雨やどり
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残暑の厳しい9月から12月と矢のように時間は過ぎ去ったが、あの雨の日に傘を貸してくれた男とは再会できずにいた。
何せ名前も知らない相手だ。東京の人口は1200万人、再び会える確率など天文学的数字だろう。そもそも東京で出会ったからといって、東京に住んでいるとは限らない。その風貌から、いわゆるヤのつく自由業の人に違いない。結婚しているかもしれない。
しかしそんなことはどうでもよかった。ただただ、もう一度会いたかった。
ふと、母方の実家のことが脳裏によぎる。
母の実家は反社会的勢力の団体を営んでいて、今は伯父が後を継いでいるらしい。ということは、あの人のことも知っているのでは?という微かな期待を抱いてしまう。
あれだけ目立つ外見なのだ。その界隈でも有名人に違いない……
しかし母とその実家は絶縁状態。私も10年前の祖母の危篤の時に伯父一家と初めて会ったが、それっきりだ。連絡を取りたいなどと母に頼んだところで取り合ってくれるかどうか……。
そこまで考えるとそれきり伯父達のことを思い出すこともなかった。
就職で上京が決まった時も一瞬「そういえばお母さんは東京出身だったけ」と思い出したが次の瞬間には忘れてしまったくらい、彼らは私の中では縁遠い存在だった。
ところが実に偶然というのは恐ろしいもので。
今年は仕事の都合で年末年始は帰省せず、最寄駅から数駅のそこそこ大きい神社に初詣に行ったらば。
屋台が並ぶ参道を「ベビーカステラでも買おうかな」などとよそ見しながら歩いていたら、前から来た人に思い切り正面衝突してしまった。
「ぶふっ」
ずいぶん背の高い人のようで、私の顔は相手の胸のあたりを直撃した。
「あッ、ごめんなさい……」
慌てて顔を上げると、縁なし眼鏡越しのやさしい眼差しと、ばっちり目が合った。
「あッ…………」
やっと会えた。
あの人だ。
右目の下を交差する二本と、両の頬を縁取るように刻まれた二本の疵。あの時と同じ白いスーツに蛇革の靴。見間違えるわけがない。
「あのッ……」
「あのッ、私…………」
雷に打たれたような衝撃を受け頭の中は真っ白。
なんと声をかけていいのかわからず、ただ喘ぐように言葉にならない言葉を繰り返す。
完全に挙動不審だ。
しかし相手も私の顔を見て、少し驚いたように目を見開いた。
「…………?」
覚えてくれていたというのだろうか、私のことを。
「あんたは…………」
男が二の句を継ごうとしたが、それを聞く前に私は背後から突き飛ばされた。
左側に大きくよろけたが、ちょうど横を通り過ぎようとしていた人にぶつかったことで地面に激突することは免れた。
「だッ、大丈夫ですか!?」
「……すみません」
幸い親切な人で、急に倒れてきた私に文句を言うどころか心配して支えてくれた。その人の手を借りて体勢を立て直し、何が起こったのかわからないまま、ついさきほどまで自分が立っていた方を見る。
刃渡り30センチはありそうな大型ナイフを持った男が、あの人と対峙しているではないか。
急に目の前で展開された非現実的な光景に、私は立ちつくすしかなく。
闖入者はナイフであの人の胸を突き刺そうとしたが、ナイフを持つ側の手首と肘のあたりを掴まれたかと思うと、
パンッ
何かが弾けたような音が響く。
闖入者の手首から下はあるべきはずの皮膚がなく、内部組織が剥き出しで噴水のように血を吹き出している……。
ふと、頬が濡れていることに気がついた。手で拭って何となくその手を見ると、赤い液体がべったりとついている。
あの男の血が飛沫のようにここまで……。
そこでふっと意識が遠のいた。
何せ名前も知らない相手だ。東京の人口は1200万人、再び会える確率など天文学的数字だろう。そもそも東京で出会ったからといって、東京に住んでいるとは限らない。その風貌から、いわゆるヤのつく自由業の人に違いない。結婚しているかもしれない。
しかしそんなことはどうでもよかった。ただただ、もう一度会いたかった。
ふと、母方の実家のことが脳裏によぎる。
母の実家は反社会的勢力の団体を営んでいて、今は伯父が後を継いでいるらしい。ということは、あの人のことも知っているのでは?という微かな期待を抱いてしまう。
あれだけ目立つ外見なのだ。その界隈でも有名人に違いない……
しかし母とその実家は絶縁状態。私も10年前の祖母の危篤の時に伯父一家と初めて会ったが、それっきりだ。連絡を取りたいなどと母に頼んだところで取り合ってくれるかどうか……。
そこまで考えるとそれきり伯父達のことを思い出すこともなかった。
就職で上京が決まった時も一瞬「そういえばお母さんは東京出身だったけ」と思い出したが次の瞬間には忘れてしまったくらい、彼らは私の中では縁遠い存在だった。
ところが実に偶然というのは恐ろしいもので。
今年は仕事の都合で年末年始は帰省せず、最寄駅から数駅のそこそこ大きい神社に初詣に行ったらば。
屋台が並ぶ参道を「ベビーカステラでも買おうかな」などとよそ見しながら歩いていたら、前から来た人に思い切り正面衝突してしまった。
「ぶふっ」
ずいぶん背の高い人のようで、私の顔は相手の胸のあたりを直撃した。
「あッ、ごめんなさい……」
慌てて顔を上げると、縁なし眼鏡越しのやさしい眼差しと、ばっちり目が合った。
「あッ…………」
やっと会えた。
あの人だ。
右目の下を交差する二本と、両の頬を縁取るように刻まれた二本の疵。あの時と同じ白いスーツに蛇革の靴。見間違えるわけがない。
「あのッ……」
「あのッ、私…………」
雷に打たれたような衝撃を受け頭の中は真っ白。
なんと声をかけていいのかわからず、ただ喘ぐように言葉にならない言葉を繰り返す。
完全に挙動不審だ。
しかし相手も私の顔を見て、少し驚いたように目を見開いた。
「…………?」
覚えてくれていたというのだろうか、私のことを。
「あんたは…………」
男が二の句を継ごうとしたが、それを聞く前に私は背後から突き飛ばされた。
左側に大きくよろけたが、ちょうど横を通り過ぎようとしていた人にぶつかったことで地面に激突することは免れた。
「だッ、大丈夫ですか!?」
「……すみません」
幸い親切な人で、急に倒れてきた私に文句を言うどころか心配して支えてくれた。その人の手を借りて体勢を立て直し、何が起こったのかわからないまま、ついさきほどまで自分が立っていた方を見る。
刃渡り30センチはありそうな大型ナイフを持った男が、あの人と対峙しているではないか。
急に目の前で展開された非現実的な光景に、私は立ちつくすしかなく。
闖入者はナイフであの人の胸を突き刺そうとしたが、ナイフを持つ側の手首と肘のあたりを掴まれたかと思うと、
パンッ
何かが弾けたような音が響く。
闖入者の手首から下はあるべきはずの皮膚がなく、内部組織が剥き出しで噴水のように血を吹き出している……。
ふと、頬が濡れていることに気がついた。手で拭って何となくその手を見ると、赤い液体がべったりとついている。
あの男の血が飛沫のようにここまで……。
そこでふっと意識が遠のいた。