雨やどり
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「……もう帰っちゃうの?」
今日初めて会った従弟が初めて口を開いた。声こそ変声期前のボーイソプラノだが、口調はまるで何事にも動じない壮年のようで、ちぐはぐな印象を私に与えた。
「たぶんね」
そう答えると、意外にも少年は沈んだ面持ちで俯いた。
まだ会って数時間と経っていないが、彼が自分の感情を表に出すのを見るのは、これが初めてだった。
私が母とこの病院に着いた時も、私が危篤の祖母と最初で最後の会話を交わした時も、その祖母が静かに息を引き取った時も、眉一つ動かさずにじっと見つめていたのに。
「次、いつ会える?」
「ええっ?」
想定しない質問に、思わずたじろいでしまう。
母の実家はいわゆる反社会的勢力の団体を営んでいて、母はそれが嫌で高校卒業と同時に家を飛び出し、以来絶縁状態だと聞いている。
数年前から病床に伏した祖母を哀れんだ伯父ーこの少年の父親にあたるーから何度も「帰ってこい」と言われても、そのたびに突っぱねていたらしい。が、いよいよ危ないとなり、強情な母も折れて私を連れて新幹線に飛び乗り、東京までやってきたというのだ。
祖母の死を見届け、しばらくはさめざめと泣いていたが、当然通夜告別式に参列するだろうという伯父の思惑も無視して「今晩はホテルに泊まって明日には帰る」などと言うものだから伯父は怒り狂い、母も負けじと「気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らすッ! 昔から兄さんのそういうところが嫌いだったのよッ!」などと応戦し……。
なぜ彼が私とまた会いたいと思ったのかはよくわからないが、きっとこの少年と会うことは二度とないだろう。しかしそれを伝えるのは酷なことだ。
「親戚が集まるときって結婚式とかお葬式だから……、次は薫くんが結婚するときじゃない?」
『私が結婚するとき』とは言わなかった。幼い時に父母が離婚し、女手一つで育てられてきたせいか、自分が結婚するとはどうも想像できない。
しかしこの、考えがさっぱり読めない従弟は私の想像を遥かに超えたシチュエーションを想定していた。
「じゃあ、僕とゆりちゃんが結婚すればいい」
「……はい?」
突然自分の名前が出てきて面食らう。
「そしたら、僕の父さんもゆりちゃんのお母さんも結婚式に来てくれる」
私の母が自分の実家、つまり彼の家のことをよく思っていないことくらい、9歳の少年でもわかっていて、そのことに心を痛めているというのか。自分が従姉と結婚すれば、父親と叔母が仲直りすると考えたのだろうか……。
「それは……、二人とも大人になったら考えようか」
薫くんは静かに頷く。口元がほんの少し緩んでいるように見えた。
病室のドア越しに伯父と母の罵声が漏れ聞こえる。
仮に私と結婚したとしても、この調子じゃあ仲良くはできないんじゃないの、と思ったが口には出さないでおいた。従弟のいじらしい願いをかなえてやることはできなくても、否定まではしたくなかったからだった。
結局、祖母の通夜を待たずして母と私は東京を発った。従弟にさよならを言えずじまいになってしまい、ほんの少し胸が痛んだが、日常が過ぎていく中でそんなことも忘れてしまった。
今日初めて会った従弟が初めて口を開いた。声こそ変声期前のボーイソプラノだが、口調はまるで何事にも動じない壮年のようで、ちぐはぐな印象を私に与えた。
「たぶんね」
そう答えると、意外にも少年は沈んだ面持ちで俯いた。
まだ会って数時間と経っていないが、彼が自分の感情を表に出すのを見るのは、これが初めてだった。
私が母とこの病院に着いた時も、私が危篤の祖母と最初で最後の会話を交わした時も、その祖母が静かに息を引き取った時も、眉一つ動かさずにじっと見つめていたのに。
「次、いつ会える?」
「ええっ?」
想定しない質問に、思わずたじろいでしまう。
母の実家はいわゆる反社会的勢力の団体を営んでいて、母はそれが嫌で高校卒業と同時に家を飛び出し、以来絶縁状態だと聞いている。
数年前から病床に伏した祖母を哀れんだ伯父ーこの少年の父親にあたるーから何度も「帰ってこい」と言われても、そのたびに突っぱねていたらしい。が、いよいよ危ないとなり、強情な母も折れて私を連れて新幹線に飛び乗り、東京までやってきたというのだ。
祖母の死を見届け、しばらくはさめざめと泣いていたが、当然通夜告別式に参列するだろうという伯父の思惑も無視して「今晩はホテルに泊まって明日には帰る」などと言うものだから伯父は怒り狂い、母も負けじと「気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らすッ! 昔から兄さんのそういうところが嫌いだったのよッ!」などと応戦し……。
なぜ彼が私とまた会いたいと思ったのかはよくわからないが、きっとこの少年と会うことは二度とないだろう。しかしそれを伝えるのは酷なことだ。
「親戚が集まるときって結婚式とかお葬式だから……、次は薫くんが結婚するときじゃない?」
『私が結婚するとき』とは言わなかった。幼い時に父母が離婚し、女手一つで育てられてきたせいか、自分が結婚するとはどうも想像できない。
しかしこの、考えがさっぱり読めない従弟は私の想像を遥かに超えたシチュエーションを想定していた。
「じゃあ、僕とゆりちゃんが結婚すればいい」
「……はい?」
突然自分の名前が出てきて面食らう。
「そしたら、僕の父さんもゆりちゃんのお母さんも結婚式に来てくれる」
私の母が自分の実家、つまり彼の家のことをよく思っていないことくらい、9歳の少年でもわかっていて、そのことに心を痛めているというのか。自分が従姉と結婚すれば、父親と叔母が仲直りすると考えたのだろうか……。
「それは……、二人とも大人になったら考えようか」
薫くんは静かに頷く。口元がほんの少し緩んでいるように見えた。
病室のドア越しに伯父と母の罵声が漏れ聞こえる。
仮に私と結婚したとしても、この調子じゃあ仲良くはできないんじゃないの、と思ったが口には出さないでおいた。従弟のいじらしい願いをかなえてやることはできなくても、否定まではしたくなかったからだった。
結局、祖母の通夜を待たずして母と私は東京を発った。従弟にさよならを言えずじまいになってしまい、ほんの少し胸が痛んだが、日常が過ぎていく中でそんなことも忘れてしまった。
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