刃牙その他
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夢のあとさき
暗闇の中で目が覚めた。
知らない天井。
サーカスの宿舎ではない、見慣れない和室。
(……ママ!?)
(パパ!?)
慌てて体を起こし、いるはずの両親の姿を捜す。
自分を挟んで川の字で寝ているのは、知らないおじさんとおばさん……。
(あ……)
思い出した。
父親はライオンに喉笛を噛みちぎられて死んだこと。
母親とは離れ離れになったこと。
(パパ……)
(ママ……)
日中は決して涙を見せるまいと張り詰めていた緊張が解け、目頭と喉に熱いものがこみ上げる。
隣りで寝ている新しい父母に気づかれないよう、頭から布団をかぶった。
男の子が泣いていた。
まだ小学校に行っていないくらいだろうか、わんわんと声を張り上げている。
道場の近所の普段は人通りが多い道だが、なぜか周りに人の往来はなく、不気味なくらい閑散としていた。
子供の相手をするのは好きだが、泣いている子の扱いはあまり得意ではない。どのように気遣ってやればいいのかわからない。実父が死んでからは人前で泣いたことはなかったから……。
子供の方に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせようとしたが、涙があふれる目を両手でこすっているので視線が合わない。
「どうした? お父さんお母さんとはぐれたか?」
声をかけてやっても当然のように泣き止まない。
「一緒に探してやるから、な?」
右手で頭を撫でてやる。
ピクルに食われたはずの右手で……。
子供はヒックヒックとしゃくりあげながら、ようやく口を開いた。
「パパは死んじゃった」
「えっ……」
子供の口から飛び出た平穏ならざる言葉に、心臓がどきりとした。
「ママは遠くにいるの」
やっと顔を覆っていた手が離れ、5歳の自分と同じ顔をした子供としっかりと目が合った。
暗闇の中で目を覚ました。
自宅のマンションよりも高い天井。
見慣れない寝具……。
そうだ、病院だ。
ピクルと闘って、右手を食われ……。
思わず右手のあった方を見たが、パジャマの袖はエアコンの冷風に当たり時折頼りなさそうにひらひらと揺れていた。
冷房は効いているが、病院から借りたパジャマは汗でぐっしょりと濡れている。
夢を見るのはいつ以来だろう。
ピクルとの対戦が決まってからは見た覚えはない。
なぜ今になって、愚地家に預けられて15年以上経った今になってあんな夢を、とも思ったが。
(お母さん……)
ピクルと闘う直前に実母と会った。
サーカスを離れてからはほぼ会うこともなく、16年前の記憶は曖昧になっていたが、それでも一目見て母だとわかった。
母は泣きながら『わたしを憎みなさい』と言った。
(憎むだなんて、何をバカな……)
母親を抱きしめた時と同じことを思った。
好き好んで自分を手放したのではないことくらい、理解している。
独歩のことだ、『空手の歴史を変える逸材だと確信している』くらいのことは言って口説き落としたに違いない。
わが子の将来を考え、サーカスの曲芸師として一生を全うすることと空手の道に身を投じることを天秤にかけ、苦渋の決断で後者を選んだだろうことは、他人から言われるまでもなくわかっていることだった。
神心会に入門してから、幼年部のクラスには入らずに小学生達と、時には青年部に交じって稽古する日々が続いた。
今日は独歩から直々に指導を受ける日で、青年部の門下生たちと緊張気味に稽古に励んでいる時。
道場の扉ががらりと開き、自分を呼ぶ女の声が聞こえた。
「克巳!」
一度だけ家族で遊園地に行った時に着ていた、青いワンピース姿の母が立っていた。
「ママ……?」
母はこちらに向かって歩いてくる。止める者は誰もいない。
目の前まで来て、克巳の手を取り、
「迎えに来たの。帰りましょう」
今頃何しに来たのだ。
やっと新しい環境に慣れてきたというのに。
一度養子にやると決めて、やっぱりやめただなんて、子供の約束じゃなし……
21歳の克巳はぐるぐるとそんなことを考えていたが、5歳の少年は満面の笑みを浮かべて母に飛びついた。
「ママ!」
暗闇の中で目が覚めた。
最初に目に入ったのは病室の天井。
(夢……)
覚醒しきっていない頭で夢の内容を反芻する。
(お母さん……)
捨てられたのではない。
望まれてこの家に迎えられた。
何も悲しいことはない。
父母がそれぞれ二人ずつになるだけだ。
そして、神心会の将来を担う、輝かしい未来が待っているのだ。
(そんなことはわかっている)
帰りたいと思ってはいけない。
悲しんではいけない。
泣いてはいけない。
そんな素振りを見せたら愚地の両親は悲しむだろうから。
(だけど…………)
愚地家に引き取られた夜。
本当は心の奥底で願っていた。
母が「やっぱり克巳は渡しません」と戻ってくることを。
(でも……)
(お母さんは来てくれなかった……)
(ごめんな)
夢の中で泣きじゃくっていた、5歳の俺。
(ごめんな、ずっと気づかないふりして)
布団の中で声を押し殺して泣くしかなかった5歳の自分のために泣いてやれるのは21歳の自分だけで、涙は静かに頬を伝い枕を濡らした。
暗闇の中で目が覚めた。
知らない天井。
サーカスの宿舎ではない、見慣れない和室。
(……ママ!?)
(パパ!?)
慌てて体を起こし、いるはずの両親の姿を捜す。
自分を挟んで川の字で寝ているのは、知らないおじさんとおばさん……。
(あ……)
思い出した。
父親はライオンに喉笛を噛みちぎられて死んだこと。
母親とは離れ離れになったこと。
(パパ……)
(ママ……)
日中は決して涙を見せるまいと張り詰めていた緊張が解け、目頭と喉に熱いものがこみ上げる。
隣りで寝ている新しい父母に気づかれないよう、頭から布団をかぶった。
男の子が泣いていた。
まだ小学校に行っていないくらいだろうか、わんわんと声を張り上げている。
道場の近所の普段は人通りが多い道だが、なぜか周りに人の往来はなく、不気味なくらい閑散としていた。
子供の相手をするのは好きだが、泣いている子の扱いはあまり得意ではない。どのように気遣ってやればいいのかわからない。実父が死んでからは人前で泣いたことはなかったから……。
子供の方に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせようとしたが、涙があふれる目を両手でこすっているので視線が合わない。
「どうした? お父さんお母さんとはぐれたか?」
声をかけてやっても当然のように泣き止まない。
「一緒に探してやるから、な?」
右手で頭を撫でてやる。
ピクルに食われたはずの右手で……。
子供はヒックヒックとしゃくりあげながら、ようやく口を開いた。
「パパは死んじゃった」
「えっ……」
子供の口から飛び出た平穏ならざる言葉に、心臓がどきりとした。
「ママは遠くにいるの」
やっと顔を覆っていた手が離れ、5歳の自分と同じ顔をした子供としっかりと目が合った。
暗闇の中で目を覚ました。
自宅のマンションよりも高い天井。
見慣れない寝具……。
そうだ、病院だ。
ピクルと闘って、右手を食われ……。
思わず右手のあった方を見たが、パジャマの袖はエアコンの冷風に当たり時折頼りなさそうにひらひらと揺れていた。
冷房は効いているが、病院から借りたパジャマは汗でぐっしょりと濡れている。
夢を見るのはいつ以来だろう。
ピクルとの対戦が決まってからは見た覚えはない。
なぜ今になって、愚地家に預けられて15年以上経った今になってあんな夢を、とも思ったが。
(お母さん……)
ピクルと闘う直前に実母と会った。
サーカスを離れてからはほぼ会うこともなく、16年前の記憶は曖昧になっていたが、それでも一目見て母だとわかった。
母は泣きながら『わたしを憎みなさい』と言った。
(憎むだなんて、何をバカな……)
母親を抱きしめた時と同じことを思った。
好き好んで自分を手放したのではないことくらい、理解している。
独歩のことだ、『空手の歴史を変える逸材だと確信している』くらいのことは言って口説き落としたに違いない。
わが子の将来を考え、サーカスの曲芸師として一生を全うすることと空手の道に身を投じることを天秤にかけ、苦渋の決断で後者を選んだだろうことは、他人から言われるまでもなくわかっていることだった。
神心会に入門してから、幼年部のクラスには入らずに小学生達と、時には青年部に交じって稽古する日々が続いた。
今日は独歩から直々に指導を受ける日で、青年部の門下生たちと緊張気味に稽古に励んでいる時。
道場の扉ががらりと開き、自分を呼ぶ女の声が聞こえた。
「克巳!」
一度だけ家族で遊園地に行った時に着ていた、青いワンピース姿の母が立っていた。
「ママ……?」
母はこちらに向かって歩いてくる。止める者は誰もいない。
目の前まで来て、克巳の手を取り、
「迎えに来たの。帰りましょう」
今頃何しに来たのだ。
やっと新しい環境に慣れてきたというのに。
一度養子にやると決めて、やっぱりやめただなんて、子供の約束じゃなし……
21歳の克巳はぐるぐるとそんなことを考えていたが、5歳の少年は満面の笑みを浮かべて母に飛びついた。
「ママ!」
暗闇の中で目が覚めた。
最初に目に入ったのは病室の天井。
(夢……)
覚醒しきっていない頭で夢の内容を反芻する。
(お母さん……)
捨てられたのではない。
望まれてこの家に迎えられた。
何も悲しいことはない。
父母がそれぞれ二人ずつになるだけだ。
そして、神心会の将来を担う、輝かしい未来が待っているのだ。
(そんなことはわかっている)
帰りたいと思ってはいけない。
悲しんではいけない。
泣いてはいけない。
そんな素振りを見せたら愚地の両親は悲しむだろうから。
(だけど…………)
愚地家に引き取られた夜。
本当は心の奥底で願っていた。
母が「やっぱり克巳は渡しません」と戻ってくることを。
(でも……)
(お母さんは来てくれなかった……)
(ごめんな)
夢の中で泣きじゃくっていた、5歳の俺。
(ごめんな、ずっと気づかないふりして)
布団の中で声を押し殺して泣くしかなかった5歳の自分のために泣いてやれるのは21歳の自分だけで、涙は静かに頬を伝い枕を濡らした。