまり私と彼はいとこ同士。
ということは……。
彼が「あの時の」薫くん……?
全ッ然…………、
別人じゃないかッ……!!!
あの時は9歳にしては少し体格がいいかな、くらいだったのに。
10年の間に一体何が……?
というより、一体何を食べたらこんなに体が大きくなるのか?
本当に同じ日本人か?
10年前で9歳だから……、19歳!?
年下!?
絶対30代以上だと思ってたのに……!
この貫禄、本当に10代!?
さっき言ってた心に決めた相手って……、私のこと!?
そういえば「僕とゆりちゃんが結婚すれば」みたいなことを言われたような気が……。
あれって例えばの話じゃなかったの!?
本気で結婚するつもりだったの!?
私と!?
一回しか会ってないのに!?
ここで再び記憶の糸はふっつりと切れた。
目を覚ますと、今度は彼の腕の中にいた。
赤ちゃんを抱っこするように、私の首の下と腰のあたりに腕を差し入れて支えてくれている。あの雨の日と同じ眼差しで私を見下ろしながら。
「大丈夫か?」
「…………」
全然大丈夫じゃないよ、と言いたいところだが口に出す気力もない。
ずっと会いたかったあの人と再会できたこと。その正体が10年前に一度会っただけの従弟だったこと。なぜかその従弟は私と結婚する気満々だということ。
だめだ、考え始めたらまた気が遠くなりそう……。
混乱を極める私に気づいているのかいないのか、薫くんが訥々と話し始める。
「10年前に初めて会った時、俺はこの女と結婚するんだと思った。だから、二十歳になったらあんたに会いに行くつもりだった」
何てことだ。一目惚れした相手に、実は10年前に一目惚れされていたとは。
それにしても、私がその場しのぎで言った『二人とも大人になったら考えよう』を本当に実行に移すつもりだったのか。律儀というか単純というか。しかし結婚以前に、私と薫くんが従姉弟としてもつき合うことを、うちの母が許すわけがない……。
「あんたの母親が俺の家のことを嫌っているのは百も承知だ」
まるで心の内を読まれたようでどきりとする。
「それにあんたは身内とはいえ堅気の人間だ。本当なら、俺達みたいな人間と関わらねェ方がいいに決まってる……」
薫くんの疵だらけの顔と手が、これまでに幾度となく危険な目に遭ってきたことを物語っている。
そんな人と、私は……………。
「けど……」
けど?
「惚れちまったもんは仕方ねェ」
仕方ない…………。
仕方がない、か…………。
「だから、まだ少し早いが、考えてくれないか」
「考えるって……、何を?」
「俺と一緒になってほしい」
10年前に交わした会話がリフレインする。
『じゃあ、僕とゆりちゃんが結婚すればいい』
『……はい?』
私の従弟はどうしてこうも唐突なんだろう。
今も昔も……。
なまじこちらも好意を抱いているから何と答えてよいのかわからず。
「仕方ない、か……」と心の中でひとりごち、気を失ったふりをして目を閉じた。しばらく彼の腕に雨やどりさせてもらうために。
おわり
私は一体何を……。
覚醒しきっていない頭で思い返す。
初詣に行ったらあの人に再会して……。
そしたらナイフを持った男が急に現れて……。
……そうだ、あの人は無事だろうか……?
「気がついたか」
よく通る野太い声が聞こえた。
声がした方に頭を向けると、枕もとであの人が胡坐をかいて座っている。
よいしょ、と身を起こして「あの、ここは……?」と尋ねてみた。
「社務所だ。俺はここの氏子総代だから気にするな」
「はあ……」
彼が気を失った私をここまで運び込んで、休ませてもらえるよう話をつけてくれたということだろうか。
しかし、シャムショとかウジコとか聞きなれない言葉にどう反応したらよいか考えあぐねていると、
「……巻き込んでしまって、すまなかった」
申し訳なさそうにぼそりと呟かれた。
さっきのは――ナイフを持った男の闖入は――ヤクザの抗争のようなものだったのだろうか。まあ、これだけ目立つ外見をしていれば狙う方も狙いやすそうだ……。
ああ、そうじゃなくて……。
「あの、ケガは……」
「……ない」
「そうですか。よかった……」
ほっと胸をなでおろす。
しかしその後会話は続かず。
「…………」
「…………」
もともと無口な性質なのだろうか。
私の方はというと、あの雨の日以来やっと再会できたというのに、何と言ってよいのか皆目見当もつかず、ただただ気まずい沈黙が続く。
しかし、話さないことには何も始まらない、と覚悟を決める。
「あのッ……」
その時、彼の背後からトントン、とノックする音が聞こえた。
二人してそちらの方に視線を向けると、ゆっくりと引き戸が開き、母と同じ年くらいの女性が顔をのぞかせた。
「あら、気がついたみたいね」
女性は部屋に入るとのあの人の横に腰を下ろし、「うちは大丈夫だから、ゆっくり休んでいって」と気遣いの声をかけてくれた。
どうやらこのシャムショの人のようだ。
「あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした……」
「いいのいいの。目の前であんなことがあったんだから。……ここまでどうやって来られたの?」
「電車です。家から3駅だから……」
「それじゃあ花山さん、送っていっておやりなさいよ。車で来てるんでしょ」
「ええッ!?」
手をぶんぶん振り「そ、そんな、大丈夫ですよ!」と恐縮しながらも、頭の中で何かが引っかかる感じがした。
ハナヤマさんっていうのか……。
ハナヤマ…………。
どこかで聞いたような…………。
そうこうしているうちに彼が帰るついでに私を送ってくれることになり、女性は部屋を出て行った。
そして再び沈黙が訪れるかと思ったが、意外にも向こうが先手を取った。
「さっき……」
「はい?」
「俺に何か言おうとしてなかったか?」
「…………」
「あんた、いつだったか、どこかの神社で……、俺が傘を貸してやった人だろ?」
いきなり本題に入られ、心臓が止まるかと思った。
やっとの思いで「……覚えていてくれたんですね…………」と返すことで精いっぱいだった。
「ああ……」
そんな意味深な返事をされると、否が応にも期待してしまうじゃないか。
胸の鼓動は一段と早くなり、相手の顔を直視できず掛け布団の上に置いてある手に視線を落とす。
いや、ここで赤面して俯いている場合ではない。
私も同じだと、あなたのことが忘れられなかった、もう一度会いたかったと伝えなければッ…………!!
布団をぎゅっと握りしめ、思い切って顔を上げようとした時。
「でも、あんたに言わなきゃならねェことがある」
出鼻をくじかれ、顔を上げるタイミングを見失う。
「俺には……、心に決めた女がいる」
「…………はあ」
『心に決めた女』。
なかなか普段使わない表現のためか、それが意味することの重みが実感できず、間抜けな相槌しか打てず。
心に決めた女…………。
「それは……、恋人とか婚約者、ですか」
自分で言っておきながら、ずきりと胸が痛んだ。
そういう相手がいてもおかしくないって、わかってたはずじゃないか……。
「そんなんじゃねェ」
私はまだ俯いたままで、彼がどんな顔をしているのかはわからない。
「10年前に一度会ったきりの…………、従姉だ」
『もう帰っちゃうの?』
その時、ふっと、ずっと心の奥底で眠っていた記憶が甦った。
祖母が亡くなった日、病院の廊下で少し寂しそうに問いかけてきた男の子。
あれは中1の時だったから……ちょうど10年前か……。
あの子は……何て名前だっけ……。
ハナヤマ…………。
そうだ、花山…………。
下の名前は…………。
「薫くん……」
心の中で呟いたつもりだったのに、口をついて出てきてしまった。
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」
えっ?
思わず顔を上げると、あの人と視線が絡み合う。
突然自分の名前を言い当てられた驚きで、眼鏡の向こうの目がまん丸くなっている。
「わ、私にも10年前に一度会っただけの従弟がいて、その子の名前が花山薫……」
「俺が花山薫だ」
えっ?
「あんた…………、ひょっとして、ゆりちゃんか?」
「えっ? 何で私の名前を…………」
お互いきょとんとした顔で相手を凝視する。
落ち着いて。
冷静に、事実関係を整理しよう。
私が富樫ゆりで彼が花山薫。
富樫ゆりと花山薫はいとこ同士。
つまり私と彼はいとこ同士。
ということは……。
彼が「あの時の」薫くん……?
全ッ然…………、
別人じゃないかッ……!!!
あの時は9歳にしては少し体格がいいかな、くらいだったのに。
10年の間に一体何が……?
というより、一体何を食べたらこんなに体が大きくなるのか?
本当に同じ日本人か?
10年前で9歳だから……、19歳!?
年下!?
絶対30代以上だと思ってたのに……!
この貫禄、本当に10代!?
さっき言ってた心に決めた相手って……、私のこと!?
そういえば「僕とゆりちゃんが結婚すれば」みたいなことを言われたような気が……。
あれって例えばの話じゃなかったの!?
本気で結婚するつもりだったの!?
私と!?
一回しか会ってないのに!?
ここで再び記憶の糸はふっつりと切れた。
目を覚ますと、今度は彼の腕の中にいた。
赤ちゃんを抱っこするように、私の首の下と腰のあたりに腕を差し入れて支えてくれている。あの雨の日と同じ眼差しで私を見下ろしながら。
「大丈夫か?」
「…………」
全然大丈夫じゃないよ、と言いたいところだが口に出す気力もない。
ずっと会いたかったあの人と再会できたこと。その正体が10年前に一度会っただけの従弟だったこと。なぜかその従弟は私と結婚する気満々だということ。
だめだ、考え始めたらまた気が遠くなりそう……。
混乱を極める私に気づいているのかいないのか、薫くんが訥々と話し始める。
「10年前に初めて会った時、俺はこの女と結婚するんだと思った。だから、二十歳になったらあんたに会いに行くつもりだった」
何てことだ。一目惚れした相手に、実は10年前に一目惚れされていたとは。
それにしても、私がその場しのぎで言った『二人とも大人になったら考えよう』を本当に実行に移すつもりだったのか。律儀というか単純というか。しかし結婚以前に、私と薫くんが従姉弟としてもつき合うことを、うちの母が許すわけがない……。
「あんたの母親が俺の家のことを嫌っているのは百も承知だ」
まるで心の内を読まれたようでどきりとする。
「それにあんたは身内とはいえ堅気の人間だ。本当なら、俺達みたいな人間と関わらねェ方がいいに決まってる……」
薫くんの疵だらけの顔と手が、これまでに幾度となく危険な目に遭ってきたことを物語っている。
そんな人と、私は……………。
「けど……」
けど?
「惚れちまったもんは仕方ねェ」
仕方ない…………。
仕方がない、か…………。
「だから、まだ少し早いが、考えてくれないか」
「考えるって……、何を?」
「俺と一緒になってほしい」
10年前に交わした会話がリフレインする。
『じゃあ、僕とゆりちゃんが結婚すればいい』
『……はい?』
私の従弟はどうしてこうも唐突なんだろう。
今も昔も……。
なまじこちらも好意を抱いているから何と答えてよいのかわからず。
「仕方ない、か……」と心の中でひとりごち、気を失ったふりをして目を閉じた。しばらく彼の腕に雨やどりさせてもらうために。
おわり
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